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真実の恋  作者: 冬月やまと
17/41

VOL.17 クリスマス・イブ(真)

 今日は、クリスマスイブ。

 真はなにも予定がないので、実桜と食事をして、店へ行く約束を取り付けていた。

「クリスマスイブ

 なにか予定入ってますか? 

 ないのだったら、食事に行きませんか?

 もちろん、その後お店に一緒に行きます」

 彼女のような人気者なら、こんな日は予約が殺到しており、自分のような者とはとても付き合う暇がないだろうと思って悩みに悩んだが、真は意を決してメールを打った。

 メールを送信し終えて直ぐに、真は後悔した。

 実桜を誘ったことではなく、メールの文面にである。

 もっと、気の利いた台詞は思いつかなかったのか?

 メールが苦手な真は、打つ前に考えはするのだが、それでも、いつも送った後に後悔する。

 真の予想に反して、以外にも、実桜はあっさりと承諾してくれた。

「うれしい❤

 大切な日に誘ってくれてありがとう」

 実桜の返信を見て、真は有頂天になるより、信じられないという思いが強かった。

 まさか、クリスマスイブのような日に、実桜みたいな女性が空いているはずはないと。

 メールを打ったのは、イブの三日前である。

 もっと早くに誘いたかったのだが、なかなか勇気が出なかったのだ。

 狐につままれたような心境だったが、単純な真は、運が良かったと思い込んだ。

 イブまでの三日間、真は待ち遠しくて仕方がなかった。

 わくわくして過ごしていたが、前日、はたと気づいた。

 プレゼントなににしよう?

 迂闊だった。こんな大事なことを忘れていたなんて。

 有頂天になり過ぎていた自分を反省した。

 実桜にほしい物を訊くか、一緒に買いに行くのが一番良いのはわかっているが、そんなわけにはいかない。

 そんな間柄でもないし、高い物をねだられても困る。

 真の勝手な想像だが、実桜ほどの女性であれば、数十万もするブランド物のバッグやアクセサリーなんかは、大勢の客に贈られていると思っている。

 真に対して、実桜がそんな高価なものをねだるとは思えなかったが、たとえ数万でも、真にとっては高価だった。

 真は悩んだ。

 いつもプレゼントを貰ってそうな、実桜のような女性が喜ぶものはなにか?

 宝石や毛皮など似合いそうだが、そんな高価な物は、真にはとても手が出ない。

 買える余裕があるとしても、どういった物を選んでよいかわからない。

 真は、ファッションやブランドにはまったく興味がないので、なにが良いのか悪いのかもわからなかった。ましてや、女性の喜びそうなものは皆目である。

 いろいろと考えた末、お菓子にすることに決めた。

 実桜が、甘い物が好きだと言っていたのを思い出したのと、分不相応な贈り物をして、実桜に余計な気を遣わせたくもなかった。

 ありのままの自分で行こう。それで引かれるのだったら、その時はその時だ。

 真は割り切った。

 期待と、半ば不安に感じるイブがやってきた。

 真は定時に退社して、実桜へのプレゼントを買いに行った。

 実桜と待ち合わせている場所の近所に百貨店があるので、そこで買うことにした。とはいえ、時間はあまりない。

 自分は甘い物は食べないので、ここでも、なにを買ってよいか迷った。

 これまで、お菓子売り場など真剣に見たことがなかった真は、こんなにも沢山の種類のお菓子があるのかと感心した。

 真は、迷った挙句、無難なケーキにした。

 クリスマス仕様のもので、食べきるには丁度良い大きさのショートケーキを二個。

 一個は、イチゴやぶどうやメロンなどのフルーツが盛り沢山に乗っている、いかにも、女性が喜びそうなやつだ。もう一個は、砂糖菓子で作られたサンタさんが乗っているもので、可愛さで選んだ。

 これだけでは足りないと思って、チョコも買った。一口サイズの、可愛いやつだ。

 小さなチョコレートなのに、なんでこんなに高いんだろう。

 真は、ゴディバというブランドを知らなかった。

 ディバよりもっと高価なチョコレートがあるのを知ったら、真は仰天して、開いた口が塞がらないに違いない。

 自分が食べるのだったら、チョコひとつにこんな値段はとても勿体なくて出せないが、不思議と実桜のためだったら、勿体ないとは思わなかった。

 実桜が喜んでくれるのだったら、安いもんだ。

 なんの違和感もなく、真は思った。

 それだけ買っても、実桜が喜んでくれるかどうか不安だったので、更にジャムの詰め合わせも買った。 ついでに、真にとっては得体の知れない、マカロンというものも買った。

 これだったら、安いネックレスでも買えていたな。

 真は、ちょっぴり後悔した。

 こんなことなら、実桜と一緒に、宝石屋にでも行けばよかった。

 だが、もう遅い。買ってしまったものは仕方がない。

 真は、幾つもの紙袋を両手に提げて、待ち合わせ場所へと急いだ。

途中で、実桜の背中を見つけた。実桜は、背筋を伸ばして颯爽と歩いており、後ろからでも、夜の蝶の匂いがぷんぷんとしている。

「実桜ちゃん」

 両手が一杯に塞がっているので、後ろから声を掛けた。

 足を止めて振り向いた実桜の顔が綻んだ。

「いっぱいの荷物だね」

 心に沁み通るような笑顔で、実桜が言う。

 この笑顔に応えられるだろうか。

 真が、買ってきたあれこれを思い浮かべながら不安になる。

「うん、ちょっとね」

 不安を隠しながら、真も笑顔で答えた。

 食事中はプレゼントを渡さず、おしゃべりを楽しんだ。

 店で実桜にプレゼントを渡したとき、実桜は凄く喜んでくれた。

「まるで、クリスマスみたい」

 プレゼントの中身を見る度、「凄い」とか「美味しそう」とか「嬉しい」とか歓声を上げていた実桜が、全部のプレゼントを見終ったあと、目を輝かせた。

「いや、クリスマスだから」

 真がすかさず突っ込むと、

「そうだね」

 実桜が、屈託のない笑顔を見せた。

「ほんとうに、嬉しい。まこちゃん、わたしのことを考えて一生懸命選んでくれたんだね。それに、わたしの好きな食べ物を覚えてくれていて、嬉しい」

 お愛想で喜ぶ振りをしているのではないことが、真にも伝わった。

 良かった。

 真は、胸を撫で下ろした。

「わたしからもプレゼント」

 そう言って、実桜が薄い包みを差し出した。

「開けてみて」

 なんだろう?

 実桜に言われるままに、真は胸をときめかせながら、包みを開けた。

 実桜から贈られた物は、ネクタイだった。薄い緑の、真の趣味に合ったものだ。

「まこちゃん、いつもお洒落にしてるから、これが似合いそうだなと思って」

 真は営業という職業柄、いつも服装には気を遣っている。そんなに給料を貰っているわけではないので、高価なものを買えない分、安いものでいかに恥ずかしくない恰好をするかを心掛けていた。

 実桜は、自分のことをよく見てくれている。

 真は心底嬉しく思い、心から「ありがとう」と礼を言った。

「よかった。喜んでくれて」

 実桜が、安堵ともとれる笑みを浮かべる。

 それから二人は、他愛もないおしゃべりをして過ごした。

 これまで、何人かの彼女と過ごしたイブよりも、今宵が一番楽しいと思った。

 ふと、これも実桜の戦略かということが脳裏をよぎったが、そんなことはどうだっていいと、直ぐに思い直した。

 騙されていたっていいじゃないか。今夜はそんな無粋なことを考えずに、とことん楽しもう。

真は、自分の気持ちに素直に従うことにした。


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