6話 期待
試験期間に入り、学期末テストまで一週間を切った。
午前中の必須授業を除けば授業はなく、生徒は確実自主勉強をする。
この時期になると、寮にある自室で座学にそなえる生徒と、腕に自信があり訓練棟で鍛錬に励む生徒に別れる。
「おやおや〜? 兵士団コースの訓練棟に余所者がいるが、迷子なのかな?」
嘲笑を含んだ声に、コハクはもうそんな時間かと僅かに窓の外へと意識を向ける。
今日は晴天で日差しも丁度良く、出掛けにルーツェがピクニック日和になるだろうと言っていた気がする。
「おい、聞いているのか!」
兵士団コースの訓練棟には、訓練に使うための魔術具がいくつかあり、人の少ない時間帯にコハクも利用させてもらっていた。
しかし、昼食の時間を終え生徒の出入りが多くなると、この様にちょっかいをかけられたりするので、いつもなら切り上げている頃合いだった。
(今日、フィファナは用事で遅くなるって言ってたからな……久しぶりに裏庭に行くか)
「おい! コハク・ルクラス! このぼくを無視するとは、いい度胸だ!」
魔力で動く練習用の的を停止させたところで、無理やり肩を掴まれる。コハクはそれを振り払う勢いで相手へと向き直ると、声をかけてきたのは兵士団コースの生徒だったが覚えのない顔に内心舌打ちを打つ。面倒くさい。
相手は一瞬驚いた様子を見せたが、コハクが反応を示したことに満足そうに表情を歪ませた。
「は、全く。特待生と言っても平民の出はこれだから! 学内の道すらまともに覚え」
「ここ空くし、使いたかったらどうぞ」
ワザとらしく大きなため息で相手の言葉を遮り、片付けを進める。
「おい、ちょっと待て! まだ話は終わってない!」
立ち去ろうとしたコハクの前を塞ぎ、見下すようにふんぞり返る。
コハクは至極面倒くさそうに目を細めたが「なんか用?」と、無視したところでややこしい部類だと内心舌打ちを打つ。
「お前、前にぼくが言った言葉を覚えていないのか」
「? さあ、覚えてないね。つか、アンタ誰?」
「なっ!」
コハクが訓練場を使用している時に突っかかってくる輩は、数は少ないがしつこい者が多かった。おそらくそのうちの一人であるとは思うが、コハクの記憶の中に、彼に割くスペースは無かったようだ。微塵も覚えがない。
「頭の悪いお前のためにもう一度だけ名乗ってやる! ぼくは」
「いい。覚えるつもりない」
「のっ……キサマっ!」
コハクの態度に、相手は顔を赤くし怒りに震える。
「コハク・ルクラス……なんなんだお前は! 魔術師団コースの特待生のくせに、なぜここに出入りする! お遊び程度に剣を振るって、ぼく達を馬鹿にしているのか!」
「……そんなつもりはないけど」
相手の生徒は持っていた模擬刀をコハクに突きつけ、怒鳴り散らす。いつの間にかギャラリーが集まってしまい、他の兵士団コースの生徒も十数人ほどが二人の様子を気にしていた。
「そうだ! 気休めではないと言うなら、今ココでぼくと勝負を」
「なにを騒いでいる!」
コハクでも相手の生徒のものでもない声がし、人垣が割れる。いつの間に現れたのか、そのあいだを当然のように進んでくる人物がいた。
通る大きな声に周囲の注目が集まる。真面目な表情で、兵士団コーストップの成績を誇るニウロ・ロペスが、コハクと男子生徒の前に歩み立った。
「ここは剣の鍛錬を積む場であって、ケンカをするところではない」
「……う、お前には関係ないだろう。それにぼくはただ、注意をしていただけで……」
「勝負がどうとか聞こえたが? 相手に困っているなら僕が相手をしようじゃないか」
「それは」
