30話 言葉のチョイスがおかしいだろ
シェリカが次に目を覚ました時のは、薄く開いたカーテンから朝陽が差し掛かったころ。
起床時間には早く、普段は人の気配で賑やかな扉の外も今は静かだ。
ぼんやりする目元を擦りながら気だるい身体を起こし、なんとなしにあたりを見渡す。
室内にはほんのり植物の香りが漂い、テーブルの上に見慣れない布袋を見つけた。香りの原因はその袋のようで、まるで静かな森の中にいるような気分にしてくれた。
布袋の下には小さな紙が挟まっており、一瞬ビクリと身体がこわばったが、書かれている文字を理解して昨日の出来事を思い出した。
紙に書かれていたのは柔らかくも丁寧な文字。短くシェリカの身体を気遣う内容が記されていた。
「そうだ、昨日お姉さまがここに……」
自身の言動を振り返りシェリカは青ざめる。
隠すつもりで吐露してしまった己の隠し事。呪術の気配がする手紙。
そもそも、シェリカにとってこういったことは初めてではなかった。それこそ程度は違うが、悪意や陰口なら学院に入学する前からも向けられていた。
――呪われた化物飼い。
そのせいで同年代の子供が怖くなり、友人と呼べる人物など一人も出来なかった。
だがシェリカも慣れた。慣れてやり過ごす事を学んだ。
自分ひとりで内包し、時がすぎるのをただ待った。そうすれば大抵のことはシェリカを置き去りに過ぎ去ってくれる。
それは人であれなんであれだ。
だからこそ、シェリカはわからなかった。知らなかった。
「どうしましょう……どうしたら」
自分にだけ向かっていた悪意が他者にも向けられそうになった時、どうしたら良いかだなんて。
ぽつりと頬を伝った雫が、そのまま紙面に落ちた。
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「え! シェリカちゃんお休みなんですか?」
「ああ、どうも体調が優れないと、寮の自室で休んでいる」
中庭の草葉の陰。
植え込みに隠れるように身を寄せ合っているのは、ルーツェとアレンに色付きメガネで顔を隠しているロイの三人だ。
こんな地べたに腰を下ろすなど子供の頃以来だと、アレンが微妙な表情をしていた。
話は少し遡るが、女生徒達の間では朝から庭園会の話で持ちきりだった。
そのためか授業がかぶっていないはずなのに、ロイがルーツェのそばを離れない。おそらく心配をしていたのであろうが、今のルーツェには昨日の話をしてやれるほどの余裕もなく、シェリカのことで頭がいっぱいだった。
シェリカは前期の殆どを休んでいたため、ルーツェと習得授業がよくかぶった。というか、後期だけで必要単位を稼ごうとなると、大半を授業に出席しなくてはならないため必然的にそうなった。
「わたし朝からずぅ~っとシェリカちゃんを探してたんですよ! なんで教えてくれないんですか! アレンさんの意地悪!」
「す、すまない」
謝ってはみたが、アレンは一切悪くない。
彼は朝、いつも通り妹を迎えに行き、待ち合わせ場所に現れた妹は軽装姿であった。どうしたのかと問う前に必死の形相でルーツェに会ったかと聞かれ首を横に振れば、安堵し今日は体調が悪いから休むと告げられた。
珍しい妹の態度に虚をつかれていたら、何か言いたげな様子だったのでなにかあったのかと聞くも激しい否を返された。なんだと言うのだ。
シェリカは『今日は私お休みいたしますが、お姉さまもお疲れのご様子でしたし、昨日お話は控えてください』と言われた。
話を聞きに行くなと言われてしまえばアレンがルーツェに会う理由などなく、空いた時間を読書にでも費やそうと図書棟で過ごしていた。
それがつい先程の話。
昼の鐘が鳴り、昼食でもとろうかとのんきに廊下を歩いていた時だ。『確保ー!』と言う大声と共に、横腹に強い衝撃を受けた。
「だがな、ルーツェレア。年頃の女性がむやみに異性に触れるものではない。ましてや飛びつくなど、お前はどうかしている」
「だって、休憩時間すべて費やしてようやく見つけたんですよ。絶対逃してなるものかと思ったらつい……」
「ついではない。気をつけろ」
「……はーい」
「返事が美しくない。やり直せ」
「申し訳ありませんでした」
むうっと顔をしかめるルーツェの横で、ロイが困った様に笑っていた。
アレンが呆れたように「お前も見るだけではなく止めないか」と不満を口にしている。
「で、なんの用だ? 私はいいが、お前たちは次も授業だろ? 昼食の時間がなくなるぞ?」
「大丈夫です! 今日はシェリカちゃんと一緒に食べようと思ってたので、エマさんが分けてくれた”オコメ”というもので”オニギリ”を作ってきました!」
ロイは興味津々にルーツェの手元を覗き込み、アレンは不思議そうに首をかしげた。
「オコメ……オニギリとはなんだ?」
「外国の食材です。エマさん家は食品の輸入をやってて、たまに送ってきてくれるんですって。わたし前に一度食べさせてもらいましたけど、お塩の味と”オコメ”がほんのり甘くって美味しかったですよ」
