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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第一章 魔力なしの少女
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5話 町にて

「なんなのあの人! すっごく感じ悪い! べーだ!」

「ハヌ!」


 役所を出て、町の裏通りへと進む。居住区をいくらか歩くと、普段は子どもたちの遊び場に最適であろう開けた場所に出る。中央には小さな噴水があり、脇にはベンチが三つほど感覚を空け並んでいる。魔力を流す者がいない噴水は、新たに水を出すこともなく沈黙していた。

 祭りのせいか、時間帯のせいか、ルーツェ達以外の人影は見当たらなかった。


「あーもう俺疲れた。眠い、眠いな、眠いから……寝る!」

「だめよ! 夕方前の荷馬車に乗せてもらわないと、今日中に帰れないよ!」

「カルダならきっと担げる。おやすみ」

「え! 僕!? 仕事あるし嫌だからね!?」


 言われながらも、コハクはベンチの後ろの芝へと寝転がる。今日は確かに朝が早かった。二度寝すらできなかったし、用事も済み睡魔が襲ってくる。

 仔犬は喉が乾いたのか、噴水の段差を登ろうと短い足を蹴り蹴りしていた。見かねたカルダが登らせてやろうと近づくと、猛ダッシュでルーツェの足元に逃げ込んだが。


「……ねえ、その犬本当に飼うの?」

「え? 飼うよ。だってそう言って来ちゃったし。ほら、オイサン。今お水いれるね」


 持ってきたカバンから水筒を取り出し、コップに注いでやる。しかし、短い舌は水まで届かず、飲めてないのに必死に飲んでる動作をする仔犬は、ぶちゃ可愛かった。

 結局、傾けてもコップの水に届かない仔犬の為に、手に水を移してやった。


「でも、診療所は?」

「しばらくは納屋で様子をみるわ。他に方法も考えるし、うちよりいい環境がないかも探しておくつもり」

「そっか。でも、なんで急に? 最初は飼わないつもりだったよね」

「だって、ムカついたんだもの」


 ルーツェがぷくーと頬を膨らませ、寝ているコハクの横にどさりと腰を落とした。カルダは意味が分からず、首をかしげる。

 カルダの反応に、ルーツェの頬はますます膨れる。


「あのお役人さん、カルダがまるで仕事してないみたいに言ったでしょ! そんなことないのに!」


 ルーツェは役場の仕事がどんなものか、詳しくは知らない。それでも、カルダがいつも頑張ってるのは知っている。

 朝早くから馬を駆って、村との往復。仕事が押して、帰りが遅くなる時は村に泊まることさえある。祭りの準備もあるが、もちろんそれ以外の雑用だって抱えているのだ。しんどくないわけがない。それでも彼はいつもニコニコと、村人たちに笑顔を向けてくれていた。


