5話 謎ばかりドア
「師匠、これは何の薬ですか?」
「師匠、さっき採取した薬草にはどんな効能が?」
「師匠、今は何をなさってるんですか?」
「師匠?」
「師匠〜!」
バン!
木製の、しかし頑丈に造られている大きめの作業台に両手を叩きつけ、銀糸の髪を揺らして一人の男が立ち上がる。
卓上にあった小瓶やすり鉢が振動に倒れそうになったが、気にしてなどいられない。
「……おい」
青筋を浮かべ凄まじい目つきで、先程から背後でチョロチョロ纏わりつく少女を睨みつける。
「何ですか! 師匠!」
だと言うのに当の本人は怖がるどころか、瞳を輝かせて食いついてくる。
「わたしに出来る事があったら、遠慮なく言ってくださいね!」
「なら帰れ。今すぐ、ただちに、ここから出て行け」
「それは嫌なので出来ません」
「〜〜……!!」
にっこり微笑むルーツェに、ディーグは米神を押さえ渋面を作る。
「魔女はいない。なら此処にも用がない。ほら、帰れ」
「嫌ですぅー。それに、わたしはここでお帰りを待つという用があるんです」
「そもそも、なぜ魔女がここに帰って来ると思っている!」
「だって、師匠は魔女さまのお弟子さまでしょう? 師匠ほど低薬治療薬に詳しい人、今まで会ったことないです」
嬉しそうに頰を紅潮させ、ルーツェは言う。
ディーグはしばし口を開けて固まったが、僅かに視線を彷徨わせたあと、何も言わずに口を閉じた。
ルーツェがディーグを師匠と呼び早三日。追い返しても、締め出してもしつこい押しかけ弟子に、ディーグは日常を乱されまくっていた。
「………………たしかお前は、魔力なしと言っていたな」
ディーグ自身が聞いたわけではなく、ルーツェが勝手に話していたことを思い返す。
「はい! なので低薬治療薬は、わたしにとって欠かせないお薬なんです!」
「……薬が必要なら、ルドルフに持たせる。それで十分だろう」
「?」
むすりと、不愉快そうにディーグは椅子に背を預ける。
ルーツェはディーグの言わんとすることが理解できず、不思議そうに目を丸めた。ちなみにルドルフとは、ディーグと共にいる鳶色の狼のことである。
「…………だから。薬が必要だと言うだけなら、此処に来なくても家まで届けてやると言ってるんだ!」
「え? ああ、そういう……結構です」
「なぜだ?」
「最低限のものは自分で作れますし、むしろ知らない薬を自分で作れるようになりたいんです」
「…………」
作業台の上には、天日干しで乾燥させた薬草。
ディーグはため息をつくと薬草の選出作業を再開させ、耳だけルーツェの言葉へと傾ける。
「それに、わたし個人的にも魔女さまにお会いしないといけない理由があるんです!」
「魔女に会わなければいけない理由……? 薬以外にか?」
ディーグの作業の手が一瞬だけ止まったが、ルーツェに気づかれることなく続きを促す。
作業台から少し離れた窓辺には、円形のラグが敷かれており、仔犬と雛が寝息をたてている。
その傍らに伏せて待機していた狼が、ピクリと片耳だけ浮かせ、二人の様子を伺っていた。
「はい。わたし魔導学校に入学したくて、それで魔女さまにお会いしたいんです!」
「魔導学校……魔女とどんな関係がある?」
ディーグがルーツェへと振り返ると、ルーツェは嬉しそうに壁に立てかけてあった自分のカバンへと駆け寄り、中から一冊の本を取り出した。
「この本! 魔女さまが書かれたこの本、実は小人さんがくれたんです!」
「は?」
「わたし夏の入学試験で、実技ゼロ点で落ちてしまったんですけど、その時に」
「実技、ゼロ……」
机に片腕を乗せ、口から思わず言葉がもれる。今ひとつ魔力なしがどういったものか理解できないでいたディーグだったが、さすがに驚いたようだ。
なんとも言えない表情をしていた。
「もう! その事はいいとして、それでですね! 小人さんが現れて言ったんです! 『試験に受かりたければ、人喰い魔女を説得せよ』って!」
本を大切そうに抱えながら、ルーツェはにっこり笑ってそう答えた。
大切そうに抱えている本は、小人がくれた。その小人はルーツェに、人喰い魔女を説得しろと言ったという。
「…………なるほどな」
小さく、ディーグは作業台に乗せている方の手を握り込む。
