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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第一章 魔力なしの少女
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4話 町に来た

「でも不思議だね。どうして魔力なしって、魔術効果がないんだろう?」


 ルーツェとコハクは今、となり町のランナに来ていた。馬車の待合所がある町の入口でカルダと合流し、大通りへと向かう。

 この日は荷馬車に乗り遅れてはいけないと、いつものさらに早い時間に起こされ、コハクは半分夢うつつだ。


「さあ? 俺もルーツェ以外の魔力なしに会ったことないし、話すら聞いたこともないな」

「特に治癒術が効かないのは怖いね」

「でしょ。なのにこのお転婆はすぐ危ないことばっかり」

「あーあー聞こえなーい」


 何度となく聞き飽きたコハクのぼやきに、ルーツェは耳を塞ぐ。

 生意気で小憎たらしい妹に、コハクはデコピンをかます。


「いったい! 暴力反対!」

「学習せずに俺に迷惑かけるルーツェが悪い」

「別にかけてないもん」


 いーっと眉を寄せるルーツェに、拳を振り上げるフリをする。すると相手もすかさず臨戦態勢に移行し身構え、ジリジリと睨み合う。ここまでがいつもの流れ。


「でも、ルーツェが大怪我したらどうするの?」

「どうにもならないから大怪我なんて出来ないわ」

「あ……そうか。なんかごめん」

「でも、毒には少し強いのよ! 毒消しの秘薬だって持ってるし!」

「毒? なんてまた物騒な」

「自分用の薬を試しているうちになんか慣れちゃった。でも、ずっと前に、実験の途中で強い毒を摂取しちゃって……それから念の為、毒消しも用意してないとコハクとじっさまがうるさいの」

「「当たり前だよね!」」


 ぐったりと頭を押さえ、カルダがコハクの肩を軽く叩く。


「お兄ちゃん、頑張って」

「超がんばってるよ! へとへとだよ!」

「なに? なんの話?」

「なんでもないし」

「むう! コハクに聞いてないもん!」

「じゃあ、僕が毒にやられたら、ルーツェの持ってる秘薬に頼ろうかな」

「わたしの分がなくなるから困る」

「酷い!」


 そうこうしている間に、大通りへ案内する看板が見えてきた。徐々に人通りも増え、喧騒が近づいてくる。

 人の流れに合わせて、仲良く並んだ三つの影が人混みの中へと消えていった。







「ふわー、人がたくさんいる!」


 様々な色がひしめき、魔石を模したガラス玉が光輝く。

 祭りが近いこともあり、町には多くの観光客が訪れていた。


「ルーツェはすぐ迷子になるから、あんまりウロウロしないでよね」

「コハクはうるさいなぁ……子供じゃないし、大丈夫よ」

「あはは! 二人とも子供だよ」

「カルダだって成人したてだろ。なに大人ぶってんのさ」

「いやいやコハクくん~? ”ちゃんと仕事してる立派な大人”の間違いだろ」

「ねえ、あれは何かしら? ちょっと見てくる!」

「だから、一人で勝手に行くなって!」

「二人共無視しないで!」


 ルーツェが駆け出す。大通りには観光客に向けて、屋台や露店が所狭しとひろがっていた。

 店には女神のレリーフや、装飾品に加工された魔石。一部の屋台などは、()()()()()の背に魔術具を設置し移動可能なようにまでしていた。のんびり移動する亀につられて揺れる魔石が、ゆらゆら幻想的に見えないこともない。


「いい匂い~! ”ニクマン”ですって! 異国の料理かしら? うぅ~、お高い……あ、あっちのは何かしら!」

「ちょっと、お昼荷馬車の中で食べただろ! まだ食うの!?」

「見てただけじゃない! 失礼ね」

「祭りまでもう少し日があるからな。今は祭りで捧げる魔石や、土産用の装飾品が多いね」

「それより、魔術書とか簡易魔法陣とか秘石的なもの売ってないかな!」

「「ないない」」


 まだ祭り前ということもあり、売られているのは、魔力を込めるための(から)の魔石だ。前日くらいになると、町人たちの出店なども参加し、さらに賑わいも増す。

 あとは観光客に自分の商品を紹介するための、近隣の商人たちが出す店がいくつか。以前は出店条件もゆるく、今よりも雑多に色んな店が出されていた。その分トラブルが多く、怪しい品も出回ったりしていたのだが。


