幕間その2 ロージ・ディ・スペズスナー
ボクの名前はロージ・ディ・スペズスナー。
シュルーティナ領の南東部に位置する小さな町で、男爵の地位を授かるスペズスナー家の次男だ。
上に姉と兄が一人ずつ、下に弟と妹が一人ずついる。
曽祖父の代でたてた武勲で土地と爵位を授かった。しかし、その土地はお世辞にも恵まれたものではなかった。
土は痩せ作物は実りにくく、人も居着かず他領地へと流れていく。なのに父も母も、税らしい税は徴収せず『貧乏な土持ち貴族』として馬鹿にされてきた。
枯れた土地に、僅かばかりの領民を抱え、貴族とは名ばかりの貧しい生活だった。
家は兄が継ぐし、姉は早々に嫁にでた。弟は学問に興味がなく、毎日狩りや剣の練習ばかり。妹は町にいる幼馴染の男にお熱で、将来はそこへ嫁ぎたいらしい。
『ボクはこんな家いやだ! 父さんも、母さんも、名ばかり貴族だなんて馬鹿にされて悔しくないのか! ボクはこんな家に産まれてとても恥ずかしいよ!』
まだ幼かったころ、両親に投げつけた言葉だ。
父は傷ついた様な顔をし、母は泣いていたと思う。
それでもボクは両親を思いやることはおろか、むしろ不甲斐ないとさえ思っていた。それは次第に侮蔑へと変わり、少しでも早く『この家から逃げ出さないと』と言う思いに駆られる様になった。
そうして歳だけを重ね、ボクは十歳になった。貴族の男児は十もすぎれば学校に通う権利を与えられる。しかし我が家にはそんな余裕などなく、自力で小金を稼ぎ準生徒として学校に通うことになった。それが十六の時だ。
準生徒とは正規の生徒とは違い、あくまでも仮に通わせてもらう生徒のことだ。
授業は全て選択制なのだが、席はもちろん正規の生徒が優先で、定員を超えれば準生徒はその授業を受けられない。
また先生の中にはそんなボク等を軽く見る奴も多く、授業ごとに余計なチップを支払わないと難癖つけて追い出されることも少なくなかった。
それでもボクは何とか地方の学校を卒業し、資格を得た。
ボクは凡人だ。武勲をたてられる程の実力もなければ、軍に入れるほどの魔力もない。かといって商才があるわけでも、魔術研究員になれるほど頭が切れるわけでもなかった。
(ボクに取れる手段はなんだ?)
そう、ボクは凡人だ。だから大それたことは出来ない。
しかし、嫌なことだが人の下につくことには慣れてしまった。
力や魔力がものをいう場所ではいけない。個人の能力が活かされる必要はない。特定の人物に必要とされればそれで良い。
(ボクが活躍しなくていいんだ。力ある人物に取り入って、ただついて行けばいい)
そうしたらいつの間にか、どこかしらには行き着くだろう。のし上がって行く者のおこぼれを頂戴しながら。
(幼いボクが今の自分を見たら、なんと言うだろうか)
役人の資格試験に合格した後、ボクは田舎のランナという町に行くことになった。
田舎と言っても、ボクの故郷よりは十分栄えており、初めて町に降り立った時には柄にもなく期待に胸を膨らませた。
役人は基本給料制だ。その地域を治める統治者が集めた税で人を雇っている。故に役場があるという事は、金がまわっている証拠でもある。
(能力が高ければ帝都への引き抜きもあると聞く。上手くやれば、ボクにもチャンスがあるかもしれない)
田舎町より大都市へ。大都市より国の中心部、帝都へ。
着実にその道へと向かっていくはずだったのに……。一人、目障りな人物がいた。
同じ職場で同期である男、カルダ・ソートだ。
最初は気にもとめていなかった。いつもへらへらと笑い、人に使われ無駄に走り回っている奴だなと、それくらいだった。
なのに役場での評価は奴の方が高く、人望も厚かった。
使いっ走りの雑用係だと思っていた奴が、実は周りに頼られているなんて思ってもいなかったんだ。
(邪魔な奴だ)
しかしボクは見た……アイツの首元に奴隷ナンバーが刻印されていたのを!
