24話 フィファナの話とフード男
パタ、パタと目の前で緑色の房が揺れる。
「ハヌハヌ!」
「? なんですか、これ?」
「ねこじゃらし」
ルーツェは目の前で右に左にと振られるそれを、なんとなしに目で追った。足元では仔犬もルーツェと同じように頭上で揺れる緑の塊に興味津々だ。
怪しい人物に騒ぐ近隣住民を、『村にいた時の患者さんなんだ』とコハクが適当に誤魔化した。
他に連れはいないようで、幻術で老婆の姿をしたディーグと、一緒にいた謎のフード男を中へと案内する。
「え? ディーグさんこの人だれ? あの仮面男とは違う奴っぽいし……また変人を家に連れてこないでよ」
「すまいない」
「え~、むしろ連れてきてあげたの僕の方なのにー」
「だから誰だよアンタ」
謎のフードを被った見知らぬ人物。声からして男だろうが見覚えがなく、コハクの声にも警戒が乗る。
とりあえずダイニングへと案内し、ルーツェは着替えのために一時退散させた。
その間にコハクが飲み物を用意して戻ってみれば、中央にある四人がけのテーブルを進めたにもかかわらず、席に着いていたのはすっかり幻術を解いたディーグのみで、謎のフード男はなぜか猫じゃらし片手にルーツェをおちょくっていた。
「それミルク?」
「違う。あったかい紅茶。俺の質問は無視かよ」
「この暑い時期に、なぜ熱い飲み物なんだ……」
「病み上がりがいるからだよ」
「ミルクじゃないならいらない」
フード男が首だけのっそり振り返ったが、お気に召さなかったようで拒絶を受ける。
そして未だねこじゃらしを目で追っていたルーツェへと向き直ると、どこか楽しそうな雰囲気でそれを眺めだした。本当になんだコイツ。
「ねえ、コイツ危ない人じゃないの? 本当に大丈夫だよね?」
「…………」
「なんか言えよ!」
暑いと文句を垂れながらも、そういう理由ならしょうがないとディーグはカップを受け取り口をつける。
コハクは盆をテーブルに置くと、未だ立ったまま謎の遊びに夢中な妹を横目に眉を顰めた。
「ルーツェレア、話がある。座りなさい」
「はう! はい、師匠!」
よほど猫じゃらしに気を取られていたのか、ルーツェがビクリと肩を揺らし振り返る。そのままパタパタと駆け寄ると、ディーグの前の席に腰掛けた。
食事中のルーツェのいつもの席。最近はクレイドがよく訪ねてくるので、今ディーグが座っている席にはいつもは彼が座っている。
ルーツェが席に着くと仔犬も後を追い、フード男も続いてやって来て当たり前のようにルーツェの隣の席に座った。
「ちょっと、そこ俺の席なんですけど」
「大丈夫。気にしない」
「俺は気にするよ!」
「騒がしい。座る場所なぞどこでもいい」
「コハクうるさいよ」
「なんで俺が怒られるのさ!」
コハクがむくれながらも、しぶしぶ空いているディーグの隣の席へと腰掛ける。
未だにフードをま深く被り、ねこじゃらしを右手に持っている男を睨みつける。
卓上で先程までディーグの髪を啄んで遊んでいた雛が、今度はねこじゃらしに興味を持ちフード男の方へと寄って行く。
「師匠! わたしも色々聞きたいことがあるんです! 師匠のこととか、フィファナさんのこととか」
「俺は先に目の前の不審人物の素性を明らかにして欲しいんだけど」
「ハヌハヌ!」
「あとオイサンがルドルフがいないって寂しがってます」
「わかったから落ち着け。あとルドルフはおいて来た」
「オイサン、ルドルフいないって」
「ハヌッ!!!!」
ルーツェの言葉に、仔犬はショックを受けトボトボと隅の方へと歩いていく。そのまま棚の横に置いてあるバスケットによじ登ると、中に敷いてあるタオルケットの中へと潜り込んでしまった。
「師匠のせいでオイサンが拗ねちゃった」
「私のせいなのか……?」
ルーツェに言われて、ディーグが眉間にシワを寄せる。
フード男はよほどマイペースなのか周りを気にすることなく、猫じゃらしを狙ってくる雛と遊んでいる。先程からチラチラと緑の塊が揺れ、気になってしょうがない。
