3話 低薬治療
洗濯の手伝いを終え一度昼休憩を挟み、ルーツェはコハクの『俺の目が届く場所にいろ!』と言う懇願のもと、作業場の隅で本を読むことにした。
上手く行けば午後の荷馬車に飛び乗れるかも……と思ったが、流石に夜間に町に行くのは抵抗がある。
(悔しいけど、今日は諦めるしか……ああ、でも!!)
葛藤しながら近くに置いてあった大きめの木箱によじ登り、せめてポーズだけでもと本を開く。しかし持参していたのは魔術に関する研究書。いつしかルーツェは文字を追うのに没頭し始めた。
それからは、ぺらりぺらりと、一定の間隔でページを捲る音だけが続いた。
「へー、すごいね。ルーツェは文字が読めるんだ」
そう声をかけられ顔を上げると、すぐ目の前にカルダが立っていた。しかし、なぜか傷だらけである。
「どうしたんですか、その傷!」
その姿に、慌てて木箱から飛び降り駆け寄った。
「いやー、こっちに向かう前に……ちょっと、犬に、ね」
力なく笑うカルダの――主に顔面に集中してある擦り傷や、腕の噛まれた跡に悪戦苦闘ぶりが伺えた。
(どれほど拒否られたの……)
「う……いてて」
笑うと傷にひびくのか、カルダが眉をしかめた。
ルーツェは自分のカバンから簡易救急セットを取り出し、カルダに治療してもいいか訪ねる。
「本当はじっさまみたいに治癒を使えたら、良いんですけど」
「治療してくれるの! あ、でも……どうやって? ルーツェは魔術は使えないんだろう? それに回復薬なら家に戻ればあるから、大丈夫だよ」
通常、怪我や病気は、治癒や回復薬を使って治すものであった。
特に町など人の集まるところでは、能力は低いものの治癒術者もそれなりの数がいるし、回復薬も質を問わなければ安価なものも存在する。
「えと……昔の方法……、魔術が広まる前の”低薬治療”なんですけど……」
”低薬治療”――謂わば魔力を有しない、自然物の特性を利用し回復に向かわせる、ただの薬草治療だ。
「わたし魔力なしだから、普通の回復薬も治癒術も効かなくて……昔の文献とか、自分で色々試したりしてて……でも変なものじゃないんですよ!」
「んー……いまいちわからないけど、よくなるならやってもらおうかな」
お願いします! と、カルダは腕を差し出した。
内心断られるだろうなと思っていたルーツェは、びっくりし逆に慌てふためいた。
「いいの!? あの、治癒とか回復薬と違ってすぐ治らないんですよ? ただ、何もしないよりましかな~って言うか、悪化を防ぐだけで…………痛いのも収まらないし……」
それでもいいの? と、最後の方は聞き取れないくらい、ルーツェは自分で言いながら気持ちが沈んでいくのがわかった。
自ら提案したのに、その効能に自信が持てなかった。がっかりされるくらいならと、思わず否定してしまった。
急にしょんぼりと項垂れてしまったルーツェに、カルダは困った笑みを浮かべた。かと思えば――
「いたたたた!」
急に腕をおさえながら、その場にしゃがみこんだ。わけが分からず、ルーツェはカルダに近づくも、オロオロと手を上下させるだけで混乱している。
「だ、大丈夫ですか! やだ、どうしよう」
「うぅ~ん、困ったな。この傷、すぅっっごく痛いなー!」
「……?」
ぴくりとルーツェの肩が震える。
「だからほんの少しでも、極々わずかで、やらないよりマシ~って程度でも、今より良くなるなら治療してほしいな~」
「…………」
ルーツェは恐る恐る、カルダを見る。
そんなルーツェにカルダは安心させるように、優しく笑ってみせた。
「痛いんだ。助けてよ、ルーツェ」
「……で、出来ました」
傷口に薬を塗り、特に深いところには薬草と一緒に包帯をまいた。
「これで傷の悪化は抑えられると思います。気になるなら、帰って回復薬で治療してください」
「なんで? 十分だよ。ありがとう!」
捲っていた袖を戻しながら、カルダが嬉しそうにお礼を言う。その言葉に、ルーツェの口元がじわじわと緩んでいく。
(わたしの薬で、初めてありがとうって言われた)
今までだって、お手伝いをすれば褒められたし、もちろん感謝の言葉ももらっていた。だけど、今回はお手伝いではない。ルーツェが作った薬で、誰かの役にたてたのだ。
(嬉しい……嬉しい、嬉しい! ふふ!)
