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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第三章 図書棟の幽霊
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29話 どうしてくれようか

「どうやったら犯人をあぶり出して、とっちめてやれるかしら……。ねえ、なにかいい方法ない?」

「………………、ン?」




 森と言ってしまっても過言ではない校舎裏の雑木林奥。

 そこに隔離されるかのごとく存在する第二学生寮。

 剥がれかけの木板に、外壁を伝い上へと伸びていく蔦。最近人の手が入り、屋内は見違えるほどになった。


「え? なに? なんて言った、今?」

「だから犯人のあぶり出し方! ついでに報復方法」

「全然全くこれっぽちも意味がわかんないんだけど!?」


 今日は学院の休息日。

 七日あるうちの五日間は授業があり、残り二日のうち一日は予備日として校舎の一部が開放されて教員も内勤をしている。

 そして残りのもう一日は完全な休みとなり、特別な理由がない限りは校舎への立ち入りすらできない。

 その休日の午後。第一学生寮の女子棟では、前例のない庭園会と称した大規模なお茶会が開催された。

 そして、その如何にも貴族の子女たちの交流の場としか思えない集まりに、平民で寮すら違うルーツェが参加することになり、数日てんやわんやだったのだが――。


「帰ってきてからだんまりで、なにかあったのか気にしてたのに……犯人? 何の?」


 昼前に寮を出て、夕方ごろに戻ってきたルーツェは、どこか思いつめた様子で元気もなかった。

 心配したコハクとフィファナがあれこれ言葉をかけたが、上の空でちゃんとした返事が返ってこない。

 かと思えばそのまま自分の部屋へと引っ込んでしまい、残された二人はなんとも言えないモヤモヤを抱えたまま夕方の今まで自主訓練を行っていた。


「見て。犯人を見つけ出すために、わたしなりに計画を練ったんだけど、どれもしっくりこなくって」


 言って、ついさきほど食堂から裏庭に繋がる扉を盛大に開け放ったルーツェが、頬やら手をインクで汚したままコハクに数枚の紙を突きつける。

 ルーツェが下りてくる気配に訓練を止めて、様子を伺いに行こうとコハクは扉に近づいていた。そのため、あと少しで顔面を横殴りにされるところであったし、なんなら鼻先が少しかすった気がしないでもない。


「……事件ですか?」

「やめろ、落ち着けフィファナ。剣を抜こうとするな」


 じゃりっと砂を踏みしめ、元兵士団陸軍第三部隊の副部隊長殿が剣呑な空気を放つ。

 紙の束を受け取ったコハクが呆れたように静止の言葉を投げるが、本人は納得していない顔でルーツェから視線を外さない。

 おそらくルーツェが助力を請えば、惜しげもなくその剣を振るってくれるだろう。誰かこの猪突猛進系女子ふたりを止めてくれて。


「で、犯人ってなに? 時系列順に、具体的かつ簡潔に述べろ」

「今日シェリカちゃんが倒れた。どうも嫌がらせをされてたみたいで、呪具っぽいものとかも送りつけられてた。なので犯人を見つけて、やめさせたいです!」

「「!!」」


 ぐっと眉根を寄せるルーツェに、コハクとフィファナは目を見開く。


「……なにそれ」

「シェリカ殿は大丈夫なのですか!? 倒れるほどの呪具だなんて」


 小柄な白髪の少女を思い返し、フィファナの言葉尻も震える。

 ルーツェの話によると、昨日までとは違いシェリカの様子が変だったらしい。まるでルーツェと関わらないよう距離を取っていたようだ。

 仕方なくルーツェは一人で大人しくしていようと思ったらしいが誘惑に耐えきれず、スイーツを頬袋に詰め込んだ挙げ句盛大に()せ、そんなルーツェを心配し飛んできたシェリカがそのまま倒れてしまった。

 そして、部屋には呪具だと思わしき手紙が落ちていて、しかも手紙はその一通のみでなくいくつか数がありそうだと言う。


「手紙に触れた時ね、ビリってしたの。そのあとインクが滲んだから、インクになにか仕込んでたのかも。……シェリカちゃん、夜眠れてなかったんだと思う。話したあとまた寝ちゃって、すぐ先生が迎えに来たから詳しいことはあんまり聞けなかった」

「…………アレンには言ったのか?」

「? 会ってないからまだ言ってないけど」

「ならしばらく黙ってろ」


 なんでだと、どこかショックを受けたような表情でコハクを見る。

 コハクは少しだけ眉根を寄せたあと、「続きは中で話そう」と無理やりルーツェの肩を押して方向転換させる。

 風も冷たくなってきたし、フィファナもその方がいいと手早く後片付けをして食堂内へと戻る。

 エマは朝からどこかへと姿を消し、ニウロはルーツェが戻る少し前に「走り込みをしてくる」と出ていったまま戻っていない。

 調度品などない食堂内に椅子を引く音をがひびき、窓辺で寝ていた仔犬の耳だけが僅かに動いている。


「……なんでアレンさんに相談しちゃいけないの?」


 コハクの僅かに下の方から、かすれた声が聞こえる。

 覇気のないその声音にため息をつき、突き放す様に持っていた紙の束を机の上に放り投げた。


「自分でも分かってるんだろ。シェリカがそれを望んでないって」

「…………」

「だから最初は俺たちにも黙ってた。一人でなんとかしようとして、こんな紙切れ量産してもなにも浮かばなくて、焦ってんだろ」

「なら! ……そこまでわかってるなら、コハクも一緒に考えてよ! このままじゃシェリカちゃんが」

「シェリカがそう頼んだのか? どこの誰かもわからない、自分に嫌がらせをする犯人を捕まえてくれって。大貴族のご令嬢様が、寮すら同じところに入れてもらえない平民の娘に縋ったのかよ」

