11話 展望
「だから……これからも、コハクと仲良くしてあげてください!!」
試験が終わった会場の裏側。日差しの高くなった空に、少女の声が響いた。
「は?」とコハクがまぬけな声をもらし、ルーツェに回した腕の拘束が緩む。今のうちだとルーツェはそれを振り解くと、逃げ込むようにニウロの背に隠れた。
今しがた言い合いをしていた同級生を盾に使い、後ろから顔だけ出して様子を伺う妹に、コハクは追うことも出来ず固まってしまった。
今、この馬鹿妹はなんと言っただろうか?
思考停止状態に陥ったコハクに、これ幸いとルーツェはニウロの裾を引き、追い打ちをかける。
「すいません。コハクは恥ずかしがりだから、ニウロさんが歩み寄ってあげてください」
「へ? ……え?」
「な、やめろ! 何言ってんのさ、馬鹿じゃないの?!」
「えーと……」
「本当です! コハクはフィファナさんと一緒に訓練始めてからも、出来るだけ学校に行けるようにしてて! 朝練だって、最初はそうでもなかったのに、いつの間にか楽しみにするようになったし」
「ルーツェ!」
「でも、わたしのせいで我慢ばっかりするから、学校……試験も、わたしのせいで」
「ルーツェのせいって何だよ! くそ、邪魔だ、退けロペス!」
物理的なニウロという壁に阻まれ、上手くルーツェの傍にいけない。
退けと言われても、小さな手ががっちりニウロの服を握りしめ、無碍に振り払うことも出来ず立ちすくむ。ニウロを盾にし逃れる少女と、今や押しのけるように容赦なく自分を押さえつける同級生に、ニウロはただただ混乱するしかなかった。
「コハクはいつだってそうよ! 大事なこと隠して、わたしのためって無理して頑張ってる!」
「だから違うって言ってるだろ!」
「違わないわよ! だったらなんで今日の試合、身体強化を使わなかったの? 学院に行きたかったんじゃないの? わたしを守るために強くならなくちゃいけないから、そのために学校に行くんでしょ?」
「そうだけど違う!」
「なにがよ! なにも違わないじゃない!」
「全然違う! 俺が欲しいのは兵士になるための環境じゃない! いつ、どんな時でもルーツェを守れる強さだ!」
とうとう片手を捕らえられ、逃げられなくなる。
「俺だって、途中で気づいてたさ! 俺には剣術の才能はない。それなりに鍛えてはいたけど、結局はそれなりでしかなくて、ずっと鍛錬を重ねてきた奴らに勝てるわけない。でも、そんなもん知るか! 俺は強くなりたい、強くなってもう二度と、あんな思いはしたくない! 自分が弱いせいでルーツェに危険が及ぶなんてもう嫌だ! お前が学院に行くというのなら一緒に行きたいし、見えない場所にいるのは怖い! だからなんだってやろうって……強くなれるなら、俺だから出来るって言われて、身体強化を覚えたけど、でも……ルーツェが危ない時に、身体強化が使えなかったら何の意味もないじゃないか」
ぎゅうと掴まれたルーツェの手首に力が加わる。
その痛みは盾として間に挟まれ、肩口を思いっきり掴まれているニウロにも十分に伝わった。
「俺はすでに間違えてる。剣の腕を上げたかったのに、別の枠組みを利用しようとした。でもそれは利用された方にも、その先の行きたかった場所にも失礼なことで、いろんな奴に怒られた」
覚えがあるのか、ニウロが真剣な表情で頷いている。
「そして今日もまた、同じ失敗を繰り返しそうになった。……肉体疲労を治癒で補って、身体強化についていけ無い肉体をカバーするのは、大量の魔力を消費する。なのに俺は……本当に俺が欲しかったのは、どんな状況でも、例え魔力が一切使用できない状況だったとしても、通用するような力だ。なのに……結局、学院への推薦権欲しさに、そんなことすら分からなくなってた」
遠くでフィファナが駆け寄りそうになり、クレイドに止められている。おそらく話に夢中になっている三人の子供達は気づいていなかったが、フィファナは申し訳なさそうに項垂れたあと、ぐっと口を引き結び深々と頭を下げた。
「でも、今度は絶対間違えない! 兵士として強くなりたいんじゃない、俺は俺のために強くなりたい! 悔しいのも、惨めなのも、もう嫌だ! お前があんな風に泣くのをもう見たくないし、どんなことがあっても俺がルーツェを守ってみせる! これは紛れもなく、俺自身の意志だ! 俺が自分で感じ、考えて出した結論だ! 決意なんだ! なのに……、ルーツェはそれを自分のためだとか、自分のせいだって言う」
コハクはきゅうと目を細め項垂れる。
その表情を見てルーツェは泣きそうになり、だが、なんとか堪えて情けない表情に留める。
いつの間にかルーツェの小さな指は、弱々しく兄の服を掴んでいた。
「ほんとう、に? 本当に、コハクは、それでいいの?」
魔術師として活躍できる未来があったのではないか。
ただの学生として、仲間と笑って過ごせたのではないのか。
本当は、役立たずのお荷物でしかない妹に、疲れていたのではないだろうか・・・。
「本当に、それが、コハクのしたいことなの?」
泣き虫も甘えたも卒業すると言ったのに、全くもって上手くいかない。
ルーツェは大粒の涙をこぼしながら泣き出してしまい、コハクは乱暴に小さな身体を引き寄せ優しく背中を撫でてやる。
「そうだって言ってんだろ、しつこいよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝るなし……わかってないじゃん、馬鹿」
腕の中で小さな背中がしゃくりを繰り返す。
その声に被さるように、すぐ真横から野太い咆哮が響き、がしりと肩を掴まれた。
