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真実の恋  作者: 冬月やまと
38/41

VOL.38 嵐の予感(実桜)

 北川にプロポーズされた晩、実桜はずっと塞いでいた。

 なぜ、まこちゃんではないのだろう。

 別に、プロポーズなんてしてくれなくていいから、せめてデートの誘いでもしてくれればいいのに。

 そう考えれ考えるほど、真に対して腹が立ってきた。

「あのバカ」

 実桜はベッドに横たわり、暗い天井を見つめながら呟いた。

 なんで、あんな融通の利かない男に惚れてしまったのだろうと思い「わたしもバカだ」と、再び呟いた。目は、ずっと暗い天井を見つめている。

 真のことは考えないようにしようと思いながらも、頭から追い出すことは出来なかった。

 実桜が眠りに就いたのは、夜が白々と明けかかった頃だ。

 翌日、北川が返事を聞きに店にやってきた。

 実桜は、丁重にお断りした。

 理由を訊かれて、「わたしは、あなたの家庭にそぐわない女です。キャバクラなんかに勤めている女より、もっと相応しい女性を探してください」と答えたが、本心はまったく違った。

(誰が、マザコン野郎の嫁になんてなるものか。わたしがキャバクラに勤めているから耐えるのには慣れているだって。ふざけるんじゃないよ。ママの言う事には絶対服従なんて、そんな女がいるのだったら探してみな。金目当ての女しか引っ掛かるわけないじゃない)

