10話 衝突
「こんなの、おかしいです。コハクさんに何かあったのでしょうか……」
幾人かの外来客と生徒の姿が残る、学園の試験会場の外側。先ほど午前中に行われる兵士団コースの学期末試験の試合が終わり、少しの時間を挟んだ午後からは魔術師コースの実技試験が行われる。
今は午後の試験までに昼食を済ませようと人が出はらい、残っているのはそれを観戦するつもりのない生徒とその保護者だ。
「コハク遅い……」
「まあ、学期末試験の後だからね。午後の試験にでないと言っても、何かしらあるのかもしれない」
未だ待ち人が出てこない校舎を見つめ、ルーツェの腹から切ない音が絶えず聞こえてくる。
「一緒にご飯食べられるって言うから待ってるのに。もしかして場所がわからなくて迷ってるのかしら?」
「ふふ、そうかも知れないね」
数ヶ月とはいえ通い慣れた学校で、それは無いだろうと思いながらも、クレイドは苦笑を浮かべてブーたれるルーツェに同意してやる。
とうとう、しゃがむどころか座りこんでしまったルーツェをクレイドが無理やり抱え上げ、もう一つの気がかりに向きなおる。
「さて、こちらのお嬢さんは、どうしてそんなに浮かない顔をしているのかな?」
「え? あ、申し訳ありません! 私、そんなつもりは……」
むくれるとまでは言わないまでも、何かしらの念でも放出しそうな雰囲気のフィファナに、クレイドが困ったように声をかける。
まあ、以前のような硬い印象から、良く感情を表に出すようになったと思えば、自然と柔らかい笑みにもなる。そんな風にクレイドから笑いかけられて、フィファナは言葉を失い赤面するしか出来なくなった。
「フィ、フィファナ? 急に黙ってしまって、どうしたんだい? もしかして私は不躾な事を言っただろうか?」
「い、いえ! リャダマンしゃまは何も!」
「リャダマンしゃまって言った」
先ほどまでお腹が空いたとふて腐れていたルーツェの口を、クレイドが無言で塞ぐ。本人に悪気はないが、たまに思った事をそのまま口にするので困ったものだ。
案の定、フィファナはさらに顔を赤くし、果てにはその場を逃げ去ろうとするではないか。
「ちょ、待ちなさいフィファナ!」
「〜〜〜〜〜‼︎‼︎‼︎」
「ああ、急に腕を掴んですまない。痛くはなかったかい?」
「は、はひ! 大丈夫です! 全然、全く大丈夫です‼︎‼︎‼︎」
「フィファナさんの首がもげそう」
「ルーツェ、君は、お静かに! ね!」
不服そうに腹で返事を返す少女を左腕に抱え、さらには真っ赤な顔で首ふり人形と化した美女を前にし、クレイドは内心大きなため息をつく。
(なんでもいいから、コハク! 早く来てくれ!)
クレイドが悲嘆に暮れていると、背後の茂みから気配を感じ振り向く。がさがさと葉をならして出て来たのは、淡いクリーム色。あちこちに葉っぱを付け、髪があらぬ方向にはねまくってしまっているコハクが、なぜか植木の中から顔を出した。
「また君は……なんてところを通って来るんだい」
「ちょっと面倒くさいのに追いかけられてて」
げんなりとした様子で枝葉をかき分け、植木の中から抜け出る。すっぽりと人の通った後が出来てしまい、手入れをしてくれている人ごめんなさい。
素知らぬ顔で汚れを払い落としているコハクが顔を上げれば、むくれた表情で抱き上げられているルーツェと目があった。
「なに怒ってんの?」
「・・・怒ってないもん」
「いや、怒ってるじゃん。しかも眠さと空腹で機嫌まで最悪じゃん」
「すごいね。さすがお兄ちゃん。ルーツェはお腹が空いてるだけじゃなくて、眠かったんだね」
ぷいとそっぽを向き、クレイドの首元へと顔を埋める。すっかりご立腹な様子の妹に、コハクは珍しいなと僅かに眉を下げる。
「なに? ホントにどうしたのさ?」
「ルーツェ? もしかして体調が悪いのですか?」
「そうなのかい?」
「……違う」
弱々しく首を横に振り、ルーツェは否定の言葉を口にする。ではなんだと無言のまま三人が問えば、ルーツェは口をへの字にまげたままゆっくり顔を上げた。
「だって、コハクが……」
「俺が?」
「コハクが」
「見つけたぞ、ルクラス!」
「げ!」
何か言おうと口を開いたルーツェの言葉に、通る暑苦しい声が重なる。その声の主にコハクは思いっきり眉をしかめ、クレイドとフィファナは何事だと目を丸くする。見つけたと言うことは、先程言っていた面倒くさいのとはあの少年のことだろうか。
息を切らしているのは走ったからか、または別の理由か。顔を真っ赤にし、怒気のオーラを撒き散らすニウロがそこに立っていた。
「どういうことだ、ルクラス! 逃げてないで、ちゃんと説明をしろ!」
何事だとクレイドが視線でコハクに問うが、それに答えている余裕などない。
怒りを顕に距離を詰めると、ニウロはコハクの真正面に立ちその左腕を掴んだ。
「痛い、離せよ」
「離したら逃げるだろう。その前に僕の質問に答えろ」
「だから」
「どうしてあの試合、手を抜いた! どうして身体強化を使わなかったんだ! ……僕をバカにしたのかっ!」
真っ直ぐコハクに向けられるのは、尋常じゃない怒り。
先程のニウロとの試合で、コハクは身体強化を使わず、もののわずかで敗けてしまった。
「手を抜いたわけじゃないし、バカにもしてない」
