3話 遭遇
昼を少し過ぎた頃。
「ハヌハヌハヌ!」
「ニィー」
「おいしい? 慌てないで、ゆっくり食べないとだめだよ」
森の中をいくらか進んだ辺り。
木々の合間をぬって差し込む日差しはちょうどよく、ルーツェは遅めの昼食をとっていた。
まだ街に近いせいか野生動物の姿はなく、たまに小さな鳥がおこぼれを頂戴しにくるだけだ。
「どうやって魔女さまを見つけよう」
ここまでの道のりは一本道。
しかし森は広く深い。闇雲に探したところで迷ってしまうだろう。
「オイサン匂いとかでわかったりしない?」
「クゥーン?」
「だよね」
ルーツェの言葉に、仔犬が首をかしげる。
おそらく意味すら伝わっていないそれに、ルーツェも眉尻を下げつつも笑った。
「うーん……魔女さまの情報を整理すると――森に住んでて、人を呪うほどの人間嫌い。あと、魔物を使役している? ……そんな人いるのかな?」
もし本当に悪い魔女なら、警備兵が捕まえたりしないのだろうか。
「やっぱり会ってみないとわからないよね! それに、小人さんのメッセージの件もあるし」
「ニィニィ」
先日、魔導学校の合否と共に伝えられたメッセージ。
『試験に受かりたければ、人喰い魔女を説得せよ』
そのためにも、魔女と話をしなければいけないのだが……
「でも、説得って何に対してのことかしら?」
肝心な部分がわからず、ルーツェは腕を組み唸る。
小人に会ってから何度も考えたが、答えがわかるはずもなく今日になった。
「とにかく、会ってから考えよう! まずは、魔女さまを見つけないと!」
「ハヌン!」
「ニィー」
両手を握り、元気よく立ち上がる。
本を収めたリュックを背負いなおし、一歩踏み出した時だった。
――ウゥ~……
背後の茂みが揺れ、一匹の獣が唸り声と共に飛び出してきた。
「ウォンウォン!」
「きゃあ……え? 犬?」
「ガルル!」
「なんか怒ってる!」
飛び出して来たのは、鳶色の獣。犬にしては大きな体躯に、鋭い牙。首には青色の装飾品をぶら下げていた。
獣は何やら不服そうに歯をむき出し唸っている。
「――それは犬じゃない、狼だ」
ふいに、獣の向こうから声が届く。
決して高いわけではないのに、凛と透き通るようなその音に、ルーツェは声の主へと視線を向ける。
そこには新緑に栄える美しい銀の髪に、同じ色のローブを纏った男がいた。
「オ、オカミ?」
「……こんな森の中で何をしている」
疎ましそうな表情を隠しもせず、冷たい声が落ちる。
男にビビったのか、それとも狼のほうか。ルーツェの足元で仔犬がシッポを丸め、動けないでいた。
「用がないならさっさと……」
「あ、十世!」
急に雛がフラフラと男の元へと近づいていく。
しかし狼がそれを警戒したのか、姿勢を低くして雛に牙を向ける。
「十世!」
「ニヒ~」
「えー! なんかベロンベロンに酔ってる!?」
ルーツェも、狼がポーズだけの威嚇だと見てわかったので、慌てて雛を回収する。
しかし小さな手に収まった雛は、酔って目を回していた。
「……それはヤニャンの雛か?」
男が雛を見、ルーツェに問う。
「はい。十世って言うんです」
「名など聞いていない。大事ならソレを連れてさっさと森を出ろ」
「?」
「ヤニャンの雛は魔力酔いを起こしやすい。街の外は魔物除けの結界がある。無暗に連れ回すな」
「え! そうなんですか! 魔力酔い……知らなかった。ごめんね十世」
酔いは治まったものの、ルーツェの手の中でくったりとしている雛を優しく撫でる。
仔犬も心配そうに手元を見上げていた。
「あの、魔力酔いのこと教えてくれてありがとうございます! 今日は大人しく戻ります」
「……いや」
ルーツェがペコリと頭を下げるも、男は眉を寄せ目元を歪める。
明らかに歓迎されていない色を含む視線に、ルーツェも身を固くする。
「二度と森に近づくな」
男はそれだけ言い残すと、振り返ることなく森の奥へと姿を消した。
しばらく鳶色の狼がルーツェのことを見張るようにその場に残っていたが、男の姿が見えなくなると同時にその後を追って行く。
「怒られ……た?」
肩の力を抜き、息を吐く。緊張していたのか、手が少し汗ばんでいた。
初対面なのに、なぜあんな態度を取られないといけないのか?