 実桜が断ると、北川の態度がガラリと変わった。

「こんないい話を断るなんて、おまえ馬鹿じゃない?」

 これまでの紳士的な態度は影を潜め、実桜を見下した目付になっている。

「おまえみたいな胸がデカいしか取り柄のない女は、大人しく俺の言うことを聞いておけばいいんだ。キャバ嬢が大会社の社長夫人なんだぞ。なぜ、有難く思わないんだ」

 実桜に指を突き付けながら、キレ気味の口調でまくしたてた。

 北川の言葉に、実桜もキレた。

「胸がデカい女が好きなら、他に探せば。わたしよりデカい女はいくらでもいるわよ」

北川を睨み返しながら、負けじとやり返す。

「わたしはね、いくらお金を持っていようと、どんな大きな会社の重役であろうと、マザコンなんかの奥さんになる気はないの」

 北川の顔色が変わった。

「誰が、マザコンなんだよ」

「その年齢でママって、マザコンじゃなくてなんなの。ママの命令に絶対服従だなんて、あんたいくつ?」

 実桜は、汚いものでも見るような目付で北川を見た。

 長年この世界で生きてきた実桜だが、客にこんなにキレたのは初めてだった。

 マザコンが生理的に嫌いというのもあるが、多分に真のせいでもあった。

「俺は、おまえにいくら注ぎ込んできたと思ってるんだ」

 とうとう北川は、席を立って怒鳴った。

 周りの席で楽しくやっていた客やキャストの目が、二人に注がれる。

「知らないわよ。あんたが勝手に遣ったんでしょ」

 実桜がそこまで言ったとき、黒服が二人飛んできて、北川を宥めに掛かった。

 北川は憤懣やるかたないという感じで、実桜に捨て台詞を吐いて店を後にしてしまった。

 聞き慣れた、「キャバ嬢のくせに」という言葉だ。

 実桜は店から事情を聞かれたが、わりとよくある話なので、罰金も取られずに済んだ。

 いくらプロといっても、こんな気分で仕事を続けてられないと思った実桜は、店を早退し家に帰った。

 家に着くと服のままベッドに横たわり、小さなため息を漏らした。白い天井を見つめていると、無性に真に会いたくなった。

 携帯を手に取ると、「こんどいつくるの?」と打った。が、送信するのを止めた。

 自分から催促するのは、実桜の鉄則に反する。それに、真の気持ちがわからないのに、自分からアプローチしても仕方がない。

 もし真が、自分のことをただの遊びだと思っていたら馬鹿みたいだ。

 催促する代わりに、実桜は真にメールを打つのを暫く止めようと思った。

 そうして、真の出方を待つことにした。

 真からのメールがないまま、日は過ぎていった。

 実桜は、じりじりとして真からのメールを待っていた。

 メールが来る度、期待して送信者を見たが、どれも真ではなかった。

 実桜のような職業は、一日に多くのお客とメールをやりとりする。その度に、期待と落胆が訪れ、実桜の心はすり減っていった。

 メールを断って一週間が過ぎた。

 実桜は、我慢の限界に達した。

「あのバカ」

 声に出して罵ると、実桜は携帯を手にした。

 その瞬間、携帯が震えた。ついに、待ち望んでいたものがきたのだ。

「元気? 今度いつ空いてる?」

 一週間もメールを送らなかったというのに、普段通りのメールだった。

 自分になにかあったのかという心配や気遣いなどは、その文面からはなにも読み取れない。

「所詮、こんなものなんだ」

 やっぱり真も、ただの男か。

 実桜はがっかりして、メールを返す気になれなかった。

 翌日になって、直接真に会って確かめたい気持ちになった実桜は、返事を返した。

「いつでもいいよ」

 昨日の思いを引き摺っていたので、文面は素っ気ないものだった。

 いつもなら、「うれしい」とか「ありがと」とか「やったね」とかいう言葉を付けるのだが、今回ばかりはその気になれなかった。

 食事の間中、二人は気まずい雰囲気に包まれていた。

 なぜか、今日の真はいつもと様子が違う。まるで、初めて食事したときのようにぎこちない。いや、初めて食事したときの方が、遥かに打ち解けていた。

 実桜は、とうとう食事の席では、真の気持ちを確かめることができなかった。

 店に着いてからも、暫くは他愛のない話をして過ごした。しかし、いつものように仲良くとはいかずに、ここでも、ぎこちない雰囲気が漂っていた。ぎこちなくも、真は普段通り振る舞おうとしているので、四十分くらい経った頃、実桜が突然話題を変えた。

「わたしね、このあいだプロポーズされちゃった」

 真からは、「そうなんだ」とだけ返ってきた。

「そうなんだって、えらく他人事なんだね」

 やっぱり、わたしのことなんてどうでもいいんだ。

 実桜が寂しさに捉われる。

「そんなこといったって、俺にどうこういう権利はないだろ」

「冷たいのね」

 実桜は、無性に腹が立ってきた。

「相手の人はね、大きな会社のご子息さんよ」

 挑戦的な目で、真を睨みつける。

「その方は、今は専務さんなんだけど、行く末は社長になるみたいよ。お店へ来てから四ヶ月くらいになるけど、最低でも週に二回は通ってくれ、延長もしてくれて、シャンパンやフルーツなんかも気軽に頼んでくれるの」

 真の気を惹かせたくて、実桜は言ってしまっていた。

 言ってからしまったと思ったが、もう遅い。

「そうか、おめでとう」

 真は怒るでもなく、笑顔で応えてくれた。

 しかし、その笑顔はどこかぎこちない。

 そんな真を見て、実桜はもしかしたらと思った。

「おめでとうって、わたしが結婚すればいいと思ってるの?」

 思いのたけを目に込めて、実桜が真を睨む。

「だって、いい話じゃないか」

 真の言葉に、実桜はがっかりした。

 悲しみが、胸を浸す。

「そう、日向さんはそう思ってるのね」

 所詮、真もただの客だった。

 実桜は、もうまこちゃんとは呼べなくなっていた。

 真が返答に困っているとき、黒服が延長確認にやって来た。

 真が首を振って黒服を下がらせると、実桜に正面きって向き合った。

「俺はね、実桜ちゃんが幸せになれるのだったら、誰と結婚してもいいと思っている」

 実桜はなにも言わずに、ただ真の顔をじっと見つめていた。

 気まずい雰囲気を残しながら、真が店を出ていった。

 こんなに気まずい見送り方は、実桜は初めてだった。

 真が店を出て暫くしてから、真からメールが来た。

 


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