23話 翌朝
「ルーツェが大貴族のご令嬢に、お茶を誘われた? ……大丈夫なのか、それは?」
「知らないよ。あの馬鹿」
夜が明けて少し経ったくらいの時間。
冬を前にした緩い冷気に、外で打ち合いをしていたニウロとコハクはそれぞれ違った表情を浮かべていた。
驚愕に目を見開くニウロに、不機嫌そうに眉根を寄せる。
後期入学ということもあり、夕方はギリギリまで自主練に取り組み夜遅くに戻ってくるニウロ。そんな彼とゆっくり言葉を交わせるのは、朝の鍛錬時のみだった。
「本当に余計なことばっかりするんだから」
コハクの荒い打ち込みに、いつもと様子が違うと早めの休憩を取った。
どこか己の比重を妹に傾けがちな友人に、ニウロは眉尻を下げその背を叩く。
「こちらから拒否するわけにもいかないし、深い意味はないのだろう?」
「深い意味もないのに、公爵家のご令嬢様が平民の小娘に声をかける意味がわからない」
「…………」
「フォローしろや」
「いや、だって……。――――――、えー……?」
アリューダ公爵家のご令嬢。
普通に生活していれば、いや、同じ学院に通っていたとしても関わることなどないと思っていた生きる世界の違う人物。
「……なにか、僕にできることはあるか?」
「俺にわかるわけないだろ」
「…………そうだよな」
貴族様のお茶会参加の心得なんぞ、平民の自分たちが知っているはずもなく。
「「はあ……」」
巻き込んでくれたクロスフォルド兄妹になんとかしてもらうしかないと、大きく肩を落とす。
それと同時に、けたたましく扉を叩く音に思わず得物を手にとった。
――ドン、ドン、ドン!
「な、なんだ?」
「玄関口の方だ。行くぞ」
ルーツェとエマまだ寝ているはず。
一体なにごとだと、コハクとニウロは走り出した。
――・・・で、だ。
「そういう訳で、時間がない。リィリーシェ嬢の茶会まであと三日。できる限りのことをルーツェレアに叩き込むしかなくなった。責任は取らせてもらうから、気を引き締めて取りかかれ!」
「うぅ~……まだ眠いようぅ」
「お前のために言っているのだぞ! 起きないか、ルーツェレア!」
「ハヌン!」
「ニィ!」
朝っぱらの第二学生寮。
寮に門限はあるが、日が昇ってからの外出に校則としての制限はない。
コハクとニウロは裏手で朝の鍛錬。朝食の用意をするにもまだ早い時間の今、ルーツェはけたたましく入り口を叩く音に起こされた。
ちなみに、エマは寝ぼけたまま「うるさい」と二階の、つい昨日の夜割り振られた自室から怒鳴り声を上げたまま音沙汰がない。
そうして無理やり叩き起こされたルーツェが階下へおりれば、食堂にはコハクとニウロ以外にもう一人別の人物が立っていた。
アレン・リェ・クロスフォルド。シェリカの兄であり、宮廷魔術師を多く排出するクロスフォルド家の嫡男。
今朝は時間も時間なだけに女子寮を訪れるわけには行かず、一人で来たと言うアレンにその気遣いをほんの僅かでもこちらにも向けてほしいと思うが、面倒だったので喉の奥に引っ込める。
「おお、今日はヤニャンの雛も起きているじゃないか!」
「ニィー」
「この鳴き方! 書物で読んだことはある! ああ、まさか直に耳にする日が来ようとはっ……」
「朝っぱらから、なんなのアイツ」
「誰なんだ、ルクラス」
「さっき話した元凶の兄」
元凶のと言われて相手が誰だか察しがつき、ニウロが言葉もなく青ざめる。
そんなニウロに反し、隠しもせず仏頂面で元凶とこぼしたコハクに、アレンの表情が険しくなる。
いくらか反論が返ってくるかと思ったが、アレンは以外にも口を噤むと真剣な面持ちでコハクへと向き直った。
アレンは食堂の質素なイスから立ち上がると、姿勢を正し、そのままコハクへと頭を下げた。
「たしかに、浮かれたあまり不用意な行動をした我らに非がある。本当にすまない」
「なっ!」
驚きに目を見張ったのはニウロとルーツェで、コハクは少しだけ目を細めるただけで大した反応は見せない。
自分でも知っているような大貴族の青年の言動に、ニウロは慌てコハクの肩を乱暴に揺する。
寝ぼけ眼だったルーツェはすっかり眠気が飛び去り目をぱちくりさせていた。脳みその方までは追いついてない様子だ。
「クロスフォルド様! お止めください! ルクラス、お前も相手が誰かわかって」
「ルーツェの友達の兄貴だろ」
人目があるなら別だけどさ、言いながらコハクはアレンに近寄ると襟元を掴み無理やり顔を上げさせる。
と、そのまま思いっきり頭突きをお見舞いしてやった。
「……いって~」
「っ」
「………………、大丈夫かルクラス」
「なにやってんの? コハク」
「うっさいな! なんなのコイツ、頭の硬さ可笑しいんじゃないの!!」
「す、すまない」
「謝るなよ、ちくしょう!」
思いの外石頭だったらしいアレンに、うずくまったのはコハクの方で心配そうな目を向けられる。
ルーツェとニウロに至っては心底わけがわからないという表情なのが、更にコハクを苛立たせた。
「ああ、もうなんだよ! 普通にぶっ飛ばせばよかった! なにこれムカツク、やっぱり一発殴らせろ!」
