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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第三章 図書棟の幽霊
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31話 事前に準備

「と言う訳で師匠。決闘場の結界作りに協力してください」

「理解に苦しむ。お断りだ」


 一日の授業も全て終わり、クラブ活動までの隙間(すきま)時間。

 今日はシェリカとアレンがいないため、ルーツェはロイと二人で図書委員同好会の仕事をすることになった。だが、「その前に少し寄り道してもいいですか?」と言うルーツェによって、一般の生徒が立ち入ることは殆どない補助棟へと訪れていた。


「本当は訓練棟の一室を借りる予定だったんですけど、なぜか危険人物扱いされてて貸してもらえなかったんです!!」


 ここに来る前の休憩時間に、教員室へと貸し出し許可を取りに行った。しかし、ちょうど魔力実学担当教員であるファタビンが室内におり、入った瞬間に渋い顔を向けられた。

 そして事務員に訓練棟の一室を貸してほしいというルーツェとロイの申し出を聞き、事務員にもの凄い剣幕で反対をしたのだ。

 曰く『この破壊魔共に貸し出し許可を与えると大変なことになります! 私は忠告いたしました! 責任は貴方がお取りなさいよ!!』という事で、ビビった事務員は貸し出し許可をくれなかったのだ。


「もう果たし状渡しちゃったんですよ? 明日の早朝、校舎前に来てくださいって」

「知るか! と言うか果たし状とはなんだ。どうしてお前はそう、訳のわからないことばかりするのか」


 カーテンが締め切られた薄暗い教室。

 陽の光に弱い薬草の抽出濃度を測っていたのだが、そんなことはお構いなしに入ってきた愛弟子は勝手に話を進めていく。

 薬草の異様な匂いの立ち込める室内に、ロイは戸惑った様子だったがルーツェが行くならばと居心地悪そうについてきた。

 陽の光が遮られた部屋の隅で、避難している狼がのそりと動きロイはそれに肩を跳ねさせた。居たのかお前。

 ルーツェのマナー訓練で何度か訪れたことがあるため見かけたことはあるが、こんなキツイ匂いの漂う部屋に閉じ込めるなんて動物虐待ではないのだろうか。


「なので教室は借りれなくなっちゃったんです。だから師匠が代わりの結界張ってくださいよー」

「なぜ私が。嫌だ、めんどい」

「だって、わたしが知ってる人の中で結界とか張れそうな人、マスク仮面さんか師匠しかいないんですもん」

「ならマスク仮面に頼め」

「連絡先知らないので無理です」


 マスク仮面ってなんだよ!!!?

 言葉の発せないロイが、目一杯心のなかでツッコむ。名前からして怪しい上に、連絡先不明の相手だなんて不安でしかない。

 オロオロしつつも、そんな相手に頼むくらいならとロイはディーグへと頭を下げた。

 どうか、そんな怪しい呼び名の人物と、これ以上関わらせてくれるなという気迫を漂わせて。

 そんなロイの切実な思いなど微塵も感じ取らなかったディーグだが、たしかアイツも忙しいしどのみち無理だろうなぁと、一人納得していた。


「第一、結界を必要とする場面などあるのか?」


 詳しい事情を、ディーグはもちろんロイにだって話していない。

 ただ、シェリカにどうしても納得してほしいことがあり、そのために勝負をするのだという謎の理由しか言わないのだ。

 そんなよくわからない子供の小競り合いに、なぜ朝早くから結界を張るだなんて重労働を強いられなければならないのか。


「……そうだ。代わりに小規模結界を張る魔術具を意してやるから、それで我慢しろ」

「本当ですか! さっすが師匠!! ありがとうございます!」

「今は手元にないから、しばらくしたら取りに来い」

「わたし達これから委員会のお仕事があるので、師匠が図書棟まで持ってきて下さいよ」

「何様だ貴様は!!」


 険しい表情で捲し立てるも否定しなかったディーグに、言う通りにするのかと謎の感心が浮かぶ。

 慌てたのは狼で、何言ってるの? どこ行くつもり?? と、ディーグを見上げながらその周りをうろついている。


「私は朝は苦手なんだ」


 きっぱり言い渡すと呆気に取られている狼を放置して、ディーグは出かける準備を着々と済ませていく。

 裏の森をまだきちんと見回ってないしな、と結構乗り気な様子だ。


「師匠本当に暇してたんですね」


 前にそう言っていたのを思い出し、ルーツェが楽しそうに笑った。

 それに狼が、諦めたように尻尾を丸めて項垂れた。






********************






 あれから数刻後――


「盗ってきたぞ」

「取ってきてくれたんですね、ありがとうございます師匠!」


 図書棟で本の整理をしているルーツェの元にディーグが現れた。

 夜は肌寒いためか厚手のローブを纏っており、一見しただけでは教師に見えない。


「ここにある窪みに魔石をはめれば、魔石内の魔力で勝手に発動する。……壊すなよ」

「壊しませんよ。これで明日は思いっきり出来ます。本当にありがとうございま……いた、痛いよルドルフ。さっきからなんでわたしの足踏んでるの? お部屋の中では大人しくして」

