第一話 魔王、買いませんか?
新しく始めました。よろしくお願いします。
アクアスフィール王国の辺境領のバートンという町にその店はあった。こじんまりとした建物の中には、見る者が見れば驚くほどの数多の魔物が蠢いているのが分かるだろう。
そう、ここはこの国唯一の魔物ショップ。通称魔物屋である。
「いらっしゃいませ!」
魔物屋の扉を開けると、ミルク色の髪を一つに纏めた、元気そうな少女が出迎えてくれる。彼女の名前はアンという。この店の店主の一人娘であり、テイマーの一人である。客のもとに駆けてきたアンの隣に跳ねているのはアンの従魔であるホーンラビットのリンリンだ。
「今日は何をお探しですか?」
「この子、冒険者駆け出しで、テイマー初心者なんですけど、どの魔物が合っているかしら?」
母親らしき女性に連れられて恐る恐る入店してきた子はまだ12歳程度だろう男の子だった。13歳程度になれば、男の子や一部の女の子は冒険者として駆け出すのがこの町の習わしだった。
「何かと便利で旅のお供に最適なスライムやペットにかわいいホーンラビットなんていかがでしょうか?」
「おれ、かっこいいのがいい!」
男の子はアンの隣にいるホーンラビットを一瞥して、ふんっと顔を横に背けた。どうやら弱いスライムもかわいいホーンラビットもお気に召さないらしい。リンリンは「ぼくもかっこいいだろう!」と抗議するようにぴょんぴょんと跳ねた。
この小さなお客様はかっこいい旅のお供をお探しらしい。アンは考えた。初心者にはウルフも有りだが、昨日テイムしてきたばかりでまだ慣らしきっていないため、今店内にはいなかった。
アンは後ろから視線を感じた。まるで自分を出せというように突き刺さったその視線に、アンはにっこり笑って、大きな檻に被せている幕を取り払って、彼を紹介した。
「それなら、魔王入ってますよ」
「は?」
「魔王です」
アンの後ろにいたのは体長は2m以上あろうかという大男。血にぬれたような赤い髪、その頭には大きい角が二本生えている。ぎらりと光ったその目に射貫かれてその親子は停止した。
「余を買え」
「魔王いかがですかー?」
その大男から発せられた言葉を理解する前に、男の子は失禁していた。女性は白目を剥いていた。
「ぎ」
「ぎ?」
アンが首をかしげる。どうしたのだろうと親子に近づいた。
「ぎゃあああああ!」
「あああああああ!」
途端に悲鳴を上げて、その親子は弾かれるように店から出て行った。否、逃げていった。
「ちょ、ちょっとお客さーん!」
アンがそう叫ぶのは遅かった。本日三度目の悲鳴だったので、もうじき町に噂は回り切ってしまうだろう。
あの店には勇者に倒されたはずの魔王がいる、と。




