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真実の恋  作者: 冬月やまと
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VOL.5 メール(真)

 セクシーキャットへ行った翌日も、真は、まだ実桜のことが気になっていた。

 これまで、キャバクラやクラブで接した女性で、これほど気になった女性はいない。

 適当に面白おかしくおしゃべりをして、それで終わりだった。

 さすがに、接待で何度も行っているお店の女の子の何人かは顔を覚えているが、初めて着いた女性などは、次の日どころか、電車に乗った頃には忘れている。

 根が正直で一本気な真は、どこまでが本気で、どこまでが嘘かわからない、夜の女性は苦手だった。

 前述したように、真は、夜の世界で働く女性に偏見を持っているわけではない。

 真は夜の世界で働く女性でなくても、女という生き物が、多かれ少なかれ嘘をつくのはわかっている。 それは、一般に言われる嘘とは、違う次元のものだ。

 まして、夜の世界では、平気で嘘をつくのも仕事の一環だ。

 客を騙そうとするのではない。自分を守るためにも嘘をつくし、客をいい気分にさせるためにも嘘をつく。

 毎回のように訊かれる、「彼氏いるの?」、「結婚してるんじゃないの?」なんてくだらない質問に正直に答える義務はないし、気持ちの悪い客に、「あんた気持ちが悪いのよ」なんて言っては、商売にならない。

 真も営業だから、その辺りのことは心得ている。

 真が苦手とするのは、色恋に関する嘘だ。

 たとえ嘘だとわかっていても、真剣な顔をして、あなたのことが好きなのと言われれば、真にはどう対処してよいかわからない。遊び慣れた男なら、適当に流すか、そんな会話を楽しんだりするのだろうが、自分だと、真顔で否定しそうな気がする。

そうなると、相手も振り上げた拳を下すすことができなくなり、へたをすれば、傷つけてしまうかもしれないという危惧があった。

 相手も、そんなことには慣れているだろうから、なにも気にすることはないのだが、年齢の割には初心なところがある真は、たとえ夜の世界で働いていても、女性を傷付けるのが、凄く怖い。

 彼女たちだって、真剣に頑張っている。へたをすれば、いや、へたをしなくても、昼間の仕事よりきつい。神経も肉体もすり減らす職業だ。

 真は、そう思っている。

 それは、一部には、男を食い物にしている性悪な女もいるだろうが、実桜がそうだとは、真には思えなかった。

 真の見るところ、実桜はプロだ。どんな世界でも、プロというものは凄まじい。プロとは、仕事の対価として、正当な報酬を得る者のことだ。

 当たり前のことだが、これが、なかなか難しい。

 大抵の人間は、自分が受け取る報酬より、自分の働きの方が勝っていると考える。そのくせ、少し体調が悪いと会社を休んだり、働く者の権利ばかりを主張したりする。

 そんなのは、プロとはいえない。

 どんなに長年同じ仕事をしていようが、自分は使われている身、或いは、働いてやっているんだという意識を持っている限り、その人の伸び代はたがが知れている。

 そういった人達は、ただのサラリーマン、いわゆる給与取得者で、プロではない。

 プロというものは、強烈なプライドを持っている。常に、仕事を第一とし、己を律し、体調管理もしっかりする。たとえ体調が悪くても、少々のことでは休まない。自分のやったことに誇りと責任を持ち、その対価として報酬を受け取る。一旦引き受けた仕事は、どんなことでも泣き言を言わず、必ずやり遂げる。

