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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第二章 人喰い魔女の弟子
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6話 新たなる人物

 次にルーツェが目を覚ました時、目に入ったのは自室の天井だった。

 正しくは分からないが、陽の位置を見る限り朝の早い時間。辺りはまだ少し薄暗かった。


「……あれ? わたし、たしか」


 寝起きでぼやけていた頭が徐々にクリアになっていく。

 昨日は魔女の家に行き、帰りに不思議な場所で光る何かを……


「そうだ! わたし、また何かを壊しっ……壊して、どうしたっけ? なんで家にいるの?」


 ルーツェの記憶では、真白い空間で謎の発光物を粉々にしたところまでは覚えている。

 しかしその後の事は全く思い出せない。

 発光物の残骸は跡形もなく消えてしまったが、あれはいったいなんだったのか?

 動揺し気分が悪くなり倒れた自分は、どうやって家まで帰ってきたのだろう?


「あ! オイサンと十世は?」


 飛び起き仔犬たちがいつも寝床にしている、ベット下のバスケットを探す。

 薄暗がりの中には、大きめのバスケットが一つ。柔らかな布に埋もれるようにして、眠る仔犬と雛の姿があった。


「はあー、良かった」


 気持ち良さそうに腹を上下させる仔犬たちに、ルーツェは安堵しベットへと頭を預ける。

 安心すればだいぶ落ち着いてきた。

 そうしたら気になることが一つ。


「持ち主の人は、困っていないかしら……」


 ルーツェはいつの間にか着替えていた寝巻きの裾を握りしめ、唇を噛んだ。






「おはよう〜」


 それからしばらくし、コハクが起きてきた。

 ダイニングで朝食を用意していたルーツェは、どきりと背筋を伸ばす。

 それを不思議に思いながらも、コハクは席に着いた。今日はクレイドも来ていないので二人きりだ。


「なに?」


 きょどりつつ、ぎこちなくスープをよそうルーツェに、コハクはじとりと半目(はんめ)を向ける。


「べ、べつにー!」

「……?」


 声が裏返り、コハクから疑いの眼差しが強くなる。


(しまったー! コハクのこの様子じゃ、わたしが森に行ってた事すらバレてなかったっぽい!)


 ルーツェはもしかしたらディーグが倒れた自分を見つけ、家まで運んでくれたのではと思っていた。

 単にあの森を行き来しているのが師と仰ぐ彼しか知らないから、自然とそう思っただけなのだが。


「あ、あのさ! コハクは昨日いつ帰ってきたの? わたし気づかなかったと言うか、ほら……」

「………………、昨日は訓練が長引いちゃったから夜になる少し前だよ。ルーツェはもう寝ちゃってたけど」

「わたしコハクが帰って来てた時、もう寝てたの⁉︎」

「……どう言う意味?」

「え! いや、その~、寝てたからあんまり覚えてなくて」

「そう。で?」


 にっこり微笑まれて、ルーツェの表情が強張る。

 こういう笑みを浮かべる時のコハクには、逆らってはいけない。


「あの……わたし、昨日ちょっと気分が悪くなって……、その」

「大丈夫なの? それで休んでたんだ」


 スッとコハクの怒気が消え、心配そうに身を乗り出しルーツェの額に手の甲を当てる。

 しかし、ルーツェの目は泳ぎまくりで、コハクはスッと表情を消した。


「なにを隠してる?」

「隠してなんかっ」

「ふーん……。じゃあ、気分悪くなったってなんで? どこでなにしてた時?」

「……」

「ル〜ツェ〜?」

「…………いた、いたた!」


 額に添えられていた手の平は、いつの間にか頭を鷲掴んでいる。

 次第に力を増していくそれに、ルーツェは涙を浮かべ苦しみもがく。

 こうなってはもう、しかたがなかった。


「森で謎の発光体を壊した後ですー」

「どういう状況だよ! てか、森? え?」


 この後の展開は……言うまでもなかった。






********************






 すっかり太陽も昇りきった、昼前の時刻。

 ルーツェは貴族街でも一等地区に当たる場所にそびえ建つ、デカイ屋敷で身を小さくしていた。

 庭すら広大な敷地を有しており、屋敷の門から建物まで馬車による迎えが来たほどだ。


「ヨハナンさん、急にお邪魔してすいません」


 申し訳なさそうに、大きなソファーに小さく身を縮こませながら、ルーツェは背後に控える老紳士へと振り返る。


「滅相もない。お嬢様は旦那様の大切なお客様ですので、どうぞごゆるりと」

「ありがとうございます」


 ヨハナンと呼ばれたのは、この屋敷の執事長である初老の男性。

 そしてこの屋敷は、何かと診療所に顔を見せに来るクレイドの家だった。


「でも、クレイドさんもいないのに、わたしだけご厄介になるのはちょっと……」


 しゅんと項垂れるルーツェに、ヨハナンは顔には出さず内心で苦笑する。

 話は少し前に遡る。


 朝食の席で、ルーツェから事情を聞き出したコハクの行動は速いものだった。

 まず、きっちりがっつりルーツェを叱りつけ、学園に欠席すると連絡した。その間に有無を言わさず荷物を用意させ、診療所を出た。

 何かあった場合連絡するようにと、クレイドから持たされていた紹介状を使いクレイドへ連絡。そうしてしばらくするとお迎えが来て、貴族街にあるクレイド宅へ(れん)こ……ご招待。


