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魔王、買いませんか?  作者: ユニコーン須田
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第二話 魔王、手を取る

 まず、この世界のことからお話ししよう。


 この世界は地上を魔界と人間界、天に精霊界と分かれている。魔王とはその魔界を統べる王である。


 魔界と人間界は綺麗に真っ二つに分かれているのだが、ここ数百年魔界の勢力が強く、均等なバランスが崩れていた。このままでは魔界に世界が飲み込まれてしまうと危惧した精霊界がとある人間を選び、その人間に魔王を倒してもらい均等を保とう!と始まったのが勇者である。50年ごとに勇者を送り込み、その中のほとんどは魔界にて敗れ去ってしまったことだろう。もう魔界に飲み込まれるのは時間の問題かと思われていた。

 しかし先日、世界に驚くニュースが飛び込んできた。なんと此度の勇者が魔王を倒したというものだった。現に勇者は魔王の首(胴体付き)を持って王都に凱旋した。


 倒された魔王は王都にて辱めの限りを尽くされたのち、魔物を扱う奴隷商に売り払われた。

 しかし、その後が問題だった。魔王が奴隷になったとはいえ買う人間なんてそうそういなかった。皆無だった。奴隷商が困り果てて、見世物小屋に売り払おうかと思ったその時、手を上げたのがなんとテイマーの男だった。これの名前をニコラスという。アンの実の父親である。



 そんなこんなで辺境のバートンにまでやってきた魔王は今日から魔物ショップで販売されていた。



「人間はなぜ余を買わない?」

「うーんやっぱり価格設定なんですかねえ」


 魔物ショップ閉店後、ふと魔王が口を開いた。その問いに掃除をしていたアンは少しずれた答えを返した。


「国家予算レベルの値段設定だと、やっぱり庶民には手が届きませんよね」

「安くは出来ないのか」


 ぎらりと魔王の金色の目が光る。アンはそれを受けながらも平然と無理だと答えた。その答えに魔王の目がさらに鋭くなった。


「何故だ」

「なぜって……うちが超超赤字だからですよ!」


 そもそもの話として、魔物は基本的に人間と相容れない生物である。そんな生物を戦闘目的以外として誰が好んで、供にするかといえばノーである。ここは魔界にほど近い辺境領であるため、魔物も多く出現するし、テイマーであればその魔物をテイムすればいいだけの話である。それによって魔物ショップの需要はそんなに高くなかった。


 しかも、父親の魔王買いのせいで、さらに国家予算レベルの赤字を背負い込むことになった魔物ショップは今や閉店の危機である。


 買い付けした奴隷商からは実際そんなに支払いを急がれてはいない。魔王を背負い込んでくれるだけで御の字であるからである。しかし、魔物ショップには他にも魔物がいるし、自分たちの生活もある。元々贅沢とはいえなかった生活を送ってきていたが、それがさらに質素になってしまったのである。


「早く魔王を売らないと、お肉も食べれないです。リンリンにもおいしい餌を買ってあげられないし」

「キューキュー!」


 ホーンラビットであるリンリンがそうだといわんばかりに魔王を見る。おかしいな、魔物は魔王である彼にすべて平伏するはずなのに。アンがそう考え出そうとしていると店の扉が開いた。そこには彼女の父親ニコラスが立っていた。


「父さん、おかえりなさい」

「アン、ただいま。魔王は元気にしていたかい?」

「元気ですよ!餌もちゃんと食べました。でも排泄はしないようです」


 ニコラスが檻の中にある餌箱の中身を見ると空になっている。しかし、トイレ容器も空である。排泄管理までするのもテイマーのしっかりとした仕事であったが、魔王は食事はしても排泄は必要としない体になっているらしい。一つ勉強したアンなのであった。


「早く良い人が買ってくれると良いですね、魔王」

「そのことなんだけど、少し考えがあるんだ」

「な、なんですか、父さん。また何かよからぬことを考えていますね」


 にやにやする口を隠すのは父親が何かしでかすときの癖だった。それを見逃さないのはやはり血というべきか。


 たっぷり間を取って、ニコラスは「よからぬこと」を口に出した。


「アンには魔王を連れて、諸国を回ってきてもらおうと思ってる」

「えっ」

「諸国を回り、魔王を買ってくれる人を探す旅だ!」


 父親がそういうと、アンと魔王とリンリンは目を瞬かせた。


「王都でも、ここでも買い手が付かなければ、他の国に行けばいいと思わないかい?」

「た、確かにそうですけど……私、不安です」


 アンは目を伏せた。それをリンリンは下から不安そうに見つめる。そして震える手を握って言った。


「だって、だって……そんなの絶対楽しいじゃないですかー!!」

「そうだろう、そうだろう!」


 そっちかーい!とリンリンはずっこけた。

 アンは興奮して赤くなる頬を押さえながら言った。


「帰ってこなくなるかもしれません!」

「払い込み先をこの店にしてくれば大丈夫だ!」

「死ぬかもしれないです!」

「骨は拾いに行くぞ!」


 この親にしてこの子有りである。アンは嬉しそうに笑って、魔王が入っている檻に近づいた。そのハシバミ色の目はキラキラしていて、魔王は自分の目よりも光るのではないかと錯覚するほどだった。


「魔王、一緒に行きましょう!あなたを買ってくれる人を探す冒険に!」


 檻の隙間から手を伸ばされる。噛み契ってやれば良かったと後から後悔することになるのだが、なぜかこの時の魔王はアンの目の煌めきに目が眩み、その柔らかい手を取ってしまったのだった。

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