 それがプロだ。

 昨日、実桜と話をしていて、実桜の強烈な自意識を、真は感じ取っていた。

 夜の世界のプロ。

 これほど、自分と合わない女性はいない。

 真は、どんな女性を相手にしても、ど素人だからだ。

 そうは思っているのだが、なぜか、実桜のことが気になって仕方がなかった。

 派手な服装と化粧。

 これも、真にとって、苦手なことだった。

 すべてが真の好みと真逆のはずなのに、ずっと実桜のことが、頭から離れない。

 これまで、こんなことがなかった真にとって、自分はどうしちまったんだという戸惑いが、実桜への想いと共に付きまとっていた。

 そんな想いを振り払うように、真は朝から仕事に没頭した。

 だが、営業回りをしていても、資料を作成していても、頭の片隅には、常に実桜の顔があった。

 夕方、見積りを作成している真のパソコンに、メールの着信を知らせる音が鳴った。

 仕事関係だと思って、なにげに開くと、実桜からだった。 

「きのうはありがと

 楽しかった

 またあいたいな」

 それだけの短い文章だったが、なぜか真の心は躍った。

 営業メールだとわかっているのに、真は嬉しかったのだ。

 これまで、そんなメールはことごとく無視してきた真だったが、このときばかりは、思わず返信してしまった。

「こちらこそ楽しかった」

 さすがに、また会いたいというような文面は控えた。

 送信してしまった直後に、返さねばよかったと、真は後悔した。

 一度返してしまうと、向こうも脈ありとみて、しつこくメール攻撃をしてくる可能性があるからだ。

 だが、実桜の携帯は、パソコンからのメールを拒否しているのか、真の打ったメールは宛先不明で返ってきた。

 最近の携帯やスマホは、迷惑メール防止のため、パソコンからのメールは拒否していることが多い。

 届かなくてよかったと安堵した真だったが、気が付くと、自分の携帯から、同じ文面を送ってしまっていた。

 なぜ、そうしたのかわからない。半ば無意識にやっていたのだ。

 が、今度はあまり後悔しなかった。

 直ぐに、実桜から返信がきた。

 真は、SNSにはまったく興味がないので、電話の利便性を考えて、未だに携帯を使っている。

「うれしい❤ 

 ほんとうに またあいたいな」

 真は、我知らず笑みを浮かべてしまった。が、直ぐに、自分の愚かさ加減に気付いて、自嘲の笑みに変わった。

 これ以上深入りしない方がいいと、必死で心に言い聞かせて、その日は返信することをしなかった。

 家へ帰ると、ネットで「キャバ嬢のメール」というようなワードで、検索をかけてみた。

 驚くほど多くのサイトがある。多くは、キャバ嬢のメールは、客を導くための色恋だから、騙されるんじゃないとか書いてある。

 それは当然だろうと、真は思った。

 自分たち営業だって、同じようなことをしているのだ。

 最初からわかっていたことなのに、俺は一体なにをしてるんだ。

 またもや真が、自嘲の笑みを浮かべる。

 サイトを見ていて真が驚いたことは、キャバ嬢の口説き方や、キャバ嬢の落とし方などのサイトも数多くあったことだ。

 ひとつふたつ覗いてみると、そこには、いかに少ない回数、言い換えれば、お金を使わずに、お目当てのキャバ嬢を落とせるかなんてことが、得意げに、もっともらしく書いてあった。

少し粘って駄目だったら、別の店に行って、新しいキャバ嬢を探せとか、新人の嬢は落としやすいとかが書いてある。

 こういったサイトを起ち上げる奴や、それを真剣に読む奴は、一体なにを考えているんだ。

 キャバクラに、なにを求めて、なにをしに行くんだろう。

 男の卑しい欲望をまざまざと見せつけられて、自分も男だということが、生まれて初めて嫌になった。

 普段、真面目に仕事をしていようが、どれだけいい人でいようが、こんな下卑た欲望を持った奴なんて、世の中にはごまんといるんだろうな。

 確かに、真にも欲望がないわけではない。しかし、女性と関係を持つということは、真にとって、その女性のことを本当に好きでなければできないことだ。

 好きでもない女と関係を持つなんて、マスターベーションと変わらないではないか。

 女とやれるなら誰でもいいと思っている馬鹿な男共は多い。そして、それを求めて、男共はキャバクラに行く。高い金を払っているのだからやらせてくれてもいいじゃないかという勝手な理屈をつけて、キャストに迫る。

 真は、改めて、実桜の仕事の大変さを痛感した。

 そんな欲望剥きだしの男共を毎日相手にしている実桜に、自分なんか手のひらで転がされるであろうことは、想像に難くないとも思った。

 それでも、真の脳裏から、実桜が消えることはなかった。

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