「ウ~……」


 器用に体重をかけてくる鳶色の狼は、機嫌が悪そうに小さく唸っている。

 キョロキョロと辺りを見回しては、落ち着きなくディーグの足元を回っていた。

 その傍ら、何度となくルーツェの足を踏みつけて行くので、自分の主人に使いっぱしりのようなことをさせてしまったのを怒っているのかもしれない。

 ルーツェがごめんねと謝りながら、狼の顔を覗き込もうとしゃがみかけた時だ。

 背後で本が落ちる音がした。


「準司書さん!」


 ルーツェ達が立っている場所から、少し離れたカウター奥にある倉庫。

 その部屋から丁度出てきたのであろうイルが、真っ青な顔色で立っていた。足元には数冊の本が散らばっている。


「な……なぜ」

「準司書さん?」


 心配してルーツェが駆け寄るも、イルは小さく震えながらディーグの方を見ていた。

 体調が悪いのかと思ったが、様子の可笑しいイルにディーグへと振り返るが、ディーグも心当たりはないのか困惑した表情を浮かべていた。

 ルーツェよりも低い位置にある小さな肩に触れると、イルからぐっと息を(こら)える音がし、身体が小さく揺れるのを感じた。

 イルは一度ディーグから視線を外すと、ギュッと拳を握って口を開いた。


「なぜ図書棟(ここ)に犬がいるんですか! 室内はペット禁止です!」

「す、すまない」

「ごめんなさい! 師匠、ほら、早くルドルフ外に出して!」

「ワフ……」


 小さな肩を怒らせ必死な様子のイルに、ルーツェは慌てふためきディーグも素直に謝った。

 体躯のいい狼を抱え出ていくディーグを見送り、イルの元へと戻り頭を下げる。


「すいません。あのワンちゃんを入れたのはわたしで、ししょ……オ……オ? 名前忘れちゃったわ――、さっきの先生は悪くないんです」

「……いえ、私こそ声を荒げてしまいすいません」


 ふわりふわりと狼の抜け毛が宙に舞う。ルーツェはそれをイルの視界に入れまいと手をバタつかせるも、どこか疲れた様子のイルに申し訳なく眉も下がる。

 ちなみにディーグの教員としての偽名は早々に忘れてしまった。


「申し訳ないのですが、今日は少し早めに閉めることにします」

「あの、本当にすいませんでした。それと、その……お掃除するならわたしがやりますし、イルくん顔色が……」


 ディーグを追い出した今、分かる範囲で室内に人の気配はない。

 申し訳無さはもちろん、少年の優れない顔色に心配を浮かべるルーツェにイルは小さく首を横にふると笑みを作る。


「少し調子を崩していまして……、でもハンゲルも居ますし大丈夫です」

「……でも」

「気にしないでください」


 どこまでも優しく、けれどやんわりとした確かな拒絶にルーツェも口を噤む。

 たしかに調子が悪いのであれば、さっさと閉めて休んだほうが良いのかも知れない。ルーツェは渋々ながらも納得し頷いた。


「ロイさんにはわたしが伝えますので」

「ええ。ありがとうございます」

「あと、ルドルフ……ワンちゃんのこと、本当にすいませんでした」


 それだけ伝えると、ルーツェはロイの荷物もまとめて外へと出る。

 時間的にはそこまで遅くはないのだが、辺りはすっかり暗くなっており吹く風も冷たい。

 背後でガチャリと鍵のかかる音がしたが、イルの姿はそこにはなく何らかの魔術具で戸締まりを管理しているようだ。


「早くロイさん見つけて、わたし達も帰ろう」


 いらないと言っているのにコハクが詰め込んだブランケットを羽織り、暗い夜道を見渡す。

 ロイは校舎側からぐるりと回って戻って来るはずなので、反対側から回ればすぐ会えるはずだが・・・。


「ひぃ、暗いし怖いぃ」


 迫る暗闇にたった一歩も踏み出せないため、夜風に吹かれながらロイの帰りを待った。

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