ニウロに見据えられ、名前も知らない兵士団コースの生徒はバツが悪そうにたじろぐ。ニウロが兵士団コースでどんな立ち位置にいるかは知らないが、実力は認められているようだ。
相手の生徒はコハクを一度にらみ付けると、舌打ちを残して別の訓練室へと移って行った。それを合図に集まっていた他の生徒達も、若干の興味を残しつつも散らばっていく。
「……」
コハクはニウロに一瞥をくれてだけで、何も言わずに立ち去ろうとした。面倒だとは思っていたが、助けを求めたつもりはないし、何よりも至極当然という顔をしているニウロが気に食わなかった。
「ルクラス」
隣を通り抜けようとして片腕を掴まれる。
「気は変わっていないのか?」
「なんの話さ?」
ニウロの言わんとしていることを、コハクは解っていたがとぼけて見せる。
「先生に頼み込めば、まだ学期末テストのコース変更は可能だと思うが?」
ニウロの言葉に、コハクは勢いよく掴まれていた腕を振り払う。ぎっと音が聞こえてきそうな剣幕でニウロを睨むも、相手は怯むことなく真剣な表情でコハクを見ていた。
「今のキミでは、ケニシスにすら勝てないだろう」
ケニシスとは、おそらく先程コハクにつかかってきた生徒のことだろう。
真っ向から告げられた言葉に、頭に血がのぼる。なんとか振り上げそうになった右手を鎮め、反対の剣を握る指に力が入る。
言い返そうにも、何を言おうが負け惜しみにしかならないと思う自分自身が、コハクの口を塞ぎ抑え込む。
「ルク」
「諦めるもんか」
黙り込んでしまったコハクに、言い過ぎたかとニウロの瞳が少しだけ揺らぐ。しかしコハクはニウロを拒絶しそれを拒む。
「試験で優勝するのは俺だ」
コハクは剣を振り上げてはいない。だが、突き付けられた言葉にニウロは息を詰め、真っ向からそれを受け止める。
「余計な事を言ったみたいだな」
ニウロが半身を引き、道を空ける。
今度は引き止めることはせず、ニウロは静かに訓練場を後にするコハクを見送った。
ニウロは地方にある、とある田舎町で生まれ育った。
彼がまだ五つになったばかりのころ。三つ年上の姉と共に、母の誕生日に花を摘もうと町外れの森へ出かけた。
今日は特別な日だ。いつもとは違う、何か変わった花はないかと、姉の制止を無視してニウロは森の奥まで行ってしまった。
『ニウロ、逃げて!』
追ってきた姉と共に見慣れぬ場所まで迷い込み、気づけば見知らぬ二人の男が目の前に立っていた。男たちの視線は姉だけに向けられており、姉が狙われていると幼心にわかった。
『お姉ちゃんに近寄るな!』
『だめ! アンタはあっちに向かって走りなさい!』
男が姉を捕まえるために伸ばした手を払おうと、ニウロが身を乗り出す。しかし小さな身体は姉に押さえつけられ、その背に隠される。
ああそうだ、母が言っていたいたじゃないか。森の奥には怖いオバケや、人攫いが現れて連れて行かれてしまうと。だから行ってはいけないと、あれほど言われていたのに。
『僕は男の子だ! お姉ちゃんは僕が守るんだ!』
自身を抑え込む姉の手をすり抜け、ニウロは男の片割れへと突進した。しかし、男はニウロを蹴り飛ばすと、幼い身体はボールが飛ぶように宙を舞った。
『おい、わざわざ身体強化使ったのか? 魔力の無駄遣いすんなよ』
『ウザかったから、つい。まあ、どうせ殺すんだ。今ので骨ごといっただろうし、放っておけばそのうち死ぬ』
そう言った男の声は泣き叫ぶ姉の声とともに遠ざかっていく。立ち上がらなくてはいけないのに、ニウロの頭は真っ白でただ姉のことしかなかった。
動かない身体に液体の混じった呼吸音がする。声を上げたいのに、息の吐き方すらわからなくなっていた。誰か、誰かお姉ちゃんが――!
