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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第三章 図書棟の幽霊
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22話 やっぱり、しょうがないし仕方ない

「うん、なんでそうなった?」

「解んない」

「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいです」


 雑木林の奥まった場所にひっそりと建つ、第二学生寮。その正面入口。

 クラブだか委員だかの仕事することになった妹の代わりに、フィファナと共に夕飯の準備をしていたコハク。

 別に料理が苦手と言うわけではないが、作れる種類が限られているためルーツェが夕飯は自分が作ろうかと言ってくれていたのだが。帰りが遅くなることになり取りやめになった。

 昼間は別件で姿を消すこともあるフィファナは、手伝いを申し出てくれるもののとても任せられるような腕前ではなく、食材を運んだり食器を整えたりしてくれるだけで十分であった。いやホント。


「私が、私のせいでお姉さまが階段から落ちて……」

「んーそっちじゃなくて……、てかアンタ誰?」

「昨日話したじゃない。シェリカちゃん。わたしたちお友達になったの」

「とりあえずお前は着替えてこい! あと、制服何とかしろ。血まみれじゃん!」

「あ、血のしみ抜きなら私に任せてください! 魔物討伐時などよく返り血を浴びていたので得意なんです」

「…………」

「フィファナさん、ありがとうございます! 自分でも出来るようになりたいので、返り血の落としかた教えてください!」

「お、お姉さまが行かれるなら私も……」

「いや、アンタにはその知識必要ないだろ」

「……シェリカ、ここで待っていなさい」


 昨晩よりはだいぶ早い時間。

 半泣きの状態で帰ってきたルーツェとともに、大きな赤い目に涙をためた白髪の少女と黒髪の青年が付き添ってきた。しかし、怪我でもしたのかルーツェの制服は血で汚れており、誰から見てもわかるほどコハクの顔面から血の気が引いた。

 瞬時に怪我の有無を確かめ、ルーツェを問い詰め始めたコハクに状況を説明してくれたのは、先程アレンと名乗った青年だった。


「お姉さま、お姉さま……」

「鼻血くらいなら大丈夫だよ。アイツ頑丈だし。――待ってるなら中は入れば。お貴族様の口には合いそうもないお茶なら出してあげられるよ」


 もちろん帰るなら伝えとくし、と言うコハクにシェリカは縋るようにアレンを見上げた。

 寮の門限まではまだ余裕があるが、アレンはなんとも形状し難い表情で僅かに視線を巡らせる。

 そう、なんというか……


「ここはいったいどういった場所なんだ? 建物自体は粗末なのに、やたら高位の術式がそこらかしこに仕掛けられているようだが……」

「帝国魔導学院、第二学生寮。術式は行き過ぎた過保護の結果。まあ、そのおかげで朝から大合唱で起こされることもないから有り難いんだけどね」

「?」

「お兄さま」


 怪訝そうなアレンの心中など気にする余裕など無く、シェリカが急かすように上着を引っ張る。

 アレン自身は第二学生寮にあまりいい話がないのを知っていたが、まさか自分がそこに足を踏み入れる機会があるなんてこれっぽっちも想像していなかった。

 むしろ本当に存在していたことに驚き、更にそこに住まわされている学生がいたことも今の今まで知らないでいた。


「お兄さま。私はお姉さまのことが心配です。お戻りになられるなら、あの、……」

「……わかった。私だってルーツェレアのことは心配だ。早めに委員の仕事を終わらせて頂いたぶん時間もあるし、お邪魔することにしよう」


 少し困ったような、それでいてどこか気の抜けたような表情を浮かべるアレンの許可に、シェリカは嬉しそうに微笑んだ。

 コハクはすでに食堂の中へと戻っており、辺りを見回しながら後を追う。

 その後コハクが学生ではなく第二寮の寮監であることに驚き、更にはルーツェの兄であると言うことに驚いた。


「似てないな」

「その言葉そのままお返しするよ」

「う、その、失礼した」

(お兄さまが同年代の方と親しげに話しているのを、初めて見ました)


