表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真実の恋  作者: 冬月やまと
6/41

VOL.6 メール(実桜)

 真が帰ってからもずっと、実桜は真のことを考えていた。

 経験豊富な実桜には、一目惚れなんてありえない。それどころか、何度店に通おうが、客に恋することなど、プロとして絶対にない。

 キャストには、客と恋愛して結婚する女の子もいるし、今の彼氏が元はお客さんという女の子もいっぱいいる。

 しかし、一目ぼれなんてことはありえない。

 キャバ嬢から見れば、客は金づるなのだ。商品に手を付ける商売人はいない。

 男にとって冷たいようだが、それが、この世界なのだ。

 一部には、ただ贅沢したいだけや、高価なブランド物のバッグやアクセサリーや服がほしいがために、男を食い物にしている女性もいるだろうが、キャバクラやクラブで働いている女性の大半は、普通のサラリーマンよりも真面目に仕事に取り組んでいる。

 仕事や家庭に疲れた男を癒したい。

 女性としての武器を最大限に活かして、もっと自分を磨きたい。

 そう思って、この世界に飛び込む女性も多い。

 世間一般では、クラブやラウンジはまだしも、キャバクラに対しての印象はすこぶる悪い。

 馬鹿な女が簡単に金を稼ぐために、こんな店で働いているのだろう。そして、稼いだ金は、男に貢ぐか、ホストに入れあげるか、海外旅行やブランド品を買い漁っているに違いない。

 そう思っている男共は多い。店へ来る客の大半が、そう思っているといっても、過言ではない。

 だから、キャストを見下したり、寝る対象としてしか見ない。

 金さえだせば、簡単に男と寝ると思っているのだ。そして、そういった考えが最低だということには気付かないで、店では威張り散らしたり、口説きまくったりする。

 ところが、世の男が思うほど、この世界は甘いものではない。

 更衣室には成績のグラフが張られ、誰が一番売上を上げていて、誰が成績が悪いのか、一目瞭然になっている。遅刻や欠勤をすれば、一日の給料以上のペナルティを課されるし、同伴ノルマや売上が達成できなければ、これまた多額のペナルティを取られる。

 お酒を飲みながら話をするだけで、楽に稼せいでいる思ったら大間違いなのだ。

 しかし、厳しいのはそれだけではない。

 夜遅くまで酔っ払いの相手をして、自分も多量のお酒を過ごさなければならないし、欲望を剥きだしにした男共をうまくかわし、次に繋げなければならない。いくら来てほしくない客であっても、そうしないといけない。

 彼女たちは、よほどでないと客を切ることはしない。

 嫌な客を簡単に切っていたら、誰も残らないからだ。

 それほど、キャバクラに来るような男には、ロクな奴がいない。

 成績と夜更かしと酒、それに、セクハラや自慢しい、威張りたがりの男たちを相手にしていては、身も心も壊れてゆく。

 事実、実桜は、身体を壊して辞めていった者や、心を壊して自殺未遂をしたキャストを、何人も知っている。

 そこまでして、なぜ、この世界に止まるのか。

 人には、それぞれ天職というものがある。 

 特に夜の世界は、天職でないと長続きしない。

 楽してお金を稼ぎたいとか、お金のために平気で客と寝るような女は、客とトラブルを起こしたり、客に恨みを買ったりで、ひとつの店には長くいられなくなり、いくつもの店を転々とする。

 そんな理由から、この世界で、ひとつの店で長く務め、常に上位の成績を取り続けていこうと思えば、プロに徹しなければやっていけないのだ。

 しかし、いくらプロに徹していても、人間である以上、疲れもするし、嫌気が差すこともある。

 実桜も、何度も心を壊し、その度に挫けかけた。

 実桜を踏み止まらせ、支えてきたものは、幼い頃の体験と、悲惨な結婚生活、それに、多額の借金の返済。それらを背負って一人で生きていこうとする実桜にとって、そんなことで挫けてはおれなかった。

