20話 しょうがないなら仕方ない
「お、おはよう、ございますお姉さま! ……あ、あの、お隣、よろしいでしょうか?」
しどろもどろに頬を紅潮させ、シェリカが教科書板を抱きしめながらルーツェへと話しかける。
すでに席につき借りてきた教科書をめくっていたルーツェは、少し驚いた顔をしている。
「え、と、シェリカさんでしたよね」
「シェリカとお呼びください、お姉さま!」
「いえ、それは流石に……」
まずいのではと思った時、教室中の視線を集めていた。
常にセットで行動しているのか、シェリカのすぐ隣に立っていたアレンも微妙な表情を浮かべている。
「シェリカ、落ち着きなさい。ルーツェレアが困っている」
なぜかアレンに、当たり前のように名前呼びをされ更に目を見開く。
昨日は煩わしいものを見るような目で睨まれ、まともな会話すら交わさせてくれなかったのにどういった心境の変化だ!?
「そうですね、お兄さま。私ったら、つい嬉しくなって……」
そう言って更に頬を染める妹を、当たり前のようにルーツェの隣に座らせ自分もシェリカの隣に並んで座る。
いやいやいやいやいや!
「え、あの、昨日も説明しましたけど、わたし魔力無しでただの平民なんですけど。そんな気安く接していただく訳にはっ――」
昨晩、青い伝達鳥に呼び出されたルーツェの帰りを、コハクとエマは待ってくれていた。
ルーツェとほぼ同じくらいに戻ったニウロも交え、遅い夕飯を四人で取りながら図書棟での出来事を説明した。
その際、コハクは頭を抱え、よくわからないながらもニウロは瞳を輝かせ、エマは微妙な表情を浮かべていた。
『えーと、つまりなんや? 偶然ルーツェが持ってた解呪の魔術具で、あのクロスフォルドの呪いを解いてもうたってことか? そんでめっちゃ感謝されて、引き止められてたと……』
呪いが解けたのは魔術具のせいとエマやニウロを誤魔化すも、クロスフォルド兄妹の感激ぶりを思い出しルーツェの笑顔がひきつる。
『うぅ……お友達を通り越して、お姉さまとか呼ばれたんだけど。すっごく微妙』
『すごいことじゃないか! 僕ですら名を知っている上級貴族の方たちと、交流が持てるなんて!』
『…………』
『馬鹿じゃねーの? この、筋肉オバケの単細胞め』
『む! 馬鹿とはなんだ、失礼だぞルクラス』
大きなため息を付くコハクに、ニウロが眉根を寄せる。
どこか剣を含んだコハクの空気に、ルーツェが心配そうに言葉をつなげた。
『で、でも、内緒にしてって言ったよ! 本当にたまたまで、どこでそんな魔術具手に入れたかとか聞かれても困るからって……』
『……それよりも、相手の女の子の方。すっごく喜んで、ルーツェのこと「お姉さま」とか呼んでんだろ』
『え? うん……』
『なあ、エマ。俺たちの知ってる貴族の人って変わってる奴しかいないんだけど……さっきいた連中みたいな』
夕方、用事のついでと様子を見に来ていたクレイドたちを差し、コハクがエマへと目を向ける。
エマも同じことを思っていたように、不安そうにルーツェへと向き直った。
彼らの様に上手くかわせる大人ならいい。だが――同世代のお友達となると話は違ってくるのだ。
『ルーツェ……クロスフォルド家は身分が違いすぎる。いくら学院内では身分や階級を重視しないって言われてても、あくまで建前や。うちらみたいな一般生徒が、爵位持ちの……しかも【レェ】の貴族称を有する位の人とは友達になれへん。相手がいい言うてくれても、周りが許さん。平民と仲良くしなければいけない程、落ちぶれているって思われんのはクロスフォルドの方や』
『!?』
『まあ、それが理解できないほどの馬鹿なのか、理解してるけど何らかの理由でルーツェと仲良くしてたいのかはわかんないけどね』
そんな……と僅かに項垂れるルーツェに、ニウロがコハクを睨む。
『何らかの理由だなんて! きみの想像で勝手なことを言うのは止めたまえ! 純粋に仲良くなりたいと思っているかもしれないだろう!』
『そうかもな』
『ならっ』
『でも、そうじゃなかった場合、面倒事に巻き込まれるのはルーツェだ』
『…………』
お前じゃない、と暗に言われニウロは口を閉じた。
悔しそうに歯を食いしばるニウロに、コハクは面倒くさそうに頭をかく。
『だから、お前ら馬鹿二人は覚えとけ。同じ敷地内で一緒の授業を受けてても、住んでる世界の違う奴がいるってことを』
『『…………』』
『不服そうな顔すんな!』
『ホンマ大丈夫かいな。心配や……』
・・・、そんなやり取りを思い出しルーツェは自然と身を硬くする。
隣から熱い眼差しが注がれ、周囲からは好奇の視線に晒される。
シェリカの向こう側のアレンなんて、微笑ましいものを見るかのようにお前そんな顔も出来たのかという笑みを浮かべている始末。
(コハク、たぶん、これ悪意なんてないわ! 皆無! 好意&好意!!)