 それが今朝の話。

 午前中の間にそれらを終わらせると、コハクは颯爽(さっそう)とどこかへと出かけて行った。ルーツェが口を挟む隙など(わず)かもなかった。


「クレイドさんは夜には戻られますか? そしたらわたし挨拶だけして」

「まあまあ、それよりお嬢様。お食事は如何でしょうか? お嬢様がいらしたと聞いて、シェフ達が張り切っておりまして」

「え……いえ、そんな」

「ハヌー」

「ニィニィ!」


 ルーツェが首を振り断ろうとするも、足元にいた仔犬たちが嬉しそうにヨハナンへと寄って行く。

 そう言えば慌ただしく朝食を済ませてしまっていたので、物足りなかったのかもしれない。

 ルーツェも思い出したかのように鳴き出した腹を押さえる。


「さあ、食堂へご案内いたします」

「うぅ……ありがとうございます」

「ハヌー!」

「ニィニィ」

(お昼だけ甘えさせてもらって、その後お(いとま)しよう!)


 そう心に決めて、ルーツェはヨハナンと食堂へ向かった。


 ――しかしその後。

 屋敷から出たいルーツェの思惑は、ことごとく破られることとなった。


 昼食を済ませ、「そろそろわたし……」と席を立とうとしたルーツェを、「食後にアップルパイはいかがでしょうか?」「アップルパイ!」とデザートで釣り。

 腹もくちくなり満たされると、「おや、お連れ様はお休みしたいご様子ですね」と仔犬たちを寝かしつけ。

 これ以上世話になるのは忍びないと申し出ると、「せめて旦那様にお会いすることは叶わないでしょうか? 先程お嬢様に会うために仕事を早めに切り上げると連絡が……」と泣きつかれる始末。


「…………。わかりました。クレイドさんにお礼も言いたいので、待ってます」

「ありがとうございます」


 ヨハナンは目元に当てていた白いハンカチをさっとしまうと、何事もなかったようにニッコリ微笑んだ。


「待ってる(あいだ)暇なので、何かお手伝い出来る事はありますか?」

「では花の様子を見に行かれますか? お嬢様がいらっしゃるのを、ザナンも楽しみにしていたようなので」


 ヨハナンが高く切り取られた窓から外を覗く。

 ザナンというのはこの屋敷の庭師のことで、寡黙で気難しいが腕利きの男だ。

 この広い庭の殆どをザナンが管理しており、綺麗に切りそろえられた植木や色鮮やかな花が、見る者の目を楽しませている。

 そんな立派な庭の少し外れたところに、小さな花壇があった。以前ルーツェがコハクと共に遊びに来た時、ルーツェの為にとクレイドが作ってくれた花壇だ。

 そもそもの発端は、仲良くなったメイド長であるライネが冷え性で困っていると聞いたルーツェが


『でしたら、ハルーナのエキスをお湯を張った浴槽に浮かべると、身体が温まっていいですよ。よかったら種をお譲りしましょうか?』


 と申し出て、庭に専用の花壇をつくってもらったのだ。その時に手伝ってくれたのが庭師のザナンで、文句を言いながらも丁寧な仕事ぶりに、気づけば植物栽培の話で意気投合してしまった。