掴まれた腕が痛みに悲鳴を上げ、コハクは無理やりそれを振り払う。それでも、言い逃れは許さないと、じりじりと自分を焼く熱に、コハクは眉根を寄せ思わず視線を逸らしてしまった。
「違うと言うなら、なぜだ? どうして身体強化を使用しなかった。身体強化を使っていれば、優勝したのは僕ではなくきみだったはずだ」
「そうですよ! あの試合、一番強かったのはコハクさんです! 訓練だって毎晩遅くまで行って頑張られたのに! 本当にどうして」
「フィファナ、今は口を挟まない」
「あ、すいません……」
クレイドに諌められ、興奮気味に身を乗り出していたフィファナは素直に後ろに下がる。「ぅう……。ですが、ちゃんと身体強化使っていれば、本当にコハクさんが一番で……」と残念そうに表情を曇らせる。納得はしていないようだ。
どうやら、フィファナにも悔しい思いをさせていたのだと、コハクはひっそり反省する。決して口や顔には出さないが。
ニウロはなんだと困惑していたが、印象操作の魔術具の影響か、クレイドとフィファナの存在はすぐに意識の外へと追いやられた。
「まあ、いい。それよりルクラス」
「…………」
「どうして何も言わない。何も話してくれないんだ」
「……別に、使いたくなかったから、使わなかった。それだけ」
「だから、どうして急にそう思うようになったんだ。そちらの女性が言う通り、遅くまでたくさん訓練していたのだろう」
「…………」
ぐっと押し黙ってしまうコハクに、ニウロは拳を固く握る。
「僕だけだったのか?」
「?」
小さく言葉をこぼし、ニウロは悔しそうに唇を噛む。
「僕は、きみとほんの僅かでも分かりあえたと思った。自分の信念のもと強さを求め切磋琢磨できる、友人になれると思っていたのに」
「! …………俺、は・・・」
しかし、それきり続きを発そうとしないコハクに、ニウロは唇を噛む。
すべて夢見心地な妄想でしかなかったのだろうか。
「やはりきみにとって僕達程度など、どうでも」
「~~~~っふぬ!!!」
「ぅぐうっ!!!!」
「! ル、ルーツェ!!!?」
急に背中に強い衝撃を受けニウロが突っ伏す。
突然のことに噎せ、咳込み、ブレる視界の端で駆け寄ってくるコハクの足が見えた。
何が起こったのかと驚きの表情のまま振り返れば、今にも泣き出しそうな少女が立っておりぎょっと目を向いた。
「ど、どうした! どこか痛めているのか? それとも迷子か!!!?」
「……いや、頭突きをかまされて攻撃されたのお前の方だし」
「ルクラス、今はそれどころではない! 小さな女の子が泣きそうなんだぞ!」
「失礼ね! 小さくないわよ! わたしは今年で十四になるんですからね!」
疑わし気な視線を向けてくるニウロに、ルーツェはむすりと頬を膨らませる。
二ウロはすっかり落ち着いたようで、若干背中を擦りつつもケロリとした様子だ。無駄に頑丈な男である。
「ところで、誰だ君は? なぜ僕に体当たりを?」
「体当たりじゃないです、頭突きよ。それと、わたしはルーツェレア・ルクラス。コハクの妹です。お兄さんは?」
「おお、ルクラスには妹がいたのか! それは知らなかった。僕はニウロ・ロペス。よろしく」
「よろしくお願いします」
「いやいやいや、何普通に挨拶してんの!? 意味わかんないんだけど!」
がしりと握手を交わす二人に、コハクが頭を抱えツッコミを入れる。
片や突然背後から頭突きをかます、先程まで見ず知らずの少女。と、その被害者。
ルーツェに至っては謝罪すらしていないのに、なぜよろしくしようと思えるのか、コハクには微塵も理解できなかった。捕縛係はなにをしているのだとクレイドを探せば、いつの間にか離れた場所から笑顔で手を振っている。一体なんなんだ。
「とにかくお前はあっち行ってろよ」
「嫌よ。どうせコハクはちゃんと自分のこと話さないんでしょ。だからわたしが代わりに言ったって問題ないじゃない」
「問題しかないだろ!」
「お兄さん」
「ニウロだ」
「人の話を聞け!」
ニウロさんと言い直し、ルーツェがコハクとニウロの間に割って入る。
何をする気だとコハクが慌ててルーツェの口を塞ごうとしたが、その前にルーツェは大きな声で言い放った。
「コハクはぶきっちょ貧乏で、すっごく怖がり屋なんです!」
「ん?」
「何言ってんのお前! ホント意味わかんない!!」
言ってしまった後だが、口を押さえられる。それでも負けじと、もがもがと言葉になっていない抗議をする。
コハクも、また勝手な事を言われてはたまらないと「クレイド返品する!」「はっはっは」「クレイド!」無理やり引きろうとするも、ルーツェは急いで目の前にあるニウロの服を掴んだ。
「離せ、ルーツェ! 他所に迷惑かけるな」
「んーんー!」
「嫌じゃなく、痛って! 噛むな!」
思わず口を塞いでいた方の手を離したが、ルーツェの腹に回している腕は緩めない。
ルーツェはルーツェで、両手でニウロの服を掴み、腹から抱えられる勢いで引かれているため、海老のようなポーズになっている。実際、両の足は殆ど地面についていなかった。
「言ったでしょ! コハクが言わないから、代わりにわたしが言うのよ!」
「だから、何を!?」
「本当はもっと仲良くしたいって、一緒に頑張りたいって思ってるってことよ!!」
そう言って、ルーツェは泣きそうな顔で叫ぶ。
なのに、当事者であるコハクとニウロは、まるで初耳だとでも言うかのように、しばし何の反応も返せなかった。




