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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
間章 魔力なし少女の兄
57/204

9話 失考

「一つ、確認したいことがあるんだけど? ――なんで戻ってきたの?」


 使われていない古い教室の前。自分たち以外には人の気配などない薄暗い廊下。

 コハクが意地悪く問えば、ケニシスの肩がピクリと動いた。


「試験の時間が迫ってるのに、なんで戻ってきた?」

「…………」

「なにか、戻って来なきゃいけない理由があるんだろ?」

「っち!」


 言うが否か、ケニシスは持っていた剣を抜きコハクへと向ける。ケニシスの抜いた剣は模擬刀などではなく真剣だった。キラリと淡い光が輪郭を照らし、それを証明する。


「お、おい! いくらなんでも、やりすぎだ」

「そうだ。落ち着けって」

「うるさい! 元はと言えば、お前達が回収を忘れてきたせいだろう!」


 連れの生徒がケニシスを止めようとするも、ケニシスはそれを振り払い声を荒げる。その様子を見て、やはりなとコハクは己の予想が当たっていたことを確信する。相手が未だ自分たちに(こだわ)り、その場を離れないと言うのなら……


「ロペス、服のどっかに魔術具か呪具があるはずだ」

「え?」

「お前の身体の調子が戻らないのは、それのせいだ。アイツ等はそれを回収しに来たんだよ」

「くそっ――」


 悪態をつき、ケニシスが剣を振りおろす。怒りに任せているのかと思いきや、理性の残っているそれは威嚇止まりで、コハクも難なく避ける。


「怪我をしたくなければそこをどけ!」

「ルクラス、もう、いい。お前は戻れ! このままでは試験に間に合わなくなる!」


 迫るケニシスと、コハクを心配するニウロの言葉を無視して、コハクは試験用の模擬刀を構える。


「はっ、ぼくの剣は本物だぞ? 試験で使うような、おもちゃの剣で何ができる!」

「ルクラス! いいから行け!」

「どいつも、こいつも……ふざけんなよ」


 静かな、しかし、確かな苛立ちを含んだコハクの声音に、ニウロもケニシス息を呑む。かまわずコハクは再度ケニシスに向かい模擬刀を構えなおせば、ケニシスも覚悟を決めて姿勢を低くする。


「お、おい、本当にやめた方が……」

「うるさい! 今更、引き下がれるか!」

「そうだね。どの道アンタ等は、俺をどうにかしないとニウロから証拠品を回収出来ない」

「……」


 煽るような言葉に、ケニシスの後ろにいた二人の内の片方が、戸惑いながらも己の剣を持つ。


「だったら、三人でやれば」

「馬鹿。相手は魔術師コースの特待生だぞ。勝てるわけないだろ」

「でも」


 ケニシスの背後でヒソヒソと言葉を交わすも、煮え切らない態度だ。しかし、ケニシスはすでにコハクのことしか頭にないのか、後ろの二人には意識を向けずコハクに向かって走り出す。

 コハクもそれと同時に相手へと飛び出した。


「やめろルクラス! 校内で攻撃術を人に向けたと知れたら、きみが咎められるぞ!」


 二ウロが飛び出した背を追うように手を伸ばすが、足に力が入らず倒れこむ。まともに動かない身体は衝撃を直に受けたが、それでも何とか痛みを堪え頭を上げた。

 わずかにブレる視界の中で、ケニシスが剣を振り上げたのが見えた。何度かコハクと打ち合いをしたニウロだからこそ判る。コハクにあの剣は避けられない。ましてや受けることなんて出来るわけがない。

 おそらくケニシスも、それを承知した上でコハクに術を使わせるのが目的なのだ。そうすれば彼らには言い訳ができる。相手が術を用いて攻撃を仕掛けてきたから、止む無く魔術具を使用したと。


「ルク、ラ……!」


 ニウロが掠れた声で、叫び声を上げようとし、言葉を失う。

 ケニシスの剣がコハクを捕えようとした瞬間、コハクの身体が淡い光を放ち、術を使うのだと思った。しかし、次の瞬間に、今迄そこにあったコハクの姿は消え、驚愕に目を見開くケニシスの姿があった。


「な、なに⁉︎ 消えた⁉︎」


 突然、目の前の標的が消え、ケニシスが上擦った声で辺りを見回す。目の端にチラリ。一瞬だけ白の光を捉えたと思うより速く剣を弾かれ、ケニシスのこめかみにコツリと何かが触れた。


「俺の勝ちだね」


 真横から模擬刀の切っ先を突きつけられ、乾いた声が響く。ケニシスは痺れる手元と、足元に転がる自身の剣に青ざめると、抵抗すろこともなくその場に崩れ落ちた。


「アンタ等も、まだやる?」


 コハクはすいと後ろを振り返ると、残りの二人は大袈裟に首を横に振り逃げるように立ち去ってしまった。

 握っていた模擬刀をホルダーにしまうと、コハクはケニシスへと視線を向ける。


「そん、な……そんな、まさか? ぼくが、剣でロペス以外に敗けるなんて……」

「ねえ、魔術具どこに隠したの? 俺アイツの代わりに探してやるの、スッゲー嫌なんだけど? つーか、お仲間逃げたけどアンタは? 時間ヤバいんじやないの、て、聞いてる?」

