11話 基礎魔術実学
ざわざわと訓練棟に集まる生徒たちは的を見、何人かの生徒が補助具らしき魔術具を取り出す。
魔術実学担当教員であるファタビンはざわつく空気に歯を向き出すと、眉根を寄せて背伸びをした。
「静粛に! 私語はつつしみ、素早く動きなさい! そこの生徒! 制服をきちんと着用しないか!」
丸っこいフォルムを弾ませながら指をさす。
「では合図の声と共に、列の先頭のものは的に向かって術を放ちなさい。的には硬化術式が施されているが安全を考慮し、ただの木板だと想定して魔力量を調整するように」
つまりは威力が高すぎても低すぎても良くないと言うことだ。
大半の生徒はファタビンの説明に頷き、意識を集中させる。実技系の教科を取る多くの生徒は軍事志望者で、基礎学に関しては研究員志望も参加出来るが、その分人気で前期に定員オーバーで後期に授業を回したものも少なくないのだ。
習得できる単位数は同じだが、生徒同士の牽制にもなる。学生のうちから活躍し、いい成績を収めて卒業したいと真面目な生徒ほど意気込んでいた。
だと言うのに……。
「すご、凄いわ! 初めて見る魔術具ばかり……しかもあの人のあの術式は何? 火系だとは思うけど見たこと無いし……」
「…………えー、おほん!」
「もしかして自己改良型術式!? え? 学生のうちからそんなことする?」
ファタビンのすぐ真横。
荒い呼吸にやたら前のめりな姿勢の少女が、ざら紙にメモを取りながら列に並ぶ生徒たちをガン見していた。
ファタビンが強調させた二度目の咳払いをすると、がりがりと荒い紙を引っ掻くペンの音がようやく止んだ。
「なんをしているんだね、君は。参加者なら早く列に並びなさい」
「はい! でも、よく見える場所から見学したいのでここにいてはいけませんか?」
「ならん。戻りなさい」
「う……はい・・・」
しょんもりと肩を落とし列に戻っていく少女に、注目の目が集まる。
変に目立ってしまった少女……ルーツェは残念な気持ちのほうが勝り不満気だ。
周囲からは変なやつと認定された。
「おかしな輩もいるもんだな」
「…………」
列の半ば辺りから、やや後ろ側。
黒髪に赤い瞳の男子生徒が怪訝そうに呟く。それと同時に後ろへと目をやればほぼ白に近い色合いをした小さな頭が目に入る。
「あまり見るな。大人しくしていろ」
「はい……お兄さま」
白髪の少女の右目元は包帯で覆われ、小さな頭の半分ほどを隠してしまっている。
ルーツェよりも低い背丈の少女は、どこか名残惜しそうにためらいを見せた後ゆるりと兄に習って前を向く。
すっと伸ばされた大きな背を前に、少女は小さく背中を丸めた。
「では一列目から。――始め!」
ファタビンの開始の合図と共に、五つに並んだ列の先頭から術が放たれる。
みな、攻撃系の赤い術式を展開させ、ある者は雷の矢を放ち、ある者は炎の玉を繰り出した。
放たれた術は緩やかなカーブを描くものもあれば、一直線に的へと向かうものもある。
「次!」
「緊張して起動がずれた! すいません、もう一度……」
「駄目だ! 次!」
大きく的からそれた光の玉が、公開演習時に座る観客席へと飛んでいこうとし結界に弾かれる。
どういった評価をなされるのか、そもそもすでに評価の対象となるのかはっきりしないことに情けない声を上げるものが幾人か。しかしファタビンはそれに応えることなく、短い人差し指を的へ向けながら支持を出す。
「前のものの術が消えたらすぐ交代するように。ほら、次!」
そうして黒髪に赤い目の少年が列の先頭へと立った時、ざわりと周りの空気が揺らいだ。
「なあ、アイツ……クロスフォルド家の」
「ああ……でも、なんで下級生の基礎学に参加してるんだ? 上級生が参加しても単位もらえないんじゃないのか?」
「単なる暇つぶしか、冷やかしだろ」
ひそひそと聞こえる会話に、ルーツェの好奇心が首をもたげる。
自分の興味に素直に従い、前に並ぶ見知らぬ男子生徒の袖を引いた。
「すいません、あの人なにかすごい人なんですか?」
「ん? 知らないのか、アレン・リェ・クロスフォルドだよ。代々皇帝付きの魔術師を排出する名家クロスフォルド家の跡取りさ」
「クロスフォルド家!!?? 知ってます! あの人がそうなんですか!!」
大魔術師はもちろん、優れた能力を持つ魔術師は宮殿付きとなる。その中でもより優れた人物は皇帝付きとなり、騎士団の数名と共に皇帝陛下を守る近衛役人となる。
皇帝陛下の直付きともなると家柄もそうだが、何より実力を問われることになるため、一代限りで役目を終えることだって珍しくはない。
