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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第一章 魔力なしの少女
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13話 洞穴探索、道中にて

 現在、山を登っているのは村の参加者を除いた十数名だ。討伐が目的ではなく、探索がメインのため本当は役場の数名だけで行う予定だった。

 しかしアグソルトが急遽一般人の、しかも少女を同行させると言い出したのでコハクやクレイドを含め、腕の立つ役人も何人か参加することとなった。

 集団の先頭には役場の人間が立ち、その中には次長の姿もある。

 コハクは一昨日の討伐隊参加で武器を貰ったらしく、いつも持ち歩く短剣の他に細身の剣も携えている。


「なんか、アレだね。利き手の方でルーツェを捕縛しているところからして、コハクの本気を感じるよね」


 いくらか山を登って休憩を挟んでいた時、クレイドが呆れを含ませながら小さく笑った。

 倒れていた丸太にルーツェと並んで休憩していたコハクは、クレイドには目もくれずコップを水で満たしルーツェへと差し出す。


「とっさに投げ飛ばす時は、利き手じゃないと不便でしょ」

「投げ飛ばすってどういう事!」

「危険がこっちに向かってくるより、目を離したすきにお前が突っ込んでいくほうが厄介だからだよ」

「なるほどね」

「そんなことしないもん! クレイドさんも、納得しないでください!」


 ルーツェはこっそりとリュックに結び付けられた縄を解こうとしたが、キツく結ばれていたため無理だった。

 無念そうに口を尖らせたあと、コハクから受け取った水を飲む。意外とのどが渇いていたようで、あっという()に飲み干してしまった。

 ひと心地つき、カップを下ろすといつの間にか寄って来ていたのか、可愛らしい仔リスがルーツェの手元をうろつく。


「ごめんね、全部飲んじゃった。それとも食べ物と思ったのかしら?」


 言葉が通じるわけではないのだが、つい話しかけてしまう。

 それを目の当たりにして、クレイドが興味深そうにしていた。


「ルーツェは動物に好かれるね」

「朝から取り巻きの大合唱があるくらいだから」

「取り巻き? ……あ、大合唱! ………………あれもそうなんだ」

「コハクもクレイドさんも何の話?」


 診療所に泊まり込んでいるクレイドは、いつかの朝を思い出し遠い目をする。

 朝っぱらからピーチクパーチク賑やかな取り巻き達は、意図して集まっていたのか。


「歓談中失礼する」


 草葉を踏みしめる音と共に、低く野太い声が降ってきた。

 声をした方へとふり返れば、熊と見紛うほどの大きな体躯にもっさりした髪。目元は前髪に隠されよく見えない。日頃から鍛えているのであろう逞しい身体は、腕などルーツェの三倍はあるのではないかと思わせる男が立っていた。


「ランナの町役場にて、次長を務めている。ウルグウ・ハンだ。朝は準備に追われ挨拶もできず、申し訳ない」

「ご丁寧にどうも! わたしルーツェレア・ルクラスです!」

「コハク・ルクラスです」


 コハクもきちんとした面識はなかったようで、立ち上がり頭を下げる。


「この度は役場から急な申し出をしてすまなかった」

「そんな! 次長さんが頭を下げることないです! それに、わたしも報酬目当てなので、気にしないでください」

「そうか」


 普通に立っていても、ルーツェの身長はウルグウのみぞおちあたりまでしかない。それを気にしたのかウルグウはわざわざ片膝を付き、頭を下げたのだった。


「このあとの予定は? 役場長殿はなんと?」

「それが獣が貴殿に倒された場所まで、子どもたちも同行させると」

「そうか、……役場長殿はいったい何をお考えなのか」


 クレイドとウルグウの会話を聞き、ルーツェは小さく震え自身を抱きかかえる。


(またあそこに行くのね……)