それは本当に偶然が重なりあって起きた出来事だった。
担当部署が違うためそれまで左程面識もなく、下手をすれば言葉を交わしたことすらなかったかもしれない。
ある日、近隣で大規模な捕物があり、盗賊の根城を抑え盗品を一時預かることとなった。その時荷物を運ぶ要因として呼ばれたのが、アイツとボクだ。
ボクは盗品をチェックし、書類を作成する係となった。カルダ・ソートは先輩が確認した物を、ただひたすら保管庫に戻す作業をしていた。
(要領の悪い奴だな)
なぜかアイツは一つ一つを、丁寧に所定の位置にしまっていく。
(いくつかまとめて持ち運べばいいのに……なにか危険物でも混ざっていると思っているのか? いや、先に先輩が確認しているから……)
そうしてボクは気がついたんだ。
アイツはわざと要領の悪い運び方をし、時間を稼いでいると。
(確認している先輩に近づきたくないのか)
先輩は盗品の中に危険物――例えば呪具など混ざっていた場合に備え、術式返しの魔術具を装備している。
(あの男、術式返しを警戒しているのか? なんのために?)
その日からボクは、自然とカルダ・ソートを観察するようになった。
普段は人当たりのいい、腰の低い男だ。
(考えすぎか?)
そうして月日が流れ、その事を忘れかけた頃。雪が積もり、体調不良の者が続出した寒い日だった。また、盗品検査の仕事が回ってきた。
今度はカルダ・ソートと二人だけで。
『僕が記述係と保管係をやるから、君は鑑定をお願いしてもいいかな』
『…………いや、鑑定はお前がやってくれ』
『……え?』
ふと、以前の事を思い出し、とっさに否定の言葉を口にする。案の定、断られるとは思っていなかったのか、アイツは少し焦った顔をした。
『準備が出来たら声をかけてくれ』
『え、あ……うん。わかったよ』
ボクは見てないふりをしながら、窓ガラスに映るアイツを観察した。
するとアイツはポケットに手を入れ、おそらく魔術具か何かに魔力を流したのだろう。ガラス越しにアイツの首元にうっすら刻印が浮かび上がったのが見えた。
奴隷ナンバーの刻印は、強力な魔力をもって刻みこまれる。その魔力は魔核まで入り込み、刻まれた者は実質命まで握られるようなものだ。
刻印者の命に逆らえば、刻印者の意思でいつでも魔核を破壊出来るからだ。
そうしてそれが刻まれる様な輩は、重罪を犯した罪人か、奴隷商人に売られるような下民くらいしかいない。
『お前! それはっ……まさか身分を偽っていたのか!』
ボクはすぐカルダ・ソートへと向き直り、怒りに身を震わせた。
役人は資格試験を受験出来るような、多少金に余裕がある裕福層が多い。まちがっても奴隷ナンバーを刻印されるような人物がなれるものじゃない。
『どうやって潜り込んだ、この犯罪者が! それとも卑しい下民の出自か!』
騙されるのは嫌いだ。ましてやそれが格下の相手だなんて。
もちろんボクはすぐ上に報告した。しかし、奴は上手く隠す術を持っていたようで、ナンバーは確認されずボクの見間違いと処理された。
『そんなはずない! たしかにボクは見たんです! 嘘じゃありません!』
『いい加減にしろ! でっち上げにしても質が悪い。平然とそんな嘘をつけるだなんて、お前の性根を疑うね』
『なっ……!』
それから逆に、ボクはカルダ・ソートに悪質な言いがかりをつけるクズ野郎と噂されるようになった。
(なぜだ! ボクは嘘なんてついてない! どうして誰も信じてくれないんだ!)