ルーツェはなんだか分からないが笑いが止まらなくなってしまった。そしてそんなルーツェをみているカルダも、どことなく嬉しそうだ。
「よかった」
「?」
「さっきから心配そうな顔か、困った顔しかしてくれないから、後でコハクにシメられるかとヒヤヒヤしてたんだ……でも、やっと笑ったね」
そう戯けて笑うカルダに、ルーツェは大きな目を丸めてカルダを見た。
「大事な妹をいじめたと思われたら、何をされるかわかったもんじゃないからね」
「さすがにそれは……」
「いやいや、アイツは結構なシスコンだよ。僕にはわかるね! あ、あとルーツェも僕のこと呼び捨てで構わないよ。敬語とかもいらないし、もっと気軽に接して」
「はい! ありがとうございます!」
「あれ? 全然伝わってなくない!? はっ! もしかして遠回しのお友達拒否宣言!?」
「冗談よ」
「うわーひどい! 君とコハクはやっぱり兄妹だね。そういうトコ、すっごい似てる」
「……あんまり嬉しくない」
「ほら、そっくりだ」
コハクも同じ表情で、同じこと言いそうだ。そう言って笑うカルダに、ルーツェも一緒になって笑った。
――大事な兄の友人がこの人で良かった。
そう思うと、嬉しくて堪らなくなった。
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「あれ? カルダここにいたのか」
休憩時間になったのか、コハクがルーツェの元へとやって来た。
木箱に腰掛け、話をしている二人に声を掛ける。しかしなにやらカルダの様子がおかしい。
「コハク~! 遅いじゃないか!」
「へ?」
「カルダさん! じゃなかった、カルダ! ちゃんと聞いて! 今から大魔術師さまが、まだ学生の頃に成し遂げた異例の選抜試験について……」
「あー、理解した」
意気揚々と声を荒げるルーツェと、げんなりと項垂れているカルダ。コハクには何が起こったのか手に取るようにわかった。
「またルーツェの病気が始まったか」
「病気ってなによ! わたしは大魔術師さまがどれだけ偉大なお方か、少し教えてあげてたのよ?」
「あれで少しなの!」
「ルーツェの魔術うんちく語りは、もはや拷問だ」
二人にそれぞれ、信じられないという目を向けられて、ルーツェは頬をふくらませる。
そんな顔されたって、興味のない話を延々聞かされる方の身にもなっていただきたい。ルーツェの『少し』は、とても許容できるものではないのだから。
「じっさまなら聞いてくれるのにー」
「あれは聞いてるんじゃない。聞き流してるんだ」
「それでもいいの! 気持ちの問題なの!」
ぷっぷこ怒りの煙をふかしながら、コハクへと抗議する。
「そう言えばジーウス先生は魔石づくりに参加しないの? 治癒術師なら魔力量もそうとうだよね?」
「「…………」」
「?」
カルダの言葉に、ルーツェとコハクは微妙な表情を浮かべる。
「うん、じっさまは……。魔力量はたしかにすごいわ、でも」
「ちょっとな、あれなんだ」
「あれ?」
「「魔力量が多すぎて、クズ石生産機と化す」」
「うわぁ……」
そうなのだ。魔石は許容量以上に魔力を流しすぎると、クズ石となってしまう。
力のコントロールを覚えればそんなことはないのだが、祭り用の魔石は通常の魔石より、さらに小ぶりで許容量も小さい。
ジーウスもわざわざ祭りの為に、さらなるコントロール制御のしなおしを試みるつもりもないし、村でもそこまで困っていない。
「関わらないのが、何よりの手伝いなのよ」
