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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
間章 魔力なし少女の兄
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8話 謀計

 抽選会の行われる教室に、兵士団コースの生徒が集まっている。

 部屋の横の壁には四角い映像が浮かび上がっており、ジグザグした山形トータメントの組順が映し出されていた。


「くじを引いた者は開封担当の教員に渡してください。開封はこちらで行います。くじを引いた者は――」


 宙に浮かんでいる、水で出来たような丸い球体。透明感があるのに中には何も見当たらず、しかし参加者がその中に手を入れ引き抜くと小さな木札のような物を握っている。木札自体には何も書かれておらず、細工が施されているのだろう。開封担当の教員に札を渡すと文字が浮かび上がってきた。


「コハク・ルクラス、33組」


 コハクが持っていた木札を教員が読み上げると、壁側のトータメント表が自動的に書き換わる。呼ばれた数字が記されていた場所に、コハクの名前が入る。


「っ――……まじかよ」


 でかでかと視界を埋める映像に、コハクは目を見開き、次いで顔をしかめる。自分の名前の横には『ニウロ・ロペス』の文字。


「初っ端からアイツとかよ」


 内心、舌打ちをもらし小さく辺りを見回す。すでに名前が載っているということは、先にくじを引いていると言うこと。


「いない……?」


 しかし、室内にニウロの姿はなく不思議に思う。生真面目で優等生を絵に描いたような男が、集合時間間際に姿を消すだろうか。


「では、まもなく期末試験を開始します。番号10組までの生徒は会場である大訓練棟まで移動してください。残りの生徒はこちらで待機、見学したい者は共について来てください。繰り返します――」


 まだ年若い教員の声が響く。室内はざわつきつつも、緊張感が漂う。移動する組と室内に残る生徒をざっと見渡し、コハクは眉をしかめる。


「…………」


 そうして見学希望者の列と共に、そっと教室を抜け出した。






********************






「……う、ここ――げほげほ!」


 上体を起こそうとし、吸い込んだホコリに咳き込む。布を被せられた机やイスが多数置いてあり、お世辞にも衛生的とは言えない。

 使われていない空き教室だろうか。全く見覚えのない場所に、ニウロはゆっくり顔を上げ辺りを見回した。


「どこだ、ここは……はっ、それより試験に――っく、なんだ、身体が……」


 身を起こそうとするも後頭部に激痛が走り、力が入らない。なのに心臓はどくどくと脈打ち、呼吸が荒くなる。その度に吸い込んでしまうホコリに噎せ、なんとか持っていたハンカチで口元を覆った。


「そうか……油断した」


 言ってニウロはゆっくり近くの教材にもたれかかる。

 思い返されるは抽選会の行われた会場。たまに話をするクラスメイトに声をかけられた。


『おい、ニウロ。特待生くんがお前を呼んで欲しいって。すぐに、奥の教室に来てくれって言ってたぞ』

『ルクラスが? なぜ、わざわざ……本当にルクラスだったか?』

『んー……そう言や、フードを被ってたから顔は見てないけど、そう言われただけだからなぁ』

『そう、か』


 言って自分でも不思議そうに首をかしげるクラスメイトに、ニウロは礼を述べ相手を確認しに行った。廊下に出て周囲を確認すると、奥の角を曲がった方から苦しそうな声が聞こえてきた。


『! どうした、ルクラスか? 怪我をしているのか!』


 今思えば、何もかも稚拙で馬鹿げた話なのだが、怪我をしているのではという思考でいっぱいになり、ニウロは急いで声のする方へと飛び出した。

 案の定、角を曲がってすぐ。廊下からは死角になっていた側の教室が開いており、後頭部に強い衝撃を受けた。薄れゆく意識の中、せめて相手の顔を確認しようと目を凝らすも、卑怯者の姿は捉えられず目の前が暗くなっていく。

