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真実の恋  作者: 冬月やまと
30/41

VOL.30 氷解(実桜)

「お店のお客にストーカーされてます

 昨日も、帰りにお店の前で待ち伏せされてました

 毎日がとてもこわくて不安です」

 これで、真から無視されたらどうしよう。

 実桜は、祈るような気持ちで送信ボタンを押した。

 一か八かの賭けだった。

 こんなときに、こんなメールを送れば、策略ともとられかねない。なんといっても、自分はキャバ嬢なのだ。

 ここ最近、ストーカーに悩まされているのは事実だ。愛犬のこともストーカーのことも、真には言い出せずにいた。

 言えば、真は親身になってくれることはわかっていた。

 だが、いくら真が親身になってくれたって、恋人でも夫婦でもないのに、どうしようもないではないか。

 実桜は、真に余計な負担を掛けたくなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 メールを無視されている以上、実桜にはどうすることもできない。

 名刺をもらっているので、電話を掛けることもできたが、それはしたくなかった。そんなことをすれば、余計に嫌われかねない。

 いろいろと考えた挙句、ストーカーの件を持ち出すことしか思い浮かばなかった。

 これで、真の本心もわかる。

 そういう打算が働いたのも事実だ。

 男というものは、口では優しいことを言ったり、偉そうなことを言ったりするが、いざとなると実行を伴わない者が多い。これで真から返事が返ってこなかったら、本当に自分のことを嫌いになったか、また騙そうとしていると疑っているかのどちらかだろう。

 どちらにしても諦めがつく。

 その程度にしか、自分のことを見ていなかったということだ。

 他の客よりも少し優しい程度で、所詮、自分のことをただのキャバ嬢という意識しか持っていなかったに違いない。

 実桜はそう思い定めて、真の本心を探るためにも、最終手段を選んだ。

「今日、予定ある?