「そっか……それは、大変だね」
一瞬カルダは頬を引きつらせていたが、咳払いをし姿勢を正す。
「なら今は診療所にお一人なのかい?」
「ううん。お昼に家に戻ったらいなかったから、どこかでサボってると思う」
「え! サボり? どこにいるかもわからないの?」
「羨ましい。ずるい。俺も帰って昼寝したい」
「やめてよ。コハクまでサボり魔になっちゃうと、申し訳なさすぎて村に行けなくなっちゃう」
その間診療所はどうするの? 営業しなくて大丈夫なか? というカルダのつぶやきは黙殺された。そんな事、ルーツェだって知りたい。
「なに? うちのジジ的なものに用事でもあんの?」
「じじてき? あ、いや。本当は今日にでも犬をつれて来ようと思ってたから、一応お礼言ったほうが良いかなと思ってたんだけど……」
「ああ、その様子じゃ無理だったみたいだね」
カルダの傷や巻かれた包帯を見て、コハクは納得する。
「世話してるのは僕なのに、なぜか慣れてくれなくて……」
相当苦労したのか、カルダの表情に苦難の色がにじむ。ルーツェは気の毒そうに眺めていたが、次いでカルダからの衝撃的発言に身を震わせた。
「だからさ、ルーツェに町の役所まで引き取りに……」
「行く!」
食い気味に「絶対に行く!」と詰め寄られ、カルダは目を丸める。正直こわい。
「カ~ル~ダ~・・・」
「へ?」
「くそ、余計なことしやがって」
「なにが? なんで? 僕なにかいけないことした!?」
「してないカルダ、いえ、カルダさま! ありがとー」
「えぇーーー!?」
青筋を浮かべ睨みつけてくるコハクに、今にも踊りだしそう、いや、実際くるくる回りだしたルーツェ。その二人に挟まれ、カルダの背に冷や汗がつたう。
気づかない内に、何やらやらかしたようだ。だが、心当たりは全くない。
「いつ? 明日? むしろ今からでも全然構わないわ!」
「え、今まから!? それはちょっと……」
「カルダのせいだ。この浮かれバカどうしてくれんのさ!」
「よくわからないけど、ごめんなさいぃ!」
喜びの踊りを絶賛披露中のルーツェに、手の施しようがないと悟る。
「…………はあ。休みもらうから、明日にしよう。カルダも少しは仕事抜けれるだろ」
諦めて受け入れたコハクに、カルダは勢いよく首を縦にふる。
「ルーツェは絶対俺から離れない、一人にならない、無茶しない!」
「はーい♪」
「本当にわかってるの!」
おそらく半分以上わかってない。てか、聞いてない。
そういうところは、どこかのジジ的なものに似ちゃって……コハクは疲れたように息をはく。もう、どうにでもなれだ。いや、やっぱりよくない。ならないで。
「お、お疲れさん?」
「うっさい! 元凶!」
戸惑いがちにいれられた励まし(?)に、コハクは怒りをもって返す。
「とりあえず、あのムカつく踊り、やめさせてきてよ」
「無理カナー」
「役立たず!」
喜びの舞は、回りすぎて酔ったルーツェ自身に打ち切られるまで続いた。
ちなみに――
「じっさま聞いて! 明日、町に大魔術師さまの情報集めにいくの」
「ほうほう」
「いや、違うから」
「近場で目撃情報がなくても、領土ひとつ分くらいの距離なら遠出しても頑張れるよね!」
「ほーかほーか」
「絶対やめろ! ルーツェはもう、明日の準備して寝なよ!」
「何言ってるの! 寝てる場合じゃないわよ!」
「夜は寝るもんだよ!」
コハクの睡眠時間は、愚妹によって、ごっそり削られてしまった。