「そんな、そんな……」


 茫然と項垂れるケニシスに、コハクの声は届いていないようだ。

 諦めたようにコハクはニウロへと向き直ると、これまた驚きに目を見開く眼差しと目が合う。しかし、コハクは何か言いたげな視線を無視して鼻を鳴らした。


「言っただろ、ふざけんなって。いつまでも人のことナメてんじゃねーよ」


 少しだけコハクの胸の内が()いた。






********************






 時間にすれば、そう大した時間ではなかったらしい。

 あの後、なんとかニウロに自力で魔術具を発見させたコハクは、停止の方法をケニシスに詰め寄った。最初はまともな返事を返さなかったケニシスだが、何度めかの問いかけで素直に魔術具を停止させた。その後、一悶着あるかと身構えたが、意外にもケニシスは何も仕掛けては来なかった。ただ、全てを諦めたようにその場を動こうとはしなかった。


「結局アイツ試験受けなかったんだな」

「後の二人は間に合ったみたいだけど、結果は振るわなかったみたいだ」


 トーナメント制の試験が行われる会場控え室。出場を控える参加者が待機するその部屋には、コハクとニウロを除けば、入口付近で書物をめくる係りの教員しかいない。


「アンタは大丈夫なの? 一回戦が最終組で良かったじゃん」

「ああ、魔術具を停止させたら体調はすぐ戻った。頭の怪我もルクラスが治癒をかけてくれたからな、ありがとう」

「…………」


 年二回ある期末テストのために作られた会場で、今はコハクたちの前の組が試合を行っている。それを横目に眺めながら、コハクとニウロは静かに言葉を交わす。


「アイツ等のこと、本当に報告しなくてもいいの?」

「僕はいい。だが、ルクラスは報告してもいいんだぞ。真剣を向けられて、大事な試合前に恐喝されたようなものだ」

「俺はいいよ。大したことされてないし。つか、お前が何も言わないのに、そんなこと出来るか」

「そうか」


 外からの喧騒は煩いくらいなのに、なぜか相手の声だけはよく聞こえた。

 だからなのか、今まで気にしなかった相手の雰囲気が伝わってくる。


「…………」

「……なに?」

「いや? 別に……」

「別にって顔じゃないじゃん。言いたいことあるなら言えよ」


 下を向き、先ほどから地面を睨みだしたニウロに、コハクは眉を寄せる。いつも鬱陶しいくらい、相手を真っ直ぐに射抜くその視線は、今はどこか遠くを見ていた。

 なぜかは分からない、それがたまらなくコハクを苛立たせ、つい口調も冷たくなってしまう。


「俺、お前のそういう所、ホントむかつくんだけど。普段は馬鹿みたいに自分は間違ってないって一直線なくせに、言いたくないことは察してくださいって顔に出す。隠したいなら(おもて)に出すなよ」

「な! そんな言い方ないだろう! 僕はそんなこと」

「あるね」

「っ!」

「違うなら言えよ。言わないなら顔にも出すな」


 鬱陶しいとため息をつきつつも、コハクはその場を離れない。

 多くの生徒が待機するために設けられた控室は、それなりの広さがある。壁側には何脚か長椅子も設置されており、身を休めることだって出来るのにだ。

 ニウロは一瞬だけコハクを見た後、すぐに顔を逸し俯いてしまった。

 外では会場が盛り上がりを見せている。前の組の勝敗が決するのも、もう間もなくだ。


「あ~! もう! なんだよ! お前、そんなんで俺に敗けても文句言う」

「きみが、教えてくれなかったからじゃないか!」


 思ったよりも大きな声に、コハクはもちろん、ニウロ自身も驚きの色を浮かべている。少し離れた場所にいる教員が怪訝そうな視線を向けているので、なんでもないとコハクは僅かに会釈し、その視線を背に隠して遮った。


「急になんだよ、大声出して」

「すまない、つい」


 小声で話せば、ニウロは素直に謝罪する。

 コハクは呆れた表情を浮かべるも、無言のままそれでと続きを促す。ニウロも声を荒げたことを後ろめたく思っているのか、視線を逸しながらも今度は大人しく答える。


「……どうして、教えてくれなかったんだ?」

「だから何をだよ」

「きみが、身体強化を使えることだ。今までそんな素振り一切見せなかった」


 身体強化は兵士や騎士がよく使う、強化系術式だ。

 魔力を術に変換し相手にぶつける物理的な攻撃とは違い、身体に魔力を流し部分的、あるいは全体的に能力を向上させるものだ。そこから更に術式を展開させれば、防壁のようなものを纏って身体自体を硬質化させたり、様々な使い方が出来る。


