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真実の恋  作者: 冬月やまと
23/41

VOL.23 誕生日(真)

 明日は、実桜の誕生日だ。

 真は同伴ながら、実桜と食事に行く約束をしている。

 実桜は何も言わなかったが、キャストの誕生日というものは、相当にプレッシャーがかかるらしい。

これは寺内から聞いた話だ。

 誕生日の日にどれだけ客を呼べるかで、そのキャストの実力がはっきりするという。いくら売上を上げていても、誕生日に誰もお祝いに駆けつけてくれなかったら、そのキャストは客との信頼関係を結べていないということになる。そんなキャストは、長続きしないそうだ。

 短期的に引っ張って、稼げるだけ稼いでいる奴というレッテルを貼られることになる。

 そんな大切な日に、自分でよいのだろうか?

 真は、未だに自信を持てないでいた。

 実桜の誕生日を聞いたのは、一ヶ月前のことだ。

 真から尋ねてみたら、実桜はあっさりと答えてくれた。

 その時の真は、キャストの誕生日がどんなものか、まったく知らなかった。

 知らぬが故に、ただお祝いをしてあげたいという気持ちから、一緒に食事をしないかと誘ったら、以外にも、実桜は二つ返事で引き受けてくれた。

 あまりに即答で返ってきたのに、自分で誘っておきながら驚いた。

 どんなに大切な日かはしらなかったが、キャストとしては、一番大切なお客を優先するだろうということくらいはわきまえていた。

 夜の店に務めていなくても、誕生日は大切な人とお祝いするものだ。

 自分が実桜にとって、一番の客なのだろうか?

 自分以上に実桜に入れあげている男は、いくらでもいるはずだ。

 それに、お金を注ぎ込んでいる男も沢山いるだろう。

 だとしたら、一緒に祝いたい男の最上位なのだろうか?

 どちらにせよ、嬉しくはあるが、実感はない。

 実桜のような素敵な女性が、こんな自分を一番だと思っているとは、真には到底信じられなかった。別に、自分を卑下しているわけではないが、なぜか、実桜に対しては気後れしてしまうのだ。

 やはり、キャバ嬢という色眼鏡で見ているのだろうか?

 その思いは、真の胸にずっとしこりのようにある。

 いい客であろうと思い定めたはずなのに、実桜との逢瀬(といっても同伴と店だけだが)を重ねる度に、どこか、それでは物足りなくなってきている。

 実桜のすべてがほしい。

 その思いを押し殺して、実桜と接するのが辛くなってきている。

 何度、店に行くのを止めようと思ったか。その度に、実桜のメールが、真の決意を崩していった。

 真は、それほど頻繁に足を運んでいるわけではない。

 実桜にとって、売り上げの面では上客といえないはずだ。

 そんな自分を大事にしてくれるのは、やはり、一番好意を持たれているからだろうと思うことにした。

 かといって、男として愛情を持たれていると思うほど、真は自惚れてはいなかった。

 多分、人として好かれているのだろう。

 そう思って、自分を戒めている。

 それにしても、たとえ人としてでも、こんな平凡な男が好かれるようでは、一体、店にやってくる男共は、どれだけ酷いのだろう。

 真は、本気でそう思っていた。

 ともあれ、約束してしまった以上、なにか実桜の喜ぶものをプレゼントしたかった。

 お菓子はクリスマスのときにプレゼントしたので、同じようなものを贈ってもつまらない。あれこれ考えた挙句、ペンダントにしようと決めた。

 指輪は、サイズがわからないのと、なにより、彼氏でもない自分が贈ってはいけないと思った。ピアスも、同じ思いで見送った。

 ペンダントならば無難だろう。

 そう思って決めたのだ。

 どんなペンダントにしようか? 