 そうして、次にニウロが目覚めたのがこの場所で、犯人によって閉じ込められたのは間違いないだろう……。

 ニウロは静かに状況を把握すると表情を歪め、息を吐いた。


 ――情けない。


 予想していなかったとは言え、起こり得ない事ではなかった。

 成績優秀で兵士団コースでも実力はトップのニウロは、コハクとはまた違った意味で浮いた存在であった。平民のニウロは、特に貴族連中からのやっかみが酷かった。ニウロ自身があまりそういった(たぐい)を相手にはせず、実力差もあったためそこまで執拗に絡まれることはなかったが。


「僕を試験に出場させないためか……」


 痛みの激しい頭を庇いながら、首を巡らす。どれ程の時間が経ったかはわからないが、辺りは静かで人の気配は一切しない。


「……」


 訓練ばかりで、友人らしい友人もいない。むしろ、同じ平民出身の者たちは表面には出さないながらも、突出したニウロの剣の腕にあまりいい感情は持っていなかったように思う。

 特に何かをされたわけではないが、彼らとはいつも一定の距離があった。クラスメイトと言っても、クラス内はいつもどこかギスギスしていた。学期末の推薦枠はたったの一つ。同じものを目指す仲間というよりは、同じものを奪い合うライバルと言った方が正解だ。

 ニウロはため息をつくと、目を閉じて思考に集中した。


(見慣れない場所、普段は人の出入りがないのだろう。運良く見つけてもらえる可能性は低い。ならば自力で脱出しなければいけないが……身体が上手く動かない。薬を使われたのか?)


 立とうとするも、上手く力が入らない。落ち着いて立つことだけを考え力を加えれば、二度目で何とか立つことは出来た。


(思ったよりヒドイ薬では無いようだ。どちらかと言えば、感覚を狂わせる類いのものだろうか……?)


 拘束はされていないため、覚束ない足取りで出口を目指す。が、踏み出した足に力が入らず、大きな音と共に転倒する。

 とっさに何処かに腕をぶつけ、積み重ねられていたイスが倒れ、室内にホコリが舞い上がった。


「げほ、げほ!」


 激しく咳き込み、息が出来ない。

 あまりの息苦しさに、ニウロは床に溜まったチリを掻き、目尻に涙が滲む。どうしてこんな事になったのか。悔しさと苛立ちを押し殺し、ニウロがもう一度立ち上がろうとした時――


「う、なにここ! 空気悪っ! つか、きったね」


 ふいに、扉が開けられる音と、人の声。

 声の主も舞い上がったホコリにやられたのか、文句を垂れながら咳き込んでいる。


「おい、ロペス! どこにいる。試験始まっちゃうから、さっさと返事しろよ」

「……、ルク……ラス?」


 もうもうとホコリが舞う中、弱々しいニウロの声がコハクの耳に届く。コハクは自身の腕でで口元を覆い、なんとか声を上げたニウロを見つけると、息を止め一気に距離を縮める。

 コハクはニウロの腕を掴むと、半ば引きずるように室内を横切り外へと放り出した。


「ぶはっ! はあ、はあ。やっば、なにこのホコリ。肺の中が汚染されちゃう」

「……う、げほげほ」


 ホコリどころか足元には蜘蛛の巣まで張り付き、コハクは払い落としながら悪態をつく。帰ったら速攻で洗濯してもらおう。

 コハクがせっせと汚れを払い落としていると、ガタリと隣で音がした。視線を向ければ立ち上がろうとしたニウロが、上手くいかず顔面を廊下の壁にぶつけているところだった。


「………………、なにしてんのお前」

「……身体が、思うように動かないんだ」


 おそらく薬を――とかすれた声で言うニウロに、コハクは嫌悪の表情を浮かべる。

 立ち上がることは一旦諦め、ニウロは壁を背に座り込んだ。そしてコハクに向かって何かを言おうと口を開いたが、何者かの声にそれを遮られた。


「な、なんだ! やっぱり、ドアが開いてる!」

「おい、あれ!」


 反対側の角から三人の男子生徒が現れ、先程までニウロが閉じ込められていた教室へと駆け寄る。彼らからは死角になっていたのか、柱の陰にいたコハクとニウロに一人の生徒が気づき、他の二人も驚愕に目を見開いた。


