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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第二章 人喰い魔女の弟子
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12話 こじらせている

 からりと晴れた、昼下がり。

 ルーツェとコハクは平民街の商店通りを訪れていた。今日明日は学園の授業がないため、コハクが家にいる。

 なのでフィファナには護衛の仕事はお休みしてもらって、二人だけだ。


「うふふ、どれにしようかな〜」

「俺のもね」

「コハクは別にいらないじゃん」

「ルーツェがいるなら、俺もいるでしょ」

「ニィニィ」


 ちょっとした食器や、雑貨が置いてある露店の前でルーツェがなにやら物色している。

 コハクはそれを横から覗き込み、頭の上に乗っている雛が真似をする。


「ハヌー」

「あら、オイサンはこれがいいと思うの?」

「ハヌン!」

「ちょうど三つあるしね。ならこれにしようか」

「おじさん、これ下さい!」

「はい毎度」


 騒がしい商店通りにルーツェの元気な声が響いた。店員が品を包んでくれるのをそわそわしながら待つ。

 そうして渡された商品を笑顔で受け取ると、礼を言ってまた歩き出す。


「でも、師匠が魔女さま本人だったなんて! 昨日はビックリしちゃったわ」

「ルーツェの察しの悪さに、こっちがビックリだったよ」

「むう! いちいち意地悪言わないの!」

「意地悪じゃない。ただの事実」


 先程の商品が入っている紙袋を抱え、コハクがしれっと毒を吐く。


「ねえ、まだ怒ってるの? わたし師匠の弟子辞めないからね! お手伝いだってするんだからね!」

「何がお手伝いだよ。いい(よう)に使われちゃって。あーあ、これだから馬鹿な妹を持つと苦労するよ」

「む〜〜!」


 大げさに肩をすくませるコハクに、ルーツェはこれでもかとむくれて見せる。

 コハクは気にすることなく先を進んで行く。


「ねー、今日暑くない? 氷菓子とか売ってないのかな」


 いくらか歩いたところで、コハクがだらしない声で不満をもらす。

 帝国は大陸の中でも北方に位置し、真夏でも気温はそこまで高くない。

 それでも今日は陽差しもキツく、暑い日となった。

 先程まで足元をちょろちょろと動き回っていた仔犬も、早々にバテ始めている。

 向かいからきゃらきゃらとかけてくるルーツェと同じ年頃の女の子達は、髪を上げたり、襟のないワンピースを着ていたりと涼しげな装いだ。


「コハク氷菓子なんて買えるお金持ってるの?」

「持ってない」

「なら売ってても意味ないじゃない」

「うー、クレイドのせいだ! クレイドのお土産のせいで舌が肥えてしまった」

「なら今度からお断りする?」

「まさか」


 うだうだ言いながら大通りを抜け、住宅街の裏に入った。

 日影道を縫う様に歩き続ければ、人も徐々に減っていく。森へ続く外道まで、すぐというところに差しかかった時。


「ハヌン!」

「オイサン⁉︎」


 急に仔犬が駆け出した。

 小さなシッポを振りながら、あっという()に先の角を曲がって姿を消す。


「ちょっと、どこ行くの!」

「ルーツェ!」


 ルーツェが慌てて角を曲がろうとし、ちょうどその角から出てきた人物とぶつかった。


「きゃあ」

「おっと」


 転びそうになり前方から右腕を掴まれるのと、後ろから肩を支えられたのは同時だった。


「大丈夫か?」

「す、すいません。ちゃんと前確認してなくて」


 ぶつかった相手は二十代半ばくらいの青年。

 転びそうになったルーツェの腕を掴み、引いてくれた。

 コハクが少し警戒しながらも、無言で少しだけ頭を下げる。しかし相手はルーツェの顔を見ると目を見開き、いきなりその小さな鼻を摘まみ上げた。


「いたたたた!」

「お前、ようやくっ……よくもあの時はおれをおいて逃げたな!」

「なんだよアンタ!」


 コハクが相手の手首を掴み、ルーツェから引き剥がそうとする。しかし、青年はビクともしない。

 逆に()いている方の手で顔面を掴まれ、遠ざけられる始末。


「お前は少し黙ってろ」


 青年は言葉だけをコハクに向ける。

 なぜか青年の足元には、駆け出した仔犬がおり、嬉しそうにはしゃいでいるのがルーツェの目に映る。


「いたたた! オイサン遊んでるんじゃないの! 助けてー」

