19話 朝のひとコマ
その日、第一学生寮の女子棟のラウンジは、朝からある話題でもちきりだった。
クロスフォルド家の化け物飼い。
右目に魔を宿し、その代償に呪いを受けた少女。髪は白く色をなくし、皮膚は焼けただれたような醜い姿に変えられてしまった。――と、真実を歪めた噂が流れ、多くの者は面白半分に信じていた。
それがだ。
「先程廊下で見かけたんですが、初めて素顔を拝見しましたわ。普通に可愛らしいお顔をしてました!」
「私は遠目からだったのでよく見えませんでしたが、たしかに包帯を巻いていませんでした!」
シェリカは一人部屋で、朝食は寮の食堂で取らずいつも部屋まで持ち帰っていた。
その僅かな移動時間にシェリカを見かけた生徒が騒ぎ、あっという間にラウンジにいた性徒達に広まったという訳だ。
一体どういうことだ。噂はデマだったのか。だが、たしかに以前は包帯を巻いていた。もしかして呪いが解けたのでは?
と、様々な憶測が飛ぶ。
そんな中、三人の女生徒が眉を吊り上げ可笑しいと声を荒げ、シェリカを実際見かけたという別の生徒に詰め寄っていた。
「化け物飼いの呪いが解けたですって? そんなはずないわ! 私達、昨日見ましたもの」
「そうよ! 醜くおぞましい痣が浮き出てきて、私達に呪いを移そうとしたのよ! なのにそれがたった一晩でどうにかなるなんて……貴女たちの見間違いじゃないの?」
「ですが……、確かに先程の子はクロスフォルドの……」
「貴女たち、あまり適当なことを言わないほうがよろしくってよ!」
「そんな……」
まるで嘘をつくなと責め立てんばかりの勢いに、詰め寄られた二人の女生徒は怯えたように肩を寄せ合う。
ただ見たことを話題にしただけなのに、どうして言いがかりをつけられないといけないのか。
両者剣呑な雰囲気になり始めた時、ラウンジの出入り口がざわめき凛とした声が仲裁に入った。
「貴女達、なにを騒いでいらっしゃるの?」
「リィリーシェ様!」
口論をしていた女性徒たちは振り返り、慌てて挨拶を交わす。
リィリーシェ・リェ・アリューダ。帝国に存在する四つの公爵家のうち、他の三つの公爵家とは違い唯一帝都近郊に領土を持つ大貴族。
その公爵家のご令嬢であり、皇太子殿下の許嫁という貴族女性の憧れの存在だ。
「騒がしくしてしまい、申し訳ございません」
「少し話に夢中になってしまいまして」
「そうですか。ですが、共有の場ではもう少し声を抑えたほうがよろしいですよ」
「はい!」
「失礼いたしました!」
リィリーシェはにっこり微笑むと踵を返し、寮内食堂へと向かう。
その後を後ろに控えていた二人の女生徒が、追いかけて行った。
うっとりと多くの生徒の視線が集まる中、リィリーシェは緩やかな金髪をなびかせて優雅に進む。
ふっくらと色づいた唇は、誰にも気付かれないように小さく笑みを描いていた。
さて、第一学生寮がとある噂で盛り上がっていた頃、オンボロ第二学生寮のほうでは――
「なんだか最近、オイサン太った? 抱っこすると重い」
「なに? デブってんのコイツ」
「ハヌ!」
「いや、単に成犬になりつつあるだけなのでは?」
「ハヌハヌ!」
朝食を済ませ、満腹に腹を膨らませている仔犬の腹をルーツェがつつく。
言われてみれば出会った頃より二回りほど大きく成長している気がする。
「そっか。オイサンも、もう大人になるのね」
「犬ってどのくらいで成犬なの?」
「さあ? 僕も、詳しいことは知らないな」
デブ呼ばわりされ怒る仔犬を、コハクがからかうように頭を撫でる。
ちょうど食事を済ませたニウロが口元を拭い、食器を片付けながら首をかしげた。
「まあ、元気に大きくなってくれるならそれでいいわ」
「まーね」
「ニィ?」
「お前も早く大きくなって、わたしを乗っけて飛んでね」
未だ手乗りサイズの小さな雛を手に乗せ、額をつつく。
後ろによろけた雛はコテンと座り込み、不思議そうにルーツェを見上げていた。
そんな和やかな朝食の傍ら――
「はぁ~……」
「「「…………」」」
頬杖を付き、盛大なため息をもらす女性が一人。
「はぁぁ~……」
「エマさんどうしたんですか?」
「なに? 体調でも悪いの? それとも頭?」
真顔でつまらないことを言うコハクに、エマの眉間にシワが寄る。
「誰の頭が悪いって? 」
「さあ?」
すっとぼけるコハクにジト目を向けるも、エマはそれ以上言及することなく食器を片付け始める。
ルーツェとニウロは不思議そうな顔をしたが、本当に体調が悪いのであれば心配だと言葉を重ねた。