「あれ以上あそこに居たくなくて、思わず言っちゃった。もちろん、言ったからには、責任もってお世話するよ!」


 友人がバカにされたのだ。腹が立たないわけがない。

 ぷっぷく不満を漏らすルーツェに、カルダは少しだけ肩を震わせ、困ったような顔をした。


「そんなことで……」


 小さくつぶやかれた言葉は、ルーツェの耳には届かなかった。春先とは言え、まだ肌寒い。カルダの方へと向き直ったルーツェの首筋を、冷たい風が通り過ぎる。


「ありがとう。……ごめんね」


「なんで謝るの?」

「いやー、結局犬のこと任せることになったし、コイツ手間かかるよ?」

「わたしにはいい子よ?」

「ソウ、ミタイデスネ!」


 もうすっかり慣れきった様子で、仔犬はルーツェの膝でぷこぷこ寝息をたてていた。

 ハゲのある腹をさらけ出し、放り出された短い足は、緊張感の欠片もない。


「…………本当に大丈夫? こんな野生のやの字も感じさせない奴の面倒みれる?」

「……うん、頑張る」


 その後、仔犬は自分の()()()にびっくりして飛び起きていた。






 しばらくし、さすがに風邪をひくからと、文字通りコハクを叩き起こした。


「いったー……なに?」


 顔面に平手をくらったコハクは、鼻をさすりながら身を起こす。


「荷馬車が出るまでまだ待つし、町の出店見てまわろうよ」

「えー、どうせ祭り当日も来るんでしょ。ならそん時でいいじゃん」

「それはそれ、これはこれ」

「えーー」


 ぶーぶー文句垂れながらも、コハクは立ち上がる。冗談でも一人で行けなどと言えばこのお転婆のことだ。本当に一人で行ってしまう。そして平気で怪我をこさえて来るのだから、断然そちらの方が面倒だ。


「そう言えば、カルダはお祭りの日も仕事なの?」

「まだ決まってはないんだけど、午前か午後のどちらは仕事が入ると思う」

「……それってちょっと抜けれたりすんの?」


 ルーツェが聞いて、コハクが付け足す。

 なんだろうとカルダは不思議そうに首をかしげる。


「カルダも、ちょっとでいいから一緒に回ろうよ」

「え? 僕も?」

「…………」

「コハク……無言で見てくるのはやめてくれ」


 キラキラと期待の眼差しを向けてくるルーツェと、何も言わずに圧をかけてくるコハク。

 カルダは少し照れたように頭を掻き、頬に熱が集まるのを感じた。


「僕も……一緒に行けたらいいなって思う、よ?」

「じゃあ決まりね!」


 ルーツェが嬉しそうにカルダの右手を取り、ぶんぶん揺らす。コハクも満足そうに口の端を上げている。

 一瞬何か言おうとカルダは口を開いたが、結局何も言えずに、自分の手を握る小さな両手を握り返しただけだった。


「ハヌ!」


 突然の鳴き声にルーツェが足元に目を向けると、仔犬が尻尾を振りながらお座りをしていた。かまって欲しいのだろうか?

 出来心でコハクが魔力を放出して脅かすと、すぐルーツェの後ろへと隠れてしまう。しかし引っ込めると警戒しながらも、コハクの様子を伺ってくる。


「魔力は怖いけど、コハクの事は気になるみたいね」

「なにこの犬、可愛い! あと、意地悪してごめん!」

「今まで世話してやったのは僕なのに……なんで僕には懐いてくれないの」

「ヴゥゥ……」


 仔犬の激しい拒絶に、カルダはがっくりと項垂れた。






********************






 その後、カルダは仕事のため広場で別れた。大通りに戻ってきたルーツェとコハクは、まず仔犬の首輪を購入した。

 ルーツェとしては可愛らしいリードも揃えてあげたかったが、所詮は職を持たない未成年。所持金がない。どうしても気になるなら、村に帰って自分で作ってもいい。ルーツェはそう結論づけて、リードは断念した。


