9話 書き置きだとか仮面とか
「あら、可愛い」
街外れの森の奥。
宮殿にある大魔術師の部屋で騎士団長が絶叫を上げている頃、ルーツェはフィファナと共に森を彷徨っていた。
目的は白いドアを見つけること。そして、中にあった発光物の所有者を探し出すことだ。
「誰かの落し物?」
距離は空けずも、フィファナと手分けして辺りを散策していた。
声をかければお互いすぐ反応出来る位置にいるが、それぞれ別の方角へと注意を向けていた時。
ルーツェと共にいた仔犬が何かに反応し、唸り始めた。
何だろうとルーツェも仔犬の視線の先を追えば、草場の陰から小さな木製の人形が出てきたのだ。
「子供向けの魔術具かしら? 勝手に動いているわ」
三角帽子に同じ形の洋服。帽子は青色に塗られており、お腹には鈍く光る魔石が埋め込まれている。
それが自立し、ちょこちょこ足を動かしてルーツェに近づいてきた。
「ルーツェ? なにか見つけましたか?」
「フィファナさん、見てください! 可愛いお人形がいます」
「人形?」
急にしゃがみ込んだルーツェにフィファナが声をかけると、嬉しそうに何かを指差す姿が目に入る。
そうしてそれを拾い上げようとする手の先には、鈍く光る魔石。フィファナは瞬時に地を蹴り、ルーツェへと手を伸ばす。
「それに触れてはっ…!」
「え? これ?」
フィファナに腕を引かれ抱きとめられたルーツェの手の中には、しっかりと握り込まれた木製の人形。
人形はぷすぷすと煙を上げ、そして煙はすぐに収まった。
「え?」
青ざめた表情のまま、フィファナが驚きの声を上げる。
その声に手元の人形を見たルーツェは、フィファナより顔色を無くし声を荒げた。
「きゃああ! どうしよう! 拾い物壊しちゃった!」
ルーツェの叫び声に仔犬が驚き、フィファナは我を取り戻した。
「やだ! どうしよう! わたしってば、なんでこう学ばないの!」
「あの、ルーツェ。落ち着いて……」
「うえっ……ごめんなさい、ごめんなさい」
半ベソでお腹の魔石がクズ石と化した人形に、ペコペコと謝るルーツェ。
動力源を失った人形は事切れたように動かない。フィファナはそれを注意深く観察し、意識をルーツェへと戻す。
「ルーツェ手を見せてください。気分が悪いなど、体調に変化はありませんか?」
「わたしは何とも……それより人形が」
フィファナが黙々とルーツェの両手を確認している間も、ルーツェは人形の事が気になって仕方がなかった。
フィファナによって握り込まれた柔らかな手は、小さく震えている。
「気にしなくていいと思います。おそらくアレは、呪具だと思われますので」
「気にしないって、そんな……え? 呪具?」
「はい。魔石が、薄暗く鈍い光りを放つ場合、呪具として使用されていると聞きました」
「そう、なんですか?」
「それに、魔石の裏に僅かですが呪印も残っています。これは間違いないでしょう」
動かなくなった人形を拾い上げ、魔石を取り外す。
魔石はすでに黒ずみ、何の反応も示さない。それとは別に、木面と接する内側には焦げ跡のような模様がうっすらとある。
「それよりルーツェ、本当に大丈夫ですか? 何か些細なことでも異変があれば、隠さないで教えてください」
「え? 異変って……」
言われてルーツェはフィファナの表情を見て息を呑む。
不安そうに揺れた瞳は真っ直ぐ自分に向けられており、顔色はあまりよくない。
あまり言葉にして語らないが、フィファナの表情は心配で心配で心配でしか無いと語っていた。
「ふふ」
「なにを笑って……はっ、やはり呪具にの影響が」
「違いますよ」
不安に表情を硬くするフィファナに、悪いと思いながらもルーツェは思わず笑みがもれる。
「わたしが魔力なしなのは聞いてますよね」
「はい」
「そのせいで魔力効果が作用しなくて、治癒術とかも利用出来ないって」
「はい。そのため私は護衛に。なのに、こんな……」
