7話 すり合わせは大切です
「フィファナさんは、おいくつなんですか?」
上質なソファーに並んで腰掛ける女子二人。
あまり同年代の女の子と関わることがなかったルーツェは、クレイドから護衛として紹介されたフィファナに興味が隠せないでいた。
「十八です」
「ならわたしと五つ違いですね。でも、十代で兵士団の副部隊長なんてすごいですね!」
ルーツェがキラキラと瞳を輝かせ、フィファナを見つめる。
フィファナは慣れないのか、照れたように少し身を引いて視線を逸した。
「私のような若輩者、まだまだです」
「そんな事ないですよ! え? なのにそんなすごい人が、なんでわたしの護衛に?」
自分で言って、ルーツェは真顔になる。
そして探るように疑いの眼差しをクレイドへと向けた。
「まさかクレイドさん。フィファナさんに我儘言って無理やり……」
「え! 私!? いや、私はただ彼女の上司に、信頼できる優秀な人材を貸してほしいとお願いしただけで。無理強いなんて……え? していないよね?」
不安になり、少し青ざめた表情でクレイドがフィファナへと視線を寄越す。
フィファナはピクリと肩を震わせた後、さっと顔を伏せて「違います」と小さく言った。
身を縮こませる姿に、ルーツェもクレイドも眉尻を下げしょぼくれる。
「やっぱり、フィファナさん困ってるじゃないですか! わたしみたいな小娘の護衛とか、失礼過ぎます! 今すぐ開放してあげてくださいよ!」
「いえ、そのようなことは」
「フィファナ、すまない。私も同じ女性のほうが良いかと思い、君の意見も聞かずに話を進めてしまったようだね」
「ちが、私は、本当に」
しゅんと落ち込んでしまったルーツェとクレイドに、フィファナは焦りの色を滲ませる。
しばらく黙って見ていたコハクだったが、このまま放っておけばクレイドは彼女を護衛の任から外してしまうかもしれない。今更新しい人物を見つけるのも面倒だと、口を挟むことにした。
「ねえ、フィファナは本当にルーツェの護衛は嫌なの? 無理やり押し付けられた? もしくは平民の娘の護衛って聞かされてなかったとか?」
「いいえ。サーパス隊長より事情を伺い、自分の意思でお受けいたしました」
サーパスとはフィファナの上司にあたる第一部隊の隊長であり、兵士団をまとめる兵士団長でもある男だ。
故に騎士団長であるクレイドは、サーパスに兵士団から人を貸してほしいと依頼を出したのだ。超個人的にだが。
「お嬢様の出自や事情も、存じ上げての上です。どうかお気に為さりませんよう」
「でも……」
「騙されてたみたいでもないし、本人が良いって言ってるから良いんじゃない?」
コハクがルーツェとクレイドに向けて言えば、フィファナが力強く頷いた。
それにクレイドは安堵したようで、小さく詰めていた息を吐き出しルーツェを見る。
ルーツェだけが未だに申し訳なさそうに下を向いていた。
「だって、こんなキレイなお姉さんに護衛されたら、撒いて逃げるの気が引けちゃうわ」
「撒くなよ馬鹿か!」
「大丈夫です。私もそう簡単に撒かれるつもりはありません」
「いやいやいや、あんたもそこは怒ってよ。可笑しいのコイツだから。駄目なことは駄目ってちゃんと躾けないと」
「あはは、まいったなぁ」
むぅと頬を膨らませるルーツェに、真面目な顔で応えるフィファナ。
急に別の意味で不安になったコハクはクレイドを睨みつけるも、笑ってごまかされる。
この護衛本当に大丈夫か?