 しかし、昨年役場の入れ替わりがあり、新しい役場長が就任した。その際いろいろと見直しが行われ、出店に制限をかけたらしい。

 出どころや成分が曖昧なもの、出店者の身元が保証出来ないなど、説明のつかないものは出店許可がおりないらしい。そのおかげで例年に比べて、治安が格段に良くなっているのだ。


「それにしても、色んなお店があるわね」


 ルーツェがキョロキョロと辺りを見回すと、一軒の店が目にとまった。

 その店にはいくつものガラス玉の置物が陳列されており、ガラス玉の中には液体と、細かく砕かれた色とりどりの魔石片が入っている。

 液体にはとろみがあり、無色透明のものから、染色されたものがいくつかあった。


「いらっしゃい。どうだ、嬢ちゃん綺麗だろ」

「うん! これは何なんですか?」

「これはな、ガラスに陣が刻んであって…ほら、ちょっと魔力流してみな」

「え…?」


 言われてガラス玉を差し出され、ルーツェは戸惑った。

 そんなルーツェを店主が訝しむ前に、後ろからコハクが身を乗り出しガラスに触れる。すると中の魔石が反応し、光を放ちながらくるくると液体をかきまわした。


「うわー! キレイ!」

「だろう! 小さいのだったら1レリだ。兄ちゃん彼氏かい? カワイイ彼女に買ってやったらどうだ?」

「可愛げのない妹的なものなんで結構です」

「なんだアンタら兄妹かい。こりゃ失礼」


 がはは! と、笑う店主に、コハクは手に取ったガラス玉を戻す。

 ルーツェが名残惜しそうに見つめていたが、自分が持っていてもしょうがないと思ったのか何も言わなかった。


「僕は一つ貰おうかなー……すみません、こっちのは、いくらですか?」

「こっちは3レリだ」

「ならこの台座が付いてるやつ下さい」

「はい、まいど!」


 店主は代金を受け取ると、手早くガラス玉を包む。


「カルダも気に入ったの? キレイだよね」

「そうだね、だからこれはルーツェにあげるよ」

「え⁉︎」


 はい、と手渡された包みに、ルーツェは驚きカルダを見る。

 背後では店主が次の客を見つけたのか、子連れの母親に商品を勧めていた。まだ母親に抱かれる程の幼子がガラス玉に触れ、魔石は揺ら揺らと反応を示していた。


「えと、ありがとう。でもわたし……」


 ルーツェは差し出された包みから、逆に身を引き受け取らなかった。


「診療所にでも飾ったら? そしたらジーウス先生が治癒術使ったり、寝ぼけてるコハクに反応したりして勝手に動くんじゃないかな」

「俺が魔力垂れ流してるみたいに言うのやめてくれない?」


 カルダの持つ包みをコハクがひったくる様に受け取り、ルーツェに押し付ける。


「ほら。くれるって言うんだから、貰っときなよ」

「……うん」

「俺も気が向いたら動かしてやるし」

「うん!」


 ようやく受け取ったルーツェは、包みを大事そうに抱え込んだ。自分ひとりでは意味のなさない……なんて贅沢な贈り物だろう。ルーツェはゆるゆると表情を綻ばせて、嬉しそうにカルダへと向き直った。


「カルダありがとう!」

「どういたしまして」


 ルーツェは包みをしばらく見つめた後、名残惜しげにカバンへと仕舞い込んだ。


「……?」

「どうしたの、ルーツェ?」


 ルーツェが、ぱっ、と振り返る。先には人影のない薄暗い路地裏。


「なんか、誰かに見られてた気がした」


 しかし、ルーツェの視線の先には誰もいない。


「え? 誰もいないけど、なんかいたの? なにそれ怖」

「うーん……勘違いだったのかな?」

「でも、用心するに越したことないからね。二人共勝手にウロウロしないでくれよ?」


 カルダが年長者の顔をして、辺りを見回した。


「ルーツェやコハクみたいに見目のいい子は、人さらいに目をつけられやすいからね。気をつけて」

「「………………」」

「え? 二人共どうしたの?」

「心配してくれるのはわかるけど……」

「お前のそういうとこ、どうかと思う」

「え? え? 何が? 僕、なにか変なこと言った?」


 年下二人に冷ややかな視線を向けられ、カルダが慌てふためく。わざわざ言わなくてもいい事を言ってしまう――ルーツェとコハクはそれをカルダに教えることなく、残念そうに肩を落としたのだった。


