14話 洞穴探索
どこか遠くで、鳥の鳴き声が聞こえる。
さわさわと柔らかな風が木々を揺らし、通り過ぎてゆく。
先程まで涙を流していた目元は少し赤くなっていたが、腫れるほどではなく熱も引いていた。
木製のカップに並々と注いでやった水を飲み干しているルーツェを見下ろしつつ、立ち上がったコハクは土汚れを払いながら言った。
「じゃあ、帰ろうか」
「帰らないってば!」
「チッ」
「舌打ちしない!」
ルーツェがリュックを背負いなおし、うんせと立ち上がる。リュックには未だ麻縄が結ばれたままで、動く度にゆらゆらと揺れている。
「ねえ、さっき呪具のせいって言ってたよね」
「うん。おそらく呪具のせいで意識が散漫になって、洞穴に近づけないよう誘導されてるんだと思う」
そう言えば、クレイドもこの辺りを探索しても、洞穴などは見かけたことがないと言っていた。たまたま見落としたならまだしも先程の様子を思い返すと、コハクの予想もそう見当違いではないはずだ。
「だったら洞穴じゃなくてそっちを探そうよ。呪具がなくなったら洞穴も探しやすくなるかも」
「探すったって……なんの手がかりもないのに? むしろその洞穴の中にある可能性のが高いよ」
「そっか。そうだよね……ならやっぱり洞穴を見つけるしかないね」
「だから二人じゃ危ないって」
「でもコハク一人でも行かせないからね!」
「いや、俺一人だと……」
「?」
急に言葉を切ったコハクに、ルーツェは首をかしげる。コハクは「なんでもない」と言い切ると、ルーツェの右手を取って歩き出す。
無理やり下山させられるかと一瞬身構えたが、帰り道とは逆へと向かったので緊張を解く。
「とりあえず洞穴に少しだけ近づいてみよう。呪具がその中に隠されているなら、近づけばなにか感じるかもしれない」
「前に覗いた時は、お化けが出てきそうで怖かったよ」
「なにそれ、参考にならないなぁ……でも、少しでも危ないって思ったら引きずってでも下山するからね」
「了解!」
いい子のお返事をし、ルーツェがにっこり笑う。
コハクがわざとらしく盛大なため息をつくが、気にした様子もなくにこにこと笑っている。
繋いだ手を引きながら、コハクはルーツェが指し示す方角へと踏み出していった。
「あ……れ?」
生い茂る草地に立ち尽くし、ふと空を仰ぐ。木々はそこまでの高さはなく、空が近い。
いつの間にこんな所まで登ってきたのだろう。鍛えているが多少の疲労感を感じながら、クレイドが辺りを見回した。
「ルーツェ? コハク?」
自分の意思で、しっかりと登ってきた自覚はある。しかし、子供を連れているにも関わらず、ありえないペースで進んだのでしまったのではという感覚が、じわり、じわりと広がってきた。次第にクリアになる思考に、クレイドは焦りの表情を浮かべた。
「ルーツェ! コハク!」
「クレイド殿!」
呼ばれ振り返れば、大きな体躯の男が走り寄ってくる。
他に人影は見つからず、男一人のようだ。
「次長殿! 子どもたちを見なかったか!」
「いいや。私も他の者の姿が見えず、周囲を探していたのだ。どうやら途中で道をそれていたのか、逸れてしまったようだ……」
お互い奇妙な顔で黙り込む。
違和感は何もなかった。順当に山道を登っただけ。クレイド一人だったら何も思わなかっただろう。しかし、騎士団員であるクレイドからすれば、護衛対象がいるのに、その不在にも気付かず先に進むなどありえないことだった。
「誘導された? ……罠? とにかく子どもたちが心配だ! 私は先程の場所まで戻る」
「私も同行しよう」
「いや、次長殿は他の者を探し出し、合流してくれ」
「そうか。では私はもう少し奥へと進んでみる。まあ、役場長は高度の魔術も扱えるので、そう危険は及ばないだろう」
「では、私は先を急ぐ」
踵を返し走り出す。
その際、クレイドは腰に携えていた小さな革袋へ手を伸ばす。中には魔石を埋め込んだ魔術具が一つ。
(こんなことなら術式返しを発動させておくんだった!)
