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真実の恋  作者: 冬月やまと
9/41

VOL.9 初めての同伴(真)

 二度目に来店してから、毎日一度は実桜からメールが来るようになった。他愛のないことばかりだ。

 二度目に来店した次の日は、ちょうど昼休みの時間帯に来た。

「まこちゃん最高❤

 まこちゃんとおはなししてると

 お仕事忘れちゃう♪」

 確かに、楽しそうだったな。

 真は昨日のことを思い出しながら、実桜が単に仕事モードだけで接しているのではないということを感じ取っていた。さりとて、自分に惚れていると思うほど自惚れてもいない。

 俺は、楽な客か。

 真はかなり正確に、実桜の心情を捉えている。だからといって、実桜が嫌いになったわけではない。

 キャバクラで働くことの大変さを痛感している真は、たまにはそんな客がいてもいいのではないかと思っている。お人好しと言われればそれまでだが、真だって、嫌な客や鬱陶しい取引先ばかりを相手にしていては、心が折れそうになる。訪問するのも苦痛だ。逆に、いい客だと、訪問するのも楽しいし、商談にも力が入る。

 どの世界でも同じだ。

 ましてや実桜は、企業相手ではなく、個人の酔っ払い相手なのだ。そして、客は選べない。

 そう考えると、実桜がかわいそうになってくる。

 ここが、真の優しさであり、弱点でもある。

 実桜は、売られたわけではない。

 自ら進んでキャバクラという仕事を選択したのだから、なにも同情することはないのだが、真はそんなことは、露ほども考えていない。

 頻繁に行くほどにはお金と時間の余裕はないが、たまには顔を出してもいいかなと、実桜の苦労を思いやりながら、真は実桜のメールを見つめていた。

 真は客だからといって、なにをしても良いとは思っていない。

 客の権利はただ一つ、嫌になれば行かなければいい。

 それだけだと思っている。

 相手もそれがわかっているので、あの手この手で、なんとか店に足を向けさせようとしているのだ。

 真は、いつでも止めるつもりで、しばらくは実桜の店へ通おうと思った。自分が情に脆く、そして、情に流され易いということは計算に入れていなかった。

 ともあれ、実桜から毎日メールが来るようになって、真は実桜の言葉を忘れずに、律儀に三回に一度はメールを返していた。

 一週間も経った頃には、実桜からのメールを心待ちにしている自分がいた。

 なんの変哲もない短い文章なのだが、着信に実桜の名が表示されると、心が躍るようになっていた。

 二度目に店に行ってから、三週間が経った。

 真は、とあるチェーン店のレストランの新規開拓を任され、その準備に忙殺されていた。

 それまで受け持っていたお客を引き継ぐこともできないので、日中はこれまで通りの仕事をし、夕方から夜遅くまで新しい仕事の戦略を練り、休日は家や会社で資料作りに追われていた。

 ある日の夕方、心身ともに疲れ切っていた真の許に、実桜からメールが届いた。

「元気してる?

 しばらくあってないね

 ちょっとさみしいな」

 その文面を見て、真は無性に実桜に会いたくなった。

 これが営業メールだということは、真にはわかり過ぎるくらいわかっている。しかし、文面を見ていると、自然と実桜の笑顔が頭に浮かんでくるのだ。

「明日以降で、空いてる日ある?」

 気が付くと、実桜にメールを返していた。

 返事は直ぐに返ってきた。

「あした大丈夫だよ❤

 なんじ頃に来る?」

 うまいと思った。

 さりげなく決定事項として返している。これでは、明日行かないわけにはいかない。

 真も営業畑で十年近くやってきたので、それなりの場数は踏んでいる。その真が、たった一文で追い込まれてしまった。それも、悪い気も起きないでだ。

 まんまと実桜に乗せられたと思った真が、自嘲の笑みを浮かべる。

「じゃ、明日行きます。八時くらいかな」

 暫く考えてから、真は返事を返した。

 実桜は昼間も働いていて出勤はいつも八時だと言っていたので、その時間にした。

「八時だったら、いっしょに入らない? 