「まあ、フィファナ。ご覧の通りルーツェはなかなかのお転婆さんでね。目を離すとすぐどこかに行ってしまうんだよ。かと言って閉じ込めておく訳にもいかないし」
「だったらいっそ見張りをつけて、一緒に行動してもらいたいわけ」
「はい」
クレイドとコハクの言葉に、フィファナが素直に頷く。
「じゃあ、フィファナさんと一緒だったら何してもいいってこと?」
代わりにルーツェが嬉しそうにコハクの顔を見た。
コハクは嫌そうに眉を寄せたが、クレイドは楽しそうに口の端を緩める。
「出来れば危ない事はしないで欲しいな。ルーツェが無茶すると、フィファナが困ってしまうからね」
「そっか、それは嫌ですね。なら、フィファナさんに迷惑かけない程度に好き勝手します!」
「ん? んん、そう。頼んだよ」
「………………はあ、これだからルーツェは」
どうせ大人しくなんて出来ない妹のために、コハクがクレイドへと相談した護衛の話。
村にいた時のように自分ではフォローしてやれないから、誰か手配して欲しいと頼み込んだ。
「フィファナさん、不束者の魔力なしですが、宜しくおねがいします」
「こちらこそ」
「あと、ルーツェって呼んで下さい。わたしの方が年下だし、敬語もなしでお願いします」
「いえ、仕事ですので。むしろお嬢様の方こそ、私になどかしこまらないで下さい」
「お嬢様じゃないです、ルーツェです」
「ですから……」
「なら、ルーツェちゃんでもいいですよ?」
「…………ルーツェ」
「はい!」
「敬語はやめませんよ。癖だと思って下さい」
「くせ? ふふ、わかりました」
「お願いします」
音を上げたフィファナが小さく呼べば、ルーツェは嬉しそうに笑顔になった。
そんな二人を見て、クレイドとコハクも肩の力を抜いて笑った。
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次の日平民街の一角では、上等な防具を纏った兵士が現れたと、朝から騒がしくなっていた。
昨日クレイド宅にご招待されたルーツェであったが、館の主人であるクレイドは本当に忙しいようで、あの後すぐ仕事に戻らなくてはいけなかった。
ルーツェ達に泊まっていくよう促したが、主人不在の館に気が引けるので断った。フィファナに至っては「お、恐れ多いです」と恐縮し青ざめる始末。
なのでお泊りはなしで、ルーツェはコハクと帰ることにし、兵士寮に戻るフィファナをクレイドが無理やり送っていくことになった。無理やりと言うのは、なぜか送るというクレイドの申し出を、フィファナが激しく拒絶した上にルーツェが余計なことを言ったせいだ。
『クレイドさんって、もしかしてフィファナさんに嫌われてるんですか?』
『『!?』』
『ルーツェ、お前は黙ってろ』
互い驚き、フィファナは青ざめ首を横に振るも、ショックを受けたクレイドには伝わらず更に青ざめる。
収集がつかなくなりそうだったのを、コハクが無理やり「送ってくれるって言ってんだから、送ってもらえばいいじゃん」と落ち込む背中を二つ送り出した。
それが昨日の話。
コハクのいない日中のみルーツェの護衛をしてくれることになったフィファナは、約束通り診療所へと姿を現したのだが……。
「女兵士さんか。珍しいねぇ」
「はー、えらいべっぴんさんだな。ほんとに兵士さんなのかい?」
「どれどれ、どんな奴だ?」
「もー! 見世物じゃないのよ! あっち行ってー!」
診療所に辿り着き、ルーツェが出てくる少しの間に近所の住人に囲まれてしまったフィファナ。
それを追い払うように、ルーツェはフィファナの前で両手を広げる。
「ルーツェちゃんのお知り合いなんだろ? さっきそこで道を聞かれてさぁー、オイラが案内したんだぜ」
そう言うのはお隣の家のご主人。鼻の下を伸ばし、奥さんに睨まれている。
「とうとうコハクから見張りを付けられたって? 賭けは俺の勝ちだな」
「なんだよー。もう少し保つかと思ったのになぁー」
「なにそれ。人のことを、賭け事の対象にしないでちょうだい! 失礼しちゃうわ」
「まあ、そう怒るなよ。お前ん家の水瓶に魔力注いでやってんの誰だと思ってんだよ」
「主にクレイドさんよ!」
「そりゃそーだ。少なくともお前じゃねーよ」
「ちえ」
診療所の裏庭には貯水の為の大瓶が置いてあり、魔力を流せば水がたまる。
最初はそうでもなかったが、こちらに越してきて幾日か過ぎ、ご近所さんにはルーツェが魔力なしだと言うことが徐々に知られていった。
広めたわけではないが、隠していたわけでもない。なので水が減り、大きな瓶から水を汲むのに苦労しているルーツェを見かけると、魔力を分けてくれる人がちらほら現れた。
そうすればルーツェはお礼に手伝いをしたり、自作の薬などを分けたりしていたのだ。
「ルーツェちゃんがくれた便秘に効くお茶。良かったわよ~。ありがとね」
「え、なにそれ。アタシにも詳しく教えて」
「俺はあの酔い覚ましの煙がでるやつ。あれがもうすぐなくなりそうなんだ」