「ウォン!」
突如、狼が吠え意識が切り替わる。
ルーツェもその鳴き声にビクリと肩を震わせ、鳶色の獣へと振り返った。その後ろでは、ビックリして飛び起きた仔犬の姿。雛は寝ているままだ。
「なに? 急にどうしたの?」
ルーツェは狼に近づき、その頭を撫でてやる。
狼は抵抗することなくそれを受け入れ、目を細めた。吠えたかと思うと、大人しくなった狼を不思議に思いつつもルーツェはディーグへと振り返る。
ディーグは少し顔色を悪くし、作業台を睨みつけていた。
「師匠……大丈」
「近寄るな」
「ワフ」
ルーツェが手を伸ばしかけると、ディーグは身を引き後ろへと下がった。
くん、と何かに引かれる感覚がすると、ルーツェのスカートを狼が咥え引っ張っている。
「ハヌ! ハヌ!」
困惑したように仔犬が周りをうろついているが、狼は気にしない。
「ルドルフ、離して。師匠が……」
「……出て行け」
「師匠?」
「今すぐ出て行けと言っている!」
常にない冷たい声音に身が竦む。
もとより歓迎されていないことは、ルーツェとて自覚していた。それと同時に、どこかで許容されていることも感じていた。
しかし今回は違う。ディーグは、明らかにルーツェを拒んでいた。
「ガウ、ガウ」
「…………師匠」
「ウ~」
「…………」
狼がルーツェを急かし、外へとつながる扉へと誘導してくる。
ルーツェは戸惑いつつも、カバンと雛を抱えた。
「師匠……今日は帰ります。けど、また来ます!」
「…………」
「来ても、いいですよね……」
狼がスカートを離し、もう一度鋭く吠えた。
仔犬はすっかり怯えてしまい、ルーツェの足元から離れない。
ルーツェは何度もディーグへと視線を寄越すが、交わることなく入り口のドアをくぐり外へと出る。気持ちが追いつかず、ルーツェが戻ろうかと未練を滲ませただけで狼が非難の声をあげる。
そうして扉はゆっくりと閉ざされた。
訳がわからず、しかし、鳶色の狼に咎めらる度に足を進めた。
そうして森の奥の小さな家から少女の姿が見えなくなると、ディーグは握りしめた拳を作業台へと叩きつけた。
作業台の上に先程まであったのは、乾燥させた薬草。
それが今は枯れ塵と化していた。
叩きつけられた作業台からはその粉末が舞い上がり、さらさらとこぼれ落ちていった。
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ディーグに追い出され、狼に森の出口まで送られたルーツェはとぼとぼと、診療所に戻る帰路を歩いて――いなかった。
「う~、どうして師匠は急に怒ったのかしら? わたし何かした? やっぱりもう一回戻って、話をしたいわ」
「ハヌ~」
出入り口付近で一度狼と別れたものの、やはり気になってしまい森へと戻って来てしまった。
夕暮れになるとコハクも帰って来るので、それまでには家に戻らなければいけない。
「師匠……顔色悪かったけど、大丈夫かな」
先程のディーグの様子を思い浮かべ、しゅんと項垂れる。
あまり活動的なタイプでないのだろう、日に焼けていない肌が更に白くなっていた。
「今度、栄養ドリンクでも作ってみようかしら」
ルーツェはそんなことを考えながらも、狼に送られた道を戻る。
その後を仔犬がついてくる。
時間が差し迫っていることもあり、どうやら気持ちが急いていたようだ。
「あら?」
足早に進んだこともあり、結構な距離を歩いた。……はずなのに。
「ここ、どこかしら?」
気づけば見知らぬ場所に立っていた。
「え? あれ? 来た道を戻ったはずなのに……そう言えばいつもはルドルフが迎えに来てくれてたんだ」
周りは木々に囲まれ、人の気配は一切しない。
日はいくらか傾き始めたかと思う程度だが、心細いためか辺りが薄暗く感じる。
「しかたない、今日はやっぱり家に戻るしか……」
言いながら後ろへと振り返り、道なき場所に言葉を失う。
ぐるりと辺りを見回しても、見覚えのある風景が一切見当たらなかった。
「………………、うそ。わたし、どっちから来たんだっけ?」
「クゥ~ン」
不安そうに仔犬がルーツェを見上げる。
すぐ後ろの木から鳥が羽ばたき、その音にビクリと肩が跳ねてしまう。
「オイサン、どうしよう」