「うわー……朝より人が増えてる」

「ねえ、なにか食べようよ」

「俺甘いのがいい」

「甘いのはきっと高いよ。それに、お昼ご飯なんだから、ちゃんとしたのがいいわ」


 いくつかの店を覗きながら、ルーツェは小麦と芋をねって薄く伸ばし、肉と野菜を挟んで焼いたものを買った。先程の”ニクマン”は予算オーバーのため、泣く泣く諦めた。

 コハクはなにかよくわからない肉を、よくわからないタレで味付けした串焼きを食べている。


「オイサンも食べてみる?」

「ハヌン!」


 ルーツェは自分の分から少しちぎり、わけてやる。仔犬はあっという()に、たいらげ嬉しそうにぺろりと口の周りを舐めている。

 村に帰ったら犬を飼っていた誰かに、世話のやり方を聞いてみよう。


「あそこ、すごい人だかり。なにかな?」

「別になんでもいいし、帰ろうよ」


 屋台が途切れたスペースに人が集まっている。人垣の向こうでは、空中に投げられた魔石が見え隠れする(たび)に拍手がおこるので、なにか芸を披露しているようだ。


「うー、もう人混み嫌だ。ルーツェ、はぐれないように手を……」


 人垣から目を(はず)し、右手を差し出しながら隣を振り返る。すると「は?」と、驚きの表情を浮かべた、見たこともないおっさんと目が合った。いや、お前じゃねーし。

 なら、ルーツェは? コハクが目を離したのは、ほんの一瞬。あっと言うほどの間だ。それなのに。


「…………ルーツェ?」


 先程まで自分のすぐとなりにいた愚妹(ぐまい)の姿は、そこにはなかった。


「…………………………んの、大馬鹿娘がーーーー!!!!!!!!」


 コハクの怒号が、大通に響き渡った。






********************






「オイサン、まって!」


 何ということだ、非常事態である。

 先程大通りで行われていた芸で、多量の魔力を使用していたのか、仔犬が驚いて路地裏へと逃げてしまった。

 一瞬の事で焦ったルーツェは、勢いのまま仔犬のあとを追いかけた。それなのに仔犬は、小さな体を駆使して細い路地裏を進んでいく。


「ま……ちょ、なんでこんな狭い道」


 このままでは見失ってしまう。それにコハクに何も言わずに来てしまった。あまり離れすぎると戻れなくなる。

 ルーツェはいっそう速度をあげ、仔犬を追う。すると、仔犬は町の端まで来てしまったようで、正面に大きな壁がみえる。突き当たって、左側にはさらに進めるみたいだが、仔犬は我に返ったのか立ち止まった。


「良かった! オイサン大丈夫だから戻ろ……」


 しかし、ルーツェの思惑は外れた。どうやら仔犬は想像以上に困惑していたようだ。脇に置いてあった木箱や木材をつたい、壁の上へと登ってしまった。


「きゃー! 危ない! 落ちちゃう!」


 ルーツェは仔犬を捕まえようと、急いで壁をよじ登る。


「追いついた。オイサン、危ないから一緒に……」


 何とか壁を登りきり、ルーツェは今の状況を把握する。どうして自分は仔犬のことしか見ていなかったのか!

 ランナの町は、山を切り崩して造られている。故に、大人の身長より少し高いくらいの壁のくせに、その向こう側の地面は遥か遠く。まるで崖の上に町を築いたかのようになっている。

 これは落ちたら確実に死ぬやつだ。


(お、おち……おおおお落ちるぅ!)


 慎重に、慎重にとルーツェが片足を戻そうとした時だ。


――――びゅうぅぅぅ


「へ?」


 突然、突風が吹き、ルーツェの身体は空中へと投げ出される。


「え、うそ、やだ!」


 主人の危機と思ったのか、はたまた遊んでいると思ったのか。仔犬もルーツェに向かって壁を蹴った。


「オイサン!?」


 短い手足で犬かきをしている仔犬を、ルーツェは手を伸ばし抱きとめる。だが、投げ出された自身をどうすることも出来ず、抱き込む腕に力を込めた。


(ああ、またコハクに怒られる。いや、このままじゃ死んじゃう! せめてこの子だけでもわたしが守らないと……!)


 ルーツェは仔犬を庇うように身を丸め、自身を襲うであろう衝撃に備えきつく目を閉じた。

 そして――――――


――――ボスン。


「………………………………はへ?」


 とてつもなくふわふわで、弾力のあるなにかに抱きとめられた。


「??????」


 ルーツェが恐る恐る目を開けると、眼前には真っ白い毛。

 ゆっくり目を開け、改めて確認したそれは――ルーツェをお姫様抱っこで抱える、真っ白なパンダだった。ぶっちゃけ、パンダと仮定するには大きすぎる気もするが、とにかくパンダだ。