 土埃にまみれ、獣独特の異臭をかき消すほどの血の匂い。

 剣に眉間を深く貫かれ絶命した獣。クレイドがもう少し遅かったら、あそこで横たわっていたのはルーツェだったかもしれない。


「帰る?」

「行く!」

「意地っ張り」

「コハクの意地悪」


 右隣に座るコハクの踵を軽く蹴りながら、ルーツェは詰めていた息を吐く。

 こんなところまで来て、ビビっている場合ではないのだ。


「ルーツェレア」

「はい!」

「君は魔力なしと聞いているが、本当なのか?」

「そ、そうです」

「ふむ、ならばくれぐれも我らの側を離れぬように。微力ながら、私も君等を無事に帰せるよう尽力する」

「よ……ろしくお願いします」


 むっきりと筋肉をしならせ意気込むウルグウに、微力とはなんぞやとルーツェは乾いた笑みを浮かべる。

 さすが熊次長。ワイルドです。

 後方を見やれば、口元を手で抑え顔を逸らすクレイドの姿が見えた。肩は小刻みに震えている。


「でぇは君たち、そろそろ出発しますよぉ」

「はい」


 役場長の号令で、再び隊列を組み歩き出す。

 獣を倒しクレイドに助けられた場所まであとわずか。一行(いっこう)は周囲への警戒を怠らず、慎重に山道をかき分けていった。






「到着したようだけど……ルーツェ、大丈夫かい?」


 細い肩を上下させ息を整えているルーツェに、クレイドは感心し声をかける。

 大人の、しかも男性の足について来たのだ。多少ペースを落としていたとしても、素直に褒めてやるべきだろう。


「大丈夫です……薬草取りに、よく来てるので」

「いや、よくないから。いい加減やめてよね、それ」


 先ほどまでの草葉が生い茂る獣道とは違い、この辺りは少し(ひら)けている。

 木々は天高くまでそびえ立ち、空を隠してしまっているが、湿気がたまりやすいのか色鮮やかな苔がそこらかしこに生えていた。


(前はそんな余裕なかったけど……こんなに綺麗な場所だったのね)


