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真実の恋  作者: 冬月やまと
26/41

VOL.26 ブログ(実桜)

 真が誕生日を祝ってくれて、一週間が過ぎた。

 実桜は、真のプレゼントを見たときの喜びを、今でも思い出す。

 思い出す度に、幸せな気分になった。

 これまで、こんなにも自分のことを考えてくれた客はいない。

 今では実桜は、真を客として好きなのか、一人の男として好ましく思っているのか、よくわからないようになっていた。

 こと真に関してだけは、プロとして失格だという思いも薄れていっている。

 誕生日の翌日と翌々日にも、馴染の客が何人か来て祝ってくれ、それぞれプレゼントを持って来てくれた。

 みんな、真のプレゼントより値の張る物ばかりだったが、ありふれたブランド物のバッグやアクセサリーばかりで、真のプレゼントほど心を動かされる物はなかった。

 馴染の客には、大抵、自分が好きな物は話している。

 みんな訊いてくるからだ。

 なのに、誰も、自分の好きな物を持ってきてくれたことがない。

 ならば、聞かなければいいのに。

 実桜は、そんな男の心理が、不思議でしようがなかった。

 俺は、こんなにも実桜ちゃんのことが好きなんだぜ。

 ただ、ポーズを取りたいだけなのだろうか?

 それで気に入られると思ったら、大間違いだ。

 好きな物を訊くだけ訊いておいて、誕生日プレゼントとして選ばないなんて、反感を買うだけだとは思わないのだろうか?

 真を知ってしまったら、大抵の馴染客は嫌になってくる。

 現に、真に誕生日を祝ってもらってから一週間の間に、三人の馴染客を切っていた。

 いくら仕事とはいえ、これ以上接するのが苦痛になったのだ。

 一人は、週に二回は通ってくれる上客だったが、会うたびに結婚を迫ってきた。

 その男は、店へ来てから三ヶ月になる。

 最初から実桜を口説いてきたが、最近では店にいる間中、実桜を口説きっぱなしだった。酷い時は、二回も延長して、延々と口説きまくった。

 まるで、しつこく迫れば、どんな女でも落ちると思い込んでいるみたいだ。

 後の二人は、月に二三度だが、付き合いは長い。

 二人とも、性格はそんなに悪くないのだが、酒癖があまりよくなかった。

 酔うと、一人は自慢話、もう一人は愚痴。

 来る度に、毎回同じ話を延々と聞かされる。

 真と出会わなければ、我慢が出来た。それなりに、売上も確保できた。

 馬鹿だな。

 自分でも思う。

 プロとして失格だ。

 実桜は、自分に嫌気が差した。

 なんで、恋人でもない男のことで、こんなにも苦しまなくてはいけないのか。

 真とは、ただのキャバ嬢と客の関係ではないか。

 同伴はするものの、基本的には、店で会って楽しめればそれでいいはずだ。

 そもそも、真は、最初は楽な客だという思いから、自分に取り込もうと思っただけではないか。

 そう思い込もうとした。しかし、駄目だった。

 今や真の存在は、実桜にとって、たんなるお客のひとりといえないほど大きくなっている。

 一週間も顔を会わさないと駄目なのだ。

 本当は、毎日でも会いたいと思っている。

 次は、いつ来てくれるのかな? 

 早く来てくれないかな。

 そう思っていた矢先に、真からメールがきた。

 ちょうど待機をしていたときなので、浮き浮きとした気分で、実桜はメールを開いた。

 いつ来るのかな?

 てっきり次の予定だと思い込んで、実桜は逸る気持ちを抑えて、メールを見た。

 文面を見た瞬間、あまりの衝撃に、目の前が真っ暗になった。

「わんちゃん、かなり前に亡くなっていたんだね。ご冥福をお祈りします」

 文面はそれだけだった。

黙っていたことに対する恨み言は、一言も書かれていない。

 それだけに、真の怒りの大きさが想像できた。

 真は、いつも来る度に、自分が飼っている犬のことを、まるで我が事のように心配してくれた。

 まだ、大丈夫。

 そう答える度に、心から安堵した顔になった。

 そんな真に、死んだなんてことは言えなかった。

 言えば、真は困っただろう。

 真のことだ、下手な慰めの言葉は言えないだろうし、そうかで済ますこともできないだろう。

 そんな真に配慮している部分もあったが、辛い気持ちの方が多かった。

 真に話してしまうと、涙が出そうになるのを抑えきれないと思った。

 店でそんな姿を、客に見せることはできない。

 真が泣かしたと、店の者に勘違いされても困る。

 幾度も話そうと思ったが、心の整理がつくまで、真には話さないでおこうと決心していた。

 まさか、真が自分のブログを見るなんて、思いもよらなかった。

 どうやって探し当てたのだろう?

 真が、そんなストーカーまがいのことをするなんて、実桜には信じられなかった。

 だが、現実には知られてしまったのだ。

 あのブログを見ない限り、わんちゃんが死んだことなど、知りようがないはずだ。

 ブログの件も、真には恥ずかしくて言えなかった。

 実桜は、いつまでも夜の仕事を続ける気はない。

 実桜には、夢があった。

 今はその夢を実現するために、昼と夜の仕事を掛け持ちしているだけだ。

 自分の夢は誰にも語っていないが、真にだけは語りたいと思っていた。

 真ならわかってくれると思っていたし、応援し励ましてくれるとも思っていた。

 だが、恥ずかしくて、まだ話していない。

 時期が来たら話そうと思っていた。

 それらの思いが、今、ことごとく裏目に出ている。

 メールを見る前の期待感など、どこかへ消し飛んでしまっていた。

 今の実桜の胸中は、衝撃と、後悔と、ブログを探し当てた真への、ちょっぴりとした恨みが渦を巻いていた。

 実桜は、これまで歩んできた人生の中で、これほどやるせない気分に陥ったことはない。

 離婚したときでも、お気に入りの客が離れていったときでも、太客に切られたときでも、こんな気持ちにはならなかった。

 涙が出そうになった実桜は、慌ててトイレに駆け込んだ。

 鏡を見ると、頬が濡れていた。

 自分でも知らぬ間に、涙を流していたのだ。

 これからどうしよう?

 実桜は、途方に暮れた。

 真がブログを探し出した腹立たしさよりも、真がもう来ないのではないかという恐怖の方が勝っていた。

「ブログ見たのね。

 黙っていたのは悪かったです。いつか話そうと思っていたの。

 信じて。まこちゃんの前では泣いてしまいそうで、話すのが辛かったんです。

 だから、心の整理がつく までいえなかった。

 ごめんなさい。

 それとブログは、お仕事みたいなものだから信用しないで」

 震える手で、そう打つのがやっとだった。

 まこちゃんが、わかってくれますように。

 祈るような気持ちで、実桜が送信ボタンを押す。

 今の自分は、打ちひしがれた、ただの女性になっている。

 こんな状態で、接客なんかできるわけがない。

 しかし、ここで帰るわけにもいかない。

 そんなことをすれば、暫く自分は立ち直れないだろう。

 それがよくわかっている実桜は、閉店まではなんとか踏み止まろうと思った。

 今日は、客がつかなければいい。

 ヘルプにも回りたくない。

 閉店まであと二時間。

 その二時間が、無限のように長く感じられるだろうと、実桜は思った。



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