悪目立ちをし、これ以上悪評が立つと後々に響くため、ボクは自身で証拠を掴むことにした。
しかし冬が終わり祭りの時期が近づくにつれ仕事も忙しくなり、それどころではなくなっていく。
膨大な仕事に日々を消費されながら、それでもカルダ・ソートの観察は続けていた。
(なにか様子が変わった? 確か隣の村の魔石管理を任されていたな……そちらでなにかあったのか?)
そつなく仕事をこなす男だった。
それが最近では疲労の色が濃くなり、どことなく……そう、追い詰められているような感じがする。
よほど忙しいのだろう、役場でアイツの姿を殆ど見かけなくなっていった。
そう思っていた矢先、アイツが犬の引き取り手だと村の人間を連れてきた。
正直、初めて見る表情だった。
(やはりアイツが嘘つきだ!)
憎らしい気持ちを抑え、観察してきたボクだからわかる。
先輩にこき使われても、嫌な顔一つしないで笑っていた。どんなに忙しい時でも、呼び止められれば丁寧に対応していた。
だが、そのどれもが嘘だ! どんなに人好きそうな顔で笑っていようが、紳士で好意的な対応をしてみせようが表面上だけの偽りだ。役場に存在するカルダ・ソートは全て演技だったんだ!
(コイツのせいでボクは惨めな思いをしてきたのに、コイツはそんな事どうでもよかった……歯牙にすらかけていなかった! ボクは……、ボクだけがっ!)
悔しくて、虚しくて……ボクは奴にささやかな仕返しをすることにした。
(アイツはあの村の奴らがお気に入りみたいだ。なら……そいつ等に嫌われたら、どんな反応をするかな)
村の魔石を隠し、カルダ・ソートを犯人に仕立て上げる。
もちろん奴が疑われれば役場から捜索隊が組まれるはずだから、見つけたフリをして戻せばいい。
ボクが捜索隊に選ばれるかはわからないから、その時は見つけやすい場所に隠せば大事にはならないだろう。
しかし、いざ実行してみるとどうなったのか気になって、姿消しの魔術具を使って様子を見に行った。だと言うのに、逆に村の奴らに見つかり捕まってしまった。
ボクとしたことが、なんたる失態!
次の日、目が覚めボクは焦り困惑した。
こうなってしまったら帝都へ行くなんて到底無理だ。いや、それどころか牢にぶち込まれてしまう!
(考えろ、考えろ、考えろ! なんとかしてこの状況を打破しなければ!)
だが、いい考えは浮かばず、苛立ちが募るばかりだった。
『下民の分際でっ……アイツが悪い! 自分の立場を思い知るべきなんだ!』
喚くも誰も相手にしない。最後には別室に移され、頭を冷やせと言われる始末。
だが、部屋を移されボクを連れてきた次長が部屋を出ようとした時だ。
『面倒なことをしてくれたな……スペズスナー』
『次長?』
何かを上着にねじ込まれた。
バタンと扉が閉まる音が聞こえ、鍵を施錠する音が続く。
『………………なんだ?』
何かが上着から転げ落ちた。見覚えのない、小ぶりの魔術具。
少しの間眺めてみたり、少し魔力を流してみたりしたが何も起こらない。
(よくわからないが……そもそもこうなったのも、全部アイツの……)
また怒りが、ぶり返してくる。
身体は拘束されていたが、口は塞がれていなかった。苛立ちを発散するように、汚い言葉を吐露し続けていたら、突如目の前の魔術具が震えだした。
『なっ!』
そこからは地獄だった。
意識はハッキリしているのに、それだけだ。
身体を動かそうにも言うことをきかないし、言葉はおろか声すら満足に出せない。
どれだけ周りに呼びかけようとも、どれだけ手を伸ばそうとしても、何一つ叶うことはなかった。
『ああ、ロージ! ロージィ!』
母の泣き叫ぶ声がする。
(家に、戻されたのか?)
ボクより少し大きな手に抱き上げられる。
(兄さんだな。もう少し丁寧に運んでくれよ)
遠くで、父さんの声も聞こえた。
(ああ、父さん。そんなに謝らなくても)
悪いのはボクなのに。
それからボクは、寝たきりになった。
どれくらい、日が経過したのだろう?
