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真実の恋  作者: 冬月やまと
24/41

VOL.24 誕生日(実桜)

 実桜はここ最近で、今日ほど嬉しい日はなかった。

 真から渡されたプレゼントに感激した。

 これまで、真と行きたくても行けなかった、実桜の好きなイタリアンに連れていってくれたことだけでも嬉しかったのに、プレゼントまで用意してくれていたなんて。

 アクセサリーや宝石が好きな実桜は、真のプレゼントがどこにでも売っているものではないことを、直ぐに見抜いた。

 安易にネットで買ったのでないこともわかった。

 見るからに、値の張る物ではない。多分、同伴してキャバクラに来るくらいの額で、アクセサリーとしては安物かもしれないが、真にしては無理をしたほうだろう。

 しかし、値段ではない。

 このペンダントには、真の気持ちがこもっている。自分が薔薇が好きだと言ったのを覚えてくれていて、自分を喜ばそうと、必死で探してくれたに違いない。

 真の真心が、実桜の胸を熱くした。

 どんなに高価な物よりも、贅沢な贈り物だと思った。

 アクセサリーや宝石が好きだといっても、ほしければ自分で買う主義で、決して男に貢いでもらおうなんて、実桜はこれっぽっちも思っていない。

 そんな実桜だから、高い安いでプレゼントの価値を測ったりはしない。

 実桜にとっては、値段よりも、心がこもっているかどうかであった。

 確かに、高いほうが気持ちがこもっている確率は高いのだろうが、それは贈り主である男の経済力にもよるので、なんともいえない。

 真のプレゼントには、間違いなく心がこもっていた。

 世の中には、サプライズ好きな男は多い。

 しかし、その多くは独りよがりで、自分の勝手な思い込みを押し付けてくる。

 贈る相手がなにを貰って喜ぶかなんて、これっぽっちも考えていない。

 実桜は、そんな男はすべて自分勝手で、本当に相手のことが好きではないと思っている。

 その点、真は本当に自分のことを考えてくれているのだと思える。

「これ、誕生プレゼント」

 さりげなく渡したつもりだろうが、真が緊張しているのが、実桜には手に取るようにわかった。

 当然かもしれない。

 真は、気軽に女性にアクセサリーなどを贈る男ではない。

 それは、これまで接していて、よくわかっていた。

 真が、女たらしや遊び人だったら、実桜はこれほど喜びはしなかっただろう。

 そんな奴らは、女性というものを徹底的に研究し、あるいは本能で、女性の弱いところを知っていて、そこを突いてくるからだ。

 これまで、そんな男を掃いて捨てるほど見てきた実桜は。さすがに今は、そんな男に騙されはしない。

 店の娘でも、そんな男に引っ掛かる娘はいる。

 大抵は新人だが、ベテランでも、心が疲れているときなど、うっかりしていると引っ掛かってしまうときがある。

 実桜はこれまで、駄目男に嫌というほど酷い目にあってきているので、どれだけ心が疲れていようが、そんな男は、隙間に入ってくることすら許さない。

 真は、歳の割には純情で、熱い。

 真はただただ、自分のことを真剣に考えてくれ、自分を喜ばせようと必死で探してくれたのだ。

 それが、痛いほどわかった。同時に、真みたいな男にそこまでさせるなんて、自分はまんざらではない 自信も湧いた。

「よく、こんなの見つけたね。まこちゃんの心がこもっているのが、よくわかる。凄く嬉しい」

 お世辞ではなく、本心からの言葉だった。

 自分の言葉を聞いて、真の顔が嬉しそうに輝いたのが、実桜にはまた嬉しかった。

「おめでとう」

 心を込めた真の言葉に、再び実桜は感激した。

 夜の世界に飛び込んでから十年近くになるが、ここまで実桜を感動させた男は初めてだった。

 これまで、何千人という男を相手にしてきて、男というものを知り尽くしてきたつもりだった実桜は当惑した。

 なぜだろう?