「え? え? もふもふ? もふもふに助けられた!?」


 ルーツェが目を丸くして叫ぶ。白ぶちパンダはゆったりした動作で、ルーツェを地面に降ろす。

 崖から落ちた衝撃以上の展開に、ルーツェの頭はすでに思考停止状態だ。状況が把握出来ないまま、無意識にも目の前のもふもふを撫で回していた。


――――キィン


 白ぶちパンダは何かに反応すると、そのままのしのし歩いていく。


(二足歩行なんだ……)


 ルーツェが何となくパンダを目で追っていくと、その先には一つの人影が……。

 全身真っ黒で、胸元には金の金具に赤色の小さな魔石が光る外套(がいとう)留め。頭からすっぽりフードを被っているので、人相はおろか性別もよくわからない。ただ、身長からしておそらく男性だろう。


(あの白パンダの飼い主?)


 いまだぼんやりする頭でそんなことを考えていたが、次の瞬間我に返る。


「あ、あの! その子あなたのペットですか!」


 そうだ、白ぶちパンダの主人なら自分を助けてくれた人なのでは? と思い至り、慌てて駆け寄ろうとしたルーツェだったが、フード男(推定)は拒むように片手を上げ、それを制した。

 しばらくルーツェに目を向けていたが、一言も発する事なくその場を去ってしまった。


「へ? ……え! わぁぁー!」


 その際、フード男が手をかざし魔力を発動すると、白ぶちパンダに光の翼が生えた。そして男は翼の生えた白ぶちパンダに跨っ……いや、おんぶされて飛び去っていった。 

 パンダは飛ぶ(と言うか、空中を歩く)時まで、二足歩行(しかもかなり高速)だった。翼の意味とは?


「うわ、うそ! もしかして飛獣(ひじゅう)! じゃあ今の希少なフラインスノーベア!??」


 今起きた光景に、ルーツェは興奮し瞳を輝かせる。

 飛獣とは、人を乗せ飛ぶことが出来る魔獣のことである。飛獣には二種類に分かれており、一種は元から自身の翼で空を飛ぶことが出来る魔獣である。人を乗せて飛ぶとなると数はかなり少なくなり、種類も多くはない。

 もう一種は飛行型ではない魔獣が、己の魔力で翼を作成し空を飛べるようになった生物である。一般的な飛獣は後者の種であり、使役者が更に魔力を注ぎ、人が乗れるように翼を変化させるのだ。

 と言っても使役するためには、強力な魔力で服従させるしかないので、どちらの種も使役するのは簡単なことではない。


「あんな大きな飛獣、図鑑でも見たことない。……え! なら、今の人って!!」


 飛獣を扱うだけでも、膨大な魔力を要する。ならば、あれ程の飛獣に翼を与え、従わせるとなると……。

 ふふふ、とルーツェが笑う。


「……さまだ」


 確信を得たりと、天を仰ぐ。


「間違いない! 帝都の大魔術師さまだわ!」


 情報を集めるどころか、御本人に会えた!

 ルーツェは両手を上げくるくると回る。

 話がしたいし、色々聞きたい。出来れば自分の体質について意見がほしい。


 どうすればもう一度会えるのだろう? そもそもなぜこんな田舎町にいるのだろうか? 今の時期、帝都でも祭りの準備で忙しいはずなのに。

 逆に都会の祭りに疲れて素朴な田舎にやってきたとか?

 そうしてルーツェはある事実に思い至った。


「祭りの見物? ……はっ!」


 という事は、ルーツェに残された期日は祭りが終わるまで。


「それまでに、何とか大魔術師さまを捕獲しないと!」


 こうしちゃいられない! 策はないが、なんとかしなければ!

 早く村に戻って作戦を練ろう! ルーツェはやる気と、なぜか闘気を滾らせた。そんなルーツェの背後では、フード男と飛獣の魔力に驚いた仔犬が気絶し倒れている。


 ルーツェが仔犬に気がつくまであと僅か。(ルーツェ)を心配し探し回った(コハク)が、浮かれお馬鹿になっている妹に怒りの鉄槌を食らわせるのは、さらに時間が経ってからだった。

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