 すでに役人達は周囲の探索に入ったようで、何人かが奥へと進んでいく。

 アグソルトはあの骨と皮しか無い身体の、何処にそんな体力があるのか、しれっとした顔で部下に指示を出していた。

 そうしてアグソルトとウルグウ、他に二名の役人がルーツェの元へとやって来た。


「捜査隊を三つに分けました。私達はルーツェレア・ルクラスさんを中心に洞穴を探しましょう」

「洞穴?」


 ルーツェに意識をやりながらも、コハクがアグソルトの言葉に眉をひそめた。

 クレイドも聞いていなかったらしく、似たような表情をしている。


「役場長殿、洞穴とは? 私も何度かこの辺りを探索してみましたが、洞穴など一度も……」

「え? でもこの上の方に、確かにありましたよ」


 逆に驚きを浮かべ、ルーツェがクレイドへと振り返る。

 クレイドやコハクはそれに目を丸くし、同時に理解した。


「役場長殿……だからか……」

「ね、だから早く出発しましょうか」


 ホロホロと笑むアグソルトに促され、ルーツェは元気よく返事を返しコハクは不満の目を向ける。


「大丈夫だ。何かあれば我らが先陣を切ろう」

「先陣て……いや、そんな事にならないようにして。早期撤退を希望」


 硬く拳を握りしめるウルグウに、コハクは乾いた眼差しで返す。


「さあさあ行きますよ。ルーツェレア・ルクラスさん、案内お願いします」

「はい! たぶん、そっちを真っすぐ登って行けば着くと思います」


 ルーツェが曖昧な記憶を頼りに指を差す。

 アグソルトとウルグウは頷き、その方角へと歩き出した。


「私たちも行こうか。ルーツェは決して一人にならない事。コハクも危ないと思ったら、ルーツェを連れてすぐ離脱しなさい」

「言われなくても」


 素直に頷き、クレイドと共に後を追った。




 しばらく警戒をしつつも、変わったところはなく順調に歩を進める。

 これまでの道のりとは違い斜度が急なため、小柄なルーツェには一歩進むのでさえ一苦労だ。

 最初はクレイドや役場の者も気を遣い、手を差し伸べたりしてくれていたのだが、次第に疲労が溜まってきたのか口数が少なくなる。


「す、すいません。あの、少しだけ……ペースを……」


 ぜいぜいと肩で息をし必死に追いつこうとするが、聞こえていないのか誰も答えてくれない。

 あまり面識のない役場の者は仕方ないとしても、クレイドすら振り返らず足早に進む姿にルーツェは口を引き結ぶ。


「まっ……」


 このままではおいて行かれる。

 自分に合わないペースで酷使された足は、思うように動かせずもつれた。


「きゃあ!」

「ぐっう」


 前方に倒れこみ、両手をつく。すると背後からぶつかる感覚と共に、押しつぶされた。


「ちょ……コハク、重い!」

「……え? ルーツェ?」


 多少手を擦りむいてしまったようで、僅かに痛む。

 だがそんな事よりも、今ルーツェを押しつぶす形で間抜けな表情を晒すコハクに疑問が浮かぶ。


「人にぶつかっといて、なんでコハクが驚くのよ」

「……だって、俺」

「?」


 ルーツェに手を貸し引っ張り起こしながらも、コハクは辺りをきょろきょろと見回す。それでも左手にはちゃんと、麻縄が握り込まれていた。

 調子でも悪いのかと、ルーツェが額に手を当てるも熱などは無さそうだ。


「そんなんじゃないから。……なんかさっきまで頭がボンヤリして、驚いただけ」

「え! 大変じゃない」

「だから体調は大丈夫だって!」


 慌てて額に手を伸ばそうとするルーツェの掌を、コハクは鬱陶しそうに払いのける。

 それでも納得しないのか、もはや意地なのか。尚もコハクの額を狙う両手を捕まえ、拘束する。


「疲れてるんだろ、ちょっと座って休もう」

「本当に体調大丈夫なんだよね! あと、手は離して!」

「だめ。ほっといたらあっちを追いかけるでしょ」


 言われて周囲を見回す。

 騒いでいた筈なのに、役人もクレイドの姿もない。


「みんな先に行っちゃった?」

「たぶんね」


 しょんと落ち込むルーツェを座らせ、コハク自身も後ろから抱き込むように座り込んだ。そうしてそのままルーツェの頭に顎を乗せる。

 もちろん両手は拘束したままだ。


「なんで最終形態なの?」

「ん。たぶんそれ位ヤバイ状況だと思う」


 最終形態、正式名称『ルーツェ逃亡阻止捕縛体制最終形態』である。

 コハクが勝手に言ってるだけであるが、過去にこの形態が発動されてからルーツェが逃亡に成功した事はない。


「たぶん、呪具の(たぐい)が発動してる」

「え!」


 コハクが言うには、ルーツェにぶつかる瞬間までの意識が曖昧だったらしい。