 思い悩む日々が、真にとって続いた。

 ある日、実桜が薔薇が好きだと言っていたのを思い出した。

 そうだ、薔薇をあしらったペンダントトップにしよう。

 そう思い立って、休みの日に宝石店を訪ね歩いた。

 何件回っても、真の思うような物は探し当てられなかった。

 ハート型ならいくらでもあった。

 いっそ、自分の想いを込めてハート型にしようか。そうも思ったが、そんな物を贈っては、実桜が嫌がるかもしれないと思って止めにした。それに、自分の柄でもない。

 幾つか、思い描いているものに近い物を見つけはしたが、とても真に手が出せるような値段ではなかった。

 次の休みも、真は粘り強く探した。ネットではいくらでもあったが、大切な実桜の誕生日に、ネットなんかで購入するのは失礼だと思った。

 どこまでも律儀な真は、自分の目で確かめた物を贈りたかった。それが好きな女性への礼儀だと思っている。

 何件もの宝石店を回った挙句、諦めかけていた真に、救いの手が差し伸べられた。

 その店は、外から見る限り、ショーケースに飾られている点数があまりなかった。

 まあ、見るだけ見てみるか。

 さして期待を抱かずに、真は店に入った。

 ショーケースを眺めると、やはり、真のお目当ての物は陳列していない。

 落胆に肩を落とした真に、「なにをお探しですか」と、若い女性の店員が声をかけてきた。

 真が説明すると、その店員は、分厚いカタログを取り出してきて、熱心に探してくれた。

 どうやら、ここに飾られているものがすべてではないらしい。

 あった。 

 そのカタログに、真の思い描いていたような商品が載っていた。

 小さくもなく、さりとて、下品なほど大きくもない、開花した一輪の薔薇。

 幸運なことに、値段も手頃だった。

 これなら、自分にも手が出る。

 真は躊躇わず、その商品を注文した。

 他店に在庫があれば一週間くらいで届くが、なければ一ケ月は掛かるという。

 一ケ月だと、実桜の誕生日には間に合わない。

 真は、在庫のあることを祈った。 

 真の祈りが通じたのか、他店に確認の電話を入れていた店員が、真に向かって頷いてみせた。運よく在庫があったようだ。

 真が、安堵のため息を漏らす。

 電話を切った店員が、在庫はあったがやはり一週間くらいは掛かると、申し訳なさそうに告げた。

 一週間ならば、実桜の誕生日には十分間に合う。

 真は胸を撫で下ろした。肩の荷が下りた気分だった。

 いよいよ、その日がやってきた。

 真は、朝から緊張していた。

 これまで女性に贈り物ををするのに、これほど緊張したことはない。

 実桜は、高価な物をもらい慣れているだろう。こんな安物で喜んでくれるのか。それが、凄く気掛かりだった。

 だが、いくら気にしても仕方がないので、くだらない心配をするのは止めにした。

 このペンダントには、自分の心がこもっているのだ。堂々と渡さねば、実桜に失礼ではないか。

 もし実桜が、高価な物しか喜ばない女性ならば、そのときは、きっぱりと縁を切ればいい。

 そんな女性に情熱を傾けるだけ、時間とお金の無駄だ。

 そう思い定めると、真の心は落ち着いた。

 食事は、実桜が好きだと言っていた、イタリアンの店を予約しておいた。

「まこちゃんと来るの初めてだね。ありがとう」

 実桜は実に嬉しそうだ。どうやら、これが誕生プレゼントと思っているみたいだ。

「誕生日くらいはね」

 真が軽く応えて、笑顔を見せた。

 プレゼントは、店で渡すつもりだ。

 恋人でもない自分にとって、それが礼儀だろうと思ったからだ。

 いつものように楽しく会話を弾ませながら食事をし、実桜の店へ行った。 

 実桜が着替えを終わって真の横に座ると、真の胸は緊張で激しく動悸を打った。

「これ、誕生プレゼント」

 さりげなく渡したつもりだったが、自信がなかった。

「え、あのお店がプレゼントじゃなかったの。」

 実桜が、少し驚いた顔をした。

 今日、真が連れて行ってくれた店は、そこそこの値段がする。いつも同伴で行っている店より3倍はするのだ。

 だから、てっきり実桜はあれが誕生プレゼントだろうと思っていた。

 実桜が顔を綻ばせて、ありがとうと言う。

 包みを開けた実桜の目が輝いた。

「よく、こんなの見つけたね。まこちゃんの心がこもっているのが、よくわかる。凄く嬉しい」

 どうやら、お世辞ではなさそうだ。

 実桜は、本当に嬉しそうだ。

 実桜の笑顔に、真は諦めずに探してよかったと思った。同時に、実桜が高価なものしか喜ばない女性でなくてよかったとも思った。

「おめでとう」

 真は、心の底から笑顔を浮かべた。

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