「もういいよ、行こ、ルーツェ」

「ねえ、ちゃんと教えてよ!」

「帰る時”ニクマン”売ってたら買っていい?」

「ねえってばー!」


 カルダの叫びは、届くことなく人混みの喧騒にかき消されていった。






 大通りから外れ、しばらく歩くと居住区があり、その奥に町役場がある。

 ランナの町は領地境に面している、人口約三千人程度の小さな町だ。しかし、領地を行き来する商人や旅人達が、立ち寄る流通の場でもあるため、普段から賑わっている。

 他の都市に比べ規模は小さくとも、人の出入りが激しいためトラブルも多く、役場の仕事は多忙を極めていた。


「おい! 屋台の配置に苦情がきてる! 担当は誰だ!」

「財布をスられたって? うーん、拾得物の中にはないねぇ」

「誰か手が空いてるやつは? 人手が足りないんだ、手伝ってくれ!」

「おばあちゃん、ここは教会じゃないんだって! お祈りし始めないで!」


 役場が見えた時、カルダは正面入口を避け裏手にまわった。


『仕事は午後からなんだけど、見つかったらつかまると思うから、音をたてず、静かについて来て』


 なるほど、入り口で捕まるわけにはいかないようだ。おそらく、見つかれば仕事を回され、犬の受け渡しどころではなくなるだろう。

 祭りのくそ忙しい時期に、上司の都合で仔犬の世話を押し付けられたりする職場なのだから。

 三人は身を縮こまらせ、役場の裏手を忍び足で進んだ。


「(俺たちすっごく怪しくない? 見つかって困るのカルダだけなのに……)」

「(ふふ! スリルがあってどきどきしちゃうね)」

「(二人共黙って進む!)」




「もう普通に喋ってもいい?」


 ひらけた裏庭のような場所に出て、ルーツェは背伸びをしながら詰めていた息を吐いた。

 手入れもされておらず、春先だと言うのに草が好き勝手生えている。夏場になるとどうなるんだろう……。

 辺りを見回していると、奥の方の草むらがガサガサと揺れ動いた。


「え? なに?」


 ビクリと半歩下がると、カルダが音の方を確認する。


「あ、たぶんあの辺にいるんだと思う。犬が」

「放し飼いにしてるの?」

「いや、一応鎖でつないでるよ。やたら長いけど」


 カルダが言うには、最初は建物のすぐ側に小屋を建てていた。けれど役人が祭りの準備で、魔石やら何やらを持ちウロウロしているのでストレスでハゲが出来たらしい。また、散歩も嫌がり無理に連れ出そうとした為、カルダは仔犬にとことん嫌われてしまい近寄るのも困難な状況になってしまったと……。


「せめて裏庭くらいは自由にさせてやろうと思って、鎖を長くしてやったんだ。そうしたら、草むらから出てこなくなっちゃった」

「なるほどー。なら、散歩にも行かせてないし、この草むらには無数の大便トラップがあるってことだな」

「…………」

「わたし今からその草むらに入るんだけど!? なんで余計なこと言うの!」

「教えてあげたのに、むしろ感謝されるべきじゃない?」


 さて、こんな草むらの中からどう探そうか。

 闇雲に突っ込んでも、逃げられると追えないし、何より先ほどのコハクの言がヤル気をがっつり削いでくれた。

 わざわざ言わなくていいのに、コハクは意地悪だ。いや忠告としては、ありがたいのか?


(悩んでてもしょうがない!)


