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真実の恋  作者: 冬月やまと
27/41

VOL.27 苦悩(真)

「ブログ見たのね。

 黙っていたのは悪かったです。いつか話そうと思っていたの。

 信じて。まこちゃんの前では泣いてしまいそうで、話すのが辛かったんです。だから、心の整理がつくまでいえなかった。

 ごめんなさい。

 それとブログは、お仕事みたいなものだから信用しないで」

 真がメールを送ってしばらくして、実桜から返信がきた。

 仕事中なのに返事が返ってくるとは、真は少し驚いた。

 文面を見て、実桜の悲しそうな顔が、真の頭に浮かんだ。

「そうだったの。疑ってごめん。あんなメールを送って悪かった。明日にでも行くよ。俺が行って、少しでも実桜ちゃんの慰めになればいいな」

 真は、実桜に返信の文面を打った。が、送信はしなかった。

  駄目だ、騙されてはいけない。

 本当に辛かったのなら、二ヶ月も平気で嘘を吐き続けるわけがない。

 こちらが訊く度に大丈夫と答える方が、よほど辛いはずだ。それに、本当に辛かったら、ブログなんかにアップしないだろう。

 そうは思ったが、辛いが故に、ブログにアップしたのではないだろうかとも思った。

 実桜が、自分のことをなんとも思っていなければ、気軽に自分に話したのではないだろうか。

 自分のことを大切に思っているからこそ、切り出せなかったのではないだろうか。

 真の心は、あてもなくさ迷った。

 良い方と悪い方の両方の考えが、交互に浮かんでは消え、浮かんでは消えて、心が千々に乱れる。

 話を聞く限り、実桜は孤独だ。

 孤独でありながら、昼も夜も仕事をしている。ましてや、夜の仕事なんて、辛いだけで報われることなど、なにもない。

 売り上げのノルマはきついし、客には平気でセクハラまがいのことをされ嫌なことも言われる。それでも仕事だから、お客は大事にしないといけない。

 昔と違い不況の今は、お客を掴むこと自体が難しくなっている。

 まず、新規の客がなかなか店に来てくれないのだ。たとえ来たとしても、二度目の来店は少ない。

 二度目に来店してくれる客は、よほどキャストのことを気に入ったか、こいつを落としてやろうという奴らだ。

 後者の男は、落とせないとなると、さっさと違う店に鞍替えしてしまう。昔みたいに、バンバンお金をかけて落とそうとする男は絶滅危惧種になりつつある。今では、銀座か北新地の一部に生息しているだけだろう。 

 そんな中で、嫌な客を切っていけば、どんどんと給料が下がっていってしまう。だから、よほどでなければ耐えるしかないのだ。

 そんな話を、実桜やヘルプの話を聞く度、真は夜の仕事の大変さを思い知らされていた。

 せめて、俺くらい実桜の力になってやろう。

 そう決めていたのではないのか。

 だが、いくら良い方向に考えようとしても、騙されたという気持ちは拭えなかった。

 実桜を信じたい気持ちはあったが、どうしても信じきれなかった。

 これが、キャバ嬢の策略なんだ。俺みたいな男は、きっといい鴨なんだろうな。

 思い悩んだ挙句、最終的にそう結論を下した。

 夜の世界では実桜しか知らない真は、まだキャバ嬢が普通の女性だということを、完全に理解しきれていなかった。

 わかっているつもりだったが、、自分でも気づかぬうちに、実桜を色眼鏡で見てしまっていたのだ。

 真は送信ボタンを押すことなく、打った文章をキャンセルした。

 これで、実桜ともおさらばだ。

 真の胸に、哀しい風が吹き抜けた。

 真は、その夜、ほとんど眠れなかった。

 時間が経つと共に、怒りは薄れてゆき、代わりに、実桜の悲しげな顔が浮かんできた。その度に、俺はどこまでキャバ嬢の策略に嵌っているんだろうと思い込もうとしたが、実桜の悲しげな顔が消えることはなかった。

