17話 魔物
「カルダいないんですか?」
次の日、ルーツェはコハクとクレイドに付き添ってもらい、隣町であるランナに来ていた。
生誕祭を明後日に控えた町は、人で賑わい活気に満ちている。
魔石を模した飾りや、華やぐ町並みをクレイドの飛獣に乗せてもらい、どこか遠い風景の様に眺めた。
流石に三人乗りは厳しいのでコハクの乗る馬車と並走しながら、昼前には町についたのだが……。
「ああ。昨日のうちに出かけたみたいで、夕方までには戻るだろうって」
カルダの家を聞いてもらおうと、クレイドに頼み役場に聞きに行ってもらった。
役場でもクレイドの存在は周知のようで、そう時間をかけず引き返してきた。だが、訪問先の主は不在だった為あてが外れてしまったのだ。
今は、以前仔犬を貰いに来た時、休憩をした広場にいる。今回はルーツェ達以外にも町の住民がおり、遠巻きにこちらを……主にクレイドを見ているようだ。
「ハヌ!」
「ニィー」
ルーツェの足元では仔犬と雛が無邪気に蝶を追いかけていた。
「なんでコイツ等も連れてきたの?」
「勝手について来たの! 気づいたらリュックの中にいて……」
近頃かまってやれなかったせいか、昨日納屋から仔犬を迎えに行ってからずっと側を離れない。
昨晩、ジーウスは帰ってこず、そのまま診療所で仔犬も夜を過ごした。
「君たち、ルーツェが迷子にならないようしっかり頼むよ」
「ハヌン!」
「ニィー」
クレイドが頭に雛を乗せた仔犬を抱き上げると、遠くで黄色い声が上がった。
ルーツェは先程から気になっていたのだが、コハクとクレイドがガン無視の様子なので触れられずにいる。
「……まだ探すの?」
「出かけてるんでしょ? それに夕方には戻るって言ってたんなら、待ってればいいじゃない」
「違うよ。大魔術師様」
近くのベンチに腰掛け、コハクは背を預ける。
不満とも心配ともいい難い表情でルーツェを見上げていた。
「流石に、お帰りになってるわよ」
生誕祭は明後日なのだ。
「そもそも……コハクの言う通り、お祭りの準備期間中にこんな田舎にいるはずなかったのよ」
「職務怠慢にも程があるよね」
「ぶはっ」
「ニィー」
ルーツェの横でクレイドが吹き出した。
仔犬を高い高いしたせいで転げ落ちたのか、雛がクレイドの金髪の上で不思議そうな顔で座り込んでいる。そのままクレイドは、頭から滑り落ちる雛を片手でキャッチし、もう片方の手で抱いていた仔犬と共にルーツェへと返す。
「なに一人で笑ってんの、気持ち悪い」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。ヤニャンの雛が落っこちてきて、驚いただけさ」
雛が乗ったため、乱れたままの髪型で、クレイドは右手を振った。
「そう言えばルーツェは、大魔術師に会いたかったんだっけ? 確か飛獣を探していたよね?」
「はい。大魔術師さまなら、魔力なしの改善方法とか、なにか知ってるかと思って」
「あ~……さすがに、知らないんじゃないかな」
クレイドが難しそうな表情で空を見上げる。
帝都の騎士団所属のクレイドが言うのなら、その可能性は高いのかも知れないと、ルーツェもしょぼくれてしまう。
「でも、世の中なにが起こるか分からないからね!」
「そうやって、大人はすぐ無意味な希望を植え付けようとする」
「子供がそんな悲しい事を言うんじゃないよ……」
ルーツェを励まそうとするクレイドに、コハクが棘のある野次を飛ばす。
苦い表情を作りながらも、コハクの頭に軽く手刀を入れようとしたら鬱陶し気に払われた。
そんな時――
――――ドォオン!