「あの人がクロスフォルド家の跡取り……なにそれ見逃せない!」
コハクと背丈は変わらないくらいなのに、少年というよりは青年と呼ぶほうがしっくりくるのは体格のせいか。すっと伸びた鼻に落ち着いた雰囲気が大人びた印象を受けさせるのかも知れない。
アレンは魔術具などは使用せず、右手を掲げるだけで大きな三つの魔法陣を宙へと浮かび上がらせた。そして冷たい冷気が漂うと三つの魔法陣から一斉に光が放たれ一本の氷の刃になり、遠く離れた的のど真ん中へと見事に突き刺さった。
「すっげー!」
「的を貫通してるぞ! あんな固い的に……嘘だろ!!」
「速すぎてよく見えなかった!?」
一気に沸く生徒たちに紛れ、ルーツェも紅潮した頬を抑えながら飛び跳ねる。
信じられない、凄すぎる。最初の注意で的を壊してはいけないとファタビンは言ったが、実際術を当てていくうちに皆気づいていた。
あの的は学生レベルが壊せる代物ではないと。
何番目だったかは覚えていないが、悪ふざけで的を壊す前提の術を放った生徒がいた。親に買ってもらった最高級品の魔術具には大きな魔石が付いており、それに付加術式を加え最大限の魔力で放たれた風の槍。
明らかにやりすぎのそれに周りは暴発でもさせてしまったのかと焦ったのは一瞬で、命中したにも関わらずヒビすら入らなかった的に放った本人も驚愕に目を見開いていた。
その生徒は肩を落とすも、ファタビンは何も言わずただ静かに魔石板に何かを記述したのを見、生徒たちは息を呑んだのはつい先程のことだ。
「うそ……あんな高度な硬化術式で強化されている的を貫通させるなんてっ! もう一度……もう一度見せて」
「次!」
ふらふらと前に出そうになったルーツェを遮るがごとく、鋭い号令が飛ぶ。
桁違いの実力に圧倒され興奮と焦燥の交じる異様な空気の中、気づけばルーツェの番となっていた。
(ん? あ、あの子!)
順番が前後したのか、先程斜め前に並んでいた白髪の少女が隣に立っていた。
小さな指はロッドを握りしめ、横目でも解るほどに震えていた。
「ねえ、貴女顔色が悪いけどだい」
「悪いが妹は今集中を高めているんだ。話しかけないでもらえるか」
「ごめんなさい!」
心配の声をかけようとして、黒髪の青年――アレンに遮られる。
「妹って言ったか? あれが例の化け物飼い……」「しっ! 兄の方に聞こえたら厄介だぞ」途端ヒソヒソとざわめきが起こるが、ルーツェはそんなことよりもアレンの後ろへと隠され怯える少女に困惑の表情を浮かべる。
(怖がられてる?? わたし何かした!? 気になるからって見つめすぎちゃったかしらごめんなさい!!!!)
むすりと上から怪訝そうな視線を浴び、内心でひた謝る。本当は直接謝罪したいところだが、なぜか兄のガードが厳しく口を引き結ぶ。
「何をしている。次で最後だ、早くしなさい!」
「はい!」
五列あるうちの最終組。
ルーツェを除けば少女の向こうに、目元を覆うようなグラスメガネをかけた男子生徒が一人だけ。最後に残ったのは三人だけだったが、返事をしたのはルーツェだけで裏返った間抜けな返事がよく響いた。
(でも、わたし術なんて使えないし。どうしようかな)
しょうがないと一つため息をつくと、くるりと向き直り隣の少女へと目を移す。
こうなったら開き直って間近で観戦させて頂こうと、そう思ったのだが。
「……は?」
ロッドを抱えたまま固まり、ルーツェとは反対方向を見上げる少女。それは周りも同様で、先程まで妹を気遣っていたアレンでさえ目を見張り大口を開けていた。
そこには薄暗い色グラスで目元を覆う男子学生が、たった一つ、小さな魔石をはめ込んだだけの指輪から光を放ち片手を掲げていた。
しかしその掲げる指先の向こうには、大小無数の魔法陣が赤い光を放ちながら浮かび上がっていた。
「きみ、止めなさ」
ふっと我に返ったファタビンが静止の声をかけきる前に、轟音が鼓膜を揺らした。
爆風と舞い上がる砂塵から身をかばう悲鳴が上がる。
地面が揺れ、ようやっと砂煙が止み目を開けてみると、的はおろか結界が張ってあった観覧席の一部ごと抉り取られていた。
「………………」
沈黙。
誰もが立ち尽くし、一部瓦礫と化した観客席に次なる言葉が出てこない。
術を放った男子生徒は目元を隠しているため、その表情は伺えず静かに立っているだけだ。
静まる沈黙が更なる重みをましたその瞬間。
「落ち着いて、怪我した者はいないか!」
「何今の、もう一回見たい!!」
緊張をはらんだファタビンの声と、場違いのアンコールが上がったのは奇しくも同時であった。