 眠れぬままベッドの上で、何度も携帯を手にしたが、ついに返信することはしなかった。

「ブログ見たか」

 翌朝、寺内が笑顔で尋ねてきた。

「ああ、見たよ」

(お前さえブログのことを教えてくれなかったら、こんなことにはならなかったのに)

 文句を言いたいのを堪えて、ぶっきらぼうに答えた。

 寺内を恨んでも始まらない。彼は、自分のためを思って、実桜のブログを探し当ててくれたのだ。

なにょり、見ることを選択したのは自分だし、実桜と合わない決断を下したのも自分だ。

そこは、真もよくわかっている。

「で、どうだった?」

 なにも知らない寺内が、不躾に訊ねてくる。

「あんなもんだろ」

 真は、適当に答えておいた。

 真は午前中仕事が手に付ず、午後に持っていく見積りを作らないといけなかったが、思うように進まなかった。

 十一時に、携帯が震えた。実桜からのメールだった。

「どうしてへんじくれないの。

わたしのいったこと信じてくれないのね

かなしい」

 昨日と違って、ひらがなが多かった。

 昨日のメールは、いつものように可愛らしさを演出しているものではなく、素のように感じられた。だから、悩んだのだ。しかし、今日のメールは、いつものメールだった。

 その文面からは、誠意は感じられなかった。

 やはり、策略か。

 真は、ちょっぴり悲しくなった。

 自分が切ろうとしているのに、その心理が矛盾していることに、真自身は気付いていない。

 夕方、また実桜からメールがあった。

「ほんとうに返事くれないね。

 きらいになった? 

 こんなかたちでおわかれなんていやです」

 真は、それも無視した。

 実桜がメールを送ってくればくるほど、策略としか思えないようになっていた。

 それでも、実桜のことが嫌いになれなかった。だから、実桜のメールを無視するには、多大の努力を要した。

 キャバ嬢に嵌って落ちていく男なんて、こんなものだろうな。

 自嘲するしかなかった。

 それから二日、実桜からメールが来ることはなかった。

 真はほっとすると同時に、どこか寂しを感じてもいた。

 たった三度のメールで諦めるなんて、やはり自分は都合の良い客でしかなかったんだ。今頃実桜は、自分のことなんて忘れて、新規の客を何人も掴んでいることだろう。

 そう思うと、無性に腹がたった。

 男という生き物は、実に身勝手なものである。

 女性の心をおもんばかるより、自分のことが先に立つ。

 真とて、例外ではない。

 いくら人が良いといっても、所詮、真も男だ。

 たかが遊びで、なにを真剣に悩んでいるのだろう。

 向こうは俺のことなんて、とうに忘れているに違いない。

 店へ来なくなった客に、いつまでも執着するなんてあり得ない。

 このままメールがこないほうが、心を乱されずに済む。

 そのうち実桜のことなんて、徐々に薄れていくだろう。

 そう思うのだが、不思議なことに日を追うにつれ、実桜の笑顔が脳裏から離れなくなっている。

 真は、携帯にメールが入る度、実桜でないことを祈りつつ、反面、実桜でなければがっかりした。

馬鹿だな。

 実桜からのメールが途絶えてからというもの、真は自嘲しっぱなしだ。

 そんなに実桜のことが気になるのだったら、逃げずに、きちんと会って話をすればよいのに、根底には、実桜がキャバ嬢だという気持ちがあり、真にはそれができないでいた。

 職業で人を判断することのなかった真も、恋愛感情が絡むと、どうやら別らしい。

 真は、自分でも気づかぬうちに、実桜のことを本当に好きになっていたのだ。

 もし、実桜がキャバ嬢でなければ、真はどうしていただろうか。

 それは、真にもわからない。

 メールが途絶えて三日目、実桜からメールが入った。

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