表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真実の恋  作者: 冬月やまと
4/41

VOL.4 出会い(実桜)

「いらっしゃいませ」

 実桜は、愛想よく挨拶してから、男の隣に座った。新規の客なので、男に笑顔を向けながら、さりげなく観察した。男は笑顔を浮かべて挨拶を返してはいるが、目は笑っていない。

 接待かしら?

 男の連れを見て、実桜はそう推察した。

「実桜といいます。よろしくお願いします」

 笑顔で、名刺を差し出す。

 男は素直に名刺を受け取ったが、自分から名乗ることはしない。

 無粋な男。

 そう思いながら、実桜が男の名前を尋ねる。男は、訊かれるまま素直に答てくれた。

「じゃあ、まこちゃんって呼んでいい?」

 これは、実桜が良く使う手だ。親しみを込めてやると、大抵の男は、自分に好感を抱いてくれたものと思い、やに下がる。

 だが、真は違った。

「いいよ」と笑顔で返事をしたものの、本当には喜んでいない様子が、実桜には見て取れた。

 年齢と職業を訊いても、素直に答えてくれた。うっとうしい客は、年齢や職業を尋ねると、何歳だと思うとか、当ててみなとか嬉しそうに言ってくるが、この男みたいに素直に答えてくれる方が、客として好ましいのだ。

「この店は?」

 始めてだろうとは思っているが、一応尋ねてみた。もしかしたら自分の知らないところで、一度や二度は来ているかもしれないからだ。

「初めてだよ」

 真は笑顔で答えたが、その笑顔が無理に造ったものだと、実桜にはわかった。

「キャバクラへは、よく行くの?」

 初めての客には、大抵この質問をする。男の答え方で、ある程度場馴れしているかどうか測るのだ。実桜は一目見て、真がこういった場所に慣れていないのはわかったが、とりあえず訊いてみた。

「いや、滅多に行かない。今日は、接待でね」

 真が、隣の男を目で指さした。

 やっぱり接待なんだ。それにしても、変わった男。

あまり場馴れしていないくせに、物怖じしている様子もないし、自分たちキャストを見下しているようでもない。

 落としやすいのか、落としにくいのか?

 ベテランの実桜でも、判断が付きかねた。

 真が連れてきた客は、隣に座った女性の膝を、さも嬉しそうに触っている。その光景をちらと見た真の目に、蔑みの色が一瞬浮かんだのを、実桜は見逃さなかった。

「こんな店は嫌い?」

 真の本音を引き出そうと、実桜が尋ねる。

「別に、嫌いなわけじゃないがね、俺の性に合わないだけさ」

 あくまで笑顔を造ったままで、真が答える。

「どうして?」

 嫌味を抱かせぬよう、実桜が可愛らしい笑顔を造った。

「俺はね、連れと居酒屋でわいわい騒いでいる方が好きなんだ」

「ふーん、そうなんだ」

 真の言い方は、気負いも衒いもなく、実に淡々としていた。

「キャー やだー」

 どこからか、嬌声が聞こえた。

「君らの仕事も大変だな」

 真が、苦笑いを浮かべながら言う。

「どうして?」

「酔っ払いの相手って大変だろ。普通だったら、完全にセクハラのところを、本気で怒ることもできないし、それどころか、そんな奴らをいい気持ちにさせて、次に繋げないといけないんだものな。俺には無理だね。いくら仕事といっても、絶対無理」

 語尾に力を入れて、真が顔をしかめる。

「優しいのね、そんなことを言ってくれるお客さんは滅多にいないわよ」

 どこまで本気で行っているのか、実桜には測りかねたが、それでも、そんなことを言ってくれる客は滅多にいないので、実桜は心から嬉しくなった。

「そうか?」

 真が、真面目な顔を向けてくる。

「そうよ。ここに来るお客さんってね、大抵、私たちのことを見下している人が多いのよ。中には、顔を見るなり、なんでこんな店で働いているんだとか、親が知ったら泣くぞなんて説教する人もいるのよ。そうじゃなければ、いきなりホテルに誘ったりとかね」

 実桜は、つい、接客のことを忘れて、本気で答えてしまっていた。自分の顔に怒りが浮かんでいるのに気付き、直ぐにそれを引っ込めた。

 今日のわたしは、どうしたんだろう?

