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真実の恋  作者: 冬月やまと
21/41

VOL.21 アフターの誘惑(真)

 店に来て、一時間が瞬く間に過ぎた。

 終電までは、まだ時間がある。

 黒服が延長確認に来たとき、真は珍しく人差し指を一本立てた。

 一時間延長するという合図だ。

 延長は三十分単位で出来るのだが、三十分でも一時間でも指名料は同じ額を取られるので、どうせ延長するのなら、一時間した方が得というものだ。

 真は、これまで一度しか延長したことがない。

 延長となると、真の給料では結構痛いのだ。

 それより、その分、一回でも多く店へ来る方が、同半料は掛かるが、真のためにも実桜のためにもよかった。

 お金さえあれば何時間でも延長するが、しがないサラリーマンの懐具合では、一時に実桜と長く会っているよりも、回数を重ねる方がよかった。

 今では、二週間も実桜の顔を見ないと、なんだか落ち着かない気分になる。

 毎日メールしているとはいえ、メールのやり取りだけでは、余計に恋慕の情が増すだけで、とてもやるせない気分になる。

 今日は新年ということもあり、新年会でしこたま飲んだ酔いも手伝って、真の気を大きくさせていた。

 それに、なぜか今日は、実桜の側に少しでも長くいてやりたいという気持ちが強かった。

 孤独な実桜の姿を見たせいかもしれない。

「いいの?」

 黒服が去ったあと、実桜が半ば心配そうな顔で、半ば嬉しそうな顔で尋ねてきた。

「新年だからね」

 真は笑顔で応えたものの、明日から少し食費を切り詰めようと思っていた。

 不思議だ。

 心のどこかで警鐘を鳴らしてはいるのだが、実桜と話していると、真は安らぎを覚える。

 そんな自分を馬鹿だと思ったが、真はそれを頭の片隅に追いやった。

 馬鹿でもいいじゃないか。

 せめて実桜といる時間だけは、騙されているとか、営業だとかは考えないようにして楽しく過ごそう。

 そう思い定めて、笑顔を造った。

 今日の実桜は、いつになく饒舌だった。

 クリスマスや年収め、それに正月明けに来た客のことなどを、真に向かって一生懸命に喋った。

 そのすべてが、愚痴だった。

 よほど、嫌な思いをしていたのだろう。

「まこちゃんと出会うまでは毎日が辛かったけど、まこちゃんと出会ってからは、随分と楽になった」

 さきほどの、実桜の言葉が思いだされた。

 本当に、毎日辛い思いをしているんだな。

 真は延長してよかったと思った。

 そんな辛い思いをしながら、この世界を辞めないで頑張っている実桜を、ますます尊敬した。

 前にも書いたが、実桜は好きでこの道を選んでいる。真のお人好しは底が知れないが、だから実桜も気にかかるのだろう。

 真は思っている。

 いくら自分を騙していようが、営業が入っていようが、自分を信用していなければ、こんな話はしないだろう。

 競争の激しい食品メーカーの営業を十年もやっていれば、それなりの修羅場も潜っているし、ある程度、人を見る目も養われている。

 実桜と何度も接していれば、実桜が完全に自分を鴨にしているのではないことは、夜遊びに長けていない真にも感じられた。

 これで鴨としか思われていないのだったら、自分はよほどの馬鹿ということだ。

 こんな店で遊ぶのは、十年、いや、百年早いに違いない。

 そう割り切っているつもりだが、それでも、それがわかったときは、暫く立ち直れないだろう。

 これまで実桜から、大概だと思える客の行動を聞いてきたが、それでも氷山の一角に過ぎないということが、今の実桜の愚痴からわかった。

 パワハラ、セクハラ、モラハラ。

 キャバクラでは、どんなことでもまかり通る。

 実際にはまかり通るわけはないのだが、店としては売上さえ上がれば良いので、多少のことなら女の子に我慢をさせている。それに、そんな客を全員追い出していたら、その店は成り立たなくなる。

 店によっては、そんな客をうまくあしらえないのはスキルが足りないからだといって、女の子を叱責することもあるようだ。

 本当に、過酷な世界だ。

 さらに過酷なのは、犯罪すれすれの行為を行う客がいることだ。

 お触りは痴漢に等しいし、強引にホテルに誘うのも、痴漢とみなされても仕方のない行為だ。

「キャバ嬢のくせに」

「いくら出したら、ホテルに行くの」

「男に媚を売ってまで、金がほしいのか」

 こんな言葉は、名誉棄損ではないか。

 もっとタチの悪いのは、ストーカーだ。これは、立派な犯罪行為だ。

 勝手に勘違いして、自分の思い通りにならなければ、女の子を付け回す。

 店の前で待ち伏せしているのはまだましな方で、酷いのになると、探偵を雇って、住処を突き止める輩もいるらしい。

 男共は、いったいなにを求めてキャバクラへ行くんだろう。

 自分の卑小さをさらけ出し、女の子に嫌な思いをさせるために大金をつぎ込む男の気が、真には知れなかった。なにより、相手を不快な気持ちにさせておいて、自分だけが楽しめるという、その無神経さが、まったく理解できない。

 世の中には、くだらない男が多すぎる。

 いくらお金を持っていようが、いくら有名企業に勤めていようが、いくら権力を持っていようが、行いが下衆ならば、その人間はくだらないものだ。

 実桜の話を聞いているうちに、真は、男というものに絶望した。

 前半は楽しかったが、延長してからは、暗澹とした気分に捉われていた。かといって、延長したことを悔やんではいない。

 自分に愚痴を言って実桜の溜飲が下がるのなら、それで、また明日から頑張れるのなら、延長料金なんて安いものだ。

 むしろ自分が楽しむより、そっちの方が、より価値のあるお金の使い方だと思った。

 真は、時には相槌を打ったりして、実桜の愚痴を真剣に聞いてやった。

 そうこうしているうちに、またたく間に時間は過ぎてゆき、再び黒服が延長確認にやってきた。

 既に、終電の時刻が迫っている。

 あと少し延長して、実桜をアフターに誘ってみようか。

 そんな考えが、ふと、真の脳裏をよぎった。

 その考えは、真にとって魅力的だった。

 これまで、同伴と店でしか実桜と接したことのない真は、たとえ仕事絡みとはいえ、アフターならば、少しはデート気分が味わえるかもしれないと思った。

 実桜と一緒に食事をするのは楽しい。しかし、実桜を応援したい気持ちと傷付けたくないという気持ちが強い真は、これは同伴だという意識を忘れず、心底デート気分を味わったことはない。

 アフターならば、同伴よりデート気分が味わえるのではないか?

 真は、そんな気がした。

 ホテルへ誘おうなんて気はさらさらないが、一度くらいは仕事を離れて、実桜と恋人気分に浸りたいと思った。

 そんなことを考えていたとき、過去に実桜が漏らした言葉を思い出した。

「わたしね、アフターの誘いは断ることにしているの。昼のお仕事もあるし、わんちゃんも寂しがっているからね」

 その言葉を思い出したとき、真は帰る決心をした。

 自惚れかもしれないが、自分がアフターに誘えば、実桜は頷いてくれるかもしれない。しかし、それが実桜にとって、嬉しいことかどうかはわからない。

 もし、無理をして頷いてくれるのであれば、自分はこれまでの客と変わらない存在になってしまう。

 せめて自分くらいは、実桜を気遣ってあげよう。

 そう思い、あっさりと料金を払い、席を立った。

「あと少し、頑張ってね」

 そう声を掛けて、真は店を後にした。

 心では、自分の甘さと、根性のなさを呪いながら。


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