「これ、アンタ等の仕業?」


 コハクが一歩ニウロの前に出て、三人の生徒を睨みつける。


「違っ……! お、音! 音がしたから何かなって見に来ただけで……」

「さっき『やっぱり開いてる』みたいなこと言ってたじゃん」

「う……」


 たじろぐ三人の生徒に、コハクはため息をつく。後ろでニウロも柱を支えに、なんとか立ち上がっていた。


「ケニシス……きみ、たち、なぜこんなこと」


 ニウロは相手に面識があったようで、先頭に立っていた生徒の名前を呼んだ。ケニシスと呼ばれた生徒は一瞬ビクリと肩を竦めて見せたが、すぐ悲しそうな表情を作りニウロへと訴えかけた。


「ち、違う! ぼく達は脅されていたんだ。本当は嫌だったけど、こうするしかなかったんだ!」

「脅されていた……?」


 少し表情の変わったニウロに、ケニシスはわずかに安堵を滲ませる。そして笑みを浮かべながらも、コハクに向かって指を指し声を張り上げた。


「そうなんだ! そこの、コハク・ルクラスに脅されて仕方なくやったんだ!」

「は? 俺!?」


 他の二人の生徒も、一緒になって頷いている。どうやら言い逃れは出来ないと察したのか、せめて命令されてやったと被害者ぶることにしたらしい。


「つか、脅すも何も、アンタ等誰だよ。全く覚えがないんだけど」

「きさまっ……、一度ならず二度までもぼくの存在を無視するというのか!」

「……あれ? 本当に会ったことはあるんだ」

「くそっ! もういい! ぼくたちはこのまま戻って、先生に報告を」

「やめろ!」


 ニウロが叫んだ。

 薬のせいかふらついてはいるが、ニウロはしっかりと自分の足で立ちケニシスを睨みつける。


「ルクラスはこんなつまらない事はしない! いい加減にしろ!」


 ニウロの言葉に、ケニシスが表情を歪ませる。


「くそっ、平民風情が! お前らみたいに好き勝手やっている奴らに、貴族であるぼくの苦悩がわかるか! もし、試験で優勝出来なかったら、ぼくは父様に……」


 そう言って震えだしたケニシスに、コハクはつまらないものを見るように眉を顰める。


「なにそれ。ただ親に叱られたくなかったって話かよ。くっだらない」

「なっ!」

「てか、これがバレたほうが、やばいんじゃないの? 試験参加の妨害に、相手に危害まで加えてる。最低でも停学処分は免れないんじゃない?」


 確信を含んだコハクの言葉に、ケニシスの後ろの二人が後ずさる。しかしケニシスは怯むことなく、逆に薄い笑いを浮かべた。


「……なに笑ってんのさ。頭でもおかしくなった?」

「だってぼくたちは関係ないから」

「は?」


 急に余裕の表情を浮かべたケニシスに、コハクは不機嫌そうな声をもらす。何を言っているんだ。本当に頭がおかしくなってしまったのだろうか。


「関係ないって何が……」

「ぼくたちはたまたまここに通りかかっただけで、何もしていないもの」

「は? 今更なに」

「何かの勘違いじゃないか、だって証拠も何もないじゃないか」

「証、拠? ……ケニシス、なんで……そんな事を平気で」


 真面目で実直なニウロには、到底信じられないことだったのだろう。驚きに目を見開き固まってしまっている。対照的に、コハクはなるほどと苦々しい表情を浮かべた。

 相手は証拠がないのをいいことに、あくまでシラを切り通すつもりだ。例え、被害者であるニウロが証言しようとも、自分たちは知らないことなのだと。

 だが、そこでコハクはあることに気がついた。なるほど……もしかしたら、相手は致命的なミスを犯したのかも知れない。


「一つ、確認したいことがあるんだけど?」


 そう言ってコハクは、僅かに口の端を上げ笑んだ。

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