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真実の恋  作者: 冬月やまと
8/41

VOL.8 二度目の来店(実桜)

 真が店に来てから、もう二週間になる。 

 あれから、三日に一度は真にメールを打っていた。本当は毎日メールしたいのだが、真に引かれても困るので、自分を抑えつけながら、この頻度に抑えているのだ。

 不思議だった。たった一度しか応対していない客に、こんなに会いたいと思うことは、これまで一度たりともなかったのに。

 それほど楽な客を求めている自分に、心の中で自嘲する。

 メールの文面は、いつも簡素にしている。

「きょうはいいお天気だね」

「きのうはお休みだったのでゆっくりできました」

「こんちは❤ まこちゃん元気?」

 大体このような文面で、最初のメール以来、「会いたい」という言葉は意図的に使っていない。

 真からは、最初のメールで返信があってから、それ以降は返信がない。

 義理堅い真のことだから、何度かに一回くらいは返信がくると思っていたが、実桜のアテははずれた。

 最近では、もう来ないものと諦めかけていた。

 実桜は真と出会ってから、店に来る客が、ますますうっとうしい存在になっている。

 あれから、新規の客とも毎日のように接客しているが、真のような男はいない。

 下ネタを言って、悦にいる者。

 得意げに自慢話をする者。

 露骨にホテルへ誘う者。

 延々と説教を垂れる者。

 無理に酒を飲ませようとする者。

 みんな、これまで実桜が相手にしてきた、馬鹿のオンパレードばかりだ。

 いくらキャバクラで働いているとはいえ、女性に平気で下ネタを言って、なにが楽しいのか。

 それに、自分の自慢をする男に限って、実桜が見るところ、大したことのない奴らばかりだし、露骨にホテルに誘うなんて論外だ。

 説教をする者は、みんないい歳をしたおっさんだ。歳だけでいえば、会社でそれなりの立場に就いているはずだから、説教をしたければ会社ですればいいではないか。多分、会社では言いたいことも言えず、我慢しているんだろう。その鬱憤を、客という立場を利用して、実桜のような立場の弱い人間にぶつける。

 最低だ。

 そういった人間に少しでも反論しようものなら、直ぐにキレて怒鳴り散らし、黒服を呼んだりする。店の教育がなっとらんと、黒服にも説教を始める。

 実桜はお酒が飲めない。

 そのことは初めての客には断りを入れるのだが、大抵は素直に受け取らない。

「俺の酒が飲みたくないのか」

「酒を飲めないやつが、こんな店で働きはしないだろう」

 また、それを信じたにせよ、「酒は、飲むより慣れろだ」と無理に飲ませようとしたり、「飲めないなら飲めないなりに、俺を楽しませてみろよ」とわけのわからないことを口走って、身体を触ってきたりする。

「飲めないのだったら、無理に飲むことはないよ。店には、お酒以外のドリンクもあるんだろ。それを頼めばいいさ」

 素直にそう言ってくれる男は少ない。真は、その数少ない一人だった。

 いくら仕事とはいえ、いくら自分が選んだ道とはいえ、毎日が辛すぎる。

 ここ最近、心が折れかけていた美緒は、真に合いたいと切実に思っていた。

 今日も、新規の客を相手にしていた。

 そしてその客は、いつもと変わらぬ、くだらない男だった。そんなとき、黒服が指名だと呼びにきた。

 今日は、馴染客がくる予定はない。

 指名をしてくる客とは、大抵連絡を取り合っているので、誰がいつ来るかもわかっているし、あまり被らないようにコントロールもしている。

 指名してくれる客が大事なのではなく、毎日まんべんなく売上を上げたいからだ。

 それに、指名をする客に限って、バッティングすると機嫌が悪くなり、怒ったり嫌味を言ったりする。

 指名料も発生するわけだから、客としては当然かもしれないが、それにしても、自分を応援する気があるのなら、心を広く持って、でんと構えてしてほしいものだと、実桜は思う。

 これは実桜だけに限ったことではない。そういった心に余裕のある男こそが、心底キャストに惚れられたりするのだ。

 誰だろう? 