「じゃあザナンさんのところに居ます」

「そうですね。ザナンもきっと喜ぶでしょう」


 嬉しそうにヨハナンが笑い、ルーツェもつられて笑ってしまう。

 初老を迎えたであろう程のヨハナンは、ジーウスといる時と同じような安心感がある。

 心の何処かで森での出来事が気になっていたルーツェは、少しだけ肩の力を抜くことが出来た。




「ただいま! 遅くなってすまない」


 バタンと勢いよく扉を開け、クレイドが部屋へと入ってきた。

 行儀悪く扉を開け放つクレイドにヨハナンは笑顔のまま物言いたげな顔をしたが、ルーツェは気づかずクレイドへと寄って行く。


「おかえりなさい、クレイドさん」

「ただいま~! あはは、本当にうちにルーツェが居るよ」

「お邪魔してます」

「なんならずっと居てくれていいんだよ」

「それは遠慮します」


 軽々とルーツェを抱き上げて、嬉しそうに破顔するクレイドの後ろにはコハクの姿が見える。

 それともう一人――……


「ああ、ルーツェに紹介したい者がいるんだ」

「わたしに?」


 先に部屋に入って来たコハクと少し言葉を交わすと、コハクは足元をちょろちょろしていた仔犬たちを構いだす。

 クレイドに連れられてやってきたもう一人の人物は、十代後半だと思われる可愛らしくも洗練された印象をもつ女性だった。


「ルーツェ、この子はフィファナ。兵士団陸軍第三部隊でなんと副部隊長を務める素晴らしいお嬢さんなんだよ」


 クレイドに紹介され、フィファナが姿勢を正して礼を取る。


「はじめまして。フィファナ・アルコリアと申します」

「はじめまして! ルーツェレア・ルクラスです。よろしくお願いします」


 深々と立礼をするフィファナに、ルーツェも同じように頭を下げる。

 すらりとした体躯、毛先のみ蒼が強い水色の髪。あまり感情を表に出さないタイプなのか、終始無表情の美しい女性。

 お愛想笑いの一つもこぼさない彼女だが、ルーツェは先程から彼女の一点から目が離せないでいる。


「大きい」

「?」

「………………。ルーツェ、やめなさい」


 主に、胸元に釘付けのルーツェの視線を、クレイドが片手で(さえぎ)りたしなめる。

 フィファナはいまいち理解できていない様子で、頭に疑問符が浮かんでいた。


「だって、わたしだって、あと二~三年もすればっ」

「うんうん。でも、年頃の娘さんが人前でそういうことを口にしないうように」

「リャダマン様……あの」

「君は何も気にしないでいいからね」

「? はい」

「不躾に見ちゃってすいません。つい羨ましくて」

「??」


 とうとうクレイドにやんわりと頭を叩かれたルーツェは、きゅっと口を閉じる。最近、クレイドからの扱いが遠慮のないものになってきている気がする。

 ルーツェは意識を切り替えて、クレイドへと振り返る。


「あの、さっき兵士団って言ってましたけど、クレイドさんの部下の方ではないんですか?」


 ルーツェの問に、クレイドは「そうだよ」と頷いた。


「実は彼女にはルーツェの護衛を頼もうと思ってね」

「え!」

「騎士団は皇族直属の軍だからね。陛下の許可なく人員は割けないんだよ」

「いえいえいえいえ、滅相もございません!」


 ごめんねと謝るクレイドに、ルーツェは頭がもげるのではと言うほど横に振る。

 帝国には、兵士団と騎士団の2つの大きな軍部がある。

 騎士団はクレイドの言うように、皇帝陛下の直属軍だ。それに対し兵士団は国に属するものとなり、帝国のために宰相が指揮を取る部隊に当たる。

 兵士団は更に三つに分けられ、陸軍、空軍、そして魔術師で構成される魔導軍から成る。


「それよりも、わたしの護衛って……いた、いたたたたた」


 驚きクレイドを見上げるルーツェの頭を、いつの間にか背後に立っていたコハクが思いっきり掴み力を込める。


「どっかの馬鹿が、一人で勝手に馬鹿なことするからだよ」

「いた、いたい! やめて、コハクの意地悪! 悪魔ーっいたたた」

「今回はルーツェが悪いよね。ちゃんと反省してるのかい?」

「それなりにはー」

「それなりってなんだよ! この大馬鹿娘が!」

「ぎゃー」


 頭を鷲掴まれたまま、前のめる。遊んでいるわけではないのだが、仔犬と雛が楽しそうに周りを回ってはしゃいでいた。


「賑やかな子達だろう? 驚いたかい?」

「はい……あ、いえ。その様なことは」

「君も真面目な子だね」


 騒ぐルーツェ達の横で、クレイドが苦笑を浮かべる。

 少しあっけに取られていたフィファナは、どうしていいか解らず静かに驚いていたが、クレイドの表情を盗み見て更に目を丸くする。


「なんだい? 私の顔に何かついているかい?」


 思わずしげしげと眺めてしまい、クレイドが顎をさすりながらフィファナを除き込む。

 それに、今まで無表情だったフィファナは少しだけ頬を赤らめ頭を振った。


「いえ! ただ、普段お見かけしていた時と様子が違ったので、つい……」

「ああ、そりゃ私だってプライベートでは気を抜いたりするよ」

「プライベート、ですか。そんな場に、私も……・・・」

「?」


 俯き下を向いてしまったフィファナに、クレイドが心配そうな声をかけるが、無言のまま朱に染まった顔を背けられる。


「フィファナさんどうかしたんですか?」

「いや、大事はないみたいだけど……フィファナ? 本当に大丈夫だよね?」

「は、はい!」

「うっわ……クレイド、それはないわー」


 いつの間にかクレイド達を見ていたルーツェが近寄ってきた。

 クレイドのやり取りに、コハクが残念なものを見る目を向けてくる。


「だからあんたその歳でも独身なんだよ」

「え! なんだい突然?! ルーツェ、コハクがいきなり酷いことを言ってくるよ!?」

「いつもの事じゃないですか?」

「ああ、そうか」

「はあ? そんな事ねーし!」

「だから、痛い! やめてー」


 フィファナは普段とは違う騎士団長の姿に、呆気にとられて凝視してしまう。しかし不快に思うようなことはなく、見かねた執事長の静止が入るまでその茶番を楽しんだ。

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