母さんは毎日ボクの世話を焼いてくれている。
兄さんと父さんは魔石を弁償するため、休みなく働いているらしい。
弟のルイは剣の稽古を休み、母さんの手伝いをするようになった。
妹のレナは姉さんからお見舞いが来たと、手紙の中の読める字だけを読んで聞かせてくれた。
――ごめんなさい
ボクに意識がないと思っているのか、母さんがベットの脇で一人で泣いている。
――ごめんなさい
ボクは寝たきりで雰囲気しか伝わらないが、兄さんと父さんが徐々に憔悴していくのがわかった。
――ごめんなさい
レナがボクのせいでいじめられているのを、ルイが一生懸命庇っているんだって。
――ごめんなさい……
なのにボクは、涙の一粒だって零すことが出来ない。
どうしてこんな事になってしまったのか。どうしてあんな事をしてしまったのか。
お願いです、神様。悪いのはボクなんです。なのにボクの家族が苦しんでいます。
(こんな中途半端なままなら、いっそ……)
誰か、ボクを……・・・
「こ――の、部屋――わ」
母さんの声と共にドアの開く音がした。
瞼すら自分の意思では押し上げられないのでわからないが、どうやら母さん以外に誰かいるようだ。
「なにか――下に――、――失礼し――」
「ありが――ます」
母さんが部屋を出ていこうとする声と、可愛らしい女の子の声がした。
(誰だ?)
再びドアが閉まる音がし、母さんが退出したのだろう。少しの沈黙のうち、人の気配が近づいてきた。
「な――で、こんなやつ――のに」
「そんなこと――の」
(もう一人いる。男か?)
母さんが連れてきたなら、危害を加えるような人物ではないはずだ。しかし、身動き一つ出来ない今、見知らぬ人物と部屋に残されるのはとても怖い。
(何をしにきた? 何が目的だ?)
声からして若い男女だろう。でも、ボクに友人なんてものはいない。ならコイツ等は誰だ?
(ああ、嫌だ。怖い、怖い)
そうしてる間に、おそらく女の方だろう、小さな手のひらがボクの胸へと柔らかく触れる。
「――――、――――に」
(なんだ! 何を言っている!)
身体が正常な時でも聞き取れるかどうかと言うほど、小声で何かを呟かれた。
それに心臓が跳ねる心地がしたが、実際にはそんな事起こりもしなかったが。
(この娘は、ボクに何をっ……!)
「よく、なりますように」
瞬間、暖かい何かに包まれ、息苦しさが消えた。
それは身体をめぐり、縛られていた感覚がじわり、じわりと解かれていく。
「呪は解除出来たの?」
「わからない。見た感じは眠ったままだし……わたしもまだ自分のことよくわからないもの」
「えー。わざわざ来たいって言うから寄ったのに。ただの遠回りしただけとかやめてよ」
「うるさいなぁ。わたしに出来ることがあるなら、それからやっていくの! だからいーの!」
「はいはい」
ああ、聞こえる。ちゃんと聞こえているんだ。
今までみたいにぼんやりではなく、ハッキリと聞こえているよ。なのに、身体が鉛のように重たくて、瞼が開けないんだ。
「じゃあ、もう行こ」
「そうだね」
待ってくれ。話を、礼を言いたいのに!
「失礼しました」
待ってくれ! ま……て………………。
静かに扉が閉められ、ボクの意識も眠りの淵へと落ちていった。
・・
・・・・・
「う……か、ららが……」
ふと、冷たい風を感じ瞼をこじ開ける。
身を起こそうにも身体は錆びついた様にぎこちなく、声も掠れ舌が上手く回らない。
なんとか首を動かし、窓の方へと目を向ける。
「ロ…………ジ……?」
換気をしようと窓を開けてくれたのであろう母が、その体制のまま目を見開きボクを見ていた。
「か……さ、」
「あ、ああ! ロージ!」
ボクは溢れ出る雫に頬を濡らしながら、母に抱きしめられた。