「何が助けてだ! あの後、警備兵に説明すんの大変だったんだぞ!」

「警備兵?」

「いい加減離せ!」


 コハクが蹴りを入れようと足を振り上げるが、簡単に避けられる。

 そのまま青年は両手を離し、二人はようやく開放される。仔犬だけは楽しそうだった。

 ルーツェは赤くなった鼻を押さえ、コハクの背に庇われつつ涙目だ。


「急になにするんですか! 鼻がむしられるかと思った!」

「大丈夫。むしるほどねーから」

「ちゃんと有るもん!」

「ルーツェ、変質者と喋るな! オイサン行くぞ、こっちおいで!」

「ハヌ?」


 早くこの場を去りたいコハクだったが、なぜか仔犬が変質者の傍から離れない。

 ルーツェはまだ文句を言っていたが、何かに気づき口を開けた。


「あ! 思い出した! 人さらいのお兄さんだわ」

「「はあ!?」」


 青年を指差し、驚きに目を見開く。


「おれが、人さらい?!」

「なんでアンタが驚くわけ! ルーツェ、逃げるぞ!」

「でも、オイサンが」

「エサで釣って!」

「誤解だ! 待……」


 子供たちに手を伸ばそうとした青年の動きが止まり、見る見る青ざめていく。

 視線の先は表通り。「警備兵さん、こっちです」「子供二人が、男に絡まれてて」などと聞こえて来たあと、深紺の制服と目が合った。


「マジかよ」

「あの男だ! 追え!」


 青年が身を翻し、少し遅れて二人の警備兵が走り出す。

 残ったもう一人の警備兵がルーツェ達を気遣いつつも状況を尋ねる。

 その後、「家まで送ろうか?」と言う申し出は辞退し、ルーツェとコハクは森に向かった。


「ビックリしたね。オイサン、もう知らない人に気軽に近寄っちゃだめよ?」

「おま言う⁉︎」

「ハヌ?」


 諭すように言うルーツェに、仔犬は不思議そうに首を傾げた。







********************






 昨日、無事? に弟子入りを果たしたルーツェは、ディーグより術式返しの魔術具を貰っていた。


「あら? 今日はルドルフのお迎えがないわ?」

「道なら俺覚えてるよ」

「そうか。今日はコハクがいるから大丈夫ね」


 間違いなくルーツェ一人なら迷っていたであろう、入り組んだ森の奥。

 そもそもルーツェにはディーグの感覚を狂わす術式も効いていたか怪しいところなので、魔術具を貰った所で意味はなかったかも知れない。

 その後、なんの問題もなくディーグの家まで辿り着き、ノックをしようと右手を上げた時だった。


「ウォンン!」

「わっ! びっくりした……ルドルフ?」


 背後から急に吠えられ、不意打ちに心臓が跳ねる。

 聞き覚えのある鳴き声に振り返れば、鳶色の狼がなぜか臨戦態勢でルーツェを威嚇していた。


「ルドルフどうしたの?」

「ウォンウォン!」

「何怒ってるの? お腹すいた? それとも眠たいとか?」

「ウ〜〜」

「もう、わかんないよ!」

「ウォン!」

「うるさい」


 ルーツェと狼が向かい合い押し問答をしていると、ガチャリと扉の開く音がする。

 そこにはおどろしい不機嫌オーラを纏ったディーグが立っていた。

 徹夜でもしたのだろうか、目の下には隈が出来ており顔色も悪い。


「師匠、寝てないんですか? 顔がヒドイですよ」

「………………」

「うちの妹的なもの、語彙力が不自由ですいませんねぇ」

「……それより、今日はなんの用だ? 呪具の件ならあの護衛の女がいる明日からだろう」


 ディーグの言葉に、コハクが少しだけむっと眉を寄せた。昨日、呪具解除の手伝いをする条件に、ディーグがクレイド達に提案したのだ。


『流石に子供二人の面倒は見きれん。盾に使えるやつがいない時は来なくていい』


 ――と。

 暗にコハクを巻き込むつもりはないと言うことなのだろうが、あからさまに役立たずと言われたようでコハク的には面白くない。

 それでもルーツェ自身はやる気のため、止めることも出来ず可能な限りは様子を見に行くつもりなのだが。

 ぶすくれているコハクを気にすることなく、ルーツェは紙袋を受け取りディーグの元へと駆け寄った。


「師匠! わたし達お世話になるし、今日はお土産持ってきたんです」


 言いながら紙袋を開け、中身を見せる。ついでに持参した、可愛らしい小ぶりの缶も取り出した。


「ハーブとルチの実の茶葉に、お揃いのカップ! わたしが赤で、コハクが黄色で、師匠のはこの水色のです! 茶葉もわたしが調合したやつで、良かったら今からお茶しませんか?」

