VOL.25 ブログ(真)
実桜の誕生日から、一週間が過ぎた。
真は、プレゼントを見たときの実桜の笑顔を今でも思い出す。そして、思い出す度に、幸せな気分になった。
真は、実桜の笑顔が大好きだ。実桜の笑顔を見る度に、幸せな気分になれる。
これまで、何人かの女性と付き合ってきたが、実桜ほど素敵な笑顔を見たことはない。
最初は社会勉強のつもりで通い始めた真だが、どんどんと実桜に惹かれていく自分を意識しないわけにはいかなかった。
早く、実桜の笑顔が見たい。
今度はいつ行こうか。
そう思っていた矢先に、衝撃が訪れた。
「おまえのお気に入りの娘な、ブログ書いてるぜ」
寺内が、真に教えてくれた。
「ブログ?」
真が、怪訝な顔をして訊き返す。
実桜からは、そんな話はまったく聞いていない。
まあ、恋人でもなんでもないので、いくら親しくなったからといって、なんでも教えてくれているわけでもないだろうが、それでも真は、少し寂しい気分に捉われた。
「そう、ブログ。おまえのお気に入りの娘がどんな娘か、いろいろ探していたんだが、やっと見つけたよ」
この間連れて行った時に、なにかを感じたのだろう。寺内は寺内なりに、自分のことを心配して、いろいろと調べてくれたというのは、真にもわかった。
しかし、そんな寺内の気持ちは、真には有難迷惑だった。
「なんで、おまえが、そんなことをするんだ?」
真は、少しムッとした口調で答えた。
「怒るなよ。暫く様子を見てたんだが、おまえ、まだ、あの店へ通ってんだろ」
寺内が、宥めるように真の肩を軽く叩いた。
「おまえが、昔からそんな店が好きだってんなら、俺もこんなことはしないさ。だがな、これまでのおまえは、到底キャバクラなんぞに通うタイプじゃなかった。たとえ、月に二・三回だったとしてもな」
寺内とは毎日話をするが、あれ以来、実桜のことや、店へ通ってることについては、話をしたことがない。
「おまえが、なにも言わなくたって、俺にはちゃんとわかってるんだぜ」
まるで真の心を読んだように、寺内がしたり顔で頷く。
「おまえほど、わかり易い奴はいないんだよ。こと、女のこととなるとな」
真は、無言で寺内を見つめている。
「おまえのことだから大丈夫だとは思うが、万が一、騙されてちゃいけないと思ってな。いろいろ調べてみたんだぜ」
真は、まだ無言で、寺内を見つめたままだ。
「考えてもみろよ。キャバ嬢なんて、百戦錬磨の強者なんだぜ。いかに男を虜にして、金を貢がせることしか考えてないんだ。おまえみたいな女ズレしていない奴なんて、ころりと騙されるに決まってるだろ。悪いことは言わん。そのブログを見て、あの娘が言ったこととのギャップを測ってみな。絶対、おまえは騙されてるからよ」
余計なお世話だと思ったものの、寺内が親切心から言ってくれているのはわかっていた。
「すまんな」
真は、それだけを言った。
「まあ、おまえが入れあげている女が、どんな女か見てみるんだな」
それ以上寺内も、その話題を口にすることはしなかった。
家へ帰ってから、寺内が教えてくれたブログを見ようか見まいかと迷った。
見たい気持ちは強かったが、見るのが怖くて、パソコンの画面を一時間も腕を組んで睨んでいた。
情けない。
自分に嫌気が差す。
なんで、恋人でもない女性のことで、こんなにも悩まなくてはいけないのか。
実桜とは、ただのキャバ嬢と客の関係ではないか。同伴はするものの、基本的には、店で会って楽しめればそれでいいはずだ。
そう思い込もうとした。
しかし、駄目だった。
今や、実桜の存在は、真にとって、たんなるキャバ嬢と客の関係といえないほど大きくなっている。
ええい、くよくよしたって仕方がない。俺は、実桜のことが気になる。自分の気持ちに正直になろう。
