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真実の恋  作者: 冬月やまと
20/41

VOL.20 ある夜の会話(実桜)

 年が明けた、一月の初旬。店でもっとも暇な時期だ。

 店内には、数人の客しか入っていない。

 実桜も、入口付近のテーブルに座り、何人かの馴染客にメールを打っていた。

 クリスマスや年の瀬と、年末のイベントに馴染み客には来てもらっているし、新年会などで忙しいのもあるので、新年早々から来る客はあまりいなかった。

 真とは、クリスマスイブの日以来会っていない。

 毎日メールはしているが、やはり顔を見たい。

 メールと、会って話すのとは全然違うのだ。

 まだ二週間も経っていないのだが、実桜は、無性に真に会いたいと思っていた。

 実桜はメールを打ちながら、真の顔を思い浮かべていた。

 だが、今真にメールを打つ気にはなれなかった。

 他の客と一緒にするのが嫌なのだ。

 真に打つメールは、後でゆっくりと考えよう。

 そう思いながらふと顔を上げると、自分の前を真が通り過ぎようとしていた。

 二人の目が合う。

 瞬時に、自分の顔が綻ぶのがわかる。

 黒服が呼びにくるのを待ちきれずに、実桜は直ぐに真の席へと向かった。

「悪いな、突然で」

 口ではそう言いながら、どこか真の口調は嬉しそうだ。

 そんな真の態度に、実桜の胸が躍る。

「ううん、嬉しい」

 笑顔を、真に向ける。

「今日はどうしたの?」

「うん、同期と新年会で飲んでてね、早く終わったから、実桜ちゃんの顔を見に来たんだ」

 真が、とびきりの笑顔を向けてくる。

「ありがとう。わたしも、まこちゃんと会いたかった」

 実桜の胸が喜びで満たされ、素直な気持ちを口にした。

 肩が触れ合いそうになるくらい真に身を寄せ、手を重ねた。本当は、真に抱きつきたかったが、かろうじて堪えた。

「今日は、お客さん付いてなかったね」と言う真に、「付いてなくて良かった。まこちゃんとゆっくり話できるから」と、これも素直に自分の思いを口に出す。

「ねえ、飲み物頼んでもいい?」

 暫く他愛のないおしゃべりをしてから、ふいに尋ねた。

 別に、喉が渇いているわけでもなかったし、真から売上をせしめようとも思っていないのだが、ふと真に甘えてみたくなったのだ。

「ごめん、つい、実桜ちゃんとの話に夢中で気が付かなかった」

 恥じたような顔をして言った真の言葉が、実桜の胸を熱くする。

「いいのよ、わたしも、今まで忘れてたんだもの」

 実桜は、この上もない幸せを感じながら、真に笑顔を向けた。

「でも、あんまりお話し過ぎて、喉が渇いちゃった」

 精一杯の可愛さを装って付け足したて、実桜はペリエを頼んだ。

「そういえば、実桜ちゃん、よくそれを飲んでるね。食事のときはコーラだし。炭酸好きなの?」

 真は、思ったことを素直に口に出したようだ。

 嫌味さなど微塵も感じない。

「そうだね。ジュースも飲むけど、やっぱり炭酸系が一番かな」

「しかし、お酒が飲めないで、この仕事はきついな」

 自分がお酒を飲めないことは、初めに伝えていた。だから、真から無理にお酒を勧められたことはない。

 お酒も飲めないのにこんな仕事をしているなんて、どれだけ大変なんだろう。

 真の顔に、そう書いてあった。

 本当にこの人は純情だ。

 真は、思ったことが素直に顔に出るタイプで、実桜にとっては非情にわかり易い。ただ一点、どうしてもわからないのは、自分のことをどう思っているかだ。

 好意を持ってくれているのはわかる。しかし、ひとりの女性として好いてくれているかどうかが、どうにも判断がつかないのだ。

 じれったい気持ちを抑えながら、「そうね。ときには、お腹がタポタポになることもあるわ」と答え、実桜がクスリと笑う。

 それから真顔になり、真の目を真剣に見つめた。

「まこちゃんが、無理に勧める人でなくてよかった」

「だって、飲めないのに、無理に飲ませちゃ悪いだろ」