釈然としないながらも、ルーツェは雛を寝床用のタオルに包みポシェットへと寝かせる。
「十世大丈夫かな」
「キューン」
「……でも、街から出る時はなんでもなかったのに。結界って遠くの方が威力が強いのかしら?」
ルーツェは行きより重い足取りで、歩いてきた道を引き返す。
その後姿を、先程去っていった男が木々の隙間に隠れて眺めていた。
「後は追うな。子供が迷い込んだだけなら面倒だ」
男は側に控える狼へと声を落とす。
「だが、次があるようなら……」
狼が姿勢を低くし、了解の意を示した。
男は興味をなくした様に、ルーツェから視線を外し今度こそ森の奥へと消えていった。
――……一夜明けて。
「よし! 今日もコハクが戻って来るまで、魔女さま捜しよ!」
「ハヌン!」
「ニィー」
「ガウ!」
「きゃあ、昨日のワンちゃん!」
「ガウガウ!」
「間違えた。オオカミさんだ」
ルーツェが昨日と同じ場所で意気込んでいたところ、鳶色の狼が立ちふさがるように道へと飛び出してきた。
まるで追い返すようにルーツェの背を鼻で押してくるので、負けじと足に力を込め踏ん張る。
「ちょっと止めてよ。わたし、こっちに用事があるの」
「ウ~……」
「もう、やめてったら!」
抱き込む様に、狼の首元に両腕を回す。
しかし狼はこれ幸いと、小さな体を引きずり連れて行こうとする。それは困ると、ルーツェは慌てて近くの幹へとしがみつく。
「もう! 離して! 服が破れちゃう」
「ハヌハヌ!」
「ニィー!」
「こら、十世はポシェットから出ちゃ駄目! 約束したでしょ!」
「ニィ……」
木にしがみつきながらも、ポシェットから外へ出ようとする雛をしかる。
最初は家において来るつもりだったが、出かけようとするルーツェと仔犬から離れないので仕方なしに連れてきた。
念の為、来る途中にあった噴水の魔術具に近づいてみたところ、ルーツェの側にいれば影響が少ないこともわかった。なので雛の所定位置はポシェットの中となった。
「もう! 飼い主はどこに行ったの! お兄さーん! 助けてー!」
狼とのしつこい攻防に、ルーツェはローブの男を思い出し大声を上げる。
もちろん本当に助けが入るなど思っていないが。
「ガゥ?」
突然狼がルーツェの服を放し、鋭かった目を丸める。
「なに? よくわからないけど、今のうちね」
ルーツェは仔犬を抱え、狼を気にしながらもその場から駆け出し森の奥へと進む。
一瞬で狼が我に返り目が合ったが、なぜか追ってくる気配はなくその場から動かない。
追ってこないならいいやと、ルーツェも先を急ぐことにした。
「ふう、だいぶ奥まで進んだわね。それにしても何だったのかしら?」
「ハヌン?」
木の根元に腰を下ろし、水筒を取り出す。
外気のせいでぬるくなってはいたが、走って喉が乾いている体には些細なことだ。
「とくに手がかりもないし、あのお兄さんでも探してみる?」
「その必要はない」
「ひゃあ!」
水を飲む仔犬に話しかけていると、影がさし頭上から声がした。
予期していなかったことにルーツェの心臓は小さく跳ね、持っていた水筒を取り落としそうになった。
「あ、お兄さん! 昨日はありがとうございました!」
「………………」
「十世も大丈夫で、あ! もちろん今日は、魔力対策してきてます!」
「………………」
魔力対策と言っても、ルーツェのポシェットから絶対でないというだけなのだが。
男は昨日のローブ姿ではなく、部屋着にマントのような外掛けを一枚かるく羽織っただけの軽装だ。
それはまるで、今しがた家を飛び出してきたかのようであった。
「二度と来るなと言ったはずだが」
「そうはいきません! わたしこの森に用事があるんです! あと……」
ルーツェが背負っていたリュックを下ろし、何かを取り出そうとする。
いつの間にいたのか、男の後ろに控えていた狼が鼻を鳴らし間に割り込んできた。
「もう、お前にあげれる食べ物じゃないよ」
「ガウ!」
「これはお兄さんへのお礼の品なんだから。はい」
