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真実の恋  作者: 冬月やまと
7/41

VOL.7 二度目の来店(真)

 実桜と出会ってから、二週間が過ぎた。

 あれから三日に一度は、実桜からメールが来る。メールの文面は、いつも簡潔だ。

「きょうはいいお天気だね」

「きのうはお休みだったのでゆっくりできました」

「こんちは❤ まこちゃん元気?」

 大体このような文面で、最初のメール以来、「会いたい」という言葉は使われていなかった。

 真は、最初にメールを返して以来、一度も返信していない。

 へたに返信すれば、実桜からのメールは、もっと増えるかもしれない。そうなると、実桜に会いたくてたまらなくなるだろうと思うからだ。

 あれから二週間も経つのに、実桜のこのとを忘れるこができないでいた。それどころか、日を追うごとに、もう一度会いたいという思いが募るばかりだ。

 自分は、まんまとキャバ嬢の術中に嵌っているのだ。

 そう思って、店へ行きたいという思いを抑え込んでいる。

 そんなとき、ある得意先の担当者を接待することになった。その担当者は女性で、おかまバーへ行きたいと言った。発注する見返りにそれを求めたのではなく、雑談の中で出た話だった。

 その女性にはなにかとお世話になっており、真が接待ということにしたのだ。

 女性が、同僚の友達を連れて行ってもいいかと訊いてきたので、それも快く了承した。それくらいは、真の裁量でどうとでもなる。

 そうなると、真も男一人は嫌だったので、同僚で友人でもある寺内を誘った。

 寺内は二つ返事で引き受けてくれた。

 寺内は真と同い年で、独身であることも一緒だが、性格は真とは正反対のざっくばらんで、夜の遊びにも長けていた。

 それなのに、なぜか真とは気が合った。

 二人でよく飲みにも行く。しかし、夜の店には行ったことがない。何度か寺内に誘われたが、真はいつも断っていた。

 おかまバーは、ショーはそれなりに面白かったものの、それ以外は真には馴染めなかった。

 ズバズバとものを言うキャスト達に対して、どう対応すればよいのか戸惑いっぱなしだった。それに比べて寺内は、当意即妙に対応している。

 真は、寺内が羨ましいと思った。

 自分も寺内みたいだったら、こんなに悩まなくても済むのに。ただの営業だと思えば、なにも気にせずメールを流すか、もう一度会いたいと思うのだったら、とっくに実桜に会いに行っているだろう。

 寺内を見ているうちに、真はここ二週間悶々としていたことが、なんか馬鹿らしく思えてきた。

 店を出て女性たちと別れてから、真は口直しという名目で、寺内をキャバクラへと誘った。

 誘われた寺内は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。それから相好を崩し、嬉しそうな顔で行こうと言った。