 真の反応がこれまでの客とは違うので、実桜は少し戸惑っている。

「こんな店って? じゃあ、なんで、そいつらは店に来てるんだろうな。それに、ホテルに誘うくらいなら、風俗に行けばいいのに」

 真が、怒りと、情けなさの同居したような顔で言う。

「本当に、君らの仕事って大変だな」

 言った真の声には、実桜に対する労りがあった。

 このひとは、本気で言っている。

 実桜には驚きだった。

 普通、こんな店へ遊びにくるような客は、下心があるか、日頃のうっぷんを晴らすために女の子に威張りたいか、どちらかが多い。なのに、性に合わないと言い切った真が、本気で自分たちのことを認め、同情してくれている。

「仕事だからね」

 我知らず、ため息をついてしまった。

 なんで、この男と話していると、自分は素直になれるのだろう?

 客を男として見てこなかった実桜は、自分の感情に戸惑っていた。

 きっと、この男の正直さのせいだ。

 これまで、男のくだらなさ、情けなさ、下劣さといった部分を嫌というほど見てきた実桜には、男が新鮮に見えた。と同時に、この男を客に出来たら安心できる。そういう打算も働いた。そのとき、ボーイがチェンジを告げにきた。

「ねえ、ここにいてもいい?」

 離さない。

 すかさずそう決心して、甘えてみせた。

 これまで、何千人の男をあしらってきた実桜には、今では、真の性格をある程度見抜いていた。別にやに下がりはしないが、断りはしないだろうと思っていた。

 案の定、真は「いいよ」と、快く受け入れてくれた。

「嬉しい、ありがと」

 喜ぶ振りをしながら、実桜は、男の膝に手を置いてみた。

 真が、照れることも、触り返すこともなく「どういたしまして」と、淡々と答える。

 ますます安心できる。

 実桜は、内心でほくそ笑んだ。

 それから真の趣味嗜好を探るべく、色々な話を振った。その中で、自分が飼っている犬の話に食いついてきた。真が犬好きなのは以外だったものの、実桜は内心しめたと思った。

 黒服が時間前の延長の確認にきた時、実桜は延長してくれるよう願った。もう少し話をして、真の心を掴みたかった。しかし、連れの男がしぶしぶではあるが、「もう、帰らないと」と言った。

 実桜は、心で舌打ちをした。

 あれほどキャストを触りまくっていたのに、どうやら奥さんが怖いらしい。

 真があからさまにほっとした顔をして、財布を取り出す。

 領収書を貰おうと、真が名刺を黒服に渡した。それを見て、実桜も名刺をねだった。以外にすんなりと名刺を渡してくれた。

「また来てね」

 笑顔で送り出した自分に、真は軽く手を振って去っていった。

 去り際に、「ありがとう」と言った真の声が、心に沁み込んた。

 帰り際に礼を言う客など、滅多にいない。

 ここへ来るような男共は、自分が客だと痛いほど思っている。店からすればそれほど高くないのだが、安月給のサラリーマンからすれば、高額の金を払って来てやってるのだから、店がもてなして当たり前、女が媚びて自分をいい気にさせてくれて当たり前だと思っている。

 そんな客が礼などいうはずもなく、不平や不満をぶちまけて帰る客も多い。

 実桜は、安心できる固定客がほしかった。

 真を、なんとか自分の許に通わせよう。

 実桜は、闘志を燃やした。その一方で、心からもう一度会いたいという気持ちにも気付いていた。こんな感情は初めてのことだ。

 実桜は、戸惑いを押し隠しながら、店の中へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