 普段のアレンであれば、平民が何を偉そうにと憤慨しそうなところだが、どうやら気分を害した様子は見受けられない。

 どういった心境の変化なのかは知らないが、そのやり取りを見ながらシェリカは嬉しそうに笑った。





「――で、なんでそうなったかの説明は?」

「ん? 何の話?」

「だ・か・ら、お茶会だよ! 誘われたんだろ? 着替えてる間に忘れるとか、いい加減にしろこのトリ頭」

「痛い! なんで叩くの、コハクの馬鹿! 意地悪!」


 額をゴスゴスと突かれ、赤くなったところを庇う。

 恨めしそうな目で睨むルーツェの隣には心配そうな白髪の少女。さらにその横には、テーブルの上で寝こける飛獣の雛に興奮している黒髪の青年が見えた。


「な、なんでヤニャンの雛が、こ、こ、この様なところにっ!」

「ああ、お姉さまの額が赤く……大丈夫で、あの、お兄さま、どうしたら、私、あわわわ」

「なんでコハクはすぐ叩くの! すっごい痛いんだけど!!」

「ルーツェ、コハクさん、喧嘩は、その……」

「魔術師団か国から認可の下りた一部のブリーダーの元でしか繁殖不可能と言われている、あのヤニャンの雛がなぜっ!」

「コハク聞いてる!」

「~~あーもう、話が進まない! お前ら全員、落ち着け!」


 コハクが吠えると、仔犬もつられて鳴き声を上げる。

 シンと静まりかえるなか、アレンだけがチラチラと横目で野生を放棄し仰向けに転がっている白い塊を気にしていた。

 疲れた様子でコハクがルーツェを睨めつければ、素早く姿勢を正し口を開いた。


「なんかね、怪我させたお詫びとかで誘われたの。お茶会っていうのに」

「……怪我させたってなに? なんかされたの?」

「ううん。わたしが勝手に勘違いして慌てて階段を踏み外しただけ」

「意味わかんない」


 怪我の辺りでぐっと眉根を寄せるも、続けられた言葉にコハクは肩の力を抜く。


「あの、お姉さまは私が困っていたのを、助けようとしてくれたんです」

「?」

「その、私あまり周りと馴染めなくて、よく思われていないので……」


 つまり、目の前の白髪の少女が何か嫌がらせされているのかと勘違いして、ルーツェが勝手に暴走しただけの話だ。

 しょんもりと項垂れるシェリカに、コハクのなけなしの罪悪感がちくちくと痛む。なんだこの、小さい子を泣かせてしまったような居たたまれなさは!?


「あー……、つまり喧嘩どころか揉めてさえいないところに、この馬鹿が勝手に突っ込んで勝手に怪我したってことだろ。どうやったらお詫びに繋がるのさ」

「それは……」

「おそらくリィリーシェ嬢は、ルーツェレアに興味があるのだろう」

「え? わたし?」


 きょとりと目を丸めるルーツェに、アレンが少し困った様子でシェリカを見る。


「……お兄さまの仰る通りだと思います。実際、あの時リィリーシェさまは、わたしの呪いがどうして解けたのかを聞きたかったご様子でしたので」


 白い睫毛を震わせながら、シェリカが絞り出すような声で言った。


「わたしのせいです。本当は昨晩、お兄さまからはあまりお姉さまに近寄るなと言われていたんです! ご迷惑に……、私の呪いが解けて、急に親しくなった人物がいたら要らぬ関心をお姉さまに集めてしまうからって――」


 なのに自分の気持を優先させてしまったと、シェリカは泣きそうな声で謝った。

 ルーツェは朝の時点でなるようになるだろうと吹っ切っていたのだが、シェリカはそうではなかったようだ。期待と僅かな不安を抱え、それでもルーツェのそばにいきたいと思ってしまったのだ。

 アレンが何か声をかけようとシェリカに一歩近づくより速く、呆れた様な声がそれを遮った。


「つか、今更そんなこと言ったところでだろ? ”リェ”の貴族称を持つお貴族様が、平民の小娘を好意的に構いだせば誰だって変に思う。しかもアンタは何かしらの呪い持ちで、それがたった一晩にして解けたっていうんだから周囲の関心は集めたい放題だ」

「……ごめんなさい」


 縮こまり、うつむいてしまったシェリカに、アレンはコハクを睨みつけ立ち上がる。


「おい、キサマ。いくらなんでもその様な」

「フィファナさん! 今すぐコハクに、腹パンをお願いします!!」

「え、あ、ハイ!!」

「ぐふぉっっ!!」


 今にも胸ぐらを掴もうと伸ばされた手が届く前に、コハクの鳩尾にフィファナの拳が埋まる。

 「あ、すいませんコハクさん! つい!!」 などと言われても、正面を向かせるため肩を掴むまでしたのだからなんとも言えない。

 思いもがけない方面からの攻撃に、コハクは床にうずくまり腹を押さえるしか出来なかった。


「……な、なにす……」

「コハクが意地悪ばっかり言うからでしょ。その話はもう済んだの。お互い了承済なの」


 とうとう咳き込みだしたコハクを前に、ルーツェが口を尖らせて眉根を寄せる。

 そうしてくるりと後ろを振り返ると、シェリカとアレンに向けてわざと困ったような顔を作り笑う。


「こんなことくらい承知の上だもの、見くびってもらっちゃ困るわよね?」


 首をかしげて見せながらも、ふふんと楽しげなルーツェにアレンの強張った表情が解けた。


「ああ、そうだとも。我がクロスフォルドの名にかけて、受けた恩に報いるとも。なあ、シェリカ」

「! は、はい! 私も一生懸命お姉さまを守ります!」

「わたしだってシェリカちゃんを守るんだから!」

「そんな! 私はもう十分して頂いて、これ以上はお返し出来なくなっちゃいます」


 本気で困った様子のシェリカに、ルーツェとアレンは思わず吹き出してしまう。

 フィファナは静かに口元をほころばせ、ようやっとコハクが立ち上がった。


「だから、ね。大丈夫よ。心配しないで」


 そう少し困ったような笑みで言われてしまえば、ため息をついて受け入れるしかなかった。

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