決意を固めて、実桜のブログを開いた。
寺内の教えてくれた通り、名前は違っていたが、そのブログに貼られている写真は実桜だった。
これが、実桜のブログか。
真は感慨深げに、ブログを飾っている実桜の写真を眺めた。
乙女塾。
ブログの表題として、大きなピンクの文字で、そう綴られていた。
そのサイトは、単なるブログではなく、容姿や性格に自信がなくて悩んでいる女性を救うためのものだった。
実桜は昼間も仕事をしており、夜も過酷な世界で働いている。
それなのに、こんなサイトまで起ち上げて、なんて精力的な女性なんだろう。
実桜の最終目標がどこにあるかは知らないが、真は、実桜の生き様に心を打たれた。
ブログは、大体、一日置きくらいで更新されていた。
忙しいのに、よくこれだけ書き込めるな。
真は関心しながら、実桜の書いた記事をざっと読んでいった。大半は、化粧の仕方や服装の選び方、それに、女性としての心構えが書いてある。
簡潔で、それでいてわかり易い文章だ。
そういえば。
真は、実桜からもらった数々のメールを思い出していた。
実桜からのメールに、長文はない。
それなのに、心に響く。
キャバ嬢という職業柄、長年に渡って培われてきたテクニックなのか、それとも、天性のものなのか。
真が感心しながら読み進めていくうちに、ふと、マウスを動かす手が止まった。
それは、二ヶ月ほど前の記事だった。
その記事を見て、真は衝撃を受けた。
そこには、最愛のわんちゃんが死んで悲しいということが綴ってあった。
病気で余命宣告されていたけど、少しでも長生きしてほしくて、一生懸命手を尽くしてきた。けれど、とうとう亡くなってしまった。悲しいけど、今はありがとうという気持ちでいっぱいだ。天国でわたしを見守っていてね。
そんなことが書かれていた。
旦那や彼氏や子供のことが書かれていたとしても、これほどの衝撃は受けなかっただろう。
確かに、実桜に旦那や彼氏や子供がいたとしたら、ある程度のショックはあっただろうが、許容はできた。
多分、キャバ嬢というものはこんなものかという割り切りができたはずだ。
実桜を好きではあったが、真はそこまで子供ではない。
桜ほどの歳で、実桜ほどいい女であれば、そのくらいあっても不思議ではないと思っている。
しかし、犬の件は別だった。
真は毎日、犬の病気のことを考え、実桜の悲しみを思い、少しでも長生きしてくれるよう祈っていた。だから、実桜と会うたびに、犬のことを訊ね、まだ大丈夫だという答えをもらう度にほっとしていた。
真は、自分の気持ちが糞にまみれた気がした。
キャバ嬢というのは、金のためなら、人の真心を平気で踏みにじるものなのか。
自分を引っ張るためだけに、嘘を吐き続けていたのか。
そう思うと、怒りが込み上げてきて止まらなかった。
実桜の、あの笑顔。
嘘だとは思いたくなかったが、現実に嘘を吐かれている。
「くだらねえ」
しばらく画面を凝視していたあと、そう呟いた。
所詮、自分はその程度の男だったってことだ。それを、人間的には好かれているんじゃないかと浮かれていた自分が、馬鹿らしくなった。
俺が、夜の世界で遊ぶのは百年早い。
そう思い定めて、実桜との関係を断ち切る決意をした。
これからは、実桜のメールはことごとく無視する。
そう決めたが、やはり怒りは収まらず、くすぶっていた。
「わんちゃん、かなり前に亡くなっていたんだね。ご冥福をお祈りします」
気が付くと、実桜が仕事中だなんてことも忘れて、メールを打っていた。
送り終えたあと、直ぐに自己嫌悪に陥った。
実桜に当てつけてもしようがない。実桜から来たメールを、とことん無視すればいいだけのことではないか。
真は人生の中で、これほどやるせない気分に陥ったことはなかった。