 ないのだったら、店に行くよ」

 すぐさま、真から返信がきた。

 実桜の心が躍った。

 ストーカーのことには触れていないが、真が自分のことを心配して返してくれているのは間違いない。

 それも、今日店に来てくれるという。

 真だって、仕事の都合があるだろうに。

 よほど、自分のことを気遣ってくれている証拠だ。

 やはり真は、ただの客ではなかった。

 実桜は、真の心情に心を打たれると同時に、こんな手段を使った自分に後ろめたさを感じた。 

「うれしい

 きょうは大丈夫です」

 間髪入れずに、返事を返した。

 感情の赴くままに返信したので、ハートマークを入れるのも忘れていた。

 それから、待ち合わせの場所と時間のやり取りをした。

 一段落付いたあと、気持ちが落ち着いてきた実桜は、なぜ、真が自分のブログを見つけたのかと、それが気になった。

 これまでは、真の怒りを解きたい一心で、そんなことに気が回らなかったのだ。

 まさか、真がストーカーをするとは思えなかったが、今日の真の返事次第では、真に失望してしまうかもしれないと、嫌な気持ちに捉われた。

 せっかく真に会えると喜んだのも束の間、実桜は暗澹とした気分になった。

 待ち合わせ場所には、自分の方が先に着いた。

 約束の時間まで、まだ五分ほどある。

 久しぶりに真に会える喜びと、真がどうして自分のブログを見つけたのかという疑心で、真のやって来るまでの数分が長く感じられた。

「久しぶり」

 笑顔で挨拶したつもりだが、緊張していたせいで、自分の表情が強張っているのがわかった。

「ほんとにね」

 そう返してくれた真の笑顔も、少し強張っていた。

 食事中は周りの目もあり、他愛のない話をして過ごした。

「すまなかった」

 実桜がそそくさと着替えを終わって、真の隣に座るなり、真が頭を下げた。

「いいのよ。黙っていたわたしも悪かったんだから」

 実桜が、気持ちを落ち着かせるように静かに答える。

「でも、よく、わたしのブログを見つけたわね」

 真は、なんと答えるだろう。

 不安な気持ちを押し隠して、努めて陽気に訊いた。

「寺内がね、教えてくれたんだ。見ちゃいけないと悩んだんだけど、実桜ちゃんがどんなことを書いてるか知りたくって、つい見てしまったんだ」

 寺内というのは、二度目に来店してくれた時に一緒に連れてきた人だと、実桜は覚えていた。

 実桜には、いかにも遊び慣れているように映った。

 多分、真が溺れやしないかと思って、ネットの世界をさ迷って自分のブログを見つけたのだろう。

 実桜のブログには、店のことも実桜の名前も載せていない。

 自分のブログを見つけるには、よほど幸運に恵まれるか、根気よく探さねばならないはずだ。

 真は、いい友人を持っている。

 そう思ったが、ちょっぴり恨めしくも思った。

 なんにせよ、真が探し出したのではないことに、実桜は安堵した。

 同時に、自分の見る目が間違っていないことに誇りを持った。

「そうなの? でも、あれは商売用だから、本気にしないでね」

 実桜は、安堵の表情をありありと浮かべて、軽く言った。

「ところで、ストーカーに悩まされているって?」

 真が話題を変えてきた。

「そうなの。二ヶ月ほど前から通ってきてくれるお客さんなんだけど、ここ最近執拗に迫るようになって。私が首を縦に振らないもんだから、お店の中で大声でわたしを罵ったの。それでね、出禁になったんだけど、今度はお店の前で待ち伏せしてたの。お店では、送りがあるので、わたし一人ではないから大丈夫なんだけど、それでも、なにがあるかわかんなくて、やっぱり怖いな」

 実桜は、相手に気を遣えば遣うほど、怒りや辛いことには、あまり感情を入れないようにする。その代り、喜びは思い切り表現する。

 それが、実桜流の愛情表現だった。

 そのせいで、よく誤解される。

「そんなに実桜ちゃんのことが好きなんだったら、付け狙わずに、もっと実桜ちゃんが喜ぶようなことをすればいいのに」

 真だったらそうだろう。

 今のブログの話を聞いても思ったが、真は、ストーカーとはおよそ無縁な男だ。

 真は、好きな女性だったら、誠心誠意真正面からぶつかり、駄目だったら諦める。

 そんな男だ。

 そんな男でも、キャバ嬢という職業に惑わされてしまうのか。

 男の弱さを知っているはずの実桜でも、まだまだ男というものの本質を捉えきれていないと思った。

 それから、真に訊かれたので、ストーカー男の一部始終を話した。

 話しているだけで、実桜の心は落ち着いていった。

 真は顔をしかめながら、真剣な表情で聞いている。

「そうだったんだ。大変だったね」

 実桜の話を聞き終えたあと、真が心からの言葉で労わってくれた。その後に、不思議そうな表情で尋ねてきた。

「でも、アドレスを変えたというのに、俺の携帯には、実桜ちゃんの名前が表示されたよ」

「だって、まこちゃんに教えたアドレスはプライベート用だもの」

 ストーカーに会う前から、実桜は何人かの客からしつこいメール攻撃に遭っていた。

 店にもあまり来ないくせして、デートやホテルへの誘いを、一日に何回もメールしてくる奴が何人もいるのだ。そんな男どもにうんざりしていた実桜はアドレスを変えようと思い、何度変えてもいいように、真にはプライベート用のアドレスを教えていた。

 その頃からすでに真を好きになっていたのだが、当時の実桜は、自分の気持ちに気付いていなかった。

「ごめん。そんなことも知らずに、実桜ちゃんに嫌な思いをさせてしまって」

 真が、真摯な口調で謝ってきた。

「いいわよ、こうして仲直りできたんだもの。もう、忘れましょ」

 実桜に、本当の笑顔が戻った。

 この数日間の苦悩が、嘘のように消えていた。

 心から笑顔を造れたのは、何日振りだろう。

 実桜は真の顔を見ながら、真に出会えて本当に良かったと、神様に感謝した。


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