「うおぉぉぉ! ルクラス!」
「え? は? ……なに?」
「すまない、僕はきみの事情も知らず、勝手に自分の願望を押し付けた。挙げ句、勝手に失望して君に不快な思いをさせてしまった! 本当にすまないぃ!」
「は? え、別に」
「妹を守るため強くなりたいと言う意志! 僕もきみに恥じぬよう精進し続けることを、共に誓おう!」
「いや、共にってなんだよ。つか、俺はお前みたいに国のためとか立派なアレじゃないし。やりたいから、やってるだけだし」
「同じさ! 誰かの救いの手になりたくて騎士になりたい僕と、妹のために強くなりたいというきみ。対象が違うが、ただそれだけだ。いや、むしろ僕のほうが遅れを取っている」
くぅ! ともらい泣きをしながら、悔しそうに拳を握るニウロに、コハクはもちろんルーツェもぽかんと相手を見つめる。何いってんだコイツ。
ニウロはぱっと顔を上げると、誇らしげに笑みを浮かべて言った。
「だってルクラス。きみはすでに、妹を守る騎士じゃないか!」
「「………………」」
ニウロの言葉に顔を見合わせ、ルーツェは吹き出し、コハクは微妙な面持ちで表情を歪めた。
「そうなの! コハクはとっても凄くて、頼りになるの!」
「そうだな! 僕もそれには大いに同意しよう!」
「やめろよ鬱陶しい! あーもう、ホント意味わかんない! もう、止め! この話終わり! ロペスはさっさと消えろ!」
「そうだルクラス! 改めて友になるのだし、互いのことは名前で呼びあうことにしよう」
「しないよ! 馬鹿じゃないの!」
「ニウロさん。コハクはツンデレでもあるので、頑張って押してください!」
「わかった! が、ツンデレとは何だ?」
「えーと」
「もう! 解散解散かいさーん!!!!! つーか、俺はもう、一人称が”僕”って言うやつとは友達にならないって決めてんだよ!」
「なんだその偏見は。理解に苦しむ」
「コハクのわからず屋ー。意気地なしー。そうだニウロさん。良かったらわたしとも、お友達になってください」
「もちろんだとも。こちらも気軽に接させてもらうので、僕のことも好きに呼んでくれて構わない」
「ありがとうございます!」
「~~~~~~……お前等・・・」
直後コハクの雷が落ち、ルーツェのどこか楽しそうな悲鳴が聞こえる。
少し離れた場所からそれを見ていたクレイドとフィファナは、嬉しそうに顔を見合わせ笑みをこぼす。
晴れ渡った空に、心地よい風が吹く。
もう間もなく午後の試験が始まるのであろう、徐々に人通りが増えてきた。そろそろ移動したほうが良いなと思いながらも、もう少しだけ子供達の騒ぐ声を聞いていたいと、クレイドは笑んだまま静かに空を仰いだ。
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「えー。それで、ご飯食べて流れで訓練付きあってあげてたから、こんな時間になっちゃったのー?」
「連絡が遅くなりましたこと、まことに申し訳ございません」
とある屋敷の一室。
昼間はあれ程晴れていたのに、気づけば空は黒い雲に覆われ外は月明かりさえない。
締め切った室内では、室温を調整するための魔術具がクルクルと部屋の隅で回転し、フィファナは肌寒いと内心独りごちる。
今日は楽しかったと、先ほどまで浮かれていた気分が室温に比例するように熱を失っていく。
ああ、一刻も早くこの部屋から抜け出したい。
フィファナは顔を上げることはせず、ただ静かに次の言葉を待った。
「ふーん、で? 彼は学院へ行くことは諦めたの?」
柔らかなクッションを無視して、一人がけの椅子に姿勢悪く腰掛けている男。
それまでは魔術具を弄る手を止めずに話しを聞いていたククシュルは、フィファナが部屋に入ってきて初めて手元から視線を外し彼女を見た。
長い前髪に隠されてその瞳は伺えない筈なのに、フィファナはびくりと身を揺らし腹に力を入れる。
「学生にはならないと仰ってました。貴族街に出入り出来る仕事を見つけ、鍛錬は空いた時間に個人で行なうと」
「わー、甘い発想。でも、君も暇を見つけては、その鍛錬とやらに手を貸してやるつもりなんだろ?」
「……レイス様にご迷惑が及ぶことが無いよう、細心の注意を払います」
「あはは、別にいいよー。仕事さえちゃんとしてくれれば、あとは好きにしなよぉ」
「ありがとうございます」
フィファナは礼を述べ、再び頭を下げる。
数ヶ月前、とある事件に関与したかも知れないと噂される、厄介な女の新たな後見人となった男。ククシュル・ディ・レイス。
書斎に頬杖をつき何やら楽しげに鼻歌を歌い出した彼に、フィファナは未だに戸惑いを抱いていた。
「そっかー、あの子はルツェちゃんの騎士になるのかー」
楽しそうに足をぶらつかせ、ククシュルは笑みを浮かべる。
目元は全く見えないが、その表情は心底面白い事を考えついたと物語っていた。
「ねえ、アルコリア。僕、良い事思いついちゃった。何だと思う?」
全く見当もつかなかったフィファナは素直にそれを口にする。が、ククシュルは気にした様子もなく、上機嫌のまま手元の魔術具へと意識を戻す。
その仕草に、すでに相手には会話を続ける気はなく、この話はもう終わりだという事を示していると察し、退出することにした。
フィファナが部屋を出た後、ククシュルは手元の魔術具を完成させ、光にかざして眺めてみる。納得のいく出来に、ククシュルは満足そうに口元を緩めた。
「ふふ、ルツェちゃん、喜んでくれるかな?」
そうしてククシュルは新たな魔術具へと手を伸ばし、ただ、刻々と時だけが流れていった。