「ホントになんでもないねん。ちょっと考え事しとっただけで」
「でも、疲れてるみたいですし隈も出来てますよ」
「体調が悪いのであれば、無理をするのは良くないと思う!」
「いや、ホンマなんともないから! 二人共心配かけてごめんな、ありがとう!」
エマは手を横に振りながら笑みを作ると、カウンター内へと引っ込んでいく。
「そや、コハク。 アンタ昨日、二階の部屋の鍵もろたんやろ? どうせ昼間ヒマしてるんやし、片付け進めとってや」
「ヒマじゃねーし!」
「頼んだでー」
「エマ! ……なんなのアイツ。一応、仕事だからやるけど、なんかムカツク」
授業が始まるにはまだ早い時間だが、エマはそれだけ言うと慌てて寮を出ていった。
何か急ぎの用事でもあったのだろうか。駆け抜けるように出ていったエマの表情は、どこか楽しそうでもあった。
「さて、僕もそろそろ出ようと思う。まだ訓練棟の配置を把握出来ていなくて、少し見て回ってくる。ルーツェはどうする? 一緒に来るかい?」
いつの間にか食器を片付けていたニウロが、ルーツェへと振り返り言う。
確かに面白そうでもあるが、ニウロの言う訓練棟は主に騎士団コースの授業で使用される建物であり、ルーツェにはあまり関係のない場所だ。
「わたしはもう少しゆっくりしていきます。誘って下さって、ありがとうございます」
そうかとニウロは短く答えると、剣を腰に携え出ていった。
食堂から後ろ姿を見送ると、広い空間に二人だけになる。
近頃一日の大半を寝て過ごす雛は既に夢の中で、仔犬がしっぽを振りながらルーツェの足元に座っている。
すぐ真横でイスを引く音がし、向かいに座っていたコハクがいつの間にか移動し隣に座っていた。
「今日も遅くなるの?」
ルーツェの方は向かないで、テーブルの上で無防備な腹を晒している雛をつつきながらコハクは言う。
「たぶん……。授業の邪魔をした罰で、しばらくは図書委員の仕事をするの」
「なんだっけ、すごい術式使う人と一緒に教室壊したんだっけ?」
「わたしは壊してない! 純粋に先生の言いつけ守らずに、騒いじゃっただけ」
「もっとダメじゃん」
「うっ……」
ぐうの音も出せない自業自得っぷりに、ルーツェは口を引き結ぶ。
「大丈夫なの?」
いつの間にかルーツェを見ていたコハクと目があった。
「……大丈夫ってなに、う!」
人差し指で額を押され、しかめっ面になる。
「い、痛、やめ・・・痛い痛い本当に痛いからやめてー!!」
「ハヌン!」
無言で力任せに額を圧迫され、涙目で抵抗する。
コハクは大きなため息をつくと、ルーツェの頭をべしりと叩き立ち上がる。
「今日俺は二階の掃除と訓練で忙しいから、お昼はルーツェが作ってよね」
「わたしだって授業があるのに!? 朝だってわたしが作ったじゃない!」
「どうせ戻ってくるんでしょ。簡単なのでいいからよろしく~」
「え、待っ……」
「いってらっしゃい」
二人分の食器を下げながら、コハクは背を向け手をふる。
しばらくぽかんと立ち尽くしてしまったルーツェだったが、仔犬が足元で小さく鳴いたのと同時にくしゃりと口元が歪む。
教科書が詰め込まれている重たいカバンをひっつかむと、パタパタと食器を洗う音が聞こえだしたカウターへと駆け寄り身を乗り出した。
「オイサンの散歩ついでに、そこまで一緒に行こうよ」
「やだよ。掃除するっつってんだろ!」
「ちょっとだけ~。森の入り口まででいいから~!!」
「殆ど校舎の前じゃん!」
正確には裏庭の雑木林なのだが、校舎から少し離れると色んな植物でごった返しているのでそう間違いでもないはずだ。
「ねえ、おにいちゃん」
「…………」
「ハヌ!」
ルーツェがニコニコ表情を緩め、仔犬が良い子の姿勢でおすわりをしている。
洗い終わった食器を立て掛け、黙って水場の魔術具を停止させたコハクにルーツェは嬉しそうにカウンターから身を離す。
仔犬と一緒に玄関ホールまで走っていき、壁に吊り下げていた赤いリードを手にとった。
「ねえ、川のほう通って行こ!」
「すっげー遠回りじゃん」
「エマさんがね、きれいなお花が咲いてるって教えてくれたの! 白くってちっちゃくって、食べれないけどいい匂いがするんだって! オイサンも気になるよね!」
「ハヌ!」
「はいはい。もうお好きにどーぞ」
赤いリードの持ち手を受け取り、コハクが面倒そうに返事を返す。
雛はテーブルの上で寝こけたままだが、陽も照っているし起こしても起きないから大丈夫だろう。
はち切れんばかりにシッポを振っている仔犬に笑みを向けて、大きな扉を開けた。