 まこちゃん お店に一人でくるのは初めてでしょ」

 さも真に気を遣っているように見受けられるが、真は、キャストと一緒に店に入ると同伴扱いとなり、同半料を取られることを知っていた。それが、実桜の成績になることも。

 普通の男だったら、怒って嫌味のひとつも返すところだが、真はそれでも構わないと思った。その程度のことが嫌だったら、店に行こうとは思わない。

 気のいい真は、そんなことよりも、一緒に入るのだったら食事くらい奢らなければ悪いかなと考えた。

「了解です。もし良かったら、その前に食事でもしませんか? 時間がないのだったら結構です」

 まるで、客に対するような、丁寧な文章を返す。

「うれしい❤

 じゃ、七時でどう?」

 即座に返事が返ってくる。

「なにがいいかわかんないので、実桜ちゃんの食べたいお店にしよう」

 本当は自分が誘ったのだから、どこか洒落たお店にでも連れて行くべきだと思ったが、残念ながら、真はそんなお店にはとんと縁がない。それに、実桜の好物も聞いていなかったので、嫌な思いをさせてもいけないと考えた。だから、変な格好をつけずに、素直に実桜に委ねることにしたのだ。

 これも普通の男だったら、高い店へ連れていかれるんじゃないかと思い、初めての同伴でキャストに任すなんてことは、なかなかできない。

 真は、実桜はそんなことはしないという確信があった。

 もし、実桜が高い店へ連れていくのなら、それはそれでいいとも思っていた。そんな女性なら、すっぱりと割り切れるからだ。これから何度も店へ通うことを思えば、いくら高かろうが、一度の食事代くらいは安いものだ。

「ありがと❤ 

 あしたまでにきめておきます」

 これで、メールのやり取りは一段落した。

 落ち着いてみると、自分が馬鹿みたいに思えて、真の胸に後悔の念が湧いた。しかし、もう約束してしまったのだ。いまさら、断るわけにはいかない。

 次の日の昼、実桜から待ち合わせ場所を知らせるメールが届いた。

 そのときには、真の胸に後悔はなかった。あるのは、自分が初めてキャバ嬢と同伴するという、期待と不安と感慨が入り混じった複雑な感情だけだ。

 約束の時間の十分前、真は複雑な感情を抱いたまま、実桜との待ち合わせ場所にいた。

 約束の時間が迫るにつれ、真は、もし実桜が来なかったらどうしようと、一抹の不安に捉われた。

 真の心配は杞憂に終わり、実桜は約束した時間丁度に現れた。

 実桜の顔を見た途端、真の心がときめいた。

「今日はありがと、誘ってくれて。嬉しかった」

 実桜が満面に笑みを湛えて、真の前に立つ。

 その言葉を聞いて、勇気を出して誘ってよかったと思った。

 黒いワンピースで身を固めた実桜は、店で見る雰囲気とは、まったく様子が違っていた。派手さはないが、それがより一層、実桜の魅力を引き立たせている。

「どこへ行く?」

 真は緊張している自分を悟られまいと、務めて陽気な声で尋ねた。

「実はね、もう予約してあるの」

 実桜が連れていってくれたのは、実桜の勤める店の近くにある焼き鳥屋だった。その店は、サラリーマンが行くような庶民的な店だった。

 自分に気を遣ってくれたのだろうと思い、真は、一段と実桜に好感を抱いた。

 ここでも実桜は、店と変わらず、気さくでありながら、真を立てる気遣いもみせた。

 実桜と会話を重ねていくうちに、真の緊張がほぐれていく。

 この娘なら、多少騙されていたって構うものか。自分ができる範囲は騙されていると思っても、あえて騙されてやろう。

 実桜の笑顔を見つめながら、真は思っていた。



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