ディーグは一つ咳払いをすると気を取りなおして口を開いた。
「ルーツェレア。お前に話しておきたい事が三つある」
「三つ?」
ルーツェが首をかしげディーグのへと問い直す。ディーグは静かに頷き、続きを話し出した。
「一つ目は、先程お前も気にしていたアルコリアのこと」
「フィファナさん!」
「彼女の後見人がサーパスと言う男なのだが、森で私達と対峙したあの男だ」
ディーグの言葉に、ルーツェは一人の人物を思い返す。
「そしてアルコリアは今、取り調べのために連行されている」
「え! どうしてフィファナさんが?」
「……あの人もグルだったの?」
視線を鋭くしたコハクに、ディーグは首を横に振り否定を示す。
正確にはフィファナは城で事実確認のために勾留されているのだが、それを説明する訳にもいかずディーグは言葉をすり替えた。
「違う。おそらく駒として使われただけにすぎん。アルコリアは元は他国の戦災孤児だったらしく、奴隷商によってレドイスに密輸されたようだ」
ディーグの説明にルーツェは息を呑み青ざめる。
「さっきグルじゃないって言ったけど本当に? ルーツェから聞いたけど、クレイドに斬りかかったりもしたんでしょ?」
「術師によって魔核を調べさせたが、アルコリアが呪印の命を受けたのはリャダマンに攻撃を仕掛けたあの時だけだと判明した。そもそもあの女は、自分に呪印が刻まれていたことすら気づいていなかったようだ」
「……なら、そもそもサーパスって人は何がしたかったの? 俺そのへんのこと何も聞いて」
ガタン! と大きな音を立てて、ルーツェが立ち上がった。
ルーツェは眉根を寄せ、今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちだった。
「ルーツェ。あんまり興奮すると、また熱が……」
「そんなことどうでもいい! そんなことより、フィファナさんは大丈夫なんですか! 取り調べなんて……そんな」
ルーツェの頬に涙が伝い、テーブルに小さな水たまりを作っていく。
ディーグは渋い表情で顔を顰め、コハクが仏頂面で立ち上がる。コハクが棚に置いてあるタオルをひっつかむより早く、ルーツェの横からにゅっとローブの裾が飛び出てきて目元を拭われた。
「へくしゅ! ……う、埃っぽい」
「あれ? ごめんねー。僕、ハンカチとか持ってなくて。そういやこの服も久しぶりに発掘したやつだった」
「ちょ! アンタ何してくれちゃってんの!? うわっ、ルーツェの顔が黒くなってる!」
「くしゅん! くしゅん!」
ぐいぐいと目元を拭われ、それと同時にホコリか何かでルーツェの頬が黒くなる。コハクが慌ててタオルをルーツェに投げ寄越し、ローブ男の手を払う。
向かい側からは人を殺せそうなオーラをディーグが放っていた。
「う~。ちょっと失敗しただけなのに~」
「キサマは少し大人しくしていろ」
「むしろ外でホコリを落として来い!」
「え~めんど」
「「早く行け」」
ディーグに睨まれ、コハクに庭へとつながる扉を指さされフード男はぶう垂れる。
しかし二人同時に圧をかけられれば否とも言えず、しぶしぶ席を立った。丸まった猫背が扉の向こうへと消えていき、ディーグは額を抑えて大きなため息をもらした。
「師匠。それよりフィファナさんの事は? お話はまだ終わってませんよ」
「お前も大概だな……ルーツェレア」
「いいから早く!」
「…………」
ルーツェに急かされ、ディーグはもう一度ため息をつくと、今度は崩した姿勢のまま口を開いた。
とっても投げやりだ。
「アルコリアの事は心配するな。サーパスは……おそらく、私の家の問題でな。そちら関係で私を狙っていたのだろう。そしてアルコリアがそれに巻き込まれた。一方的に利用されただけだから、あの女自身は罪には問われないはずだ。なにより唯一実害のあったリャダマンが、問題ないで通しているからな」
「体調面は!!」
「何の異常もないと聞いている」