「俺も休憩したい」

「師匠、ちょっと甘いの好きですよね! この茶葉自信作です! 師匠のお口に合うと思うんですよ」


 どこか自慢気にルーツェは胸を張った。

 しかし、ディーグはそれを受け取ろうとはせず、静かに見下ろしている。


「悪いが、今は面倒なものを処理していてな」

「ヤバイお薬でも作ってるんですか?」


 ディーグは何言ってんだコイツ? 的な目を向けてきた後、いつもの調子に戻り言葉を続けた。


「……そう言う訳で、何が起こるか分からん。しばらく家の中には立ち入らないようにしてくれ」

「そうなんですね」

「アンタは平気なの?」


 しょんぼりするルーツェとは裏腹に、コハクは探るような目つきをディーグに向ける。

 ディーグはとくに感情のない瞳でコハクを見た後、少しだけ迷惑そうに眉根を寄せた。


「お前の妹がやらかさない限りはな」

「なるほど」

「ちょっと、それどう言う意味ですか⁉︎」


 聞き捨てならないセリフに、ルーツェが唇を尖らせる。


「とにかく、師匠これお土産です!」

「………………」


 しばらく微動だにしなかったが、ディーグは紙袋を受け取りルーツェを見た。

 ルーツェは土産を無事渡せたことに、嬉しそうに笑っている。


「用は済んだな。帰れ」

「えー! 師匠お茶は? お部屋が駄目なら、外で焚き火でもして沸かせばいいじゃないですか」

「馬鹿が。薬草に燃え移ったらどうしてくれる」

「今の言葉は撤回します! 失言でした、すいません!」


 しょうがない、もうお暇しようか。とルーツェはリュックを背負いなおす。

 コハクは何か言いたげにディーグを見たが、結局何も言わずにルーツェの言葉に従った。


「じゃあ、師匠。改めまして、明日から宜しくおねがいします」

「ああ」

「さようなら」


 別れの挨拶をし、小さな二つの背中を見送る。

 いつもなら中に入って狼とお昼寝をするのに、それがなく仔犬だけは何度も振り返っては戻らないのかと主人に尋ねているようだった。

 足元に居る狼も、もの言いたげに見上げているがディーグは(もく)して無視をする。

 小さな後ろ姿が完全に見えなくなると、ディーグは扉を開け中へと戻る。扉が閉まる前に、狼も器用に隙間を滑り込む。

 部屋の中は、一部を除いていつもと変わらない。むしろ今日は調合鍋を火にかけておらず、薬草の煮立つ独特の匂いはしていなかった。

 調剤機器もキレイに洗浄され、定位置に収まっている。


「クゥーン」


 代わりに卓上には沢山の書物に、大量の書類。

 ディーグは術式で扉をロックすると、乱暴な足取りで中を進み、持っていた紙袋を屑籠(くずかご)の中へと通りざま投げ捨てた。


「ウォン! ウォン!」


 屑籠は反動でぐらついたが、倒れることなく静止する。

 ディーグはそのまま何事もなかったように卓に着き、書物へと手を伸ばす。

 狼は屑籠へと近寄ると、鼻先で一度ディーグの方へと押し上げ、もう一度鳴き声を上げた。


「ウォン」

「うるさい!」


 叩きつける音に次いで、何枚かの書類が床へと散らばる。

 書面には『調査報告書』の文字。

 思い返されるのは昨晩のこと。一度引き返したクレイドが、再びディーグの元へと現れた。


『殿下、どうか考え直しては頂けないでしょうか! 国の問題と、あの子達は関係ありません』