何事もあってくれるなと、踏む地を抉る勢いで山道を駆け下りていった。
ゆっくりと、周囲を警戒しつつもコハクはルーツェの手を引いていた。
先程いた場所より、もう少しだけ進んだ場所。獣道とは違い、あきらかに人の出入りがあると思わせる道を見つけた。
おそらくこの先で間違いない。再度周囲に意識を巡らせるが……どうしたものか。
「コハク……たぶんこの先」
「うん。わかってる」
目視できる距離ではないが、少し続く斜面を登りきったところ。
嫌な雰囲気がグラグラとコハクの意識をかき乱す。
「やっぱり呪具も一緒にあるっぽい」
「なんでわかるの?」
「すごく気持ち悪いから」
「え! 大丈夫?」
ルーツェが焦った顔でコハクの顔を覗き込んでくる。
気休めなのか無意識なのか、まるで気分が悪い時にするように、背中を上下に擦ってくれた。
「そういう意味じゃないんだけど」
「あ、ごめん。つい」
「でも、よくなった。ありがとう」
「?」
気持ちスッキリした表情のコハクに、ルーツェは不思議そうな顔をする。
結局どっちなんだ。
「さ~て…………どうしたもんかねぇ」
立ち止まり、先に進もうとしないコハクに何も言わずに返答を待つ。
場所は特定した。しかし呪具が発動しているらしく、それを解呪しない限りは似たようなことの繰り返しだろう。
出来れば破壊だけでもして帰りたいものだが……。
「普通に考えて危険だよね」
「う! ……でも」
「俺だってルーツェの側にいるから平気なだけかもしれないし、離れた途端さっきみたいに意識ぶっ飛ぶかもしれない」
「そうなの?」
それは困ると、ルーツェは繋いでいた片手を両手で握りしめる。
よくわからないが、一緒にいればいいのならなるべく離れないようにしよう。
「だから、戦闘だけは避けたい。まさか手を繋いだままじゃ、俺もまともに動けない」
「うん」
「もしそうなったら、ルーツェは俺をおいて一人で逃げれる?」
「絶対無理!」
「だろ」
共倒れなんてごめんだね。コハクは冗談交じりに笑っていたが、目は真剣だ。
敵の有無も不明。なのに見つからず侵入し、呪具を破壊する。かつ戦闘だけは絶対に回避したい。そんなこと可能なのだろうか?
解決策が浮かばず、コハクは眉間にシワを刻む。いっそなかったことにして帰りたい。何度目かもわからないため息をこぼしそうになった時。
「ねえ、こういうのはどうかしら?」
「どうって、これってただのゴリ押しだよね!」
「そうとも言うわね」
山道を登りきり、少しだけ見晴らしの良い場所に出た。
盛り上がり小高くなっている箇所に、それなりの大きさの洞穴が出現した。
その後方へ目をやれば、遠くの方に切立つ岩壁もかろうじて見える。以前負傷していたヤニャンと遭遇した岩場だ。
ルーツェはこの洞穴で間違いないと確信を持つ。
「敵が出たらこの『じっさま特性眠り爆弾』をお見舞いしてやりましょう!」
「だから見つからずに……って、勝手に進もうとするな!」
一応小声で会話はしているものの、なんとも拙い作戦だ。
場合によっては命に関わるかもしれないのに、本当に大丈夫なのだろうか?
「中に獣の群がいたらどうするのさ」
「その時はその時よ。それに、ほら」
ルーツェがごそごそと、リュックからなにやらを取り出した。
「一個じゃなくていっぱい持ってきたわ」
「数の問題じゃない!」
コハクは大きなため息をつきながら、肩を落とす。
なんか疲れた。もういいや。阿呆なルーツェは無視することにして、洞穴の中へと意識を集中する。
何らかの音や気配は感じない。強いて言うなら呪具のせいで、体内の魔核に違和感を感じる程度だ。
「ルーツェは自力で俺に触れてて。絶対離さないでよ」
「服でもいいの?」
「どうだろう? ……うん、大丈夫みたい」
左手で短剣を抜き、右手に携帯用のランプを持つ。
中腰でそろりと進まなければ行けない暗がりは、襲われれば一巻の終わりだ。
「行くよ」
「うん」
音にも集中しなければいけないため、一言も発せずに進む。
意外と足元はしっかりとしており、つい最近まで人の出入りがあったことを示していた。一見脆そうに見えていた土壁も、何かしらの術がかけられているのであろう、多少すれても崩れることなくしっかりしている。
そうしてまだ入り口の光がさほど小さくなっていない距離で、急に道が左へと曲がっていた。
(なるほど……奥深く見えたけど、そうでもなかったのか)