「だから大丈夫なんです! 魔力効果に影響されないから、呪具の影響もないんですよ」
「え!」
クレイドやコハクはもちろん、ルーツェは祖父であるジーウスからも自分の事を他言しないようキツく言われていた。
ルーツェの力……全ての魔力的効力の無効化。
呪術はもちろん、治癒術など魔力を有して行われる効果を無効化してしまう。
はっきり教えてもらったわけではないが、ルーツェもなんとなくそれを理解していた。
「あ……そう、なんです、か?」
「はい。なので、本当に大丈夫ですよ」
驚きに目を見開くフィファナに、詳しい理由は話せない。
だから簡単に『魔力なしだから効果がない』とだけ伝えた。しばらく固まっていたフィファナだったが、ルーツェの言葉を理解したのか少しずつ緊張が解かれ安堵の息をこぼす。
「良かった、です」
ふわりと微笑むフィファナに、今度はルーツェが固まってしまう。
会ってまだ日は浅いが、生真面目で仕事熱心な彼女の笑顔を見たのは初めてだったのだ。
「ルーツェ、どうし……あ! 私が言ったのは魔力無しで良かったという意味では、あの!」
何を勘違いしたのか慌て出したフィファナに、ルーツェはきょとんとし、吹き出してしまう。
「ふふふ、フィファナさんは可愛いですね」
「かわ……!」
「わかってますよ。心配してくださってありがとうございます」
満面の笑みで礼を言われ、フィファナは少し戸惑った後恥ずかしそうに視線を逸した。
フィファナは気を取り直すように咳払いをすると、手早く状況確認を終わらせた。
「ルーツェ。呪具の発見を報せるためにも、すぐ森を出ましょう」
「え? はい、あ! やっぱり、戻る前に少しだけいいですか!」
「どうかしましたか?」
ルーツェは立ち上がり、スカートを払う。
人形を壊した直後は取り乱していたが、落ち着いたようだ。不安定なところもあるようだが、本来は芯が強いのだろう。
今はまっすぐフィファナを見上げている。
「師匠のところに行って、呪具のことお伝えしたいんです」
もし、まだ呪具が残っていたら心配だから……と申し出るルーツェに、フィファナはあまりよい表情をしなかった。
「申し訳ございませんが、安全を保証できない以上賛同いたしかねます」
「う……。なら、書き置きだけでもいいですか?」
そう言えば師匠の家への道も、覚えていなかったとルーツェは渋面を作る。
せめて狼に案内されたことがある道に、呪具への張り紙を残していけば目にするかもしれない。
フィファナが「それくらいなら」と頷いてくれたので、ルーツェは急いでリュックからメモ帳を引っ張り出し走り書きを残す。
メモ書きをするルーツェの手元に興味をもった仔犬が纏わり付くので、とても書きにくかった。
「この手紙は、途中にあった大きな木に貼りたいです」
「わかりました。では、戻りましょう」
「ハヌン!」
ルーツェの代わりに、仔犬が元気よくお返事をする。
人形はフィファナが回収し、呪具の発見に警戒しているのであろう、少しだけ空気が緊張していた。
「そちらに段差があります、足元に気をつけてください。ルーツェは何もないところでも転ぶようなので」
「むう!」
ここに来る途中すでに二度ほど転んでいるルーツェは、フィファナに向かって頰を膨らませる。
フィファナはそれに、ほんの少しだけ表情を和らげた。
程なくして目印の大木までたどり着き、先程の走り書きを貼り付ける。
紙には『師匠へ。呪具があるみたいです! 注意! こんなの!』という文字と、ヘッタクソな落書きがあった。
フィファナに『これは?』『さっきの人形の絵です!』『! …………』と二度見されていたが、どう言うことなのかルーツェにはわからなかった。
「師匠が気付いてくれますように!」
紙に向かって両手を組み、祈る。
フィファナが待っているので、後ろ髪引かれながらも森を出るために歩き出す。
