13話 夕飯前の訪問者
「お、ルーツェやん。あんたも今帰りか?」
「エマさん!」
六限目までの講義が終了した午後。
空は徐々に朱を帯び、風も冷たくなっていく。
なんとか一日分の授業を終え、寮に戻る途中にルーツェはエマと出くわした。
「初授業どうやった? ちょっとお疲れの様子やけど?」
「う~……エマさん色々あったんです! 聞いてください!」
「ええけど、ほら、もう寮に着くから。中入ってゆっくり話そや」
「はい……」
一日を振り返りルーツェはわかりやすく肩を落とす。
初日でいきなり出入り禁止になる講義が発生し、そのあとの授業は遅刻し次の授業も気もそぞろなうちに終了となった。
ただでさえ実技系の授業では単位が取れないと思われるのに、座学にまで影響を出してしまうとは……。
(昇級テスト以前に、ちゃんと単位とれるのかしら)
そんなことをつらつら考えているうちに、寮へとたどり着き中へと入る。
夜風が冷たくなってきた外に比べると中は暖かく、こころなしか廊下の魔術具もいつもより光が強い気がする。
「ねえ、エマさん。なんかいつもと雰囲気違う気が」
「ぎゃあっ!!!!!!」
「え? な、痛い。痛いですエマさん、まっ、そんなに叩かないでください!」
急に立ち止まったかと思うと、前を向いたままエマが激しくルーツェの肩を殴打する。
「ル、ルルルーツェ! 大変や、食堂にごっつい色男がっ!!」
「?」
普段とは違う様子のエマに、ルーツェがひょこりと顔を覗かせれば見慣れた青い瞳と目があった。
「クレイドさん!」
「ルーツェ、おかえり!」
エマの後ろから飛び出し駆け寄り飛びついた。
相手はそれを軽々と受け止めると、抱き上げてくるりと軽やかに一回転する。
「……何をやっているのだ、お前たちは」
「あー師匠もいる!」
「うわうわっ! 声までいいとかヤバい~」
「「「?」」」
奥にいたのであろうディーグが、親子ほど年の離れた二人組みに呆れた声をかけると、エマはさらに顔を赤くし奇声を上げた。
どうやらエマの言う色男とは彼のことらしい。
ばしばしとルーツェを叩こうとした手は、興奮に我を失い少女を抱き上げているクレイドの背を身代わりにしていることには気づいていない。
「やった! でかしたマスク仮面! ついでに掃除してくれる術式とかあったらお願い」
「あるかボケ! お前はもっと年上を敬え!」
さらに二階からコハクの嬉しそうな声と、それに反論するフェルエルトの声がした。
ぎゃいぎゃいと一気に騒がしくなった廊下に、ため息をついたディーグの後ろからもう一人姿を現した。
「なにこれ、すっげカオスっすね」
「ハヌ!」
エプロンとレードルを持ち、なぜか頭に仔犬を乗せた男が面白そうに言う。
「フィファナちゃんも混ざってくればー?」
「私はお茶の一つも満足に淹れられない女なんだ、私は……」
「あー……」
「そっとしておいてやれ」
テーブルに突っ伏し、呪文のように何かを呟く美女にディーグが首を横にふる。
彼女の手には先程クレイドが得意気に淹れてくれた、彼女の分のティーカップがしっかりと握られていた。
用事は済んだのか、二階からも二人分の足音が降りてくるのが聞こえる。
「やっぱ、コイツ等面白れーっすわ」
「……余計なことはするなよ」
くつくつと笑うエプロン男に、ディーグは眉を寄せて片足で蹴る。
男が痛いと文句を言うが本人は素知らぬ顔だ。
そろそろ静かにしろとディーグが口を開こうとした時、騒ぎの中心から小さなくしゃみが聞こえた。
「お前達、いつまで騒いでいるつもりだ。さっさと中に入れ」
少しだけ険のある声音が響き、空気を読めないくしゃみがもう一つ落ちた。
「……あなた、前に平民街で会った人攫いのお兄さんですよね?」
「んぇ!? 人攫いっておれのこと!!??」
「ハヌっ」
「わあ、オイサン大丈夫?」
食堂内に入ってすぐ。
ディーグのすぐ隣に立っていた男。
二十代半ばくらいの赤茶の髪の青年。ルーツェが青年の前を通り過ぎようとし、青年の頭上でご機嫌な様子の仔犬に気づき足を止める。
そして先程の一言に、青年は奥へ戻ろうと踏み出した足をもつれさせ、ディーグとクレイドの表情が一瞬にして凍る。
エマと少し離れた所にいたフィファナは固まったが、すぐさま正気を取り戻し青年を凝視した。
「あ! そうだ! あの時の!!」
まだ平民街にいた頃、森に向かう途中ルーツェに絡んできた男を思い出し、コハクは舌打ちをしてルーツェの前へと身を滑らす。
「コイツ、知り合いの人って言ってたよね。嘘なの」
コハクがディーグを睨みながら問う。
「そう言えば朝も来たよね? 訳解んない落書きの地図持ってさ。もしかして下見に……」
「ちっげーし!」
「まさか……。お前、影でそんなことをしていたのか?」
「ディーグ様ぁ!!?」
「オルフェンス先生だ」
「だー、めんどくせー!! ――いって!!」
青年は脳天に強い衝撃を受け、頭をかばう。
思いっきり殴られた。グーで。骨の硬いところをわざと突き立てて。
なにしやがると苛立ちを隠しもせず振り返れば、そこには笑顔なのに全く笑っていないという器用な表情を貼り付けた上司が立っていた。
――誰に向かってそんな口の利き方をしているんだこの××野郎
――……サーセン
無言のまま、得も言われぬ圧を向けられる。