ここからそう遠く離れていない場所。町の入口付近で大きな音がした。
次いで上がる悲鳴に、煙らしきものが遠目から見えた。
「コハクはルーツェを連れて役場に避難しなさい。私は様子を見てくる」
「わかった」
クレイドの言葉に、コハクはルーツェの手を引いて走り出す。
音の発生源は、荷馬車の待合所がある方角だ。共に確認に向かいたい気持ちを抑え、大人しくコハクについていく。
家に帰ろうとする町の者と、役場に駆け込もうとする観光客で通りはパニックになっていた。
「裏道から行こう。この人混みじゃ逸れる」
「うん」
住宅街を避け、林道沿いをかける。
遠回りになるが、人でごった返す大通を抜けるよりはマシだろう。
誰か知り合いが被害にあっていないだろうか? クレイドは大丈夫だろうか? 不安に塗りつぶされそうな思考を振り切り、懸命に走った。
「ニィーニィー」
「あ」
突然、ポシェットに避難させていた雛が、隙間から飛び出し転げ落ちる。
「待ってコハク、十世が」
「え?」
よちよちと、危ない足取りで林の奥へと進もうとする雛に、仔犬もつられて飛び出しルーツェは慌てて踵を返す。
「待って! そっちじゃないよ」
「ニィーニィー」
屈んで雛を抱き上げる。しかし手のひらの中でも暴れる雛に、ルーツェが眉根を寄せた時……ふっと影が差した。
「キャン」
「ルーツェ!」
いつの間に目の前にいたのか、見上げるほど大きな何かがそこにいた。
その大きな何かは、骨が突き出た翼らしきものを振りかぶるとルーツェ目掛けて振り下ろした。
「くそっ」
「きゃあ」
間一髪のところでコハクが地を蹴り、ルーツェへと飛び庇う。
しかし大きな爪がかすったようで、コハクの身体は横へなぎ倒され木に打ち付けられる。
「ぐぅ」
「コハク!」
じりじりと、何かが近づいてくる。
体長はルーツェの三倍近くあり、恐らく鳥型の魔物だろう……羽根はヘドロの様な液体にまみれ抜け落ち、皮膚はただれ骨が露出している。
鼻を刺す死臭に、吐き気がこみ上げる。
「コハク! 気を失ってる……そうだ! 回復薬」
コハクに駆け寄りカバンをひったくる。
震える手を叱責しながら中を探るが、昨日の今日で補充し忘れていたのだろう、目当てのものは見つからなかった。
ルーツェのリュックは中身が重たかったため、役場に預けてきてしまった。
(こんなことなら、重くても持ち歩けばよかった)
雛と仔犬を無理やりコハクのカバンにお仕込み、未だ気を失っているコハクの隣へそっと置く。
(こうなったら、わたしが囮になって……)
――ケェッー!
突如上げられた叫び声に、ルーツェの記憶を何かが掠めた。
「ニィーニィー」
カバンからは、くぐもった雛の鳴き声が聞こえる。
違和感を感じ、なぜか襲ってこない魔物を、目を凝らして観察する。図鑑ですら見たこともない魔物。左胸のあたりからゴポゴポとヘドロが吹き出し、そこから汚染されているようにも見えた。
そしてチカリと何かが光る。ただれ腐り落ちる肉の奥深くに突き刺さる
「折れた矢じり? ……あ!」
数日前、山で見かけた地に落ちた太陽。
致命傷とも言えるべき大怪我をしていながら、どこかへと飛び去ってしまった魔鳥。
「あの時のヤニャン?」
「ニィー!」
とうとう雛が隙間から抜け出し、コロコロと魔物の側へと駆け寄っていく。
必死に鳴き親を乞うが、魔物は雛など視界に入っていないのか、ルーツェに飛びかかろうと姿勢を低くする。
自然と低い位置に下がった魔物と目があった。
太陽はすっかり黒ずみその面影は一切残っていない。しかし、空を思わせるような透き通った青い瞳は、まだそこにあった。今の今までは。
低い姿勢のまま突進を仕掛けられ、ルーツェはなんとか避けた。否、まだ避けさせてもらえた。
木々をなぎ倒し再びルーツェへと向き直った魔物の目は、先程と違い暗く淀んでいた。
「キャンキャン」
カバンから出られず、隙間から必死に仔犬が顔を出そうともがいている。
ルーツェはそんな仔犬には目もくれず、ただ目の前の魔物を見ていた。
――きっとこの子はもう保たない
徐々に濁る瞳と相対しながら、自然とそう感じた。
腐り落ちる体に、ゴプリと侵食を続ける傷跡を見る。
――今、じっさまが居てくれたら助けられるのだろうか?
――今、クレイドさんがいれくれたら、コハクも傷つかず対処出来ただろうか?
しかし今、目の前にいる魔物と相対しているのはルーツェだ。
魔力無しで、治癒も使えなければ、特別な剣術も使えないルーツェなのだ。
――今、わたしに出来ることは?
――わたしが、この子にしてあげられることは?