『ああ、なんてことだ!』
知らない、先程の男たちとも違う別の男の声が聞こえて、ニウロは無理やり液体のようなものを飲まされた。最初の一本目はうまく飲み込むことが出来ず、大半が口から溢れこぼれ落ちたが、なんとか飲み込めた数滴のおかげで身体が温かい熱に包まれる。
『回復薬だ。頼む、頼むから間に合ってくれよ』
はっきりとしない意識の中、男はさらに新しい回復薬の封を開け、ニウロの口元へともっていく。
『――っが、げほ』
『! 君、大丈夫か!』
『……ちゃ、――おね、ちゃ……が』
ニウロが覚えていたのはそこまでだった。
後に母から話を聞けば、ニウロを蹴り飛ばし、姉を連れ去った二人の男は別の町でアジトを潰された野盗の生き残りだった。そしてニウロとその後、野盗共を見つけ出し、姉を助けてくれたのは、別の町に向かっていた通りすがりの人だったらしい。
たまたまニウロの住まう町に立ち寄り、ニウロと姉を探す母を見かけ、声をかけてくれたのだと教えてもらった。
『なんでも帝都の騎士団の方らしいわ。お礼をしたいって言ったら、帝国の住民は陛下の大切な民だから当たり前の事をしただけですって……。感謝してもしきれないわ。あんた達は、そんな素敵な騎士様に助けていただいたのよ』
『帝都の、騎士様』
すっかり元気なったニウロと姉を嬉しそうに見つめ母が話す。また、姉自身も、その騎士の男性がどれほど勇敢でいかに格好良く姉を助けたのか――。野盗に連れ去られそうになったショックをニウロに悟らせないよう強調して話すため、ニウロも顔すらまともに見ていない騎士のことを、すっかり尊敬するようになった。
『母さん、お姉ちゃん、僕大きくなったら騎士様のような騎士になる! そして騎士様といっしょに沢山困っている人を助けるんだ!』
それからニウロの将来の目標が定まった。
基本、騎士になれるほとんどは貴族出の者だった。その理由が騎士団の入団試験の受験資格が、元から騎士の家系であるか、もしくは、帝都にある魔導学院の卒業資格保有者、または兵士団の隊長階級者からの推薦の三つのみだった。
故にニウロに残された選択肢は、学院に進学し卒業するか、兵士団の下級兵から実績を作り昇進して上官の目に留まってみせるかだ。
『一番確実で、最短な方法は学院の卒業資格。しかし、そのためのお金もコネもない……』
命を助けられたこともあり、両親はむしろニウロの夢を応援してくれていたが、帝都のしかも貴族が通う学院に入学出来るだけの準備金など、到底用意出来るものではなかった。
そこで姉がニウロのために何か方法はないかと調べてくれたのが、学園の存在。学園には学院への推薦枠があり、それを受ければ入学金を免除してくれるという。
『学園なら、平民向けに入学金も授業料も安い。だから心配するな!』
そう言って笑ったのは父で、決して生活に余裕があるわけではないのに、皆がニウロのために入学金を用意してくれた。ニウロ自身も幼いながらも町の仕事を手伝って駄賃を貰ったり、十を過ぎてそこそこ力仕事も出来るようになると大人に混じって、それこそどんな雑用でもこなした。
『僕も、あんな騎士様になりたい! それで、今度は僕が皆を守るんだ!』
そうして進学準備が整った時、ニウロは十六になっていた。
基本、帝国が必要としているのは魔術師で、兵士は数が揃えばいい。そのためか、学園でも魔術師団コースに重きが置かれ、兵士団コースは併設というおまけ扱いだ。一応、兵士団コースにも特待制度が存在するらしいが、実際にその枠を付与された生徒は存在せず形式だけのものであった。
『すごい! ここが魔導学園』
そうして訪れた入学日初日、田舎町に住んでいたニウロは人の多さに驚いた。もちろん学院に比べたら少ないのは間違いないが、それでも同じ志を持つものがこれだけいたのかと感動したのだ。が――
『え? 兵士団コースはたったのふたクラスだけ? あとはすべて魔術師団コースの生徒……』
下級兵士であれば、登録と簡単な審査を通せば平民でもなれる。故に学校に通ってまで兵士団を目指す平民は殆どいない。ましてや入団試験の厳しい騎士団など、よっぽどの事情がなければなりたいなどと思わないようだ。
『いや、それでもふたクラスもあるんだ! 精進せねば!』
自分が目指すのは途方もない彼方なのだからと、うかうかしていたら皆に置いていかれると己を鼓舞する。