 真も、実桜の目をしっかりと受け止めながら、真顔で答えてくれた。

「だから、まこちゃんが好きなんだ」

 真の優しさに、自分でも思わぬ言葉を発していた。

「そんなことを気付かってくれる人は、少ないのよ」

 実桜が、思わず発した言葉の照れ隠しに、取って付けたように言葉を続ける。

「そうなの?」

「そうよ。無理に飲まそうとするお客さんの方が多いのよ。酷い人になると、わたしが飲めないといったら無理やり飲まそうとしたり、酒も飲めないのに、なんでこんなとこに勤めてるんだとか、俺が嫌だから飲まないんじゃないかとか言ってくるの」

 驚きとも、呆れともつかぬ真のリアクションを見て、実桜はつい強い口調で答えていた。

言っているうちに、これまであった数々の嫌なことが思い出され、我知らず、顔をしかめてしまった。 

「本当に、大変だな」

 真は笑顔を装っているが、心の中では怒っているのが、実桜にはわかった。

 自分のために怒ってくれる真に、またもや、実桜の胸に熱いものが込み上げてきた。

「優しいのね」

実桜は、どうしようもなく真を愛おしく思い、真の手に、そうっと自分の手を重ねた。

「そんなことないよ。ところで、わんちゃんはどう?」 

 真が話題を変えてきた。多分、同じ男として、これ以上ここに来る男のくだらなさを聞きたくないのだろう。

「うん、弱っていっているけど、なんとか頑張ってる」

 犬の話になると、実桜は自分の感情を完全にコントロールしきれない。

 今も、自分が悲しそうな顔をしているのがわかった。

「そうか、一日でも長生きしてくれるといいね」

 真の励ましを聞いて、実桜は、真と出会えたことを感謝し、それを素直に口にした。

「ありがと。まこちゃんって、本当に優しい。わたし、まこちゃんに出会えて良かった」

 真はどう返してよいか、わからない様子だ。

 これ以上真を困らせては悪いと思って、今度は実桜のほうから話題を変えた。

「この間ね、プロポーズされたの」

 こんな話は、他の客には言えない。かといって、心に溜めておくものしんどい。

 真には、こんな話でも素直に話せる。

「そうなんだ」と答えた真は、平然を装ってはいるが、内心ドキリとしたのが、実桜にはわかった。そんな真の態度が、実桜には嬉しかった。

 やっぱり、まこちゃんは最高だ。

 そう思いながら、実桜は、たまっていた鬱憤を解放した。

「で、聞いて。そのひとはね、公務員でいいお給料を貰っているみたいなこと言ってたけど、結婚したら、キャバクラは辞めてほしいけど、別なところで働けっていうの。自分だけが働くのは損なんだって」

 実桜の話を聞くうちに、真の顔色が変わってきた。

 真の怒りが、その客に向けられたものか、そんな話をする自分に向けられたものか、実桜は不安になり、「どうしたの?」と尋ねてみた。

「いや、なんでもない。実桜ちゃんの話を聞いていると、自分が同じ男として情けなくなってね」

 真の怒りが、自分に向けられたものではないことを知って、実桜は安堵した。

「そんなこと言わないで。まこちゃんは、他のお客とは別格よ。わたしね、まこちゃんと出会うまでは毎日が辛かったけど、まこちゃんと出会ってからは、随分と楽になった。まこちゃんは、これまでのお客さんとは違う。だから、なにも、まこちゃんが落ち込むことはないのよ」

 内心では嬉しさを押し隠しながら、実桜は優しく言った。

 これまで、こんなにも自分に優しくしてくれ、こんなにも自分を気遣ってくれる男はいなかった。

 真と話していると、まるで違う自分になれる。

 客を売上の道具としてしかみていなかった実桜は、真に対してだけは、本当のお客さんと思っている。

いや、それ以上の存在になりつつあるのを、実桜は自覚していた。

「そう言ってもらえると助かるよ」

 真の笑顔が、実桜の心に沁み込んだ。

 今日、真が来てくれてよかった。

 実桜は、心からそう思った。


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