「さっきのあれは光が白かったから、純粋に、魔力による身体能力の向上なんだろ? だったら期末試験でも使用できる。立派な戦い方だ」


 通常魔力は無色透明で、力を増せば白い光を帯びる。そこから更に攻撃系術式に返還すると、赤色に。治癒回復術などに変換すれば淡い青色といったように、帯びる光の色が変化する。


「もしかして切り札にするため、今まで僕と打ち合いをした時には隠していたのか?」


 咎めると言うよりは、どこか寂しさを滲ませる声音に、コハクは口を挟めず立ち竦む。


「なあ、そうだろ。……そうではないのなら、今まで手を抜いて」

「違う!」


 今度はコハクが声を荒げ、ニウロの肩口を掴む。遠くで教員がイスから立ち上がり何かを言っているが二人には届かない。


「俺は今までの授業でも、お前との手合わせでも、手を抜いたことなんて一度たりともない!」

「なら、なんで」

「敵わないと思ったんだ! ……このままじゃ、お前に勝てないと思った。だから……、だからこの一週間特訓して、覚えたんだよ!」

「一週間……。…………特訓・・・?」

「君たち、試合前にケンカは止めなさい」

「「ケンカじゃないのでお気遣いなく」」

「へ?」


 (はた)から見ればコハクがニウロに掴みかかり、一触即発に見えなくもないのだが、仲裁に入った教員へ見事なハモりを披露し、戸惑わせる。

 とにかくケンカはダメだからと念を押し戻る教員を見送った後、二人は互いに顔を見合わせた。今度は正面から交わる視線に、共に敗けじとにらみ合う。


「どう言うことだ? たかだか一週間で、どうにかなるわけないだろう?」

「なってるじゃん」

「身体強化を使うにしても、そんな短期間の訓練では体がついていかないはずだ。僕は昔、身体強化を上手く使いこなせなくて、逆に体を痛めたぞ」

「ほら、そこは俺、治癒術使えるし? 魔力量もそれなりにあるから、大怪我でもない身体疲労ぐらいならいくらでも回復出来た」

「………………なんてデタラメな」

「……別に不正はしてない」

「いや、そういう意味ではなく」


 呆気に取られるニウロを尻目に、コハクは少しぶすくれる。

 悪いことはしていないが、ズルをしたような気持ちが無かったわけではない。通常、そんな使い方が出来るほど魔力があるなら、大抵のものが兵士など目指さない。


「ルクラス、きみは、きみだからこそ出来る方法……魔力量の多いきみだから出来る方法を見つけ、持ちいて強くなった。それもたった一週間でだ。僕はその事は純粋に素晴らしく、誇らしいことだと思う。先程の発言は撤回する。すまない、ルクラス」

「……な、なにもそこまで」


 ビシっと頭を下げるニウロに、コハクは慌ててその肩を掴む。やめろ、やめて、ヤメテクダサイ! さっきから教員の視線が痛いほど突き刺さってくるんだよ!

 ちょうどその時、会場から大きな歓声が上がりそちらへと意識が向く。どうやら勝敗が決したらしい。そのことに、これ幸いとコハクは自身の準備を見直し気を取り直す。


「ほら、次は俺達だよ。ロペスこそ気ー抜かないでよね」

「たまにルクラスは口調が変わるな。そっちが素なのか?」

「う、煩いな! 別にナメられないように、してたわけじゃねーし!」

「そうか」

「………………」


 ニコニコと笑うニウロに、コハクは渋面を作る。やっぱりコイツ腹立たしい!

 控室の格子(こうし)が開きアナウンスが流れる。一回戦最終組。いよいよ本番だ。


「ルクラス、お互い本気でいこう」

「ああ」

「まさかきみとこんな風に話ができる日が来るとはな……ふふ。まさか一週間で身体強化を身につけるなんて」

「いや、一週間って言ったけど、それまでに体力づくりとかすっげーやってたし」


 一人で鍛錬に励んだ日を思い返し、ニウロは独りごちる。

 魔術師コースのおまけで併設されているだけの兵士コース。自分と同じく、誰よりも強くなりたいと上を目指していたのは、やり方は間違っていたがあのケニシスくらいかと思っていた。

 だが――


「正直、前まではきみのことが理解できず、金のためにどっちつかずな奴だと疑っていたんだ。だが、僕の間違いだったようだ。ルクラス、きみは本気でこの試験でトップをとるつもりなんだな――ならば、僕も認めよう! 君は僕たちと変わらない、共に高みを目指す立派な戦士であると!」


 そう言って右手を差し出すニウロに、コハクは目を見開き相手を見た。

 そうしている間に、入場を促すアナウンスが響き拍手が沸き起こる。脈打つ心臓に、喧騒が拍車をかけるように捲し立ててくる。


「ルクラス?」

「俺……」

「君たち、速く入場して。もう入っていいんだよ」


 たしなめる口調で、控えていた教員が先を促してくる。

 結局、コハクは差し出された手を握り返すことが出来ぬまま、その背を押され会場に足を踏み入れた。






 そしてコハクの学期末試験は、ニウロに敗れ一回戦敗退と言う結果で終わった。

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