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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第二章 人喰い魔女の弟子
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23話 アラガンストからの話

「つまり……形勢逆転したけど、やり過ぎてルーツェに引かれたと」

「うるさい! 魔力の貯蓄があったら、俺だってもっと上手くやれていた!」


 宮殿内にあるフェルエルトの執務室。

 申し訳程度に本と書類を寄せ、紙の束と同席しているのは今代大魔術師と騎士団長。


「やはりこの茶はうまいな!」


 そして、皇帝の片腕として活躍する名宰相アラガンスト・リェ・ホフツニスだ。

 アラガンストは大きな体躯には不釣合な小さなカップを片手に、中身を一気に飲み干した。


「リャダマンがこんなうまい茶を淹れられるとは知らなんだ!」

「はは、ありがとうございます」

「俺の茶葉が……」


 以前ルーツェが疲労に効くからとクレイドに贈った茶葉。それをクレイドが忙しいフェルエルトのために、半分お裾分けしてくれた。

 四角の可愛らしい缶に入っていた茶葉は、すでに半分以上消費されている。


「リャダマン、おかわりだ」


 アラガンストが満面の笑みで言えば、フェルエルトはとっさに茶葉缶を後ろ手に隠す。

 お茶の味が気に入ったのか、茶葉の殆どを目の前の宰相が一人で消費していた。


「ホ、ホフツニス様。流石に飲み過ぎでは……良ければ菓子もありますので、茶以外の物もどうぞ」


 クレイドが持参して来た菓子を勧めると、フェルエルトも首がもげそうな程に頷いてみせる。


「いや、我輩は甘い物は()かん。それよりもう一杯先程の茶が飲みたい」

「…………諦めろフェルエルト」

「うぐ……」


 宰相殿に出がらしを淹れる訳にもいかんだろうと、半ば強制的に茶葉缶をひったくる。

 フェルエルトは至極悔しそうに缶を手放した。

 暫くしてクレイドが新しいお茶を用意して戻ると、アラガンストはそれを満足そうに受け取り腰掛けていたソファへと背を預ける。

 アラガンストの腰掛けるソファだけは、紙束は片付けられキレイに整えられていた。


「ふう、そろそろ本題にはいろうか」


 アラガンストがカップをテーブルに戻し言う。

 なぜかフェルエルトの執務室を指定して呼び出されていた二人は、ようやくかと少し疲れた息をつく。

 フェルエルトならまだしも、普段ならそんな素振りは隠すであろうクレイドの滲み出る疲労感にアラガンストは笑う。


「私としたことが……失礼いたしました」


 気が緩みすぎたかと、クレイドは苦笑交じりに謝罪の言葉を口にする。


「構わん。お互いこの数日働き詰めだったからな」


 アラガンストの言う通り、クレイドもフェルエルトもここ数日まともに休む暇などなかった。

 発端は木製の呪具。

 森で怪しい呪具が発見され調査をする事になった。発見場所が、知り合いの子供が通う森だと知り慌てもした。

 森に行ったら行ったで、宮殿で療養中であるはずの親王殿下と遭遇。

 あれこれしているうちに、兵士団長であるサーパスが裏切ったと話され捕縛を命じらた。


「全てホフツニス様の計画通り。我らは良いように使われたって訳ですね」


 クレイドが恨めしそうな声を上げれば、()めろとアラガンストが片手を振る。


「人聞きの悪い事を言うな。我輩が何をしたと言うのか」

「結界が張ってあったとは言え、外門を解放させていたのはホフツニス様ですよね」

「あと、小娘を人喰い魔女に接触させようと本を渡し、森で発見された呪具の二点も」


 フェルエルトが卓上に何かを置く。

 コトリと音を立てたのは、赤い塗料の塗られた木彫りの人形。


「貴方が持ち込み、呪印痕跡を調べろと言った」

「言ったな」