キラキラと一心に注がれる赤い眼差しを、ルーツェは視界に入れないよう必死に前を向き、始業の鐘が鳴るのをただひたすら待ち続けた。
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「……それをお前が言うのか」
「なんでですか師匠ー! わたしの話ちゃんと聞いてましたー!?」
一日の授業を全て終えた放課後。
まるで親鳥の後を追う雛のごとく、ルーツェについて回るシェリカを必死でかわし続けた一日。
年の近い可愛らしい女の子に純粋な好意を向けられ、内心嬉し恥ずかしで仲良くしたい気持ちでいっぱいいっぱいのルーツェだったが我慢をした。
「わたしのせいでシェリカちゃんが悪く言われるの……実際、嫌でしたし」
周囲から拒絶に取られない程度に避け続けるルーツェに、途中からシェリカもそれに気づき、元気を失くしはじめた。そしてその姿がまた、ルーツェの心を抉るのだ。
小さい身体を震わせ、悲しそうな表情を浮かべるシェリカ。共にいたアレンがそれを励まし、途中からはなぜかロイまでもが参加していた。
そんな訳で、シェリカが勇気を出しルーツェに声をかける。が、ルーツェはなるべく応えないようにし、落ち込んだシェリカをアレンとロイが励ますと言う謎のループが出来てしまった。
「で、無礼な平民とそんな平民にあしらわれる情けない貴族――と陰口を言われていると。……本末転倒だな」
「そうなんですよー! 仲良くしても、しなくても悪く言われるなんてどうしたらいいんですか!!??」
「知らん。私に聞くな」
補助棟のディーグに与えられた研究室。
まもなく図書委員同好会の一員として図書棟の見廻りに行かないといけないのだが……時間ギリギリまで出入りのないディーグの研究室へと逃げ込んだのだ。
薬草の匂いがキツイのか、開け放たれた窓の下で狼が呆れた眼で伏せていた。
人の意識が向かないよう特殊な結界が張ってあるため、他者の気配は微塵もない。開けた窓からは熱の抜けた冷たい風が、カーテンを揺らし流れ込んでくる。
ディーグはまだ見慣れない己の髪色が視界の隅に映り込むのを感じながら、ゆるく息を吐いた。
ルーツェが来てから一度もスピードが変わらなかった作業の手を止めると、じろりとルーツェを上から睨みつける。
「私も森に住んでいた頃に似たような経験をしたことがある。迷惑だと言っているのに、ちょこまかとしつこく付き纏う輩に随分手を焼いたものだ」
「師匠が森に住んでた時……て、それってわたしの事ですか!? 迷惑だなんて酷いです!」
「酷くない。単なる事実だ」
「むう!」
「だが、それだけでもなかった」
「え? っつ、痛い!」
ディーグはルーツェの頭を鷲掴みにすると力任せに撫で回し、口端を釣り上げて笑みを作る。
「そこまで拗れたならどうしようが同じだろう。今までどうり好き勝手に迷惑でもかけておけ」
「でもっ」
「結果が同じなら、せめてしたいようにすればいい」
最後に一撃チョップをくらい、ルーツェは襲撃箇所を撫で擦る。
本当は噂が立ち消えるまで距離を取るほうが良いのかも知れない。だが、くしゃくしゃになった髪を手で抑え「……たしかに」とつぶやく弟子の様子では、満更でもなかったのだろうとも思う。
しばらく動かなくなったルーツェを気にすること無く、ディーグは立ち上がると開けていた窓に近寄りそれを閉める。
まもなく放課後のクラブ活動開始を告げる鐘も鳴りそうだ。
「そろそろこの部屋も閉めるぞ。用が済んだならさっさと行け」
持ってきたカバンを押し付け、扉を指す。
ルーツェはそれを肩にかけると元気に立ち上がり、まだくしゃくしゃが残ったままの髪でにっこり微笑んだ。
「ありがとうございます、師匠! わたし、行ってきます!」
「わかったから、さっさと行け」
「またお夕飯食べに来てくださいねー」
「無理だ。あまり出歩くとリャダマンが煩いからな」
「ワフ……!」
むっと顔をしかめたディーグに、狼が不服そうに吠える。
そんなやり取りすらルーツェにはおかしくって、はずむ足取りで目的地を目指せた。
(まずは避けちゃったこと謝って、本当は嬉しかったってちゃんと伝えよう!)
消えない不安も沢山残っているがしょうがない。
観念し覚悟を決めたルーツェは、小さな白髪の少女を思い浮かべ先を急いだ。
そうして全ての内情を吐露したところでアレンに
「そんなことは全て承知の上だ。それでもシェリカも私も、君に感謝と友好の気持ちを示したいと思っているんだ。もちろん君に害意が及ばないように、細心の注意は払うとも」
あまり私達のことを見くびらないでもらいたい――と、少し意地悪な笑みで言われれば反論の意思など簡単に削がれ、シェリカと顔を見合わせて笑った。