「煙じゃないです! お香ですぅ」
「また、あれ分けてくれよ」
助けてもらったり、お礼を返したり。そうしていつの間にか新しい街にとけ込んでいた。
「とにかく、お話はまた今度。フィファナさん、どうぞ上がって下さい」
「は、はい」
戸惑いながらも、小さな手に引かれフィファナも素直に従う。
扉が閉まる直前に「変な輩じゃないみたいだな」「ああ、心配なさそうだ」そう言って頷きあう住人の小さな声が、兵士であるフィファナの耳にはちゃんと届いた。
「大事に、されているのですね」
「? なにがですか?」
しかし、当の本人には届いていなかったようで、扉は静かに閉じられた。
室内に通され、フィファナが最初に感じたのは新築の真新しい匂い。
ジーウスが不在のため名ばかりの診療所は、帝都に来てからは一度も開業していない。フィファナは奥の居住スペースへと辿り着くと、まず最初に裏口を案内された。
「表は人がよく通るので、朝早かったり人目が気になる時はこっちの裏口を使って下さい。クレイドさんもどちらかと言うと、こっちからよく出入りします」
「そうですか」
「あと、ここがダイニングで、奥がじっさまこだわりのおトイレです」
「はあ」
少し屋内を歩き回り、ダイニングへと戻る。
すると奥から仔犬と小さな毛玉が走り寄ってくる。
「この子はオイサンと、そっちの子は十世って言います」
可愛らしい真っ黒の仔犬と、小さな真っ白い毛玉が仲良く並んでフィファナを見上げていた。
フィファナは少しだけ手を伸ばそうとし、すぐに引っ込めてしまう。
「噛んだりしないので、触っても平気ですよ?」
「いえ。仕事中ですので。失礼しました」
咳払いしつつも、チラリと視線は足元へ。
なのに決して手を伸ばそうとはしない。
「それで、……ルーツェ?」
「はい」
遠慮がちに名前を呼ぶフィファナに、ルーツェは嬉しそうに返事をする。
「リャダマン様からは貴方のお供をするように言われているのですが、具体的にはなにを?」
フィファナの言葉に、ルーツェはピクリと背筋を伸ばす。
「あの、少し確認したいんですけど、クレイドさんやコハクはフィファナさんに何て言って護衛の話をしてましたか? あれをしたら止めろとか、こんなことはやらせるな! とか聞いてますか?」
「いえ。ただ、魔力なしなのに、よく外を出歩くから不安だと。危ないことはさせるなとお兄さんは言ってましたが、具体的なことは何も」
「ほほう」
淡々と述べるフィファナに、ルーツェは人差し指を顎にあて頷く。
「つまり、コハクが学園に行ってる間、わたしと一緒に行動するってだけの話ですよね」
「そうなりますね」
「なら、わたしとお友達になってくれませんか?」
「え?」
「護衛と対象者、ではなくて、一緒に遊びに出かけるお友達。そっちのほうが楽しいじゃないですか!」
「……それは、その」
「え! 嫌ですか! ……うぅ、すいません」
「あ、あの、嫌とかではなく……」
焦りながら、だけど本当に嫌ではないんです! と一生懸命首を横に振るフィファナに、ルーツェも少し困った顔で笑う。
「じゃあ、お友達を前提に仲良くして下さい!」
「!」
床に向けられていた視線を上げ、目に入ったのは期待に満ちた表情。
「村にいた時、年の近い同性の子っていなかったんで、もう少し気軽に接してくれると嬉しいです」
遠慮気味に言うルーツェに、フィファナがほんの僅かだけ目を見開く。
かと思えば、かろうじて聞き取れるくらいの音量で、「……それでしたら、よろしくお願いします」と言うフィファナに、ルーツェの表情もぱっと明るくなる。
「はい! こちらこそ! ふふ、ふへへへ」
「ルーツェ……」
ルーツェは嬉しそうに、これでもかとだらしなく笑み崩れフィファナの両手を取って握る。
にこにこと向けられる素直な好意に、フィファナもまた自分も似たような表情をしているに違いないと熱くなった己の頬に触れた。
しばらくして落ち着いてきたのか、ルーツェはニコニコしたまま繋いでいた手を放し一歩下がった。
「じゃあ、早速ですけど行きたいところがあるんです! フィファナさん朝食は?」
「大丈夫です、寮で済ませて来ました。それで、今日はどちらに?」
姿勢を正し、表情を引き締めフィファナはルーツェへと向き直る。
ルーツェもすでに出かける準備は整えていたようで、椅子の上にはパンパンに膨らんだリュックが置いてある。
「実はこの間、謎の発光体を壊してしまったんです」
「は? あ、いえ、発光体……ですか? 謎の?」
「はい。わたしにもよくわからない、光っていた何かです」
「はあ……」
いまいちルーツェの言うことが理解できず、フィファナは気の抜けた返事をする。
いったい、どういうことなのだろう。
「その持ち主を探すため、今から森に行きましょう!」
「ハヌー」
「ニィニィ」
勢いよく拳を振り上げ、盛り上がる少女とその仲間たち。
フィファナは結局よくわからないまま承諾の言葉を口にした。