しかし、蓋を開けてみるとなんともあっけないものだった。学園の兵士団コースに通う生徒の多くは、学院の受験に失敗した貴族の子供だったからだ。
おそらく外部推薦で進学できればラッキー、もしくは家の面目のために親に言われしぶしぶ通っているという雰囲気……。一部に至っては『来たくなかったのに』と口にしている者すらいた。帝都の学校を卒業している、と言えば、言及されなければ学園か学院かの違いなんてわからないのだから。
『強くなるために、ここに来たのではないのか?』
仮にも入学試験の存在する学校だ。もちろん生徒のレベルも、一般の大人に比べたら剣も扱えるし鍛えもしている。特に貴族出の子供は家庭教師を雇っていたりするため、そこそこのレベルの子供も数名いた。それでも、ニウロにはわからなかった。
どこか覇気のない授業。ニウロが自主練にクラスメイトを誘えば、最初は快く付き合ったくれていた連中も、強くなりたい、もっともっと練習して、強くならなければ。そのためには、まだまだだと、しつこいニウロのことを次第に避けるようになっていった。
『どうしたんだ? もっと鍛錬を積まないと強くなれないぞ。共に頑張ろうじゃないか?』
『いや……共にって。どうせテスト期間になったらライバルになるわけだし?』
『……わりーけど、俺らそこまで強くなりたいわけじゃないしな』
『つか、単純にお前うっとおしい。やりたかったら一人でやってろよ』
そう言って去っていくクラスメイトたちの背中を、ニウロは何度となく見送った。
最初は追いかけ話をしようとしたが、迷惑そうに顔を顰めて制止を振りほどかれれば、いつしか目で追うことすらしなくなった。
『そうか、彼らは違ったのか。そうか……なら、無理強いしてもしかたない』
強くなりたいと、そのためなら何でもやれると、そう思っていたのは自分だけだった。
それからニウロは他の生徒を誘うことはしなくなり、空いた時間は一人で鍛錬を積んでいった。基本ニウロはその日やったこと、教わったことはその日の内に身に付けたいと思うタイプで、放課後時間が許す限りを自主訓練に当てた。そして朝はギリギリの時間まで寝て回復させる。
そんな生活が数ヶ月続き、そのサイクルにも馴れた頃。朝にも少しだけ身体を動かす時間を取ろうという余裕が出てきた。そうすれば午前中の授業から――授業と言っても兵団コースの授業は個人練が多いのだが――身が入ると思ったからだ。
そうして初日ぐらいは気合を入れようと、誰よりも早く起き、訓練棟に訪れればそこには先客がいた。
『見ない顔だな……上級生でもなさそうだし、魔術師団コースの生徒か?』
そして相手も、いつも人が来ない時間にニウロが現れた事に警戒を示したが、この日はお互いなんの反応も見せないまま過ごした。
しかし、それ以降ニウロは、推定魔術師団コースの生徒が気になった。
授業のある朝の早い時間に行けば自分よりも先に着いて剣を振っており、他の生徒が増えてくると静かに場所を移す。基礎学以外の選択授業の時間を、ニウロは自主練に当てていたため気づかなかったが、兵士団コースの自由選択授業に頻繁に参加していると聞いた。
そんな謎の魔術師団コースの生徒が、魔術師団コースの特待生だと知り、小さな疑問は興味へと変わった。
(彼はなぜ剣を握るのだろうか?)
それも下手をすれば自分と同等の時間を、それに費やそうとしている。
(理由が分からない。聞いたら、答えてくれるだろうか?)
魔術師団コースの特待生にもなれるほどの実力を持ちながら、誰よりも剣を振ろうとする男。
(彼も、強くなりたいのだろうか?)
自分と同じように。
そう思うとニウロの気持ちはいつかの騎士様を思い出すかのように浮足立ち、素直に行動へと移された。
『はじめまして、僕はニウロ・ロペス。良かったら名前を教えてはもらえないだろうか?』
そう言って差し出した右手は、その時は握り返してもらうどころか無視をされたのだが……。
それでも朝、訓練棟に向かえば彼がいる。自分を含めた、クラスメイトの誰よりも速い時刻に着き、剣を握っている。名前だって本当は人づてに聞いて知っていた。
ニウロのくすぶりかけていた日常が、以前と同じ楽しいものになった。そう感じていた。だけど――
「また、僕の勘違いだったのか……」
ニウロは一人、生徒で賑わう訓練棟の入り口に背を向けた。