「わかった」
「本気に取るなよ、冗談だよ! 当たり前の様に受け入れる体制取ってんじゃねーよ!!!!」
「そ、そうなのか?」
「どうした? 何がしたいんだルクラス」
「コハク大丈夫。さっきのすごく痛そうだったし、頭が……」
「お前らは本気で心配してんじゃねーよ」
「いひゃい、いひゃ、なんでつねるのー!!」
「痛い、蹴るな。人に当たるのはやめろ!」
僅かに目元を朱に染め、眉を吊り上げるコハクにルーツェとニウロは覚えのない暴力を受ける。
呆気にとられ、どうしたらいいのかわからず立ち尽くしていたアレンは、不意に鋭い視線を向けられ顎を引く。
「とにかく、アンタ等は出来ることちゃんとやってよね! うちの馬鹿に何かあったら、絶対許さないからな!」
「! ――ああ、もちろんだとも!」
「なら、もういい。勝手にしろ!」
すごい剣幕で人差し指を突きつけられたアレンは納得したように頷いた。
ニウロは貴族相手になんて事をと思ったが、アレンが少し嬉しそうに笑んでいる気がしたので問題ないのかと気にしないことにした。
「――で、アレンさんはこの鬼畜スケジュールを宣告するためだけに来たんですか? わざわざ? こんな朝っぱらから? 悪魔ですか?」
「悪魔とはなんだ。失礼な奴だな」
「うわ……えっぐ。は? 休憩の移動時間にまで予定が組まれてるんだけど、何これ引くわー」
「何を言う。短期間で貴族の所作を身につけられるよう、緻密に計算し管理したスケジュールだ。文句ばかり言うな」
「「だからって、これは……」」
緻密すぎるだろう。
ニウロは既に出かけ、エマは起きているようだが降りてこない。三人と二匹はそれなりの広さがある食堂で、十数枚に及ぶ紙の束を囲み顔を寄せ合っていた。
「茶会は三日後の午後。シェリカも同行の許可を頂いたようだが、念の為ある程度の振る舞いは身につけるべきだろう」
「だからって、歩き方とか挨拶の仕方はともかく、笑顔の練習ってなんですか? 自分で言うのもなんですけど、『今日も元気でいい笑顔だね』って村のおじさんやおばさんからよく言われてたんですよ」
「だからだ。 お前は表情に出やすいようだからな、相手にすきを見せない笑みの作り方を覚えろ」
他にも今人気の話題や、派閥がどうだとか……よく見ればアレンの目元には疲労が滲んでおり、昨日別れてから一晩で書き上げてくれたのが伝わる。
「……まあ、所作とかは知ってたほうが良いとともうけど、話題まで必要? 別に本当の意味でお茶会しましょってわけじゃなく、単に相手がルーツェと個人的に話をしたいだけなんでしょ?」
「いや、どうやらそうでもないようなのだ」
「どういうこと?」
苦々しく口元を歪めるアレンに、コハクの声が低くなる。
「最初は私もシェリカも、人目を忍んだ内的なものだと思っていたんだ。リィリーシェ嬢とルーツェレアでは身分に差がありすぎるからな。偶然居合わせただけならまだしも、平民を茶会に招待するなどむしろリィリーシェ嬢の品位が問われることになる」
「まあ、そっぽどの阿呆じゃないかぎりそうだろうね」
「だから私もリィリーシェ嬢は内密にコンタクトを取って来ると思っていたのだが、昨日シェリカを女子寮に送って行った際どうも様子がおかしくてな。ちょうど閉寮当番の生徒が待機していたので話を聞いたら、その日に女子寮を使用した大規模な庭園茶会が開かれると……」
「は?」
「庭園茶会?? え? しかも女子寮で大規模の?」
「私も門限が迫っていたため、すぐ男子寮に戻ったので本当かどうかはわからないのだ。おそらくシェリカがなにかしらを聞いてくれているとは思うのだが……」
人目を避けるように怯えていた妹を思い出し、アレンは言葉を失う。
それにしてもだ。
「なにそれ。いくらなんでもおかしくない? だって昨日の夕方に初対面した相手に誘われた茶会が、その日の夜に大幅に変更? しかも開催場所が追い出された第一寮って絶対なにかあるじゃん」
「…………」
「・・・あれ? もしかして、わたしなんかヤバイ?」
「「………………」」
首をかしげ急に不安が首を擡げはじめたルーツェに、コハクとアレンはなんとも言えず頭を抱える。
アレンに至っては「この場合体調が優れないことにして……いや、そうすると誘いに応じなかったと後々……ぅう、一体どうすれば」などとこぼしすでに疲弊しきっている。
コハクはコハクで恐ろしい顔で恐ろしいことを呟いているので、きれいサッパリ見なかったことにした。
「まあ、シェリカちゃんに詳しい話聞いてから考えればいいか」
「「お前はもっと危機感を持て!」」
「だって、考えてもわかんないし、お腹空いた! とにかく朝ごはんよ!」
勢いよく立ち上がり、カウンター内へと消えていくルーツェの背中を見送る。
その後を仔犬が嬉しそうについていき、雛が自分も行きたいとテーブルの端で飛べない跳ねを震わせアピールしていた。
コハクとアレンは何も発せぬまま横目で視線を交わし、ひどく重い溜息を落としたのだった。