「解析の結果術者が判明し同時に、この呪具は貴方が術者に頼んで作らせたものだとも思いました」

「ほう。何故だ?」

「術の痕跡が……あの呪具の術者は、我が師であるバハジウス様のものだからです」

「あっはは! 正解だ!」


 何故そのような事をと、フェルエルトとクレイドが揃って不満げに目を細めた。

 クレイドも事前にフェルエルトから話を聞いていたが、納得は出来ていない。


「帝国の為だ」


 組んだ足に頬杖つき、大きな体躯を丸めてアラガンストが言う。


「我輩はディルヴェイグ様を、森から解放したかった」


 告げられる言葉に、クレイドとフェルエルトはおし黙る。


「十三年前の事故で、あの方は呪いを受け森に軟禁されて来た。バハジウス殿を始め、多くの魔術師が解呪に望んだが叶わなかった。しばらくしてバハジウス殿が隠居し、初めから乗り気ではなかった陛下はあっさり解呪の研究をお辞めになった」

「ホフツニス様! 私にはどうしてもその事が納得出来ないのです! どうして陛下は、自分の御子であるディルヴェイグ様の事を」

「ディルヴェイグ様を呪ったのが、イグレウス様だからだ」


 は? と、クレイドは間抜けな声をもらしアラガンストを見る。

 しかし、クレイドの困惑に答えを呈したのは、隣に座るフェルエルトだった。


「ディルヴェイグ様は、双子の兄であるイグレウス様に呪いを受けたんだ」


 フェルエルトの言葉に、アラガンストが無言の肯定を返す。

 クレイドは大した反応を返すことも出来ず、ただ言葉の意味を理解しようと必死だった。


「イグレウス様が……?」

「そうだ。下手に手を出して、呪が暴走すれば術者のイグレウス様に呪が返り、最悪お二人共を喪う恐れがあった」

「そ……、なら! イグレウス様を説得して、呪の解呪を」


 フェルエルトの言葉に、クレイドはなおも言い募る。しかし、それを遮るようにアラガンストは首を横に振った。


「出来なかった……イグレウス様本人にも、出来なかったのだ。あの方もまた、呪われておいでであるからな」

「…………」


 訳が解らずクレイドは立ち竦む。

 長年帝国の為に、二人の皇子の父でもある皇帝陛下に支えてきた。忠誠を誓い、自身の身をもってお守りしようと剣を捧げた。なのに――


「何が……起こっているんですか?」


 何も知らなかったのかと。何も()()()()()()()()()()()のだと自身を恥じる。

 クレイドは悔しさと不甲斐なさに拳を握りしめ、フェルエルトに促され席に戻る。


「正直なところ、我らにもよくわかっていないのだ」

「……」


 アラガンストが両手を組み、頭を乗せる。組まれた両手からは骨の軋む音が聞こえた。


「十三年前、イグレウス様が()()の封印を解き、それと同時にお二人が呪を受けた」

「その呪は強力で、俺はもちろんバハジウス様も解呪が出来なかった」


 アラガンストの言葉に続くようフェルエルトが言葉を重ねたが、独り言のようなそれには苦渋がにじみ出ている。

 十六と言う若さで大魔術師となった希代の天才。しかしそれは、先代の大魔術師であるバハジウスが何かに急かされるよう引退を宣言した為でもあった。

 黙り込み俯いてしまったフェルエルトに、クレイドは深く目を閉じたあと顔上げアラガンストを見た。

 アラガンストは正面からクレイドの視線を受け止めた。


「謝罪はせん」

「……はい」


 アラガンストが真っ直ぐクレイドに返し、クレイドも表情を緩めず頷く。


「あの子供の報告を聞いた時、使えるかも知れないと思った。だから使ってみた、それだけだ」

「そうですか」


 魔力効力を一切無効化する子供。

 正直賭けだったが、アラガンストには後がなかった。


「サーパスが何かをしていたのは知っていたが、なかなか裏も取れず手詰まりだった。拘束し拷問にかけているが、十三年前の事件と何か関係があるのか。あの魔石の入手先、他に仲間がいるのか等々、一向に吐かない。……だが、状況から察するに、奴の目的は殿下の魔核だったと思われる」