 ルーツェが一歩踏み出そうとした時、足元に何かの気配が。


――フスフスフスフス


 顔面を上下からくちゃあ〜と潰した様な、皺くちゃの仔犬が茂みから顔を出し近寄ってきた。

 真っ黒な毛並みに、まん丸のつぶらな瞳。短い手足もしわくちゃで、土でも掘り返したのか、鼻頭が砂まみれになっている。


「はわぁぁ! なにこれ、小っちゃい! ぶちゃい! ぶちゃ可愛い!!」

「なんかおっさんみたいな犬が出て来た」


 興奮し、ルーツェは高速に仔犬を撫でている。コハクも興味深そうに寄って来た。


「そんな…僕が呼んでもガン無視だったのに」

「この子お腹側にハゲがあるわ。さっき言ってたストレスのせいってこれの事ね」


 抱き上げた仔犬の胸元に、ぽっかりハゲが出来ていた。傷でもあるのかと撫でてみたが、特に変なところはない。

 ルーツェは仔犬を潰さないよう、優しく抱きしめた。仔犬は嬉しかったのか、ルーツェの顔をこれでもかとなめまくる。


「わ! はは、やめてよー」

「すっかりルーツェになついたね」

「ねえ、俺も抱っこしたい」


 コハクが珍しく浮かれている。とてもレアだ。


「可愛いなぁ〜、ねえ、名前はないの?」


 コハクが仔犬を構い倒す横で、ルーツェがカルダへと尋ねる。


「え? いや特には……祭りが終わって落ち着いたら、飼い主を探そうと思ってたからね」

「そうなんだ。でも呼び名がないと不便だよね! なにか考えてあげなくちゃ」

「だから、祭りが終わったら貰い手を……」


 探すんだよ? とカルダが言うも、誰も聞いていない。


「おっさんみたいな顔だから、”おっさん”なんてどう?」

「可愛くない! せめて”オイサン”にしようよ」

「えー……しょうがないな~。なら”オイサン”でいいよ」

「よろしくね、オイサン」

「だから、僕のこと無視しないで!」


 仔犬は分かっているかいないのか、しっぽを振りながら『ハヌ!』と吠えた。ひとまずこれで、カルダも仔犬の世話係から落ち着けるはずなのに……ハンパない疲労感に、今すぐ帰って寝台にこもりたい気分だ。

 あと、この兄妹名付けセンス悪すぎである。


「ぉや? カルダ・ソート君では、ぁりませんか?」


 ふいに、男性にしては甲高い声に呼ばれ、三人は同時に振り返った。


「こんなところでナァニをしているのですか?」


 背後の建物から、一人のガリッガリに痩せた男が声をかけてきた。男は役場の制服を着ているが、いつもカルダが着ている一般の生地とは違うようだ。

 ベストには、無駄に金糸の刺繍を施している辺りオーダーメイドだろう。指輪こそ嵌めてはいないが、胸元を取っ散らかす装飾品は、上品さのカケラもなかった。


「役場長! お疲れ様です!」


 立ち上がり、カルダが立礼をする。ルーツェとコハクも、役場長という言葉に慌てて頭を下げた。役場長――つまり、カルダの上司で、この役場の責任者だ。


「どうかしましたか?」


 さらに役場長の後ろから二人の人物が現れた。一人は役場長とは対象的に立派な体躯に、巨体な上背の大男。もし薄暗い森のなかで遭遇したら、熊と間違えてしまうかもしれない。

 もう一人は年若い、いたって普通の青年だった。


「あ、次長もいらっしゃったんですか! お疲れ様です! ……ロージもお疲れ様」


 挨拶をするカルダに、熊のような大男――役場の二番手である熊次長は、無言のまま軽く手を上げた。その後ろに書類を抱えて控えているのが、ロージと呼ばれた青年。カルダの同僚であり、同期でもある男だ。


「おい、ソート! この忙しい時期になにを遊んでいるんだ!」


 怒鳴っているはずなのに、ロージの表情はどこか楽しそうにも取れる。


「しかも部外者をこんな奥まで連れ込むなんて非常識だ! これだから下民の出は……」


 ニヤつきながらため息をつくロージに、カルダがぐっと拳を握りしめたのをルーツェとコハクは見逃さなかった。

 カルダはこのロージという男が苦手だった。彼はとある下級貴族の次男坊で、親のツテで役場に入った。だからか、カルダのことを見下し、難癖つけてはつっかかてくる。正直言ってかなりうざい。

 下級でも相手は貴族だ。カルダも言い返すことなく黙り込むしかなかった。


「んぅ? ロージ・ディ・スペズスナー君、やめなさい? そうがなりたてては、はしたないですよ」

「! 失礼しました」

「役場長……犬の件では?」

「あぁ。なるほど、カルダ・ソート君は貰い手を見ぃつけてきたのですね」


 熊次長が抱えられている仔犬に目をやりながら、ガリ痩せ長にボソリと告る。

 ガリ痩せ長は納得したのか、ホロホロと笑いながら言った。器用な笑い方に、どこから声を出しているんだとツッコミたくなる。

 しかしロージだけは、上司の前でカルダを責める口実を失い、面白くないと言う顔をしていた。


「え! いや、貰い手では……」

「そうです! わたしたち、カルダさんに頼まれて、この子もらいに来ました!」

「え!? ルーツェ!?」

「名前ももう決めてまーす」

「コハクまで!? 二人共なに……」


「「これから引き取りの説明してもらうので、失礼します」」


 ルーツェとコハクはキレイな角度でお辞儀をし、カルダを引っ張りその場を後にした。

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