「ちが……」


 机をはさみ正面に座るコハクに、今にもルーツェは掴みかかりそうな勢いで立ち上がり、フィファナが一瞬息をのむ。

 ルーツェは伸ばしかけた腕をなんとか留め、ぐしゃりと表情を歪めた。思い留まったルーツェに安堵するも、コハクが畳み掛けるように冷たい言葉を吐く。


「お前さっき言ったよな。シェリカの様子が可笑しかったって。距離を取られたって。ならそれは、知られたくなかったて事だろ? 初めてのことじゃないなら、隠してたんだろ? ……今までずっと。なのになんでそれを無理に暴こうとする。相手が知られたくないって思っているうちは、そっとしといてやれよ」

「だって……」

「シェリカが望んでない限り、お前のそれはただの自己満足だ。お前の満足を満たすために、他人の弱みを勝手に暴いて引っかき回そうとするな」

「コハクさん! いくらなんでも、そのような言い方は! シェリカ殿は単に、ルーツェを巻き込むまいと」

「なら尚更だろ」


 フィファナを遮るように、コハクが続ける。


「俺だったら絶対嫌だ」


 コハクはフィファナの方は見ていない。ただ、じっとルーツェを捉えたまま、ほんの少しだけ苦渋を滲ませた。


「巻き込みたくなくて距離とってんのに、突っ込んでくるとか迷惑でしかない」


 真っ向から告げられた言葉に、ようやく二つの視線が合わさった。

 譲らずゆらりと揺れる翡翠と琥珀に、先に色を伏せたのはルーツェの方だった。ルーツェは静かに立ち上がると、次第に速度を上げ奥のカウンター内を音を立てて歩く。

 突然のことに言葉を発せないまま、それを目で追ったコハクとフィファナを他所(よそ)に、ルーツェはグラスに並々と魔術具で冷やしていたミルクを注ぐと、一気に飲み干しグラスを台へと割れない程度に叩きつけた。


「わたしはそれが許せないの!」


 ぐいと口元を拭い「いーだ!」と歯をむき出す。それにコハクは眉を寄せ、フィファナが詰めていた息を吐いた。

 律儀に使ったグラスを洗って立て掛けたあと、ツカツカと踵を返しコハクのすぐとなりへと立つ。

 座ったままのコハクを見下ろす形でルーツェは鼻を鳴らすと、鼻の奥がツンとなるのを堪えて大きく息を吸った。


「……わたしだって、わかってるよ? 他人に軽んじられるのは嫌だし、そんな自分を情けなく思っちゃったり、周りに知られるのも嫌よ。皆が当たり前に出来ることも出来ないから悪いんだって、自分はその程度の人間で、それを知るのも知られるのも惨めな気持ちになる。情けなくて消えたくなる」


 村にいた時も、街に来てからもルーツェの周りにはいい人が沢山いた。それと同じ様に自身に対する悪意を感じる人も少なからずいた。

 魔力なしだと言うと眉を潜め理解できないという顔をされたり、中にはあからさまに見下し態度を豹変させる人もいた。

 その度に悔しくて、悲しくて、周りに気を遣われるほど虚しい気持ちになった。自分自身がつまらなく、無価値に思えて、そう思う自分が惨めで馬鹿らしく、なによりそんな考えをする己に疲れた。


「でも、じっさまが魔力なしでもいいって、コハクがやりたいなら頑張ればって言ってくれた。許してくれた。みんなが大丈夫だよって――だからわたしもシェリカちゃんに教えてあげたい。みんながわたしに教えてくれたこと、今度はわたしが伝えたい。自分のせいだって思ってるなら、そうじゃないよって言ってあげたい。シェリカちゃんは悪くないって、諦めなくても良いんだよって。だから、巻き込まないようにとか距離を取られると困るの! 勝手にいなくなられると、わたしが寂しいの!」

「…………」

「わたしは、わたしがしたいからそうするの! 自己満足? そんなもの、百も承知よ!」


 むむむと眉を寄せながら、大声で言い放つ。

 かと思えばきゅっと口を引き結び、頑固タイムに入ってしまった妹に、コハクは何か言おうとし形にならずに苦い表情を作る。

 頭を掻きむしりたい衝動にかられながらも、なんの解決策にもならないと乱暴に思考を投げ捨てる。


 友達になにかしてやりたいルーツェの気持ちもわかる。それと同時に、何をすればいいのかわからない憤りも伝わってくる。

 だからって、どうしろって言うんだ。

 正直コハクはシェリカの事を殆ど知らないし、興味も然程ない。むしろ、大貴族だなんてあまり関わりたくないとすら思う。

 とうとう睨めつけ合うように黙り込んでしまった二人に、おろおろと見守っていたフィファナが遠慮がちに言葉を挟んだ。


「ルーツェが心配なのはわかります。しかし、下手に手をだして悪化する恐れもありますし、なによりシェリカ殿が望まないのなら無理強いは良くないと思います」

「……わたしだって、シェリカちゃんが嫌なことはしたくないです」


 しょんぼりと、でも確かに頷いたルーツェに、やんわりと笑みを向ける。

 ナイスフォロー、フィファナ!

 少し緩和された空気に、コハクも落ち着いて顔を上げルーツェへと向き直る。


「フィファナの言う通りだよ。シェリカがどうしたいのかわからないし、しばらくは様子を見て」

「……うん、そうね。わかった、わたしシェリカちゃんに決闘を申し込むわ!!」

「なんでだよ!!」


 コハクが思わず立ち上がり、アホな事を言う妹の頭を(はた)いたのは、致し方のないことであった。

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