 アラガンストは上体を起こし、ソファに深く背を預けると自嘲気味に口を釣り上げ、声を上げて笑った。


「帝国が誇る大魔術師共がどうにも出来んかった事を、あんな小娘がやっちまうとは! 正直それほど期待はしていなかった。吾輩だって驚いている! おかげで十三年閉じ込められていたディルヴェイグ殿下がお出になられて、城も宮殿もパニック状態だ! あんな、まだ子供が……」

「……」


 アラガンストは笑い声を上げながら天井を見上げる。

 次第に小さくなる笑い声はいつしか止み、室内は静寂に包まれる。アラガンストは天井を仰ぎ見たまま盛大なため息をつくと、勢いよく上体を起こし二人を睨む。


「今回だけあの子供に関しては、吾輩と陛下の元で留めておく」


 クレイドが目を見張り、フェルエルトも驚いた顔をしている。


「バハジウス様の大切な養い子だ。我輩とてあの方の恨みは買いたくない」

「ホフツニス様!」

「だが、次は知らんし、勘のいい奴は気づいているだろう。せいぜい研究馬鹿のイカレ狂人に嗅ぎつけられないよう、うまいことやるんだな」

「「あ…………」」


 クレイドとフェルエルトが嬉しそうに表情を明るくさせたのも束の間、アラガンストの次の言葉に二人同時に身を固くする。それにアラガンストは何かを察したように残念そうな顔をすると、ため息をついた。


「どうやら、……遅かったようだな」

「どうしましょう、ホフツニス様ぁ!」

「知らぬ。自分等でどうにかしろ」

「「うぅ……」」


 アラガンストは項垂れる二人の男に再度ため息をつき、


「そんなことより茶のおかわりをくれ」


 (から)のカップをクレイドへと突きつけた。






********************






 森の一部を黒い風が覆い、砂地と化してから五日。街の住民には詳細は伏せられ、そもそも森で何かが起こっていた事すら知られていない。

 外門近くの居住区はとある貴族に買われ、倉庫と化していた。

 その倉庫は何者かが盗賊団の出入りを手引きし、不正品の保管庫として使用させていた。そのため付近には住民はおらず、平民街での目撃者が殆どいなかったのだ。


「コハク。わたしの熱もとっくに下がってるんだし、学校行きなよ」


 自室のベットに横になりながら、布団から顔だけ出したルーツェが盆を持つコハクへと声をかける。

 コハクが持つ盆には、すっかり(から)になった食器が乗っていた。


「食事だって全部食べれたし、もう大丈」

「ルーツェの大丈夫は信用できない」

「むう」


 カチャカチャと()いた食器を器ごとに重ねながらコハクが言う。

 時刻はすでに朝の遅い時間になっており、そろそろ授業が始まる時間だ。


 コハクが五日前学校から戻り、まだ帰って来ていないルーツェを心配して森に行こうとした。なのにその日に限ってルーツェと通った時は開いていたはずの外門が、なぜだか閉鎖されていたのだ。

 門に近づく事はおろか、付近の道には警備兵が配置され近くことすら出来なかった。

 その少し後にクレイドの部下と言う男から伝言をもらい、家に戻った。途中で入れ違っていたようで、ルーツェはすでに家に戻っていた。

 家にいたのは熱を出し寝込んでしまったルーツェと、少し焦った様子のクレイドの二人。クレイドはすぐ何処かに行かないといけなかったようで、コハクが戻り次第簡単な説明をしてすぐに出て行った。