「そっか……良かった」
そこまで聞いて、ルーツェはようやく安堵の息をついた。
安心したように表情を緩めるルーツェとは反対に、コハクは目を細めてディーグを見る。
「家の問題って?」
「話すつもりはない」
「こっちにまで迷惑かかってんのに? 関係ないなんて言わせない」
「…………」
「コハク」
ルーツェに咎められるように名を呼ばれても、コハクは憮然とした表情でディーグを見据える。
ディーグはそれを一瞥すると、肩肘をつき明後日の方向を見たまましれっと答える。
「お前には話すつもりはない」
「師匠、わたしには話してくれるんですか?」
「後でな」
「……っの」
イラッとコハクがディーグを睨みつける。
ディーグとコハクは殆ど面識はないのだが、「アンタ、前あった時と性格変わってない!?」「私も思うことがあってな」と開き直った様子のディーグへとつっかかる。
ちょうどのそのタイミングで庭へ続く扉が開き、フード男が戻ってきた。
「え?! びしょ濡れじゃないですか! 外で水浴びでもしたんですか!!」
「だってホコリが落ちなくて」
「わー床が濡れる! アンタ、動くな! じっとしてろ!!」
「シャツ重……」
「室内で濡れた服を絞るなぁー!!!」
フードは脱ぎ去り、全身ずぶ濡れの男が床を濡らしながら歩いてくる。
ルーツェが飛び上がってタオルをひっつかみ、コハクが追加分を取りに行くべく奥へと走っていく。
ディーグはその様子に、再び額を抑え青筋を浮かべる。
「こんな奴、連れて来るんじゃなかった」
「だから~連れてきてあげたの僕のほうですしー」
呑気な声を上げる男を、ディーグは思いっきり睨みつけた。
「へぶしっ!」
元フード男だった男は現在湿った髪のままサイズの合わない服を着て、先程座っていた場所へと腰を降ろす。
「いろいろ足りてない。キツイし寒い」
「自業自得だろ! 服を貸してやってるだけ有り難く思え!」
真夏とは言え、北に位置する帝都は南部に比べ気温もそこそこだ。特に木陰や、家の中などに居ればそこまで暑さは感じなかった。
なのにホコリを落とすのが面倒になったと言う理由だけで、頭から水を被り全身ずぶ濡れになるなんて……。
床の掃除が終わったコハクは自身の服を貸してやり、なのに文句を垂れる元フード男に遠慮なくイライラをぶつける。
「温めたミルクです。どうぞ」
「ありがとう!」
「俺の時と態度違くない!?」
「美味しぃ~」
「聞けよ!」
ボサボサの黒髪に、あまり肉のない生白い肌。
整えられていない髪はくせ毛なのかあちこちに跳ねており、目元は前髪で一切見えない。
男が着ていたずぶ濡れの衣服は庭先に干し、代わりに丈の合わないコハクの服を着ているため手足がつんつるてんの状態だ。
その男は今、ルーツェから受け取ったミルクを嬉しそうに飲み干した。
「ミルク最高ー」
たん、とマグをテーブルに置き、男は満足げに声を上げる。
ディーグとコハクは冷めた目を向けているが、ルーツェは男の口の周りについた白い跡が面白かったのかクスクスと笑っている。
「倒れたと聞いたが、もう大丈夫なのか?」
ふと、ディーグがルーツェへと意識を戻し尋ねる。
ルーツェは何でもないと元気に答え、存在しない力こぶをつくる仕草をする。ディーグはルーツェの変わらぬ姿に、僅かに空気を和らげた。
「では、アルコリアの事はもういいな。まだ気になるようなら、後でリャダマンにでも聞け」
「う、はい。そうします」
「なら二つ目の話だ。それにはこの男が関係している」
ようやくかと言った面持ちでコハクが疲れた顔を上げる。
対して、ルーツェは興味津々な様子で隣の男を見た。
「コイツは」
「自分で挨拶したいんですけど~」
「む、そうか」
男は言うとルーツェの方へと向き直り、ギザギザの歯を覗かせ笑ってみせた。
「僕、魔導学院研究員兼名誉学院長のククシュル・ディ・レイスです。よろしく~」
男の自己紹介に、ルーツェとコハクは我が耳を疑い固まってしまった。




