16話 また閉め出された
蛇に埋め込まれた呪具を発見した日。ルーツェとフィファナは、いつもより遅い時間に帰宅した。
家である診療所にはコハクがすでに帰ってきており、家の外で待っていた。
あと少し帰りが遅ければ探しに行こくところだったと言うコハクに、ルーツェは大袈裟だと返し怒られた。フィファナからやっかいな呪具を発見し、ルーツェが怪我をしたと聞いて目を釣り上げる。
幸い大した怪我ではなかったので、コハクの怒りもすぐに収まったのだが――。二、三日はちくちくと文句を言われるだろうとルーツェはげんなりする。
その後フィファナを夕飯に誘ったが、報告があるからと律儀に謝罪を残し帰っていった。
ルーツェはコハクと二人、灯りも付けていない自宅へと戻った。
「なんかあった?」
コハクが術式の刻まれたランプへと魔力を流し、灯りをつける。
「さっきフィファナさんが言ってたとおりだよ? 今日は呪具探しをして、その時ちょっと転んだだけ」
「そうじゃなくて、元気ないじゃん」
振り返るとまっすぐルーツェを見ていたコハクと目が合った。
カバンを提げたまま、じっとコハクは動かない。ルーツェは一度コハクから視線を外すと、にっこり笑って答えた。
「なんでもないから、心配しないで。それより、ご飯の準備しなくちゃ。オイサンも十世もお腹減ってるよね」
「ニィーニィー」
返事を待たずに、ルーツェはキッチンの方へと向かう。
ご飯の単語に、雛が騒ぎルーツェの後を追う。その後姿をコハクは引き止めはせず、黙って見送った。
「何かあったって、バレバレなんだけど? ホントおバカさんで困っちゃうね」
「ハヌ?」
コハクはしゃがみ込み、足元にいた仔犬を軽く撫でる。いつもなら雛と一緒にルーツェの後を追っていっただろうに、今日はこうしてコハクの側にいる。頭を撫でてやる手を、一生懸命舐めようとしコロリと後ろに倒れ込む。
それが可笑しくて、コハクは少しだけ笑った。
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次の日。ルーツェとフィファナはいつものように森に行き、いつものようにレンガ造りの家を訪ねた。
昨日は帰る間際に、『呪具探しは一旦中断する』とディーグに言われそのまま帰った。のだが、今日扉の前まで辿り着き、一昨日はヤバイ薬を作っているだとかで家に上げて貰えなかったことを思い出した。もしかして呪具探しだけではなく、しばらくは近寄るなと言う意味も含んでいたらどうしよう。
ルーツェは扉の前で困惑した表情を浮かべ、ノックのために上げられた右手を振り下ろせずにいた。作業の邪魔はしたくないが、昨日のこともあり師の様子も確認もしたい。
扉の前で悶々としていたところで、突然目の前の扉が開き額を打った。
治りかけのコブがまだ残っているというのに、なんて仕打ちだ。
「ルーツェ! 大丈夫ですか!?」
「……何をしている?」
フィファナが慌ててルーツェへと駆け寄り、扉を開けた人物――ディーグが呆れた表情でルーツェを見下ろしている。
「うぅ、いたい。ヒドイじゃないですか師匠!」
「家の前でウロウロうっとおしいから、わざわざ開けてやったのに。なら、閉めるか」
「もう! すみませんでしたぁ!」
口を挟めず、フィファナはハラハラと青くなり二人の様子を伺う。
「だって師匠、この前はヤバイお薬作ってるからダメって」
「その言い方はやめろ。……昨日は入れてやっただろう。薬の件は終わったから、構わない」
「そうなんですか」
ルーツェは顔を上げ、ディーグを見上げる。
ディーグは扉を開け放ったまま中へと戻ったので、ルーツェとフィファナもその後に続いた。
部屋の隅にあるラグには鳶色の狼が寝そべっている。今までルーツェの足元にいた仔犬がそれを見つけ、嬉しそうに駆けて行った。
「師匠、昨日の夜は大丈夫でしたか? また変な蛇とか来ませんでした?」
「大丈夫だ。そんな頻繁にあれ程の呪具を用意出来るものか」
ディーグの言葉に、ルーツェとフィファナがぎょっと目剥いた。
言った本人も、口を滑らした……みたいな顔をしていたので冗談では無いようだ。
「師しょ」
「そんなことより、今日はアルゴナの採取をするが手伝うか?」
「是非とも!」
誤魔化すように、希少薬草を持ち出されたがルーツェは迷うことなく飛びついた。
どうせはぐらかされるのだ。ならば、美味しい思いで誤魔化されよう。
「アルゴナの葉は、小さいがトゲのようになっている。私は手に薄い魔力の膜を張って採取を行っているが」
「わたしには無理であります」
手を高らかに上げ宣言するルーツェに、ディーグもそうだなと頷いた。
「なので何か手を保護できるものを持っていないか? 無ければ私のを貸してやろう」
言われてルーツェは所持品を思い浮かべる。
「カバンの中には、本と救急セットと、お昼ご飯しか入ってません」
しかも大半のスペースを、分厚い本が占領しているのだ。
「……お前はなぜあの本を持ち歩く。邪魔だろうが」
「重いけど邪魔じゃありません。いつか使うかも知れないし、あわよくば魔女さま、じゃなくて師匠のサインとか欲しいと思ってます」
「…………」
カバンまで走りより、本を抱えて戻ってくる。一ページ目を開いてそっと差し出せば、そのまま表紙を閉じて戻された。
どうやらサインは駄目らしい。