 もちろん、寺内を連れて行った先は、セクシーキャットだ。

 自分が本当に実桜に惹かれているのか、もう一度会って確かめようと思ったのだ。一人で行く勇気がでない真は、この機会と寺内を利用した。

 店へ入ると、黒服に「ご指名は?」と訊かれたので、「実桜さん」と答えた。

 初めてキャバクラで指名した真の心臓は、ドクドクと脈打っていた。

「いつの間に馴染の娘を作ったんだ。おまえも隅に置けねえな」

 寺内がからかうように言って、真の脇腹を突く。

 真は寺内を連れてきたことを後悔したが、今さら悔やんだってもう遅い。

 こいつは口が堅いからいいだろう。

 そう思って腹をくくり、「まあな」と悠然を装い答えた。

 事実、寺内はちゃらんぽらんなところはあるが、言ってはいけないことは絶対に口外しない。だから、気が合うのかもしれない。

「嬉しい。来てくれたのね」

 実桜が嬉しそうに口許を緩め、真の隣に座る。膝がくっつきそうなくらい、寄り添うように座った。

 真が、思わず向かいに座った寺内を見る。

 寺内は、隣に座った女の子と楽しそうに会話している。真のことなど、眼中に入っていないようだ。

 真はほっとした。

「いつも、メールありがとな」

 真が、実桜にぎこちない笑顔を向ける。

「読んでくれてたんだ」

 実桜の顔を輝いた。その顔に、直ぐに翳りが差す。

「最初の一度きり返事が来ないから、きっと、スルーされていると思ってたのよ」

「悪いな。どう返していいか、わからなかったんだ」

 真は、申し訳なさそうなに頭を下げた。

「ほんとう?」

 嬉しそうな実桜の顔を見て、真の心は弾んだ。しかし、心の一方で警戒している自分もいた。

 疑いだしたらきりがないのだが、それでも、キャバクラという特殊性を、真は捨てきれない。

「いつもとは言わないけど、たまには返事を返してくれると嬉しいな。内容はどうだっていいのよ」

 息がかかるくらい、実桜が顔を近づけてくる。

 いつの間にか、膝もくっついている。

 実桜の甘い吐息が真の鼻孔をくすぐり、実桜の体温が、くっついた膝を通して伝わってくる。

 またもや真は、寺内を見た。寺内は、相変わらず真など忘れたように、女の子との会話に夢中になっている。

「わかった。今度からは、心掛けるようにするよ」

 実桜から膝を離し、真はついそう答えていた。

 言ってから、しまったと思った。また来るかどうかわからないのに、これでは次も来ると約束したようなものではないか。

 俺がキャバクラで遊ぶなんて、百年早い。

 そう痛感した。

「嬉しい。これからもメールするね」

 実桜が、再び膝をくっつけてきた。それからひとしきり、他愛もない雑談をして過ごした。

 実桜はよく笑った。その笑顔は、とても造りものとは思えぬほど眩しかった。

 実桜の笑顔が、真からも本物の笑顔を引き出していた。

 寺内はというと、あれほど仲良くお喋りしていたというのに、黒服がチェンジを告げに来ると、「いてもいい?」というキャストの頼みを無下に断って、別の娘とチェンジしてしまった。

 店を出るまでに、寺内は三度キャストを変えた。そして、どの娘たちとも、楽しそうに会話していた。

 真は実桜を指名していたので、ずっと実桜と一緒だった。

 実桜と会話していると、一時間くらいあっと言う間に過ぎ去った。

 黒服が延長を尋ねてきたが、もう遅い時間だったので、真たちは帰ることにした。

 もう少し実桜と話をしていたかったが、終電を逃してまで延長するほどには、真も溺れてはいない。

「また来てね」

 実桜の言葉を背に、真たちは店を後にした。

「最初に付いた娘と仲良くやっていたのに、おまえ、なんで指名しなかったんだ」

 店を出るなりの真の問い掛けに、寺内がしれっとした顔で答える。

「もっといい娘が付くかもしれないだろ。それにな、いくらいい娘だって、あっちは商売なんだ。一人の娘に入れあげると、ロクなことにならないぞ」

 笑いながら答える寺内の顔が、急に引き締まる。

「おまえの指名した娘な、あれはプロだぜ。それも、かなりの修羅場を踏んでいるに違いない。これは忠告だが、悪いことはいわん。あまり深入りするなよ。おまえごときが相手にできるタマじゃないぞ」

 寺内の言うことはもっともだ。

 寺内に言われるまでもなく、いくら遊びには素人だとはいえ、実桜が他のキャストとは格段に違うことくらいわかっている。

 寺内に付いた三人のキャストも、それなりの綺麗な格好をしていたが、実桜と比べれば見劣りがした。

「おまえの忠告、ありがたく受け取っておくよ」

 そう返したものの、真は、これで打ち切りにする自信がなかった。

 今日、確かめてみてわかったことだが、実桜は確かにプロだが、男を食い物にするような性悪な女だとは思えない。

 自分に向けてくる笑顔も、すべて造りものとも思えない。

 きっと、こうやって、馬鹿な男共は騙されていくんだろうな。

 自分も馬鹿な男の仲間入りかと思いながら、それでも真は、少しは実桜という女性を信じてみようと思っていた。


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