魔物は静かに佇んでいる。
ルーツェは静かに魔物に近寄るとヘドロが吹き出す傷口に手をかざし、小さくつぶやいた。
「ごめんなさい」
一瞬世界が無音になったような心地がし、小さく何かが割れる音を聞いた。
「ニィ……ニィ……」
ドスンと大きな音をたて地が揺れる。と同時に肉の腐った匂いが立ち込めた。
遠くまで飛ばされたのに、拙い足取りで何とか近づいてこようとする雛を抱き上げ、頭から血を流し気を失っているコハクの隣に座り込む。
さっき遠くの空に、役場の紋章を掲げた飛獣の姿が見えた。こちらに向かっているようだ。
コハクを抱えて助けを呼びに行く力など、もちろんルーツェにはない。しばらく、このまま待っていよう。
「ニィー」
「クゥン」
リュックの隙間から突き出た鼻先を軽く撫で、ルーツェは雛を潰さないようにそっと抱きしめた。
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夕暮れになり、遠くで日暮れを告げる鐘の音が響いている。
ルーツェは今、役場のとある一室にいた。
町で魔物に襲われ、命に別状は無いものの気を失ってしまったコハクと共に救助され、役場に連れてきてもらった。
役場に到着し、詳しい事情を聞きたいと言われ別室に案内された。そのあとすぐ、イケメンを何処かにかなぐり捨て取り乱しているクレイドと合流した。
「ぶぶぶぶ」
「クレイドさん?」
「無事でよかった……」
脱力したように抱きすくめられ、ルーツェも張っていた気が緩んでいくのが分かる。
抱き込まれた箇所から聞こえる心音は常より速く、汗ばみ土埃の匂いがする。
「コハクはどうしてる?」
「頭を打ってるから、医療室で眠ってます」
「そうか」
クレイドが向かった町の入り口付近でも、別の魔物が出たらしく何人か怪我人も出たらしい。
幸いなのは、死者が出なかったかという事くらいだ。
「町には……特に出入口付近には魔物除けの術が施されている筈なのに」
どうしてあんな場所に。まるで最近多発していた、結界内に侵入する魔物事件と同じではないか。
悔しそうに眉間に皺を刻むクレイドに、ルーツェが何か言いかけようとした。
「あの、その事について」
「騎士様!」
バタバタと遠くから足音が近づいてくる。
「お話中申し訳ありません! 討伐された魔物が毒持ちだったようで、ご助力願いたく……」
「毒耐性持ちがいないのか……悪いが私は」
「あの、わたしなら大丈夫です。今日はコハクと一緒に泊めてもらえる事になったので」
しかし……と渋るクレイドに、ルーツェは大丈夫とその背を押す。
「せっかく助かったのに、あとで毒にやられちゃうなんて可哀想です」
「…………わかったよ。けど、大人しくしているんだよ。ルーツェも、怪我はしていなくとも疲れが出るかも知れないし、今日はゆっくり休みなさい」
「はい」
「あと、一人で出歩いたり、知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけないからね! 絶対コハクと」
「クレイドさん」
「本当に申し訳ありません、騎士様……」
「あ……いや」
膝をつき、両手でしっかりとルーツェの肩を握り話し出すクレイドに、ルーツェと呼びにきた役人の眉が下がる。
先輩に指示され呼びに来ただけであろう若い役人は、至極申し訳なさそうに身を縮こまらせていた。
「ゴホンっ……。じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
片手を上げ手を振るクレイドに、ルーツェも笑顔を向けて大きく手を振り返す。
遠ざかる影が、「可愛らしいお嬢さんですね。娘さんですか?」「え? そう見えるかな! だと嬉しいねえ」「?」などと花を飛ばしているなど、ルーツェは気づかなかったが。
「コハク……大丈夫かな」
クレイドとの話が終わった後、詳しい状況を聞かせてほしいと、役場の人間に言われている。
その前にコハクの様子を見ておきたい。
「カルダのお見舞いに来ただけなのに……」
怪我は負っていないが、念の為ヤニャンの雛も治癒術をかけてもらえるようコハクと一緒においてきた。
仔犬は騒ぎ疲れたのか、今は別の部屋で預かってもらっている。
「そう言えば、オイサンも前ほど魔力を怖がらなくなったかも?」
そうならいいな。
そうしたら納屋を寝床にしなくても済むし、何より怯える対象が減るのはよいことだ。
ルーツェは一人、役場の奥にある医療室を目指す。
外はいつの間にか陽も沈み、暗闇が広がっていた。
奥に進むにつれてすれ違う人が減り、静寂が訪れる。薄っすら遠くに姿を現した月に、目を奪われた。
「そっか……今日は満月だ」
まん丸の優しい光に照らされ、長い廊下に影がさす。
突き当たりの角を曲がれば、コハクがいる医療室まですぐだ。
そう、ルーツェの足取りが少し速くなった時。
「ん!」
背後から何者かに腕を掴まれ、布で口を塞がれる。
くらりと目眩のする匂いに、次第に意識が遠くなる。
力が入らず足元も覚束なくなり、目の前が暗く落ちていく。
その後、医療室を訪れるはずの小さな訪問者は、ついぞ現れなかった。