ルーツェは、残念そうに分厚い本をカバンへと戻しに行く。ディーグはため息混じりに立ち上がり、奥の棚から何かを取り出した。
そして黒く何かしらの毛皮が使用されている手袋を取り出し、ルーツェの目の前に置いて見せる。
「? 師匠、なんですかこれ?」
「? なんだ。サイズが合わないだろうが我慢しろ」
「なにをですか?」
「代用出来るものなど持っていないのであろう? 私のを貸してやると言ってるんだ」
「貸し・・・、えぇーーー!? 無理! 無理無理無理です!! こんな高級そうな手袋で薬草摘み出来ません! 緊張で手元が狂っちゃうじゃないですか!」
「む。だが、私もこれしか持っていないぞ。ならアルゴナは明日に回し、今日はユユーにするか」
ディーグは引っ張り出してきた手袋を再び手に取ると、元の場所へと放り込む。
さあ行くかと少女を促せば、ルーツェはなんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。
「間抜けな面を晒してどうした」
「今日の師匠、いつもと違くないですか?」
ルーツェがまじまじとディーグに視線を注ぎながら言えば、後ろでフィファナも同意するように頷いている。
「なんだか優しすぎません? やっぱり昨日の蛇、怖かったんじゃないですか?」
ずばりと言われた内容に、ディーグの額に青筋が浮かぶ。ゆるりと細められた目は、ひたりとルーツェを見下ろした。部屋の隅では狼が変にむせていたので、後でしばいておこう。
ディーグは右手を上げると、ゆったりとした動作でルーツェの額を鷲掴んだ。
「いぎゃーーーー」
「ルーツェ! あの、ご容赦ください! ルーツェは、その、怪我もしていますし!」
「怪我をしているのは承知の上でだ」
「いたいいたい、師匠ーーー!」
ディーグは薄っすら笑みを浮かべながら、額の小さなコブに圧力をかける。
力ずくで止めるわけにもいかず、フィファナがおろおろと両手の行き場を無くしていた。
この日、ルーツェは学んだ。自分の師は怒っている時も笑うのだと。
そして約束通り、次の日には自分で手袋を用意しアルゴナの採取を行った。ディーグに何か心境の変化でもあったのか、以前よりルーツェに様々な事を手伝わせてくれるようになった。
希少薬草の栽培に、効能。薬の調合の仕方、保存方法のコツ。そのどれもが新鮮で、なにより楽しかった。
どうして急に呪具探しを中断し、この様な事を教えてくれるようになったのかルーツェには分からなかったが……。
――そんな時間が、数日続いたある午後だった。
「ルーツェレア、何か質問はあるか?」
「ありません!」
数日前に採集した薬草で、熱冷ましの薬を作っていた。
ここ数日で当たり前のようにルーツェの定位置と化した、作業台の手前の席。
ディーグは使い終わった薬草などはすぐ片付けるタイプなので、あまりイスは使わない。あちこち移動しながら、細かい作業を除けば立ったまま調合したりする。
ディーグの家にはルーツェの知らない薬草はもちろん、初めて目にする器材も沢山置いてあった。
「今までに作った低薬についてはどうだ? どんな効能のものか覚えているか?」
「はい! 傷、打ち身や打撲、熱冷ましに、あとお腹痛いときに効くやつ! それと」
「覚えているなら、全部言わなくともよい」
指折り数えながら答えていくルーツェを制止すると、ディーグは小さな小瓶を取り出し小さな両手に握らせた。
「鬱陶しいやつが現れたらこれでやっつけろ」
「なんですかこれ?」
「カブライの汁を抽出したものだ。相手にぶっかけると瞬時に皮膚が荒れて、尋常じゃない痒みに襲われる」
「なにそれ物騒! ありがとうございます!」
にこやかに物騒な小瓶をポシェットにしまうルーツェ。
割れても中にいる十世に被害がないよう、外ポケットに入れたから大丈夫。と言う謎フォローを入れるルーツェに、フィファナは引き攣った笑みを浮かべる。
その様子を見ていたディーグだったが、ふいにラグの側に置いてあるルーツェのリュックを手に取る。
そして、出入り口の扉を開け放つと、外へと放り出した。
「ある程度の事は教えた。だから二度とここに来るな」
「……、え?」
突然自身の荷物を外に投げ出され、出て行けと言われた。
ルーツェは師の言動が理解出来ず、間の抜けた声が出す。それはフィファナも同じで、困惑した表情で固まっている。
すぐ後ろで狼が一度吠えると、仔犬を咥えて外へと降り立ち、リュックの側でお座りをする。
咥えられた仔犬が不思議そうに目を丸くしているのが印象に残った。
開け放たれた扉から離れ、ディーグはルーツェの腕を取る。無理やり腕を引かれ、混乱したままの頭で師を見上げた。
「し、師匠?」
ディーグは無言のままルーツェを扉の前まで連れて行くと、フィファナに目を向ける。
それに姿勢を正し顎を引いたフィファナは、静かにルーツェの肩に手を添えた。
「ルーツェ、行きましょう」
フィファナの固い声に、ルーツェはさっと頭が冷えた。
「なんで? なんで急にそんな事いうんですか⁉︎」
「ルーツェ……」
フィファナに背を押され、半ば強引に外へと追いやられる。
理由が判らず、必死に師を振り返るルーツェだったが、ディーグはルーツェを冷たい目で見下ろしたままドアノブを引いた。
「師匠! ししょ……」
無情にも扉は乾いた音を立て、閉められる。
「師匠……どうして……?」
閉められる瞬間に向けられた瞳は、今までで一番冷めたものだった。




