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真実の恋  作者: 冬月やまと
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VOL.2 実桜

 実桜みおは、キャバクラに勤めて十年のベテランだ。

 中学・高校と、ファンクラブができるくらいモテた。いつもクラスの男子からチヤホヤされ、休み時間や放課後になると、他のクラスの男達まで、実桜目当てに集まってきたものだ。

 実桜は、いつも周りに十人や二十人の男共を従えていた。それだけモテながら、身持ちは堅かった。自分を安売りするのが嫌だったのもあるが、群がってくる男の中に、本当に好きになれる人がいなかったのだ。

 小学生の頃から大人びていた実桜は、少々年上であっても、みんなガキに見えていた。ただ、チヤホヤされるのが気持ち良いので、男をはべらしていたに過ぎない。

 そんな実桜だから、高校を卒業すると同時に、夜の世界に飛び込んだ。

 自分ならば、直ぐにナンバーワンになれる。

 自信たっぷりに飛び込んだ世界だったが、直ぐに、己の甘さを思い知らされた。

 半年経っても、ナンバーワンどころか、上位にも食い込めないでいた。

 自分より容姿も劣り、年齢もかなり上のキャストが多くの指名客を掴んでいるのに、実桜には、自分を指名してくれる固定客がほとんど付かなかった。

 そのため、入店してから半年経ってもヘルプ要員に甘んじていた。たまに指名客が付いたと思ったら、しつこくアフターに誘ったり、露骨に体の関係を求めてくる奴らばかりだった。

 最初は、落ち込んだ。

 なんで、あんな女にいっぱいお客が付いて、わたしには付かないのか?

 そればかりを考え、自信を無くしかけた。

 もう、辞めようか?

 何度も挫けかけたが、女としてのプライドが、そして、中学・高校時代にモテたという実績が、それを許さなかった。ここで辞めてしまっては、自分は一生立ち直れない。自分より劣る女に負けたままで、尻尾を巻いてたまるものか。

 そう思い定めてからは、これまでは見向きもしなかった、人気嬢の接客態度を観察するようになった。

待機をしている時や、接客中でも、人気嬢が側で接客している時は、何気ない様子で人気嬢の接客態度を見たり、人気嬢のヘルプに付いたときには、それとなくお客から、指名嬢のどこが気に入っているのかを聞きだしたりもした。

そうしてわかったことは、綺麗なだけでも、若いだけでも、色気を漂わせているだけでも駄目だということだった。

 それがわかったとき、実桜は、自分の改造に取り組んだ。

 キャバクラへ通う客は、大別して二種類いる。

 あわよくば気に入った嬢を落としてやろうという下心に駆られた客か、癒しや楽しみを求めてくる客。

 下心でくる客は、暫くは通うが、お目当ての嬢が落とせないとわかれば、さっさと他の店に鞍替えしてしまう。あの手この手で何とか引き伸ばしても、大抵は三ヶ月程度で来なくなる。

 癒しや楽しみを求めてくる客が、自分を癒してくれる嬢と出会ったとき、指名客となってくれるのだ。 そして、その関係は結構長続きする。

 ごく稀に、キャストの人柄に惚れこみ、あるいは恋愛感情が芽生えて、キャストを応援するために通ってくれる男もいる。が、そんな男は、競馬で大穴を当てるくらいに希少だ。

実桜は、どちらの客でも対応できるように努力した。短期で売上を稼ぎながら、長期でも、多くの客を掴んでおけるように。

 そのため、化粧の仕方を勉強し、服に見合った化粧を施し、悩みの引き出し方、癒しの話術、癒しの笑みの浮かべ方なども勉強した。その中に、自信を持っている色気を、さりげなく織り込むことも忘れなかった。

 ただ単に、人気嬢の真似をしただけでは駄目だ。その中に、自分の個性を入れて、初めて魅力のある女性になれる。そう実桜は思っていた。

 そんな努力が実を結び、実桜は徐々に成績を上げていった。

 実桜が気付いてから数か月で、上位にランクインするようになった。

 そうやって十年、途中何年かのブランクはあったものの、いくつか店を変えながら、三十路手前という、キャバクラでは決して若くはない年齢でありながら、常に上位の成績を守り続けてきた。

 ナンバーワンにこそなったことはないが、実桜はそれでいいと思っている。何故なら、ナンバーワンになるには、努力以上に天性のものが必要となってくる。実桜は、そんな天性を持っていないことを、長いキャバクラ勤めで、嫌というほど自覚していた。