ほぼ直角に曲がっているそこを曲がると、それなりの大きさの大穴が広がっていた。
「なに……ここ」
「う。酷い匂いがする」
土穴を出てその空間へと踏み入れた時、コハクは何か薄い膜のようなものをすり抜けた感覚に周囲を確認する。
次いで鼻につく異臭がし、眉をひそめた。
意外と中は広く、大きさで言うならば村の作業場と同程度はあるのではないだろうか。
右手側には作業台と思わしきものと、いくつもの麻袋が無造作に積み重ねられている。
そうして薄暗い空間の、さらに奥には……
「ひぃっ……」
ルーツェが小さく悲鳴をあげコハクへと縋り付く。コハクが掲げているランプの淡い光によって照らし出されたのは……腐敗し無残にも朽ち果てた獣の亡骸だった。それらが無造作に打ち捨てられて山を築いていた。
「見なくていい」
カタカタと震える小さな身体を背で庇い、コハクは周囲に目を走らせる。
(どこだ。どこかに、呪具があるはずだ)
コハクにとっては都合が良かった。眼の前にあるのはただの死骸だ。敵が潜んでいないのであれば、呪具を破壊しさっさとこの場から離れたい。
見落とさないよう隅々まで光をやるが、それらしきものはない。
(そんなはずない。きっとどこかに……あ)
そうしてぱっとランプを頭上にかざす。ぼやりと揺れる淡い光に照らされ、一つの大きな魔石が天井に埋め込まれているのを発見した。
しかし、そう高くはないとは言え、飛んでみたところで届きはしないだろう。コハクは内心舌打ちをし、そのままの姿勢でルーツェに問う。
「ルーツェ……見つけた」
「ほんと?」
「でも天井に埋め込まれてて、届きそうにない。なにか撃ち落とす方法ある?」
「撃ち落とすって言われても……石でも投げてみる?」
試しにコハクが手頃な石を投げてみたが、カツンと音がしただけでヒビすら入らない。
石の矢じりでも作ればいいのか? いや、作れたとして弓なんか射ったこともないし、そもそも弓本体がない。
思案しながらコハクはあるものに目を止めた。
「そうだ。あの作業台を踏み台にしよう」
「それでも届かないよ?」
「その上でさらにルーツェを肩車する」
「コハクあったまいい!」
二人で名案だと頷きあう。今この場に「いや、十分危ないから!」とツッコんでくれる冷静な大人はいなかった。
ルーツェはコハクに触れたまま、気持ち手伝う程度だったが頑張った。途中、物音に気付き外から侵入者が入ってこないか心配したが、懸念に終わったようで安堵の息をつく。
「ちょっとぐらつくな……よし、この辺かな。ルーツェ登れる?」
「余裕」
「そうだね。山サールの異名を持つルーツェには愚問だったね」
「そんな異名持ってない! ……え? もしかして影で言われてるの?」
「俺が勝手に思ってただけ」
「やめてよ!」
軽口を叩きながらも、足場を固定しルーツェを肩に乗せる。
よっこらしょっ、と普段ジーウスがこぼす掛け声と共にコハクが立ち上がり、ルーツェの目線は一気に高くなる。
「あ、これなら届きそう」
両手を天井につけルーツェは魔石を見る。特に変わったことところなどない、普通の魔石だ。
「これが呪具……っ、きゃあ!」
「どうした!」
しびれを感じ、ルーツェが手を引っ込める。
突然叫び声を上げたルーツェを急いで降ろし、コハクが様子を確認する。石に触れた指先がしびれただけで、外傷は一切ない。押さえていた右手を無理やり取られ、コハクが目を見開いて凝視する。
「ちょっとバチってきただけ。なんともないよ」
「…………」
ひっくり返したり触ったりして、異常が無いことを確認し納得したのか、コハクは次いで天井を見上げた。
「あ」
「れ?」
天井に埋め込まれていた魔石には大きな亀裂が入り、見事なクズ石と成り果てていた。
「さすが山ゴリゴの異名をもつルーツェ。固い魔石にあれだけの衝撃を与えるなんて……」
「ちょっと触っただけだし、異名もさっきと違うじゃない!」
「でも自分がゴリゴみたいな腕力あるって皆に言わないほうがいいよ。人として」
「人としてって何よ! そもそも、女の子にゴリゴなんて失礼だわ!」
ぷっぷこ怒りの蒸気を飛ばすルーツェに、コハクは気にした様子もなく作業台から降りる。
用事も済んだし長居は無用と、今度はルーツェのリュックにくくりつけていた麻縄を手にする。
「帰ろうかゴリゴ」
「むう!」
手繰り寄せた麻縄を握り、コハクがニッコリ笑う。そんなコハクの脛を、ルーツェは遠慮なく蹴り飛ばしてやった。