 そうして渡された紙の束には、クレイドが以前宰相に渡した報告書で、ルーツェについてだけを抜き出した一部だという。

 震災孤児で、前大魔術師であるバハジウスの養い子。術式解除または魔力無効化能力の可能性あり。詳細は不明。現在は魔導学園に通うために、帝都へと移住――と言うような内容だった。


『本当に……何も知らない、ただの子供なんです』


 金髪の美丈夫が深く頭を下げ、声はわずかに震えていた。


「今更だ」


 ディーグは片手で目元を覆いながら呟く。


「呪具だって今に始まったことではない」


 何年も、それこそ十数年前から身近にあった。送られていた。

 それは決して命を落とすほどのものではなかったが、試すように、あざ笑うように……執拗に森にバラ撒かれた。

 家に閉じこもっていたかった。しかし、結界付近にバラ撒かれる呪具はディーグだけでなく周囲の人間にも影響した。

 だから姿を変え、回収してまわった。時にはその姿を見られ、発動を(ふせ)げず被害が出ることも少なくなかった。

 そうしていつしか、森に入ると呪われると噂されるようになった。


「結界がなくなった今、私もどうなるかわからない」


 十三年もの(あいだ)ディーグを閉じ込めていた結界。それがなくなった。

 施術者の意思で解かれたのではなく、消滅した。壊されたのだ。


「もう、うんざりだ」


 ディーグは手元にあった書面を握りつぶすと、ゆっくりと立ち上がった。


「あの娘とて言っていたではないか。小人に言われて来たと」


 昔に書いた書物を持って、学園に通うためにディーグの元を訪れた。


「あの本は私が昔に書いたもので、その写しだ。ならどうやって手に入れた? 誰があの娘に与えたんだ! 私があの書物を贈ったのは……兄上だ」

「クゥン……」


 閉じ込められていた檻がなくなった。

 獣が解き放たれる(さま)を、黙って見ているバカはいないだろう。


「ならば迎え撃つまでだ」


 そのために利用できるものは、利用しなければいけない。


「私とてもう隠れていることは出来ない。……後には退けんのだ」

「………………ワフ」


 力なく告げられた決意に、狼は小さく返す。

 次いで激しく何かが倒れる音がして、ディーグが振り返る。


「ウォン!」

「………………」


 狼が屑籠を蹴倒し、散乱した中身から紙袋だけを咥え持ち上げる。

 そうしてこれ見よがしに、自分のスペースであるラグへと持っていくとディーグから隠すように袋を抱え込んだ。


「ふん。そんなものくれてやる。それより散らかしたゴミは自分で、あ!」


 すぐ足元にあった屑籠を差しながら狼を見れば、袋の中身を開け水色のカップに歯を立てている姿がディーグの目に飛び込んだ。

 そして狼は「え? 何? なんか言った~」みたいな表情をしている気がして無性に腹立たしい。


「ワフン?」

「な、なんでもない! くそっ」

「オン!」

「黙れこの駄犬め!」

「ウ~……」

「ふん!」


 そうしてディーグは踵を返すと、けたたましい音をたてながら寝室へと引きこもる。

 残された狼はやれやれと言った様子でため息をつき、噛んでいたコップを自分のものとするべく、くっきりと歯型を付けたのだった。

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