 なぜ、真は、こんなにも、わたしの心の中に入り込んでくるのだろうか?

 これまで、高価なプレゼントは、いくらでももらったことはある。それこそ、真がくれた何十倍もの宝石をもらったことも、幾度かあった。

 嬉しくはあったが、感動することも、心がときめくこともなかった。

 夜の世界で生きている女でなくても、高価な物を贈ってくれる男を、必ずしも好きになるとは限らない。逆に、好きでもない相手に、高価な物を贈られるのは迷惑だともいえる。

 俺は、こんなにも君のことが好きなんだ。

 これが俺の気持ちだ。どれだけ君を愛しているか、わかるだろう。

 これで、君は俺のものだな。

 さりげなく、高価な物をプレゼントしてくれる男は珍しい。

 大抵は、こんな押し付けがましい言葉を、臆面もなく吐いて迫ってくる。

 そんな男には、気持ちはこもっていない。

 自分の価値はこれだけだと、勝手に決めつけられているようで、嫌な気分になる。

 自分は百万の値打ちもないのかと、虚しくなってくるのだ。

 中には、貢いでくれる金額で自分の価値を測る女もいるが、そんな女は、自分を安売りしているようなものだ。

 男に悪気がないのはわかっている。

 所詮、男なんてそんなものだ。どんなにプレイボーイを気取っていても、本当に女心を理解している男なんて、滅多にいない。

 これまでの経験から、実桜はそう思っていた。

 真は、不思議な男だった。

 優しいが、どう見ても、女心を理解しているようには思えない。それでも、自分の心に波紋を広げてくる。多分、本当に、わたしの気持ちになって考えてくれているのだろう。だから、女心がわからなくても、自分をこんなにも感動させてくれ、幸せな気持ちにしてくれるのだ。

 これまで実桜が付き合ってきた男で、こんな男はいなかった。もちろん、元の亭主も含めてだ。

 このひとは危険だ。

 邪気がない分、するりと私の心に入ってくる。

 これまで築いてきた、プロとしての牙城を崩しかねない。

 真の苦悩を知らない実桜は、そう思った。

 しかし、心地よくもあった。

 学生時代からもてはやされ、いい気になっていた実桜。そのため若い頃はわがままで、気に入らないこ とがあると、直ぐにむくれたり、当たったりしていた。

 人生経験を積んでから、そういったことはなくなったが、その分、男というものを信用しなくなり、余裕を持って対応できるようになった。

 そんな実桜にとって、この心地よさは、初めて知る快感だった。

 どれだけ上手なセックスよりも、何倍も気持ちいい。いや、そんなものとは比べ物にならない。

 幸せとは、こういうことをいうのだろうか?  

 今、実桜は、仕事を忘れていた。というより、ここ最近、真といると、仕事という感覚はなくなっている。

「着けていい?」

 真が無言で頷いたのを確認してから、実桜は、真にもらったペンダントをつけた。

 鏡を取り出し、見る。

 薔薇が、実桜の胸の谷間で咲いている。

「似合ってるよ」

 照れくさそうに、真が言ってくれた。

 真の言葉が、実桜の胸に沁み込んでいく。

「ありがとう」

 実桜は、それだけ返すのがやっとだった。それ以上言葉にすると、涙が出そうだったのだ。

 それから二人は、いつもの他愛ないお喋りをして過ごした。

「わんちゃんの調子どう?」

 時間間際に、犬のことを訊かれた。

「うん、まだ大丈夫」

 実桜の答えに、真はほっとした顔をした。

 実桜は、申し訳ない気持ちで一杯になった。

 打ち明けようか。

 何度もそう思ったが、言い出せなかった。

 このとき打ち明けていれば、真を怒らすこともなかったし、自分があれほど辛い思いをすることもなかったと、実桜は後悔することになる。

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