 実桜は訝しんだが、この男と離れられるのがホッとした。

「呼ばれちゃった」

 そんな心をおくびにも出さず、実桜は残念そうな顔を装って、男に断りを入れて席を立つ。

「なんだよ、もう行くのか。これから、仲良くなろうと思っていたのに」

 男が、立ちかける実桜の手を掴んだ。

 あんたの仲良くなるは、私の身体を触ることでしょ。

 実桜は男の手を振り払いたくなくるのを堪えて、「ごめんね」と優しく男の手を離した。

 男に背を向けたとき、実桜の顔に、微かに安堵の表情が浮かんだ。

 あいつだったらどうしよう。

 突然来そうな、何人かの馴染客を頭に描きながら呼ばれた席に行く。そこに座っている男の顔を見て、実桜の心が躍る。

「嬉しい。来てくれたのね」

 真の顔を見るなり、思わず笑顔になっていた。

 そのまま、真の隣に座る。

 嬉しさのあまり、真の膝に自分の膝をくっつけるようにして、寄り添うように座った。

 真が、思わず隣の連れを見る。

 照れくさいのだろうと、実桜は思った。

 真のそんな仕草も、実桜には好感が持てた。

「いつも、メールありがとな」

 ぎこちなくではあるが、真が笑顔で礼を言う。

「読んでくれてたんだ」

 自分のメールが無視されていたのではないかと思っていた実桜の顔が、思わず綻ぶ。

「最初の一度きり返事が来ないから、きっとスルーされてるものたと思ってたのよ」

 実桜には珍しく、本心から拗ねていた。

「悪いな。どう返していいか、わからなかったんだ」

 真の言葉に嘘はないようだ。

 すまなさそうにしている真には悪いが、実桜は、真の純情を利用することにした。

「いつもとは言わないけど、たまには返事を返してくれると嬉しいな。内容はどうだっていいのよ」

 息がかかるくらい顔を近づけ、切なげに言う。ついでに、膝もくっつける。

 またもや真が、連れを見る。

 実桜には、真が動揺しているのが、手に取るようにわかった。

「わかった。今度からは、心掛けるようにするよ」

 真が実桜から膝を離し、実桜の目を見つめながら、真摯な口調で答える。

 やっぱり、このひとはいい。

 二度目の来店で、態度を崩す男も多い。

 真は自分に会いにきたにも係わらず、恩を着せることもなければ、馴れ馴れしくすることもしない。

 実桜は、自分の直感が正しかったことを知った。

「嬉しい。これからもメールするね」

 ダメを押すように、再び膝をくっつけた。

 それからひとしきり、他愛もない雑談をして過ごした。

 真と会話をしていると、本当に楽しい。他の客とは違い、自分が何度も本気で笑っている。真も、自分の笑顔に乗って笑ってくれている。

 自分は真に指名されているので、ずっと真と一緒だ。

 真が連れて来た男がキャスト変える度、実桜はそう思って嬉しかった。

 真と話をしていると、一時間なんてあっと言う間に過ぎ去った。

 スタッフが延長を尋ねにきたが、もう遅いから帰ると、真が断った。

 実桜は、もう少し真と話をしていたかったが、引き止めることはしなかった。

 引き止めると、真が困るであろうことをわかっていたからだ。

「また来てね」

 店を出ていく真に、実桜は明るく言って手を振った。

 やっぱり、真は最高だ。

 真と過ごしている時間は、自分にとって楽だし、くつろげる。

 これでお金がもらえるなんて最高だ。

 相変わらず自分勝手な目論見から、実桜は、真をもっと自分に傾けさせようと思った。

 このとき、実桜自信は気付いていなかったが、自分勝手なのではなく、毎日のストレスで悲鳴を上げていた実桜の心が、安らぎを求めていたのだった。


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