 気付けば転んでいた。そんな感覚だと。


「ルーツェ、もう」

「帰らない」


 十中八九、ルーツェの言う洞穴は当たりだろう。

 今回の件と関係なくとも、面倒な事に繋がるはずだ。


「危ない。クレイド達とも(はぐ)れたし、一度戻って準備するべきだ」

「でもその時は、わたしは連れて来てくれないんでしょう?」

「……」

「その間に、また被害が出るかもしれない!」

「そんなこと」

「ないなんて言い切れない」


 お互いの顔は見えないが、どんな表情をしているのかは見なくてもわかる。

 しーんと沈黙が訪れ、鳥の鳴き声と木々がざわめく音だけがした。

 少しの間、無言の攻防が続き、先に口をきいたのはコハクの方だった。


「……なら、どうしろって言うのさ」

「もう! 痛いし重いからどいて!」


 コハクの両手に力が入る。

 頭に体重をかけられ、前のめる。乗せられたあご骨が、地味に圧をかけてきて痛い。


「このまま二人で洞穴を探そう!」

「却下」

「どうして!」

「逆になんで大丈夫って思うの⁉︎ 危ない! 無謀! 故に却下!」

「ちょっとだけ! 場所を特定して、目印(めじるし)を付けるだけでもいいの」


 なおも体重をかけてくるコハクに、ルーツェは何とか押し返そうとするも敵わない。

 このままではペッチャンコにされてしまう。


「それなら次は迷わず来れるでしょう? 見つけても中に入らなきゃいいじゃない」

「駄目ですぅ」

「ならこの次も絶対ついて行くもん! 役場長さんにお願いするからね」

「う……!」


 それはそれで、面倒だ。


「いいわ、そうしましょう。もしかしたら次はコハクが一緒じゃ嫌って言うかもしれないけどー」

「はあ? なに言っ……」

「コハクが意地悪するから、仕返しよ」

「ふざけるな!」


 強い口調でコハクが叫ぶ。

 その怒気を間近で受けたルーツェはびくりと身を強張らせる。


「コハ……」

「なんで分からない! なんで分かってくれない! 止めても聞いてくれないし、危ないことして無茶ばっかり!」

「わたしは」

「嫌なんだ!」


 息が出来ないかと思うほど、強い力がはいる。


「ルーツェが怪我した姿を見ると……死にたくなる……」


 次第に弱まっていく言葉尻は、最後には目の前にある背中に埋まって消える。

 そのまま静寂を守れば、とくとくと小さな音だけが耳に入った。

 コハクはそれきり黙り込んでしまい、動かなくなってしまう。


「そんなの……」


 ルーツェはしばらく大人しくしていたが、身動きが取れない体制のまま小さな声で呟いた。

 かと思えば、勢いよく身を前に倒し、反動をつけて反り返る。


――ゴインッッ~!

「いっ!」

「ったぁ〜」


 渾身の背面頭突きをかましたものの、予想以上の衝撃に仕掛けた本人諸共ダメージをくらう。

 見事にヒットしていたらしく、コハクは頭を抑えながら涙を滲ませた。


「そんな事言われても知らないもん! コハクの方が年上なんだから、我慢してよ!」

「はあ⁉︎ なにそれ!」

「わたしだって、自分で色々出来るようになりたいの!」

「それは関係な……」

「いつまでもコハクに頼ってばっかりのお荷物じゃ嫌なの!」


 身を(ひるがえ)し立ち上がったルーツェは、未だ座り込んだままのコハクを正面から見据える。

 ルーツェの澄んだ翡翠色の瞳には、薄い水の膜が張っており今にも決壊しそうだった。


「お荷物なんて、誰が言った!」

「わたしが自分でそう思うの!」

「なら認識を改めろ! 誰もそんな(ふう)に思ってない!」

「無理よ! そんな簡単に納得できない! コハクだって、わたしが平気って思う小さな怪我でも怒るじゃない! それと同じよ。誰が許してくれても、わたし自身がわたしを許せない! ――それぐらい察してよ! ばーかぁ!!!!」


 とうとう泣き出してしまったルーツェに、コハクは徐々に肩の力を抜く。そのまま小さな背を引き寄せ、今度は力を込めないよう優しく触れる。

 分かっているが、納得できない。それはお互い様で、しゃくりをあげる小さな背を撫でながら昔を思い出す。


「……泣き虫」

「ぅ……るひゃい」

「あと、……ごめん」


 右肩にじわりと広がる熱を感じた。

 しゃくりは次第に鼻をすする音に変わっていき、落ち着いていく。


「……わたしも、ごめなさい」


 小さな両手がコハクの背中に周り、服に大きなシワを作った。

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