「俺……やっぱりルーツェが受かるまで休学する」

「……何言ってるの?」


 盆を持ったまま立ち止まり、部屋を出ようとしていたコハクがポツリと言う。

 最初は聞き間違いかと思ったルーツェだが、一度瞬きした後、飛び起きるように上体を起こした。


「何で? せっかく特待生で受かったのに……そんなの駄目だよ」

「ちゃんと手続きすればなんとかなる」

「そう言う意味じゃなくてっ……! 何の為に学校に行ってると思ってるの!」

「強くなってルーツェを守る為だよ!」


 コハクは盆をルーツェの勉強机へと置き、ベット脇の丸椅子に腰掛ける。


「なのに、肝心な時に側に居れないんじゃ意味がない」

「……」


 怒っているという訳ではないが、どこか悔しそうな表情でコハクはルーツェを見る。

 少しの間睨み合った後、コハクの足元にいた仔犬が心配そうに鳴くのを、コハクが手を伸ばし撫でてやる。

 コハクは世話焼きで、心配性で、それでいてすっごく寂しがりというのを、ルーツェは知っている。


「コハクはいい加減、わたしのためじゃなくて自分のためにで決めなよ」


 ルーツェの言葉に、コハクはゆっくり目を見開いた。


「……なにそれ。どういう意味だよ?」


 先ほどとは違いすこし怒ったような、だけどどこか驚いた表情で眉根を寄せるコハクに、ルーツェはそれ以上は何も言わなかった。


「ニィ!」


 なんだか気まずい空気になって互いに黙り込んだ時、それまでバスケットの中で眠っていた雛が起き出し窓辺へと近寄っていく。

 反対に仔犬はシッポを丸めてベット下へと潜り込んでしまった。


「なに? オイサンも十世もどうしたの?」


 ルーツェが不思議に思い顔を上げる。

 すると苦い顔をして何かを見ているコハクが目に入り、その先を追う。

 コハクの視線の先には、色とりどりの魔石片が入っているガラス玉の置物。その魔石片が魔力に反応し、揺らめいていた。

 ルーツェはベットから抜け出すと、急いでその置物を手に取り自分の背に隠した。

 コハクがハッと我に返った様な反応を見せたが、次いで嫌そうに顔を逸らす。


「なに?」

「……だって」

「だからなんだよ」

「怖い顔してた」

「……してないし」

「してた」

「……」

「……」


 ますます気まずい空気が流れ、互いに口を尖らせる。

 そのころようやく窓辺へと辿り着いた雛は、何かに反応する様に飛び跳ね始めた。


「ニィニィ!」

「十世? 何かいるの」


 ルーツェが裸足のまま、窓辺へと近寄り雛を抱き上げる。

 診療所の二階から覗き込み辺りを見回す。

 すると何故か診療所を見張るかのように、遠巻きに隠れている近所の人々が見えた。隣の庭や、向かいの塀の裏。果ては通行人を装って、仲の悪い金物屋と布屋の主人が武器を片手に二人して前の通りを往復している。


「え? 何事?」

「なに? ……ホントになに?」


 ルーツェの言葉に、コハクも寄ってきて眉根を寄せる。只ならぬ住民の様子に、無意識にルーツェの手を引いた。


「ルーツェ、ベットに戻」

「あ!」


 コハクがルーツェを窓辺から下がらせようと、引いた手に力を込めた時だった。


「師匠だわ!」

「へ?」


 ルーツェはコハクの手を振り切り、慌てて階下へと下りていく。

 ぱっと窓から下を覗き込めば、銀糸の青年の姿はない。代わりに家の近くを右往左往する老婆と、もう一つ別の人影。フードを深くかぶり表情はおろか、顔すら全くわからない。

 近所の住民はその見慣れない二人組を警戒し、物陰に隠れていたのだ。


「ああ、なるほど。あんな怪しい奴等がうろついてたら警戒もするよ」


 コハクは脱力し窓にもたれかかる。

 次いで入り口のドアが開かれる音と、妹の元気な声が聞こえてきた。

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