そうして、ルーツェ達の姿が見えなくなって少しした後、ゆらりと一つの影が森の奥から浮かび上がる。
――カサリ
影の主は張り紙に手を伸ばし、ルーツェの描いた落書きをなぞり引き剥がした。
そしてまた森の奥へと消えて行った。
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時は少し遡り、コハクは少し疲れた様子で家への道を足早に歩いていた。
今日コハクの通う魔導学園は自主学習日で、希望者は休日として過ごすことも可能な日だった。
しかし、コハクは兵士科の強化訓練があったため、参加することにしたのだ。……にも関わらず、昨日ルーツェが森に出入りしていることを知り、早く帰りたい気持ちもあり少し落ち着かなかった。
その上、朝から風で倒れてきた看板にぶつかったり、近くにいた猫のシッポを踏んで追いかけられたり。
学園に着いたかと思えば、うっとしい同級生に絡まれたり等……いろいろツイてなかったのだ。
「今日はヤバイ。なんか嫌な予感がする」
午前中で訓練は切り上げ、昼も食べずに自宅を目指す。
そうして駆け足気味に自宅兼診療所にコハクがたどり着いたのは、昼の時刻をだいぶ過ぎた頃。
ジーウスがいつ戻るのかわからない今、診療所は無期限休業中なのだが……。
「おーい、誰か! 帰って来てないのかい? ルーツェ! フィファナー」
「やめろ、近所迷惑だろうが!」
よく朝食をせびりに来る高身長の金髪騎士が、自宅のドアを矢継ぎ早に殴打していた。何あれヤバイ、ドアがへし折られそう。
「ちょ、クレイド! なにやってんのさ!」
「あ、コハク! ちょうど良いところに! 鍵は? ルーツェは戻って来てるかな?」
「……なにかあったの?」
すうっとコハクの纏う空気に緊張が走る。
が、クレイドに問うような眼差しを向けた時、コハクの視界にもう一人。フードをかぶった人物が目についた。そしてぎょっと目を剥き眉をひそめる。
クレイドと共にいた――おそらく男であろう。深緑のフード付きローブを頭からすっぽり被り、顔はのっぺりとした真白い仮面に覆われている怪しさ百点満点の人物。
「言いたいことはわかるが不審者を見る目をやめろ! 時間がなくて選ぶ暇がなかったんだ!」
「選ぶってなに!? クレイド! うちに変な友達、連れて来ないでよ!」
「それより鍵!」
男三人寄って慌ただしい。
だいぶ前から様子を伺っていたご近所の皆様も、コハクが帰って来たことに安堵したのか野次馬の中から声が上がる。
「ルーツェにゃら、朝べっぴんなねーちゃんと出かけたっきり、戻ってきてにゃーぞ?」
「パンじい、それ本当?」
声をかけてくれたのは、通りを挟んで斜め向かいのパン屋のおじいさん。
いつも暇そうに店先で日向ぼっこしているので、ルーツェが出かける際には毎度挨拶を交わす。
今日はクレイドの奇行が気になったのか、通りを越えてすぐそこまで様子を見に来ていたらしい。
「ふぉう。まちがーにゃい!」
ところどころ歯抜けの口を大きくあけて言い切り同時に噎せている。
心配そうに仮面フード男が手を差し出そうとして、逆にビビらせていた。
「じゃあ二人共まだ戻って来てないんですね」
フード男に驚き呼吸が止まりかけたパン屋のじじいを、クレイドが揺さぶりトドメを刺そうとする。
「やめろ! パンじいが死ぬ!」
「あ、申し訳ない」
コハクがなんとかクレイドを引き離す。
周囲もちょっと引いているようだ。
「とにかく詳しく事情説明して! 急ぎながら」
言ってコハクは自宅ではなく、来た道とは反対側へと向き直る。
その先は、人喰い魔女の住まう森の方角だ。
「了解! フェ……えーと、マスク仮面! 行くぞ」
「はあ?! マ、え? マスク仮面って、俺のことか???!」
「なんでもいいから、早くして!」
コハクに急かされ、二人は素直にその後に続いた。