仔犬を抱き上げ、身を寄せる。
小さな舌が頬を一生懸命舐め、くすぐったい。
それに少しだけ元気をもらったルーツェは、小さく笑って気を引き締めた。
「たしか、あっちの方角だった気がする! ダメ元で進んでみようか」
「ハヌ!」
ルーツェは不安な気持ちをごまかすように歩き出したのだった。
そうして歩き続けること幾ばくか。
「うぇ……道、わかんない。お家どこ? コハク~」
泣きべそをかきながら、ルーツェはもはや空を仰ぐことすら難しいほど木々に囲まれた場所を彷徨っていた。
すでに仔犬は疲れ果て、腕の中でぐったりしている。足は疲れたし、日暮れがどんどん近づいてくる。
「ここはどこー。わたしはどこー!!!!」
やけになって叫ぶも、反響することなく体力を消耗しただけだった。
「疲れた。足痛い。寂しい。怖い」
口に出したら余計、不安になった。
さすがに泣くまいと口を引き結び、ルーツェがきっと顔を上げ前を見据えた時、なにか白いものが目に入った。
「? ドア?」
そこには蔦が這い、葉で覆い茂る断壁に真っ白なドアが埋め込まれていた。
「え? 土壁にドア? 埋まってるの? 浮いてるの? むしろ若干光ってない!?」
ルーツェは混乱しながらも、フラフラと淡く発光しているドアへと近づく。
もし、ここにコハクが居たなら盛大に咎められていただろうが、居ないのでしょうがない。
知らない人について行ってはいけないと教えられても、光を放つ怪しいドアに近づいてはいけないなどとは言われていないのだから。
「よくわからないけど、ドアだわ! なら、誰か住んでるに違いない!」
大きな本を詰め込んだ、重たい荷物を背負い。両腕には仔犬を抱き、ポシェットには雛がいる。歩き疲れた足はだるく、喉も乾いている。
もとから正常な判断を行うのが怪しいルーツェは、戸惑いもなくドアノブへと手をかけた。
「すいませーん! 道に迷ってっ、あ! いきなり開けちゃった! ごめんなさい!」
そうしてすぐ閉じた。
しばしの静寂。中から反応はなく、ルーツェは遠慮気味にドアをノックする。
「あの~誰かいませんか?」
絶えずノックし付けるも返事はない。
「勝手に開けて、本当にごめんなさい。あの、………………もう一回開けちゃいますよ?」
キィ……とドアの開く音がし、中を覗き込む。
「あれ? 家じゃ……ない?」
土壁に埋まった家だとばかり思ったが、中はルーツェの寝室と同程度の小さな空間。
ルーツェの前にあるドアを除いては、他に扉も窓もない。むしろ壁一面まっ白だ。
ただ部屋の中央に、地面が盛り上がって出来た台座があった。
「あれは何かしら?」
台座の上には強い光を放つ何か。
どうやら外から見た光は、ドアが発光していたのではなく、この光が漏れていたようだ。
「あったかくて、キレイ……」
「ニィー」
「あ、こら! 十世、危な」
いつの間に起きていたのか、雛がルーツェのポシェットから飛び出し転がり落ちる。
慌てて追いかけるも、雛はコロコロと台座の方へと転がり、ぶつかり止まる。
「もう、大丈夫? 怪我してない?」
「ニヒィ~」
「え? 十世?」
ほわほわと目を回している雛に、ルーツェは青ざめる。
たしかディーグは、ヤニャンの雛は魔力酔いを起こしやすいと言っていた。
「この症状、魔力酔いを起こしてる? どうしよう……」
不安になり、眉も勝手に下ってしまう。
早く離れたほうが良いのではと、雛を拾いあげようとし
――パキィン
同時に何かが砕け散る音がした。
顔を上げたルーツェの前に、光の粒子が舞う。
「………………え」
砕け散ったのは、台座の上にあった光の元。
どうやら光の発生源は魔石だったらしく、クズ石と化したそれは粉々に砕けて光を失っていく。
そうして残されたのは薄暗くなった部屋。
室内には、かろうじて開け放たれたままの扉から差し込む光だけが、ルーツェを照らしていた。
「あ……うそ? わたし、また……」
ルーツェは小さく震えながら、膝をつく。
仔犬と雛の間抜けな鳴き声が聞こえた気がするが、それすら耳をすり抜ける。
頭が真っ白になり、呼吸すら上手く出来ない。
「わたし……わたしが、またっ!」
ガクガクと震える身体を抱きしめ、ルーツェは意識を手放した。