真っ青になり黙りこくってしまった青年の頭を鷲掴みに、そのまま下へと力を込めたクレイドは、にっこり笑って振り返った。
「すまないね、コハク。コイツは一応私の部下でね。殿……オルフェンス先生が教職につかれると聞いて、補佐役としてここにいるんだ。部隊が違うからあまり接点はないのだが、悪いやつでは無かったと思う、たぶん」
「たぶんってなんすか!! おれ超頑張ってるのに!」
「うるさい! そもそも人攫いに間違われるなど何をしていたのだ!」
「むしろガチもんから助けてやったんすよ! って、菓子食ってないで庇えやチビ助が!!」
「んん?」
フィファナに呼ばれ奥のテーブルへと避難させられていたルーツェは、エマと共に女性三人で話がまとまるのを待つことにした。
テーブルの上には朝までは存在していなかったティーセットと、暖かさの残るポットに寄り添うようにうとうとしている雛がいた。
ルーツェが近づくと雛が騒ぎ出し、なんだろうと思えば昼過ぎにスフィーネから菓子をもらったことを思い出した。匂いに釣られたのか、かばんにしまっていた包みを取り出すとふんわり甘い香りが漂う。
「だって全部で五個しかないんですよ。女の子優先です」
「そこじゃねーよ!」
「なにそれ、お菓子? 俺もほしい」
「じゃあ一個はコハクにあげる。もう一個はニウロさんに残しておこうか」
「ロペスは自主練もしてくるだろうし遅くなるよ」
「なら師匠食べます?」
「……ふむ、焼き菓子か。どこで手に入れた」
「スフィーネ先生がくれました。内緒のお菓子です」
「人の話を聞けよ!! 貴方もそんな得体の知れないもの食ってんじゃねーですよ!!」
ルーツェから手渡された菓子を、ディーグはちらりと見ただけで口に放り込む。
それに青年が慌てて吐き出せと掴みかかるが、やめろと言わんばかりにディーグの足が出る。
入り口付近に立っていたフェルエルトは仮面の中で息をつき、いつの間に移動したのかクレイドがおかしそうに戸口の木枠へ体重を預けていた。
騒がしい。だが――それ以上に心地よい。
「みんな元気だねぇ」
「ほざけ」
「君、言い方」
別にいいけど、とクレイドは預けていた体重を戻すとルーツェ達がいる方へと向かって声をかける。
「ルーツェの顔も見れたし、私はそろそろお暇するよ」
「俺も帰る。もう用は済んだしな」
「え? 二人共帰っちゃうんですか? お夕飯食べて行きませんか?」
ルーツェがぱたぱたと寄ってきて、きゅっと二人の服の裾を掴む。
クレイドは嬉しそうに小さな頭を撫で回しているが、フェルエルトは隠れた仮面の下で眉根を寄せクレイドを睨む。
(このアンポンタンめ。引き止めて欲しくて、わざとこっちまで来たな)
強めに相手の尻を蹴っ飛ばしてやれば、運動不足の大魔術師様は反動で後方へと倒れ込む。
「大丈夫かい?」
「うるさい!! 手を貸すな!!」
「何がしたいのこの人?」
「アカンでコハク、思っても口に出しな!」
悪態を付きながらフェルエルトが起き上がる。
足を踏んづけてやろうと思ったが、子供が心配そうに見ていたので止めた。
「えーと……、このあと人に会う約束があってね。お夕飯はまたの機会にお願いするよ」
「はい」
見えない仮面の下から、鋭い視線を受けてクレイドが話題を逸らす。
ルーツェがしょんぼりしつつも素直に頷けば、優しくその頭を撫でる。
「マスク仮面も一緒に行くの?」
「俺は仕事がまだ残ってるからな。今日はわざわざ合間を縫って来てやたんだ、感謝しろ」
「は? 仕事を終わらせてから来れば良かっただけじゃん。何を偉そうに」
「ざけんなクソガキ!! だったらさっき確認してやった結界全部解除してやろうか? 獣除けもあったからな、賑やかになるなぁー、あぁ!?」
「やだよ! ルーツェの親衛隊が来るようになったらどうすんのさ!!」
「?」
実際フェルエルトの仕事量はハンパないため無理な話なのは置いておいて、ルーツェ達が戻ってくる前に色々あったのだろう。
前よりコハクとフェルエルトの距離が近くなっているのを感じルーツェが笑う。
「コハクたち仲良くなったのね」
「「なってない!」」
馬鹿らしい、とフェルエルトは吐き捨て玄関へと向かう。
クレイドもディーグへと挨拶を残し後を追う。フェルエルトが扉を開け、僅かな隙間が出来た時だった。
小さな何かが扉の間をくぐって中へと飛び込んできた。
「きゃあ、なに?」
「……鳥?」
咄嗟にクレイドがルーツェとコハクを背に隠し、宙を見上げる。
ふきぬけの玄関ホールを小ぶりの一羽の鳥が旋回し、言葉を発した。
『オ呼ビ出シヲ申シ上ゲマァス! ルーツェレア・ルクラス! ルーツェレア・ルクラス! 至急、第一棟教員室ヘオ越シクダサァイ! 繰リ返シマスゥ』
至急――、と上がり気味に繰り返されるセリフに、キョトンと頭上を見上げる。
「伝達鳥や。しかも金の足輪をつけとる」
伝達鳥は文字通り伝達事項を伝えてくれる鳥のことで、主に職員が生徒を呼び出す時に使用されるらしい。
通常はグレーの羽に白い足輪をつけている、が、今頭上を飛んでいるのは青い羽に金色の足輪。
「青い個体に金色の足輪は学院長様からの連絡。……ルーツェ、なんかやらかしたんか!?」
基礎魔術実学という思い当たる節アリアリ案件に、引きつった笑みで答えるしか出来なかった。