 途中のブランクは、結婚によるものだった。

 これまで実桜は、沢山の男と付き合いはしたが、自分から好きになったことは一度もなかった。みな相手の方がしつくこく口説いて来て、自分も好きになるというパターンだった。

女として発展途上の実桜は、男の見分けが付かなかった。真面目な男はつまらなく思い、浮ついた男に心を惹かれた。

 結婚相手もそうだった。知り合ったきっかけは、客ではなく、実桜がよく遊びに行っていたクラブだった。

 若い頃の実桜は、店が引けてから、よく朝までクラブで遊んだ。そんなときに、声を掛けられた。 

 ちょっと危険な匂いのする男で、そんな男から自分に惚れていると言われて、少しいい気になった。それが間違いだったことに、結婚して直ぐに気付かされることになる。

 実桜の若さと慢心がそうさせたのか、実桜が選んだ夫は、ギャンブル好きで浮気癖があり、その上、暴力的でもあった。

 結婚当初こそ優しかったものの、数ヶ月も経つと、だんだんと地金が出てきた。最初はたまに家を空ける程度だったが、徐々に空ける日が多くなり、一年も経った頃には、何日も帰らない日が続くようになった。

 そんな時は、実桜が電話しても出ないし、メールの返信もない。

 実桜がそのことを詰ったり、男の虫の居所が悪いと、男は、直ぐに実桜を殴った。夫の暴力は、日を追うごとに酷くなっていった。それに比例するように、ギャンブルで作った借金も膨らんでいった。

 実桜と結婚するまでは、一応、小さな不動産会社に勤めていたのだが、実桜と結婚して間もなく、会社を辞めてしまった。それからは、競馬、パチンコに明け暮れ、実桜が蓄えていた貯金も勝手に引き出して、空になるまで使う始末だった。

 夫は、実桜が結婚するまでに貯金していた通帳を、徹底的に家探しし、勝手に引き出してしまった。

 それを知った実桜は、烈火のごとく怒ったが、それ以上に夫がキレてしまい、一ヶ月は痣が消えぬくらい、実桜を痛めつけた。

 実桜は、心を壊して離婚した。

 実桜の父親も、母親に暴力を振るっていて、それがために両親は、実桜が幼い頃に離婚している。

 母親の苦労を見てきて、自分は幸せな家庭を築こうと思っていた実桜だったが、いつの間にか、母親と同じ道を辿っていた。

 そのことが、一層実桜の心を壊していた。

 実桜は、しばらくは立ち直ることができなかった。

 貯金はないので、母親の許に身を寄せ、外へ出る気力もなく、毎日家でぼうっとする日々を送った。

 実桜の母親は働いていたので、そんな実桜を養うだけの糧は得ていた。

 ある日、実桜は、鏡で自分の姿を見て愕然とした。憔悴しきった顔は目に隈ができており、体を動かさなかった代償として、かなり肥え太っていた。

 鏡に映る自分の姿には、モテていた時代の面影はどこにもなかった。

 こんなことではいけない。もう一度、自分を取り戻そう。

 そう決心をして、自分を磨き直した。

 元旦那は、借金を残したまま消息知れずとなっている。そのため、保証人になっていた実桜が、借金を返済をしなければならなかった。

 実桜は勇気を振り絞って、再び夜の世界へと戻った。

 もう男は懲り懲りだと思っていた実桜は、心に鎧をまとい、プロとして徹する決意をしていた。

 店では常に笑顔で客に接していたが、どんな客にも惹かれることはなかった。

 元々、自分から男を好きになったことはないが、今の実桜は、より一層、男に惹かれることはなくなっていた。

 キャバ嬢を落とすことしか考えていない男、見栄ばかりを張りたがる男、愚痴や説教ばかりをたれる男。そういった、キャバクラへ来る客の大半がまともな人間でないのも、実桜の気持ちを、より一層、頑なにしていった。

 客はあくまでも客でしかなく、男としては見ていない。

 今の実桜にとって、客は自分を磨くための肥やしと、売上を上げる道具に過ぎないのだ。

 実桜は、いつまでも夜の世界で働くつもりはない。借金を返し終われば、夜の仕事を辞めて、夢の実現に向かうつもりでいる。

 実桜の夢。

 それは、自分の培ってきた経験を活かし、自分に自信が持てない女性や、綺麗になりたいと切実に願っている女性の手助けをすることだ。

 そのため実桜は、乙女塾というサイトを起ち上げていた。

 これから、結婚するかしないかは別として、多分、自分は一生、男を本当には好きになることはないだろう。

 男というものに失望している実桜にとって、まさか、初めて自分から男を好きになろうとは、夢にも思っていなかった。

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