 真は、実桜にとって、珍しく安心のできる客だった。

 実桜の出で立ちがそうさせるのか、これまで実桜に付いた男は、ほぼ例外なく、実桜の身体を求めてきた。酷いのになると、初めての席に着いて直ぐに、ホテルに誘ってくる。実桜がやんわりと断ると、キャバ嬢のくせにという、完全に尊厳を無視した言葉を投げつけてくる男もいる。

 たまに実桜の身体を求めない男もいるが、そんな男は、自分のことばかりを喋り続けるか、実桜がなにを話し掛けても、終始無言でいるかだった。

 自分のことばかりを喋り続ける男は、いくらうっとうしくても、黙って相槌さえ打っておけばまだ楽だが、終始無言でいる男は、なにをしに店へ来ているのか、さっぱりわからない。

 その男は、三回目で出入り禁止になった。

 真は、そんなこれまでの、どの男とも違った。

 キャバクラは自分の性に合わないと言いながら、威張ることもなく、下卑た欲望を見せることもなく、自慢話をすることもなく、実桜の話に耳を傾け、実桜が気を遣わない程度に、自分から話をしたりした。

口には出さなかったが、連れてきた客や周りの客を見て、男の欲望を剥きだしにしている姿に、嫌悪感を抱いていたようであった。

 実桜の話を聞き、自分の仕事を大変だと言ってくれた。

 その口調には、真実の労りがあった。

 こんな男もいるんだ。

 真を見て、実桜は、少し男というものを見直した。

 辛い仕事の、一服の清涼剤になる。

 月に一度でもいい。心を許せる客がいれば、どんな辛いことにも耐えることができる。なにより、男というものを、心から嫌悪しなくても済む。

 実桜は、そんな男を求めていた。

 真のような男は一旦取り込めば、非常に扱いやすい。そうなれば、自分に尽くしてくれるのではないか。

 長年、多くの男をあしらってきた実桜には、それがよくわかった。 

 そんな自分勝手な思いから、実桜はなんとか真を取り込もうとした。

 昨日の様子では、自分から再度来るようなことはないだろう。

 冷静に真のことを観察していた実桜は、そう読んでいる。

 まずは、メールだ。

 昨日貰った名刺に、メールアドレスも記載してあった。

 個人名なので、会社のメールに送ってもいいだろうと、実桜は判断した。

 営業の常套手段であるメールを、いかに効果的に打つか。

「きのうはありがと

 楽しかった

 またあいたいな」

 考えた挙句、簡単な文面にした。

 新規の客に、いつも打つのと同じような内容だが、少し変えた。

「昨日はありがとう

 また会えるといいね」

 これが、いつものメールだ。

 ひらがなを多くすると、馬鹿な女と思われて軽く見られるし、「会いたい」と打てば、これまた馬鹿な男共が、大いに勘違いをする。

「会えるといいね」と言っておけば、男は、勝手に勘違いして店にくる。

 それに、なにを言われようと、ただの希望なので、いくらでも言い逃れができる。

 ましてや、楽しくなんかないので、「楽しかった」なんて、絶対に入れない。

 真は、そんな勘違いをする男ではない。

 だから、ひらがなを多めに使って可愛らしさを演出し、「ありがとう」ではなく、「ありがと」と切って、親しみを込めた。

 それに、本当に楽しかったので、素直に「楽しかった」と入れた。

 しばらくして、真から返信がきた。

「こちらこそ楽しかった」

 それだけだった。

「俺も会いたい」とか、「今度行くよ」とかいう言葉はなかった。

 実桜は少しがっかりしたものの、希望も持てた。

 なんとも思っていなければ、返信をしてくるはずがない。

 そう思ったものの、昨日の真を思い浮かべて、律儀そうだと思った実桜は安心してはいけないと、自分を戒めた。

 客からのメールで、実桜がこれほど悩むのは珍しい。

 真のような男に、媚を売ったり、追撃するようなメールは逆効果だ。

 そう思った実桜は、長期戦でいくことにした。

「うれしい❤ 

 ほんとうに またあいたいな」

 その日はそれだけを返した。

 もちろん、返信は期待していなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