そう言って、ルーツェは笑顔で小さな包みを男へと差し出す。
男は眼前に突きつけられたソレを受け取ろうとはせず、代わりにひたりと細めた目をルーツェへと向ける。
「十世のこと教えてくれたお礼です! 中に入っている灰を燻すと、虫が嫌う匂いがするんです! 森とか虫の多いところを出入りするなら、衣服に炊き込んで出かけると快適ですよ!」
「必要ない」
「わたしも今日……え? いらないんですか! うちのオイサンは嫌がるけど、お兄さんのワンちゃ「ガウ!」オオカミさんは平気かも知れませんよ?!」
「先程用事があると言っていただろう。何をしに来た」
男は差し出された品物を押し返し、ルーツェの言葉も無視する。
「もう一度聞く。お前はここに、何をしに来た」
ぴしゃりと、言い放たれた言葉にルーツェの背筋に冷たいものが走る。
静かに、だが確かな音をもって届いた声音は、ルーツェのことを拒絶していた。
「……人を探していて」
「誰だ」
「…………」
「誰だと聞いている」
「……魔女さま」
凄むような男の威圧に押されて、ルーツェは俯きがちに答える。
「この森に住んでいらっしゃると聞いた、人喰い魔女さまです」
ルーツェの答えに、男は特別驚いた様子はみせなかった。側に控えていた狼が、ちらりと一度男を見上げたが、ただそれだけだ。
「……魔女はいない。帰れ」
男はそれなりの身長があり、小柄なルーツェを見下ろして言う。
その視線に戸惑っていたルーツェだったが、先程の言葉に目を瞬かせた。
「魔女さまが、いない?」
「そうだ。だから帰……」
「お兄さん、魔女さまをご存知なんですか!」
キラキラと期待のこもった眼差しを向けられ、男は呆気にとられた表情をした。
「あの、魔女さまは今どちらに? 紹介してもらえませんか!!」
「お前……人の話を」
「わたし魔女さまにどうしてもお会いしたいんです! あ、この本、これ!」
言ってルーツェはリュックから大きな本を取り出す。
「知ってますか? 魔女さまがお書きになられた、低薬治療学の本なんですけど……昔からある基礎学はもちろん、ご自身で研究されてきた数々の薬が紹介されてるんです! 特に内薬系に力を入れていらっしゃるみたいで、この……」
「やめろ。そんなことを聞いているんじゃ」
言いながら男は、熱弁するルーツェから本を奪いそのまま乱暴に投げ捨てる。
しかし、そのせいでルーツェの怒りを買ってしまい、言葉を最後まで発することが出来なかった。
「わたしの宝物に何するんですか!」
「いつっっ!」
カッとなったルーツェは、男のスネを蹴り上げ本へと駆け寄る。
痛みに足を抱えしゃがみ込む男など眼中になく、必死に土埃を払った。
「良かった……少し汚れちゃったけど、破けたりしてない」
「………………」
「もう、人の大事な物投げるなんて、失礼な人だわ」
「いきなり人を蹴りつけるような娘に言われたくない!」
男は勢いよく立ち上がり、ルーツェへと近づいた。が、どうすることも出来ず不愉快そうに表情を歪めそっぽを向く。
ルーツェはまた本を取り上げられてはたまらないとばかりに、急いで本をリュックにしまうと男へと向き直った。
「わたしはルーツェレア・ルクラスです。お兄さんはなんて言うんですか」
「…………」
「じゃあ勝手に呼んじゃいますよ。そうだな~キレイな銀色の髪だから――ホッシーとか!」
笑顔で告げるルーツェに、男は目を見開く。
心なしか狼が後ろを向き、震えている気がする。
「それでホッシーさん」
「やめろ! 変な名で私を呼ぶな」
「じゃあなんとお呼びすれば?」
「………………」
「ホッ」
「ディーグだ」
むすりと吐き捨てられた名を、ルーツェは嬉しそうに口にする。
「じゃあ、ディーグさん。これからよろしくお願いします」
「は?」
ルーツェは一度深く頭を下げ、顔を上げる。
「わたし魔女さまに会えるまで、貴方に付きまとう事にしました」
可愛らしく微笑む少女に、ディーグと名乗った青年は整った顔を盛大に引きつらせた。




