VOL.18 クリスマス・イブ(実桜)
今日は、クリスマスイブ。
「クリスマスイブ
なにか予定入ってますか?
ないのだったら、食事に行きませんか?
もちろん、その後お店に一緒に行きます」
三日前、突然、真からメールが来た。
誕生日に次いでお店で最大のイベントとなるこの二日間は、当然の如く同伴が義務と化している。
実桜ほどともなると、客の方から誘いがあるので、断るほうが大変だった。とりあえずは、この一年で一、二番にお金を使ってくれた客と、イブとクリスマスには予定を入れていた。
本音を言えば、真を誘いたかったのだが、つい一週間前に来たばかりなので遠慮した。クリスマスを利用していると思われるのも嫌だった。
数ある誘いの中で二人を選んだのは、感謝の気持ちではなく、来年に繋げるためだ。実桜に注ぎ込んでくれるくらいだから、実桜のことを気に入っているのだろうが、実桜は二人とも好きではない。
会う度に実桜を口説きまくり、これだけ売上に貢献しているのだから、一回くらいやらせろとしつこく迫ってくる。
こんな男共でも、お金を使わずに迫ってくる男よりは、随分ましな方なのだ。
もっと早く、連絡してくれればいいのに。
実桜は、真を恨んだ。
が、真の誘いを断る気にはなれない。
クリスマスイブ。
実桜のような女性にとっても、大切な日だ。
いくらお金を使ってくれるとはいえ、好きでもない、いや、どちらかというと、嫌悪している男と過ごすより、好ましい男性と過ごす方がいいに決まっている。
真を恨んだのも束の間、実桜は即座に心を決めた。
「うれしい❤
大切な日に誘ってくれてありがとう」
直ぐに返信した。
それから、予定していた客に断りのメールを入れた。
「ごめんなさい。イブの日は、どうしても実家に帰らなきゃならなくなりました。また、誘ってくださいね」
売り上げを考えると痛いが、実桜はその客と切れてもいいと思った。
案の定、その男からは、怒りのメールが矢継ぎ早にきた。
曰く、おまえの売上に、どれだけ貢献したと思っている。
曰く、俺を騙していたな。
曰く、俺は金づるか
どれも、内容は同じようなものだ。
実桜は、そんなメールを悉く無視した。
プロに徹しようと思い定めていた実桜にとって、自分にこんな気持ちが残っていようとは、新鮮な驚きだった。
真が、失いかけていた女の部分を、再び呼び覚ませてくれたのだ。
実桜は、頻繁に届く怒りのメールを無視しながら、当日のことに思いを馳せた。
プレゼントなににしよう?
これまでは、客を繋ぎ止めるためだけに、適当に男が喜びそうな物を買っていた。
だが、今回は、本当に真を喜ばせたかった。しかし、真に訊くわけにはいかない。
そんな間柄でもないし、真に引かれても困る。
真だったら、引きはしないだろうとは思ったが、きっと戸惑い、遠慮するに違いない。
実桜は悩んだ。
真のような男性が喜ぶものはなにか?
甘いものはあまり好きではないと言っていたし、真の趣味もよく知らない。
もっと、真の好きな物を訊いておけばよかった。
今さら悔やんだってどうしようもないが、実桜は後悔した。
しかし、不思議と、そんな悩んでいる時間が心地よかった。
いろいろと考えた結果、ネクタイにすることに決めた。
真が、いつも服装に気を遣っているのを知っていたからだ。
実桜は当日、少し早めに昼間の仕事を切り上げて、真へのプレゼントを買いに行った。
真と待ち合わせている場所の近所に百貨店があるので、そこで買うことにした。とはいえ、時間はあまりない。
これまで、男にネクタイなど買ったことのない実桜は、こんなにも種類があるのかと戸惑った。迷った挙句、薄い緑色のネクタイにした。少し高かったが、真に似合いそうだと思ったのだ。
実桜は、これまでにも数限りなく、客にプレゼントを贈っている。
感謝の気持ちを込めて贈ることもあれば、客の心をくすぐるためのときもある。少しの投資で、暫く通ってもらえるのなら安いもだという気持ちからだ。
感謝の気持ちを込める客でも、そんな高価な物は贈らなかった。
そんな実桜だったが、不思議と真のためだったら、勿体ないとは思わなかった。
真が喜んでくれるのだったら、安いものだ。
実桜は、そう思っている。
それでも、真が喜んでくれるかどうか不安だった。
客に対して、こんな気持ちになったのは初めてだ。いや、客に対してでなくても、初めてだった。
恋人や元旦那のプレゼントを選ぶときでも、こんなに迷ったり、ときめいたりしたことはない。
元々実桜は、わがままで気分やであり、周りを取り囲む男もちやほやしてくれていたので、女王様のように振る舞っていた。
そんな実桜が、真に対してはなぜこんな気持ちになるのか、自分でも不思議でしようがなかった。
実桜は、真へのプレゼントをバッグに忍ばせ、待ち合わせ場所へと急いだ。
「実桜ちゃん」
待ち合わせ場所に向かう途中で、背後から声を掛けられた。
真の声だと、直ぐにわかった。
足を止めて振り向いた。自分でも、顔が綻んでいるのがわかる。
「いっぱいの荷物だね」
真は、両手に沢山の紙袋を下げていた。
「うん、ちょっとね」
真も笑顔で答えてくれたが、その顔に一瞬不安の影がよぎるのを、実桜は見逃さなかった。多分、両手の荷物は自分へのプレゼントなのだろう。それに自信がないのだ。
実桜は、思わず微笑ましい気分になり、幸せを感じた。
食事中は二人ともプレゼントを渡さず、おしゃべりを楽しんだ。
店で、真からプレゼントを渡された。
プレゼントを見て、実桜が思ったとおり、真が女慣れしていないのがよくわかった。同時に、自分のことを一生懸命考えて買ってくれたこともわかった。
真は、実桜の話をちゃんと覚えてくれていたのだ。
「まるで、クリスマスみたい」
すべてのプレゼントを見終ったあと、素直な気持ちを口にしていた。
「いや、クリスマスだから」
すかさず、真に突っ込まれた。
「そうだね」
思わず、笑みがこぼれる。
「ほんとうに、嬉しい。まこちゃん、わたしのことを考えて、一生懸命選んでくれたんだね」
お愛想ではなく、本心だった。
真が安堵した笑みを浮かべた。
そんな真を、可愛いと思った。
「わたしからもプレゼント」
実桜もバッグから包みを取出し、真に手渡した。
「開けてみて」
真がどういった反応をするのか、実桜は期待と不安の入り混じった気持ちで、包みを開ける真の手を見つめた。
ネクタイを見た真の顔が緩んだ。それでも実桜は、真がどう思っているのかを知りたくて、言葉を発した。
「まこちゃん、いつもお洒落にしてるから、これが似合いそうだなと思って」
「ありがとう」
真がネクタイから実桜の顔に目を移し、さも嬉しそうに礼を述べる。
真の言葉は本心からのものと、実桜は受け取った。
「よかった。喜んでくれて」
実桜は、心底ほっとした。同時に、真が喜んでくれたことに嬉しさを感じた。
それから二人は、他愛もないおしゃべりをして過ごした。
これまで、どんな客と過ごしたイブよりも、今夜が一番楽しいと思った。
ふと、こんな関係がいつまで続くのだろうと不安がよぎったが、そんなことはどうだっていいと、直ぐに思い直した。
今夜はそんことを考えずに、とことん楽しもう。
実桜は、この瞬間を大切にしようと思った。