「甘いものに塩をかけているのか!? 本当に大丈夫なのか、それは?」
そもそも、こんなところで食事をするつもりか? とアレンの眉が寄っていく。
人目はないが、フルオープン。
草木の自然に囲まれ、虫や鳥も寄ってくるふれあい溢れる空間。すでに鳥がルーツェに群がっている。
「どういうことだ、私に鳥のエサを食べさせる気か!?」
「違いますぅ! ちゃんと人間のご飯です! 嫌なら食べなくていいですよ! ロイさんにはこっちの”お魚オニギリ”あげます。これ、焼いたお魚が入って美味しいんですよ」
「♪」
こくりと頷き、差し出された弁当箱を除く。
大きなリュックから取り出された、二つの弁当箱のうち、一つには三角形の白い”オニギリ”がきれいに並んでいる。
「ちゃんと飲み物と、おかずも少し作ってきました。暖かい飲み物がいいなら、熱を溜めるコップも持ってきてるので自分でやってください」
テキパキと弁当を広げながら、不審そうに眉を寄せているアレンへとコップを押し付ける。
そんなピンポイントな不満ではないし、色々と言いたいことはあるが、この数日の付き合いで大して意味を成さないだろうと諦める。
気を取り直して四角い箱を除けば、白の塊が目に入った。
「”オコメ”とはライスのことだったか。私も何度か口にしたことがある」
まだ認知度が低いだけで、特別貴重な食材でもない。ただ、食べ慣れないため普及もしていないが、一部のレストラン等では提供を開始している。
エマとは誰だと頭の片隅で思いながら、冷えてはいるがもっちりとした手触りにためらう素振りを見せずにかぶりつく。
宮廷魔術師を排出するクロスフォルド家の跡取り息子が、こんな吹きさらしの場所で、給仕もつけず座り込んで食事をするなんて。
(誰かに見られでもしたら、たまったものではないな)
ましてや手づかみで直接かぶりつく姿など、父や母にすら見せられないだろう。
一人文句を浮かべながらも、自然と上がりそうになる口角をごまかすように、アレンは静かに食事の手を進めていった。
その結果――。
「足りん。なぜもっと用意してこなかったんだ。私はあの赤い刺激物が入ったものを、あと三つくらいは食べたい」
「刺激物じゃありませんー。”ウメボシ”ですー。そもそも、お弁当はわたしとシェリカちゃんとロイさんの分しかなかったから、アレンさんは人数に含まれてないんですー」
「なんだと!?」
本当はシェリカと話すため、アレンは除け者……席を外してもらうつもりだった。
外での食事など断られると思っていたので、アレンがいないスキを狙ってあるものを渡したかったのだが――。
「でも仕方ないので、アレンさんにお願いすることにしました」
「何をだ?」
「あ、中は絶対見ちゃ駄目ですよ。仕方なしにお願いするんですからね。見たら人として最低です。軽蔑します」
「だからなんの話だ!」
訝しむアレンと同じ様に、全く事情を把握していないロイも首をかしげる。
すっかり鳥に囲まれてしまっているルーツェに思うところはあれど、何も言うまいと目を細めるだけに留める。
つもりだったが、つい「なぜ、そんなにも鳥が集まっているんだ。食べこぼしが酷いのではないのか?」「失礼ね! そんなわけないじゃないですか!」と余計な一言がもれた。
「もういいです。アレンさんは黙ってこの手紙をシェリカちゃんに渡しておいてください」
「……手紙? なぜ私が?」
「どうせ帰りに様子を見に行くんでしょう? 今日の委員会はアレンさんもお休みして、早く帰ってもらって構いませんから」
「! …………だが」
「構いません。ロイさんと二人で頑張りますし、大丈夫です!」
ですよね? とロイを振り返れば、力強く頷いてくれた。
本当は不調を訴えるシェリカが心配で、以前のように引きこもってしまうのではという不安があった。
しかし、女子寮に入り浸ることなど出来ないし、一人部屋にいるよりかはと校舎内に留まっていたが、本当はすぐにでも様子を見に行きたかった。
「………………、すまない、助かる」
「いいってことですよ!」
ドンと胸を張りながら叩くルーツェに、思わず吹き出してしまう。
「なんだその言い回しは。色々とおかしいぞ」
「伝わればそれでいいんですー」
呆れながらも柔らかい声音のアレンに、ロイも小さく息をついていた。
そろそろ移動をしなければと、ロイは弁当箱を片すルーツェを手伝いながらアレンに渡した手紙はなんだと指をさす。
「あの手紙? あの手紙はですね――果たしじょ、じゃなくて! えーと・・・」
「「?」」
アレンがいる手前、ヘタなことは言えない。
せめて状況とシェリカの意思を確認するまでは、身内にはバラすなと昨日コハクに口酸っぱく言われている。
「だからあれは・・・、そう! シェリカちゃんへの熱い想いを綴った手紙。ラブレターです!」
「は?」
予想外の発言に、ラブレターと称された物体は、アレンの張り付いた笑顔とともに握りつぶされた。




